2008年05月09日
(リーダーとは)政治に必要な諸条件(斉藤一斎「言志後録」)
(リーダーとは)政治に必要な諸条件(斉藤一斎「言志後録79」)
政治を執り行うにあたって知っておくべきことが五つある。
第一に、財政上の軽重を計ること。
第二に、時代の趨勢を考えること。
第三に、心広く情を厚く人に接すること。
第四に、騒乱を鎮めて人心を安定させること。
第五に、おだやかな気持ちでよく我慢すること。
以上の五つである。
そのほかに、賢人を登用し、腹に一物ある人物を遠ざけ、農業を奨励し、税金を軽くし、贅沢を禁じ、倹約を尊び、老人を大切にし、幼児をかわいがるなども、みんながよく知っているようにたいせつである。
(感想)
政治は、市民一人ひとりの思いや、あるいは社員一人ひとりの集まったものに、優先順位を付けて実行する事と先輩に聞いたことがあります。
リーダーとは、関わる人々の思いをたくさん聴き、決断(判断)して行く、孤独な仕事も思います。常に、上記のことを頭に置き、日々の言動に気を付けて行く事が大事かを教えたことばと思いました。
*参考資料:佐藤一斎「一日一言」より
政治を執り行うにあたって知っておくべきことが五つある。
第一に、財政上の軽重を計ること。
第二に、時代の趨勢を考えること。
第三に、心広く情を厚く人に接すること。
第四に、騒乱を鎮めて人心を安定させること。
第五に、おだやかな気持ちでよく我慢すること。
以上の五つである。
そのほかに、賢人を登用し、腹に一物ある人物を遠ざけ、農業を奨励し、税金を軽くし、贅沢を禁じ、倹約を尊び、老人を大切にし、幼児をかわいがるなども、みんながよく知っているようにたいせつである。
(感想)
政治は、市民一人ひとりの思いや、あるいは社員一人ひとりの集まったものに、優先順位を付けて実行する事と先輩に聞いたことがあります。
リーダーとは、関わる人々の思いをたくさん聴き、決断(判断)して行く、孤独な仕事も思います。常に、上記のことを頭に置き、日々の言動に気を付けて行く事が大事かを教えたことばと思いました。
*参考資料:佐藤一斎「一日一言」より
2008年05月06日
「全盛期には慎重に」「過ぎた幸運は落とし穴」(菜根譚より)
「全盛期には慎重に」「過ぎた幸運は落とし穴」(菜根譚より)
休日の最終日、菜根譚の教示を2つ紹介します。なにかの参考になれば幸いです。
・全盛期には慎重を期せ
元気盛んな時代に不摂生をかさねれば、年をとってから病気が出てくる。羽振りのよい時代に無理押しすれば、落ち目になってか報いをうける。
元気盛んで羽振りのよい時代こそ、いやがうえにも慎重を期さなければならない。
(解説)
この人生、後で「しまった!」と悔いることのなんと多いことか。ここで語っていることなども、その例に洩(も)れない。長い人生のなかには、一度くらいツキにも恵まれて調子の波に乗るときがやってくる。そんなとき、つい調子に乗りすぎて周りの反発をおさえる事が出来るけれども、いずれ落ち目になったとき、それが表に吹き出してきて、寄ってたかって足を引っ張られることになりかねないのである。
(感想)
常に、謙虚、倹約、勤勉をモットーに、心を沈め、慎重に行動して行くことが大切なことと思います。と思いながらも、人間は、失敗しながら成長して行くことも重要な経験とも思います。。
・分に過ぎた幸運は人生の落とし穴と心得よ
分に過ぎた幸運、理由のない授かりものは、神様の誘いの餌か、あるいは、人生の落とし穴だ。よほど志を高くして対処しなければ、たちまちかれらの術中にはまってしまう。
(解説)
よくテレビドラマなどで、「幸運を祈る」ということばにぶつかることがある。たしかに、成功を手に入れるためには、幸運に恵まれるかどうか無視できない要素である。
しかし、幸運はあくまでも幸運に過ぎない。今度恵まれたからといって、次もまた恵まれるという保証はなにもないのである。成功を持続させるためには、地道な努力を一歩一歩積み重ねて行く以外にないのである。
(感想)
西郷隆盛の遺訓の中に「チャンスの意味」を説いた言葉がありました。
「チャンスをつかむ」の本当の意味とは、おのれの努力の積み重ねが徐々に形となっていき、ついに機が熟して、成功のきっかけとなることを指すのです。(西郷南州翁遺訓より)
日々の努力こそが大事が重要なことを忘れ、「棚からぼた餅」の幸運だけを望んでいては、自分の成長は望めないことを指摘したことばと思います。
分を過ぎた幸運は、何かの危険信号と思い、「チャンス」と「危機」は背中合わせと心得て、慎重に行動する事が必要と思います。
*参考資料:守屋洋著「新釈 菜根譚」
休日の最終日、菜根譚の教示を2つ紹介します。なにかの参考になれば幸いです。
・全盛期には慎重を期せ
元気盛んな時代に不摂生をかさねれば、年をとってから病気が出てくる。羽振りのよい時代に無理押しすれば、落ち目になってか報いをうける。
元気盛んで羽振りのよい時代こそ、いやがうえにも慎重を期さなければならない。
(解説)
この人生、後で「しまった!」と悔いることのなんと多いことか。ここで語っていることなども、その例に洩(も)れない。長い人生のなかには、一度くらいツキにも恵まれて調子の波に乗るときがやってくる。そんなとき、つい調子に乗りすぎて周りの反発をおさえる事が出来るけれども、いずれ落ち目になったとき、それが表に吹き出してきて、寄ってたかって足を引っ張られることになりかねないのである。
(感想)
常に、謙虚、倹約、勤勉をモットーに、心を沈め、慎重に行動して行くことが大切なことと思います。と思いながらも、人間は、失敗しながら成長して行くことも重要な経験とも思います。。
・分に過ぎた幸運は人生の落とし穴と心得よ
分に過ぎた幸運、理由のない授かりものは、神様の誘いの餌か、あるいは、人生の落とし穴だ。よほど志を高くして対処しなければ、たちまちかれらの術中にはまってしまう。
(解説)
よくテレビドラマなどで、「幸運を祈る」ということばにぶつかることがある。たしかに、成功を手に入れるためには、幸運に恵まれるかどうか無視できない要素である。
しかし、幸運はあくまでも幸運に過ぎない。今度恵まれたからといって、次もまた恵まれるという保証はなにもないのである。成功を持続させるためには、地道な努力を一歩一歩積み重ねて行く以外にないのである。
(感想)
西郷隆盛の遺訓の中に「チャンスの意味」を説いた言葉がありました。
「チャンスをつかむ」の本当の意味とは、おのれの努力の積み重ねが徐々に形となっていき、ついに機が熟して、成功のきっかけとなることを指すのです。(西郷南州翁遺訓より)
日々の努力こそが大事が重要なことを忘れ、「棚からぼた餅」の幸運だけを望んでいては、自分の成長は望めないことを指摘したことばと思います。
分を過ぎた幸運は、何かの危険信号と思い、「チャンス」と「危機」は背中合わせと心得て、慎重に行動する事が必要と思います。
*参考資料:守屋洋著「新釈 菜根譚」
2008年05月05日
畏心を発する(開運のすすめ「開運に通じる改禍三綱領」)
畏心を発する(開運のすすめ「開運に通じる改禍三綱領」)
毎週月曜日の永淵道彦先生の「開運のすすめ」の紹介です。
(現代語訳)
第二は、懼(おそ)れつつしむ心を起こすべきである
天地の神は、天上からごらんになっており、鬼神を欺くこともできない。自分の過ちがどのように微細で人にわからぬようであっても、鬼神はちゃんと照覧しておられる。そして過ちの甚だしいものには、いろいろの災難をくだし、軽い場合は現在の福を減損する。してみるとわれらは、どうしてこれを懼れないわけにいこうか、懼れざるを得ない。
そればかりではない。平生何もしていない場合でも、心の底まで指し示すようにはっきりと知られている。それ故自分では、おおい隠すことが甚だ緻密であるから人にわかるまいと思い、また表面をかざってうまくやったと思っても、神は心の中までことごとく明らかにあらわしてしまい、ついに欺きとおすことはできないし、人に見破られてしまい、一文にもならない。それ故どうしてひきしまる思いをしないでいられようか。
また、そればかりではない。一息でも呼吸のある間はやはり悔い改めるべきである。古人で一生の間悪事ばかりしていたが、死ぬときなってすっかり後悔し、善心を起こして、ついに終わりを善くすることができたものがある。このことは、猛烈に励む一念があれば、百年の悪事も洗い落とすことができるということをいっている。
これを例えてみれば、千年も日の照らず暗く奥深い谷も、わずかに一点の燈火に照らされれば、千年の暗やみも除いてしまうようなものである。
だから、過ちは古いとか新しいとかを云うことなくただ改めることを貴ぶのである。しかし、この俗世間は無常であり、この肉体ははかないものである。呼吸が絶えたならば、もはや悔い改めようとしてもどうしようもなくなってしまう。この世にあっては、千年以上もこの悪名をうけ、もし孝行の子、慈愛深い孫があったとしても悪名は洗い落とすことはできない。また死後の世界では罪の報いの堕ち沈んで、その責め苦に堪えられないことになる。それをどうして懼れないでいられようか。
(読 釈)
第二は、おそれ慎む心を起こすべきである。どんなにその過ちが小さくて人にわからなくても、必ずどこかで暴露されるものである。自分は要領がよく、表面を飾ってうまくやっているつもりでも、自分自身も人も、だまし通せるものではない。
生きている限り反省し、善の心を起こし過ごすべきである。俗世間は無常であり、命には限りがある。人は棺を覆って後に価値が定まるといわれるように、死んだ後には悪名も洗い流すことができないものである。「虎は死して皮を留め、人は死して名を残す」と言うではないか。
(感 想)
「一日三省す」の言葉ではないですが、常に自分の行動を謙虚に反省し、嘘偽りがないか、周りに悪影響がないか、心のわだかまりもふくめ、監視することが必要と思います。
思いで突き進んでいる時は、なかなか自分が見えなくなります。そんな時こそ「忙中に閑あり」の心のゆとりを思い起こし、多忙な中にこそ、反省する気持ちを思い起こすことが重要と思います。
きびしい環境に耐え、多忙に心を忘れず、閑なときも悪事を思わず、激せず、騒がず、競わず、驕らずに、常に自分を忘れないようにしたいものです。
その根底にあるものは、「志」ではないかと思います。
<コミュ>
・開運のすすめ~『陰隲録』に学ぶ~(永渕道彦訳)
http://mixi.jp/view_community.pl?id=3058451
■<遺失物>400万円届けず着服、53歳男逮捕 福岡(毎日新聞05月04日)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=478668&media_id=2
■吉兆・食べ残し使い回し、20年以上前から…関係者証言(読売新聞05月03日)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=478642&media_id=20
毎週月曜日の永淵道彦先生の「開運のすすめ」の紹介です。
(現代語訳)
第二は、懼(おそ)れつつしむ心を起こすべきである
天地の神は、天上からごらんになっており、鬼神を欺くこともできない。自分の過ちがどのように微細で人にわからぬようであっても、鬼神はちゃんと照覧しておられる。そして過ちの甚だしいものには、いろいろの災難をくだし、軽い場合は現在の福を減損する。してみるとわれらは、どうしてこれを懼れないわけにいこうか、懼れざるを得ない。
そればかりではない。平生何もしていない場合でも、心の底まで指し示すようにはっきりと知られている。それ故自分では、おおい隠すことが甚だ緻密であるから人にわかるまいと思い、また表面をかざってうまくやったと思っても、神は心の中までことごとく明らかにあらわしてしまい、ついに欺きとおすことはできないし、人に見破られてしまい、一文にもならない。それ故どうしてひきしまる思いをしないでいられようか。
また、そればかりではない。一息でも呼吸のある間はやはり悔い改めるべきである。古人で一生の間悪事ばかりしていたが、死ぬときなってすっかり後悔し、善心を起こして、ついに終わりを善くすることができたものがある。このことは、猛烈に励む一念があれば、百年の悪事も洗い落とすことができるということをいっている。
これを例えてみれば、千年も日の照らず暗く奥深い谷も、わずかに一点の燈火に照らされれば、千年の暗やみも除いてしまうようなものである。
だから、過ちは古いとか新しいとかを云うことなくただ改めることを貴ぶのである。しかし、この俗世間は無常であり、この肉体ははかないものである。呼吸が絶えたならば、もはや悔い改めようとしてもどうしようもなくなってしまう。この世にあっては、千年以上もこの悪名をうけ、もし孝行の子、慈愛深い孫があったとしても悪名は洗い落とすことはできない。また死後の世界では罪の報いの堕ち沈んで、その責め苦に堪えられないことになる。それをどうして懼れないでいられようか。
(読 釈)
第二は、おそれ慎む心を起こすべきである。どんなにその過ちが小さくて人にわからなくても、必ずどこかで暴露されるものである。自分は要領がよく、表面を飾ってうまくやっているつもりでも、自分自身も人も、だまし通せるものではない。
生きている限り反省し、善の心を起こし過ごすべきである。俗世間は無常であり、命には限りがある。人は棺を覆って後に価値が定まるといわれるように、死んだ後には悪名も洗い流すことができないものである。「虎は死して皮を留め、人は死して名を残す」と言うではないか。
(感 想)
「一日三省す」の言葉ではないですが、常に自分の行動を謙虚に反省し、嘘偽りがないか、周りに悪影響がないか、心のわだかまりもふくめ、監視することが必要と思います。
思いで突き進んでいる時は、なかなか自分が見えなくなります。そんな時こそ「忙中に閑あり」の心のゆとりを思い起こし、多忙な中にこそ、反省する気持ちを思い起こすことが重要と思います。
きびしい環境に耐え、多忙に心を忘れず、閑なときも悪事を思わず、激せず、騒がず、競わず、驕らずに、常に自分を忘れないようにしたいものです。
その根底にあるものは、「志」ではないかと思います。
<コミュ>
・開運のすすめ~『陰隲録』に学ぶ~(永渕道彦訳)
http://mixi.jp/view_community.pl?id=3058451
■<遺失物>400万円届けず着服、53歳男逮捕 福岡(毎日新聞05月04日)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=478668&media_id=2
■吉兆・食べ残し使い回し、20年以上前から…関係者証言(読売新聞05月03日)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=478642&media_id=20
2008年05月04日
大言壮語の人(斉藤一斎『言志後録』68)
大言壮語の人(斉藤一斎『言志後録』68)
世の中には、好んで大きなことを言う人がいる。
そういう人は、必ずと言っていいほど度量が小さい。
世の中には、好んで元気のいいことを言う人がいる。
そういう人は、必ずと言っていいほど、臆病者である。
ただ、口にする言葉が大きくもなく、元気がいいわけでもないが、それでいて深みが感じられるような人は、たいてい見識が高く器量が大きい人物である。
*大言:大仰なことば。 壮語:強がり
(感想)
色々な会合で、騒々しい人がいますが、その時は目立ちますが、いざ本番のなった時に亜は、物静かになっているのがよく見受けられます。
自分のできることを着実にやって行くほうが、無理もせず、長続きするような気がします。会議では、訥弁が良いように思います。
やった後に、意見を述べると、存在価値が上がるように思います。
皆様も周りでは、どんな具合でしょうか。
静かに観察する事も結構勉強になります。
2008年05月04日
(道の実践)知る者より、好む者より、楽しむ者に
(道の実践)知る者より、好む者より、楽しむ者に
人の道とは何か? 日々悩んでいます。
「道」とはないか。安岡正篤氏の著書に「人間学のすすめ」の末尾に人生に必要な5つの言葉がありました。
節義、胸壊(きょうかい)、量と断、斡旋の才、誠
節義:節度を守って、正義を重んずる心
胸壊:周りの諸条件に萎縮せず、自分本来の自由な心、
量と断:量とは、人の度量とか器量のこと。
断とは、識見と勇気を持って決断・実行すること。
斡旋の才:公益を考えた、人と人をつなぐ橋渡し(お世話)すること。
誠 :「只一片の誠つき通りて、人世の栄辱などは塵ほども胸中に雑じらぬ」(楠正成)
上記の5つの理念を実践していくことが、安岡氏の説く「道の実践」であると思います。孔子もその道の実践を次のようの順序だてて教示しています。
(本文)
子曰わく「之を知る者は、之を好むものに如かず。之を好む者は、之を楽しむ者に如かず。」
(読訳)
孔子が語られた、「知るものは、好んでやる者には及ばない。好んでやる者は、楽しんでやる者には及ばない。」
また、「君子は、博(ひろ)く典籍を学んで知見をゆたかにし、これを引きしめるのに礼を以てすれば、人の道にそむくことはないであろう。」ともありました。
楠正成公の「誠(良心)」こそ、今の人々が大事にして、他人を思いやる心を持つことが大事なように思います。
考えが甘いかもしれませんが、犯罪を取り締まる事も大事ですが、教育を重視し、事件の起り難い社会通念を広げる事が、近い道と思っています。
*参考資料:伊與田覺著「仮名論語」
人の道とは何か? 日々悩んでいます。
「道」とはないか。安岡正篤氏の著書に「人間学のすすめ」の末尾に人生に必要な5つの言葉がありました。
節義、胸壊(きょうかい)、量と断、斡旋の才、誠
節義:節度を守って、正義を重んずる心
胸壊:周りの諸条件に萎縮せず、自分本来の自由な心、
量と断:量とは、人の度量とか器量のこと。
断とは、識見と勇気を持って決断・実行すること。
斡旋の才:公益を考えた、人と人をつなぐ橋渡し(お世話)すること。
誠 :「只一片の誠つき通りて、人世の栄辱などは塵ほども胸中に雑じらぬ」(楠正成)
上記の5つの理念を実践していくことが、安岡氏の説く「道の実践」であると思います。孔子もその道の実践を次のようの順序だてて教示しています。
(本文)
子曰わく「之を知る者は、之を好むものに如かず。之を好む者は、之を楽しむ者に如かず。」
(読訳)
孔子が語られた、「知るものは、好んでやる者には及ばない。好んでやる者は、楽しんでやる者には及ばない。」
また、「君子は、博(ひろ)く典籍を学んで知見をゆたかにし、これを引きしめるのに礼を以てすれば、人の道にそむくことはないであろう。」ともありました。
楠正成公の「誠(良心)」こそ、今の人々が大事にして、他人を思いやる心を持つことが大事なように思います。
考えが甘いかもしれませんが、犯罪を取り締まる事も大事ですが、教育を重視し、事件の起り難い社会通念を広げる事が、近い道と思っています。
*参考資料:伊與田覺著「仮名論語」
2008年05月03日
学問は人を変える(斉藤一斎「言志録199」)
学問は人を変える(斉藤一斎「言志録199」)
人は天から受けるところの気は、その厚いと薄いと分け与えられている分量はだいたい同じようなものである。
身体の大小、寿命の長短、力の強弱、心の賢愚といったものは、誰でもそれほど大きな差があるわけではない。その間に、特に一箇所厚いところを授けられた者があれば、人々はみな、これを非凡という。
この非凡なる者はしばらく問題の外に置いておこう。すなわち普通の人にあっては、身体の大きさや力の強さの分け前はどうすることもできない。
しかし、心の賢さや愚かさについては、学問によって変えることができるのである。
ゆえに『中庸』に「博く学び、審らかに問い、慎んで思い、明らかに弁別し、誠実に実行する。
人がこれを一回するなら自分は百回行い、人がこれを十回するなら自分は千回行う。果たしてこの方法を実行すれば、愚者であっても必ず強くなる」とあるように、こうした方法を励行すれば、少しずつでも非凡な域に近づくことができる。
誠にこれは道理に敵っているといえる。
ただし、普通の人はたいてい遊び怠けてしまい、努力を続けることができないものである。これには何か天の算段があるのであろうか。
(斉藤一斎「言志録199」)
人は天から受けるところの気は、その厚いと薄いと分け与えられている分量はだいたい同じようなものである。
身体の大小、寿命の長短、力の強弱、心の賢愚といったものは、誰でもそれほど大きな差があるわけではない。その間に、特に一箇所厚いところを授けられた者があれば、人々はみな、これを非凡という。
この非凡なる者はしばらく問題の外に置いておこう。すなわち普通の人にあっては、身体の大きさや力の強さの分け前はどうすることもできない。
しかし、心の賢さや愚かさについては、学問によって変えることができるのである。
ゆえに『中庸』に「博く学び、審らかに問い、慎んで思い、明らかに弁別し、誠実に実行する。
人がこれを一回するなら自分は百回行い、人がこれを十回するなら自分は千回行う。果たしてこの方法を実行すれば、愚者であっても必ず強くなる」とあるように、こうした方法を励行すれば、少しずつでも非凡な域に近づくことができる。
誠にこれは道理に敵っているといえる。
ただし、普通の人はたいてい遊び怠けてしまい、努力を続けることができないものである。これには何か天の算段があるのであろうか。
(斉藤一斎「言志録199」)
2008年05月02日
恵まれたときこそ人の苦しみを理解せよ(菜根譚)
恵まれたときこそ人の苦しみを理解せよ(菜根譚)
地位と財産に恵まれたときには、地位も財産のない人の苦しみを理解してやらなければならない。
若くて血気さかんなときには、年老いて弱りはてたときを思いやらねばならない。
(解説)
金持には金持としての社会責任がある。日本の社会では、庄屋とか地主など、私財を投げうってまでも地域の面倒を見た人たちが多かった。これは日本社会の優れた伝統である。この伝統を受け継いでいきたい。
また、血気盛んなときに、老残のわが身を思いやることができれば、老いたる人々をいたわる心も生まれてくるし、みずからの暴走にブレーキをかけることもできるであろう。
これらのことは、いずれも「仁」の現われに他ならない。『孟子』によれば「仁は人の心なり」だという。これを失ったのでは、もはや人間ではないということかもしれない。
(感想)
日本は、バブル絶頂期には、衰退して行くことを考えていなかったように思います。人間も、調子が良い時、悪い時、若い時、老いた時、色々な場面を考えるのは、その時にならないとなかなか実感がわきません。
人の思いを考えるゆとりこそが、相手を思いやる基本のように思います。「仁は人の心なり」の気持ちを常に持って日々生活をしなければと思います。
地位と財産に恵まれたときには、地位も財産のない人の苦しみを理解してやらなければならない。
若くて血気さかんなときには、年老いて弱りはてたときを思いやらねばならない。
(解説)
金持には金持としての社会責任がある。日本の社会では、庄屋とか地主など、私財を投げうってまでも地域の面倒を見た人たちが多かった。これは日本社会の優れた伝統である。この伝統を受け継いでいきたい。
また、血気盛んなときに、老残のわが身を思いやることができれば、老いたる人々をいたわる心も生まれてくるし、みずからの暴走にブレーキをかけることもできるであろう。
これらのことは、いずれも「仁」の現われに他ならない。『孟子』によれば「仁は人の心なり」だという。これを失ったのでは、もはや人間ではないということかもしれない。
(感想)
日本は、バブル絶頂期には、衰退して行くことを考えていなかったように思います。人間も、調子が良い時、悪い時、若い時、老いた時、色々な場面を考えるのは、その時にならないとなかなか実感がわきません。
人の思いを考えるゆとりこそが、相手を思いやる基本のように思います。「仁は人の心なり」の気持ちを常に持って日々生活をしなければと思います。
2008年04月29日
正しい道を進むならば、何も危険ない(佐藤一斎『言志録』)
正しい道を進むならば、何も危険ない
「やむを得なざる勢い」(佐藤一斎『言志録』125)
(本文)
已むべからずの勢いに動けば、即ち動いて括られず。枉(ま)ぐべからざるの途(みち)をふめば、即ちふんで危うかず。
(読訳)
やむにやまれない勢いで活動するならば、邪魔立てされることなく自由に動ける。
曲げようのない正しい道を進むならば、何も危険なことはない。
*吉田松陰は、「かくすればかくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂」という歌を残している。
(感想)
時勢の要望に、叶った「志」掲げ、やむにやまれぬ思いで、行動すれば周りが自ずと支援体制が出来てくるものです。
また、佐藤一斎『言志録』に、「墳なくして、大成はなし」の教示が表わすように、よの矛盾や、不都合に対して、関心を持つことがとても大事と先人の言葉が教えています。
いくつになっても、やむにやまれぬ熱き思いを持ち続けたいものです。
「やむを得なざる勢い」(佐藤一斎『言志録』125)
(本文)
已むべからずの勢いに動けば、即ち動いて括られず。枉(ま)ぐべからざるの途(みち)をふめば、即ちふんで危うかず。
(読訳)
やむにやまれない勢いで活動するならば、邪魔立てされることなく自由に動ける。
曲げようのない正しい道を進むならば、何も危険なことはない。
*吉田松陰は、「かくすればかくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂」という歌を残している。
(感想)
時勢の要望に、叶った「志」掲げ、やむにやまれぬ思いで、行動すれば周りが自ずと支援体制が出来てくるものです。
また、佐藤一斎『言志録』に、「墳なくして、大成はなし」の教示が表わすように、よの矛盾や、不都合に対して、関心を持つことがとても大事と先人の言葉が教えています。
いくつになっても、やむにやまれぬ熱き思いを持ち続けたいものです。
2008年04月28日
恥心を発する (開運のすすめ) 「開運に通じる改禍三綱領」
恥心を発する (開運のすすめ) 「開運に通じる改禍三綱領」
毎週月曜日の開運のすすめの第二弾、改禍三綱領から、
(現代語訳)
いま、福を得て禍から遠ざかろうと思うならば、善を行うことを論ずる以前に、まず過ちを改めることをするべきである。その過ちを改めるためには、まず第一番に恥を知る心を起こす必要がある。
思うに、古(いにしえ)の聖人賢者は、やはり我々と同じように一人の人間にすぎない。それであるのに彼の聖賢はどうして万世の師表と仰がれることがあるのであろうか。それに反して自分はどうしてこの身は瓦のようにつまらなくだめになるのであろうか。
世俗の欲望にひたり染まってしまい、人に知られぬように悪事をはたらき、しかも人は知るまいと思って、傲然といばりちらして恥じるところもない。これではまさに日に日に禽獣に堕落して、しかも自分で気付かない。世の中で恥ずかしいものは、このことぐらい甚だしいことはない。
孟子は「恥じる心ほど人間にとって大事なものはない」といっているが、それはこの恥じる心を知れば聖賢となり、この心を失えば禽獣となるからである。この恥じる心を起こすことこそ過ちを改める機会である。
(解 説)
幸福となり、禍いを避けたいと願うならば、善行を口にする前に自分の過ちを改めることが大切である。過ちを改めるには、まず第一に恥を知る心を持たねばならない。
世の中で恥ずかしいことは、目の前に欲にとらわれ、人に知られず悪事をなし、しかも知られていないと思って平然としていることだ。ともすれば、そのことを自分でも気付いていない。これでは禽獣と同じではないか。すなわち、恥じる心を持てば聖賢に近づき、その心を失えば人でなしとなる。
言うはやすく行なうはかたしであるが、この恥じる心を起こすことが過ちを改める第一歩である。心したいものである。
(感 想)
改めることをしないことが、最も恥ずべき事の教えと思います。
ミスを犯すのが凡人です。でも、それを気付き改心しないことは、恥ずべきことと思います。「恥心を発する」ことを、常に念頭に置いて、言動を気をつけたいものです。
*開運のすすめ「陰隲録」に学ぶ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=3058451
毎週月曜日の開運のすすめの第二弾、改禍三綱領から、
(現代語訳)
いま、福を得て禍から遠ざかろうと思うならば、善を行うことを論ずる以前に、まず過ちを改めることをするべきである。その過ちを改めるためには、まず第一番に恥を知る心を起こす必要がある。
思うに、古(いにしえ)の聖人賢者は、やはり我々と同じように一人の人間にすぎない。それであるのに彼の聖賢はどうして万世の師表と仰がれることがあるのであろうか。それに反して自分はどうしてこの身は瓦のようにつまらなくだめになるのであろうか。
世俗の欲望にひたり染まってしまい、人に知られぬように悪事をはたらき、しかも人は知るまいと思って、傲然といばりちらして恥じるところもない。これではまさに日に日に禽獣に堕落して、しかも自分で気付かない。世の中で恥ずかしいものは、このことぐらい甚だしいことはない。
孟子は「恥じる心ほど人間にとって大事なものはない」といっているが、それはこの恥じる心を知れば聖賢となり、この心を失えば禽獣となるからである。この恥じる心を起こすことこそ過ちを改める機会である。
(解 説)
幸福となり、禍いを避けたいと願うならば、善行を口にする前に自分の過ちを改めることが大切である。過ちを改めるには、まず第一に恥を知る心を持たねばならない。
世の中で恥ずかしいことは、目の前に欲にとらわれ、人に知られず悪事をなし、しかも知られていないと思って平然としていることだ。ともすれば、そのことを自分でも気付いていない。これでは禽獣と同じではないか。すなわち、恥じる心を持てば聖賢に近づき、その心を失えば人でなしとなる。
言うはやすく行なうはかたしであるが、この恥じる心を起こすことが過ちを改める第一歩である。心したいものである。
(感 想)
改めることをしないことが、最も恥ずべき事の教えと思います。
ミスを犯すのが凡人です。でも、それを気付き改心しないことは、恥ずべきことと思います。「恥心を発する」ことを、常に念頭に置いて、言動を気をつけたいものです。
*開運のすすめ「陰隲録」に学ぶ
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2008年04月25日
(師友)話せる人の中で、対話が持続する人は少ない
(師友)話せる人の中で、対話が持続する人は少ない
人間、気が合う、気が合わないと言いますが、2人でじっくり話しをするとした時、1時間、2時間はどうにか話が続くが、半日、一日、二日と話し続けられる人は、そうそう居るものではないように思います。
今年1月に、バンクーバーの友人家族が、実家の和歌山に帰っていたので、遊びに行ったのですが、滞在時間、昼過ぎに着いて、3時ごろ分かれたのですが、寝る(5時間くらい)以外は、ずーっと話し続けていました。2年ぶりに会ったのですが、まったく話しが切れることなく、日本人同士の妻同志は、延々しゃべっていました。
私と、カナダ人の夫同志は、片言の英語、日本語で、やっと酒が入ると、建築技術者同士もあって、話が始まり、深夜まで語っていました。私も2年ぶり、互いの気持ちが合い、いつも別れ際に、互いに英語、日本語で話そうと言いますが、5年経っても一向に上達しません。
今読んでいる、安岡正篤先生の著書「人間学のすすめ」のに、江戸期の儒学者も細井平州のことがあり、その一節に、友人の南宮大秋との久々の再開の場面が紹介されていました。
(本文より)
・・・久しぶりに会うて、二人が部屋で話し始め、(講義は)休講にしてしまって、朝から晩まで明けても暮れても、(十余日連続で)二人で話し込んでいるものだから、「どうも久しぶりに親友に会うて、ちょっと先生方おかしくなった」とみんな心配した。というぐらい嬉しかったとみえる。これにも両者の人物が彷彿として現れている。
人間は案外話せぬものですよ。「あいつは話せる」とよくいうが、話せぬ人間は実に多い。明けても暮れても、倦(う)むことを知らず話し合えるというのは、よくよくの間柄であり、よくよくの人間同士です。どうせこの両人ですからつまらぬ俗談じゃないでしょうね。世間話も入るでしょうけれども。どうも誠に羨ましい限りであると感じ入りました。(中略)
とても良い話と思いまし、羨ましく思います。
私は、時間を見つけては、興味ある方の話を聞きに、講演やセミナーに参加するのですが、私と似たようなことを、南九州の指宿を拠点に、活動をしている人がいます。
この人とは、始めは建築の話でであったのですが、その年に3度会い、時間にすると丸一昼夜くらい話をし続けました。それ以来、事あるごとに行き来し、会えば3時間も4時間も平気で話続ける関係が出来ました。この便利な時代ですが、日常は殆ど電話等での情報交換はしませんが、以外に同じようなことを考えていることが、会った瞬間に理解でき、後は更に先の展開の話で延々会話が続きます。不思議な縁としか思えませんが、年も上ですが良き友人の一人です。
今、秋に向けて新たな試みを、指宿の友人と進めています。その話しも、電話で1分内容を話し、一言「そりゃ、おもしろい」で決まり、後の話はなし。次に会うのは、多聞、九州の仲間が集まる7月になります。
話せる人は、数はそう居ませんが、とても気が許せ、互いの思いをぶつけ合える人なのかもしれません。
*参考資料:安岡正篤著書『人間学のすすめ』(3.「人間の師」細井平州とその師友)
人間、気が合う、気が合わないと言いますが、2人でじっくり話しをするとした時、1時間、2時間はどうにか話が続くが、半日、一日、二日と話し続けられる人は、そうそう居るものではないように思います。
今年1月に、バンクーバーの友人家族が、実家の和歌山に帰っていたので、遊びに行ったのですが、滞在時間、昼過ぎに着いて、3時ごろ分かれたのですが、寝る(5時間くらい)以外は、ずーっと話し続けていました。2年ぶりに会ったのですが、まったく話しが切れることなく、日本人同士の妻同志は、延々しゃべっていました。
私と、カナダ人の夫同志は、片言の英語、日本語で、やっと酒が入ると、建築技術者同士もあって、話が始まり、深夜まで語っていました。私も2年ぶり、互いの気持ちが合い、いつも別れ際に、互いに英語、日本語で話そうと言いますが、5年経っても一向に上達しません。
今読んでいる、安岡正篤先生の著書「人間学のすすめ」のに、江戸期の儒学者も細井平州のことがあり、その一節に、友人の南宮大秋との久々の再開の場面が紹介されていました。
(本文より)
・・・久しぶりに会うて、二人が部屋で話し始め、(講義は)休講にしてしまって、朝から晩まで明けても暮れても、(十余日連続で)二人で話し込んでいるものだから、「どうも久しぶりに親友に会うて、ちょっと先生方おかしくなった」とみんな心配した。というぐらい嬉しかったとみえる。これにも両者の人物が彷彿として現れている。
人間は案外話せぬものですよ。「あいつは話せる」とよくいうが、話せぬ人間は実に多い。明けても暮れても、倦(う)むことを知らず話し合えるというのは、よくよくの間柄であり、よくよくの人間同士です。どうせこの両人ですからつまらぬ俗談じゃないでしょうね。世間話も入るでしょうけれども。どうも誠に羨ましい限りであると感じ入りました。(中略)
とても良い話と思いまし、羨ましく思います。
私は、時間を見つけては、興味ある方の話を聞きに、講演やセミナーに参加するのですが、私と似たようなことを、南九州の指宿を拠点に、活動をしている人がいます。
この人とは、始めは建築の話でであったのですが、その年に3度会い、時間にすると丸一昼夜くらい話をし続けました。それ以来、事あるごとに行き来し、会えば3時間も4時間も平気で話続ける関係が出来ました。この便利な時代ですが、日常は殆ど電話等での情報交換はしませんが、以外に同じようなことを考えていることが、会った瞬間に理解でき、後は更に先の展開の話で延々会話が続きます。不思議な縁としか思えませんが、年も上ですが良き友人の一人です。
今、秋に向けて新たな試みを、指宿の友人と進めています。その話しも、電話で1分内容を話し、一言「そりゃ、おもしろい」で決まり、後の話はなし。次に会うのは、多聞、九州の仲間が集まる7月になります。
話せる人は、数はそう居ませんが、とても気が許せ、互いの思いをぶつけ合える人なのかもしれません。
*参考資料:安岡正篤著書『人間学のすすめ』(3.「人間の師」細井平州とその師友)
2008年04月25日
(平和に「忍」)胎動は、衰退の極みに生じる。(菜根譚)
(平和に「忍」)胎動は、衰退の極みに生じる。(菜根譚)
下り坂に向かう兆しは、最盛期にあらわれ、新しいものの胎動は衰退の極みに生じる。
順調なときにはいっそう気持ちをひき締めて異変に備え、難関にさしかかったときにはひたすら耐え忍んで初志を貫徹しなければならない。
(解説)
唐の時代に、張公芸という人物がいたが、この家の人は、「九世同居」つまり大家族が同じ家に仲睦まじく暮らしていることで知られていた。
時の皇帝が巡幸の途次、その邸に立ち寄って、「九世同居」の秘訣をたずねたところ、張公芸は、「紙筆ヲ請負イ、タダ百余忍ノ字ヲ書クノミ」だったという。
(感想)
外から見ると、とても仲睦まじく、すばらしい生活に思える家庭も、そろえぞれ個性の違う人間同士、日々の意見の食い違いに、戸惑う事が多々あると思いますが、それを調整し、大家族が暮らすには「忍」の一字に尽きる教えは、感銘を受けます。
「絶頂期に衰退の目が起り、どん底に上昇の兆しが見える」、苦しみの中にこそ楽しみを見つけ、好調な時にこそ厳しく自分を省みる心がけを忘れないの言葉は、ごく当たりまえのことですが、これがなかなかできないのが、人間の性分と思います。
「順調なときにはいっそう気持ちをひき締めて異変に備え・・」今日も、気を引き締めて、仕事に向かいたいと思います。
*参考資料:守屋洋著「新釈 菜根譚」
下り坂に向かう兆しは、最盛期にあらわれ、新しいものの胎動は衰退の極みに生じる。
順調なときにはいっそう気持ちをひき締めて異変に備え、難関にさしかかったときにはひたすら耐え忍んで初志を貫徹しなければならない。
(解説)
唐の時代に、張公芸という人物がいたが、この家の人は、「九世同居」つまり大家族が同じ家に仲睦まじく暮らしていることで知られていた。
時の皇帝が巡幸の途次、その邸に立ち寄って、「九世同居」の秘訣をたずねたところ、張公芸は、「紙筆ヲ請負イ、タダ百余忍ノ字ヲ書クノミ」だったという。
(感想)
外から見ると、とても仲睦まじく、すばらしい生活に思える家庭も、そろえぞれ個性の違う人間同士、日々の意見の食い違いに、戸惑う事が多々あると思いますが、それを調整し、大家族が暮らすには「忍」の一字に尽きる教えは、感銘を受けます。
「絶頂期に衰退の目が起り、どん底に上昇の兆しが見える」、苦しみの中にこそ楽しみを見つけ、好調な時にこそ厳しく自分を省みる心がけを忘れないの言葉は、ごく当たりまえのことですが、これがなかなかできないのが、人間の性分と思います。
「順調なときにはいっそう気持ちをひき締めて異変に備え・・」今日も、気を引き締めて、仕事に向かいたいと思います。
*参考資料:守屋洋著「新釈 菜根譚」
2008年04月22日
教育は大根づくり、多様な場面での適応力
教育は大根づくり、多様な場面での適応力
「人間学のすすめ」なる本が、先輩の寺の蔵書にあり借りて、少しづつ読んでいます。その一節に、江戸期の学者渋井大室の「教育は大根づくり」の話を見つけました。
(本文)
・・教育は、菊作りではなく、菜作りと同じだと思う。菊作りというものは自分の好み合うように丹精して特殊な花を咲かせて、自分の気分に入らんものはみな捨ててしまう。葉っぱ大根をつくるものは、これに反してそんなものでもいい、うまく食さえすれば良いんで、これはきわめて万人に向く有用な食料である。教育は、菊作りのような特殊な人間を作るんじゃなくって、どんな人間でも、いい人間になるように仕上げることだということをいっている。(中略)
(本文)
イギリス教育界の元老モバリー卿という人もはっきり言うておりますが、ケンブリッジやオックスフォードの学問は、いろんな知識や技術の詰め込みではなくって、とにかくその人をどんなところに置いて、どんなことをさせても、容易に人から信頼され、そのことを習熟することのできるような心構えの人を作ることである。(中略)
博識多技でなくとも、その場に捉えられて。問題を与えられたら、何でもこなせて、人から尊敬信頼されるような人柄を作っておく、心構えを作っておくことが一番大切な問題です。(中略)
二つの教育理論は、時代を越え、地域を越えたところでも、人間を育てる基本は何処も変わらないという偉人の教えと思います。
西郷隆盛の人気は、落ちることなく日本人の心にいつまでも止まることと思いますが、西郷隆盛は不思議な人で、自分が置かれた立場でいかに働くかをいつも考えていたとことを知りました。兵は兵士らしく、隊長は隊長らしく、将軍は将軍らしく、明治では元勲は元勲らしく、その立場で何をするべきかを考え続けたひとかもしれません。
また、西郷隆盛と3日会うと、離れなれない気分になるとありました。モリバー卿の教示のように、多様な場所でどんな仕事ができるか、常に最良のことを考えていたのかもしれません。
西郷隆盛の遺訓を集めた「西郷南州翁遺訓」の中に語られている、幕末の長州の英雄久坂玄瑞が「禁門の変」陣中で、指揮を執りながら部下に語った言葉に「無事は有事の如く、有事は無事の如く」があります。戦況を常に状況を聞きながら、心静かに本を読んでいたとありました。西郷隆盛は、その様子を「久坂先生は、お地蔵さんのようでごわす」と語ったと言います。
最後に、「西郷南州翁遺訓」を記録した庄内藩の若者たちが、「学問は何のためにするのですか」の問いに対しいて、西郷隆盛は、次のように答えたとありました。現代風に言うと、
「予期せぬことに直面したときに、臨機応変に対応する能力を養うこと」
と語ったと言います。
これに似た話しに、三国志の魏の曹操も、戦地に行く折には、いつも古典の本を数冊携えて出かけたとありました。曹操の訓示の一つが、「列士暮年 壮心已まず」。その時代に、名を残す人々は、常に社会変化に合わせて、自分を高める努力をし続けたのかもしれません。
*参考資料:安岡正篤著『人間学のすすめ』
「人間学のすすめ」なる本が、先輩の寺の蔵書にあり借りて、少しづつ読んでいます。その一節に、江戸期の学者渋井大室の「教育は大根づくり」の話を見つけました。
(本文)
・・教育は、菊作りではなく、菜作りと同じだと思う。菊作りというものは自分の好み合うように丹精して特殊な花を咲かせて、自分の気分に入らんものはみな捨ててしまう。葉っぱ大根をつくるものは、これに反してそんなものでもいい、うまく食さえすれば良いんで、これはきわめて万人に向く有用な食料である。教育は、菊作りのような特殊な人間を作るんじゃなくって、どんな人間でも、いい人間になるように仕上げることだということをいっている。(中略)
(本文)
イギリス教育界の元老モバリー卿という人もはっきり言うておりますが、ケンブリッジやオックスフォードの学問は、いろんな知識や技術の詰め込みではなくって、とにかくその人をどんなところに置いて、どんなことをさせても、容易に人から信頼され、そのことを習熟することのできるような心構えの人を作ることである。(中略)
博識多技でなくとも、その場に捉えられて。問題を与えられたら、何でもこなせて、人から尊敬信頼されるような人柄を作っておく、心構えを作っておくことが一番大切な問題です。(中略)
二つの教育理論は、時代を越え、地域を越えたところでも、人間を育てる基本は何処も変わらないという偉人の教えと思います。
西郷隆盛の人気は、落ちることなく日本人の心にいつまでも止まることと思いますが、西郷隆盛は不思議な人で、自分が置かれた立場でいかに働くかをいつも考えていたとことを知りました。兵は兵士らしく、隊長は隊長らしく、将軍は将軍らしく、明治では元勲は元勲らしく、その立場で何をするべきかを考え続けたひとかもしれません。
また、西郷隆盛と3日会うと、離れなれない気分になるとありました。モリバー卿の教示のように、多様な場所でどんな仕事ができるか、常に最良のことを考えていたのかもしれません。
西郷隆盛の遺訓を集めた「西郷南州翁遺訓」の中に語られている、幕末の長州の英雄久坂玄瑞が「禁門の変」陣中で、指揮を執りながら部下に語った言葉に「無事は有事の如く、有事は無事の如く」があります。戦況を常に状況を聞きながら、心静かに本を読んでいたとありました。西郷隆盛は、その様子を「久坂先生は、お地蔵さんのようでごわす」と語ったと言います。
最後に、「西郷南州翁遺訓」を記録した庄内藩の若者たちが、「学問は何のためにするのですか」の問いに対しいて、西郷隆盛は、次のように答えたとありました。現代風に言うと、
「予期せぬことに直面したときに、臨機応変に対応する能力を養うこと」
と語ったと言います。
これに似た話しに、三国志の魏の曹操も、戦地に行く折には、いつも古典の本を数冊携えて出かけたとありました。曹操の訓示の一つが、「列士暮年 壮心已まず」。その時代に、名を残す人々は、常に社会変化に合わせて、自分を高める努力をし続けたのかもしれません。
*参考資料:安岡正篤著『人間学のすすめ』
2008年04月21日
開運に通じる改過三綱領「改禍とは」(「開運のすすめ」)
開運に通じる改過三綱領「改禍とは」(「開運のすすめ」)
開運に通じる改過三綱領
(前 書)
吉凶、すなわち福(=開運)と禍(=不運)とは、まず心中に兆して、だんだんに身体に表れてくる。であるから。真実の心の暑い人ほど常に福を得て、薄い人ほど常に禍に近づくことになる。卑近の心の厚い人ほど常に福を得て、薄い人ほど常に禍に近づくことになる。卑近なことにとらわれる俗眼にはなかなか分かりにくいものである。
改過とは過ちを改めることであるが、過ちも又、心よっておこり心によって改まるものである。過ちは禍(=不運)に通じ、改過は福(=開運)に通じる。改過の要点として、『陰隲録』では三つの綱目を挙げている。その説くところは、現代にあっても傾聴にあたし、学ぶところが多いといえまいか。
<その一> 改禍とは
(現代語訳)
春秋時代の太夫(重臣)たちが、人の言動を観察し、予測してその過失や災禍を説いているのをみると、すべて納得することができる。そのことは「左氏伝」や「国語」に書かれているものを読んでみるとよく理解できる。
およそ幸・不幸のきざしは、始め心の中に芽ざして、それから表面に現れてくるものである。真実の心の厚い者ほど、常に福が得られ、薄い者ほど、常に災禍に近づくことになる。凡俗の眼は膜が厚くなっていてこの状態が見えにくく、禍福は定まらないから、俗眼にはこれまた予測することはできないものがある。ところが至誠は天意に合するものでらるから、福がすぐに来ようとするときは、その善なるものを見て、あらかじめこれを知ることができる。
禍の来ようとするときもその不善なるものを視て、必ず前もってこれを知ることができる。 春秋の時代は、古の聖人を知ることが、それほど遠くない時代であるから、その太夫たちの徳も高くその言っていることが多くあたるのはもっともなことである。
(読 訳)
災難や過失をまねく過ちを改めることはやはり、善事を積むことと同じく、開運に通じることである。では、過ちを見定めるにはどのようにしたらよいのであろうか。
中国の春秋時代の重臣たちは、人の言動を観察して、その人の将来に起る災難や過失を予測したという。禍福吉凶、すなわち幸不幸のきざしは、はじめ心の中に芽ざして、それから言動となって表面にあらわれてくるからである。
しっかりとした見識が身についていない我々であるが、春秋の重臣たちに倣(なら)い、行い正しく心を平静にして、自他ともの言動をよく観察するように努めたいものである。
(感 想)
何か失敗をした時、周りに迷惑をかけた時のことを振り返ると、やはり自分にその責任の多くがあるし、人との関係は相互関係(作用反作用)になっているので、どんな出来事もにも互いの責任があるように感じます。
交通事故を考えると、信号停車への追突は、別として、予防運転に気を付けてやっていると、接触せずに、「ハッ」とするところで終わる事が多々あります。予測の大事さを感じる瞬間ですが、これは自分の言動そのものの現われでないかと思うことがあります。
禍福も同様に、言動を慎重に考え、予測し、行動起していると日常の災難は、案外避けることができるのかもしれません。他人に迷惑をかけないように、自戒し、生きて行きたいと思います。
*参考資料:開運のすすめ~『陰隲録』に学ぶ~(永渕道彦訳)
開運に通じる改過三綱領
(前 書)
吉凶、すなわち福(=開運)と禍(=不運)とは、まず心中に兆して、だんだんに身体に表れてくる。であるから。真実の心の暑い人ほど常に福を得て、薄い人ほど常に禍に近づくことになる。卑近の心の厚い人ほど常に福を得て、薄い人ほど常に禍に近づくことになる。卑近なことにとらわれる俗眼にはなかなか分かりにくいものである。
改過とは過ちを改めることであるが、過ちも又、心よっておこり心によって改まるものである。過ちは禍(=不運)に通じ、改過は福(=開運)に通じる。改過の要点として、『陰隲録』では三つの綱目を挙げている。その説くところは、現代にあっても傾聴にあたし、学ぶところが多いといえまいか。
<その一> 改禍とは
(現代語訳)
春秋時代の太夫(重臣)たちが、人の言動を観察し、予測してその過失や災禍を説いているのをみると、すべて納得することができる。そのことは「左氏伝」や「国語」に書かれているものを読んでみるとよく理解できる。
およそ幸・不幸のきざしは、始め心の中に芽ざして、それから表面に現れてくるものである。真実の心の厚い者ほど、常に福が得られ、薄い者ほど、常に災禍に近づくことになる。凡俗の眼は膜が厚くなっていてこの状態が見えにくく、禍福は定まらないから、俗眼にはこれまた予測することはできないものがある。ところが至誠は天意に合するものでらるから、福がすぐに来ようとするときは、その善なるものを見て、あらかじめこれを知ることができる。
禍の来ようとするときもその不善なるものを視て、必ず前もってこれを知ることができる。 春秋の時代は、古の聖人を知ることが、それほど遠くない時代であるから、その太夫たちの徳も高くその言っていることが多くあたるのはもっともなことである。
(読 訳)
災難や過失をまねく過ちを改めることはやはり、善事を積むことと同じく、開運に通じることである。では、過ちを見定めるにはどのようにしたらよいのであろうか。
中国の春秋時代の重臣たちは、人の言動を観察して、その人の将来に起る災難や過失を予測したという。禍福吉凶、すなわち幸不幸のきざしは、はじめ心の中に芽ざして、それから言動となって表面にあらわれてくるからである。
しっかりとした見識が身についていない我々であるが、春秋の重臣たちに倣(なら)い、行い正しく心を平静にして、自他ともの言動をよく観察するように努めたいものである。
(感 想)
何か失敗をした時、周りに迷惑をかけた時のことを振り返ると、やはり自分にその責任の多くがあるし、人との関係は相互関係(作用反作用)になっているので、どんな出来事もにも互いの責任があるように感じます。
交通事故を考えると、信号停車への追突は、別として、予防運転に気を付けてやっていると、接触せずに、「ハッ」とするところで終わる事が多々あります。予測の大事さを感じる瞬間ですが、これは自分の言動そのものの現われでないかと思うことがあります。
禍福も同様に、言動を慎重に考え、予測し、行動起していると日常の災難は、案外避けることができるのかもしれません。他人に迷惑をかけないように、自戒し、生きて行きたいと思います。
*参考資料:開運のすすめ~『陰隲録』に学ぶ~(永渕道彦訳)
2008年04月20日
天の意志をもはね返す志を持て(菜根譚)
天の意志をもはね返す志を持て(菜根譚)
天が冷遇して幸福をさずけてくれなければ、わが徳をみがいて幸福をかちとるがよい。
天が苦役を課して肉体を苦しめてくるなら、わが心を楽にして苦痛をいやすがよい。
天が苦境に突き落として行く手をはばむなら、わが道を守って初志を貫徹するがよい。
これなら、天といえども、どうすることもできまい。
(解説)
もともと天の意志には逆らえないのだが、はね返す策がないでもない。それは他でもない、ガードを固めてつけ入る隙を与えないことだという。
(感想)
日々の気楽な環境にこそ、隙が潜んでいる。ミスをどう防ぐか、落ちそうになった時に、どう対応するかが大事な「ガード」ではないかと思います。
八方気配り、沈思黙考、決断したら、即実行。自分の心と語りつつ、日々の努力を続けて生きたいと思います。
天が冷遇して幸福をさずけてくれなければ、わが徳をみがいて幸福をかちとるがよい。
天が苦役を課して肉体を苦しめてくるなら、わが心を楽にして苦痛をいやすがよい。
天が苦境に突き落として行く手をはばむなら、わが道を守って初志を貫徹するがよい。
これなら、天といえども、どうすることもできまい。
(解説)
もともと天の意志には逆らえないのだが、はね返す策がないでもない。それは他でもない、ガードを固めてつけ入る隙を与えないことだという。
(感想)
日々の気楽な環境にこそ、隙が潜んでいる。ミスをどう防ぐか、落ちそうになった時に、どう対応するかが大事な「ガード」ではないかと思います。
八方気配り、沈思黙考、決断したら、即実行。自分の心と語りつつ、日々の努力を続けて生きたいと思います。
2008年04月19日
気持ちが、「繁栄の中の没落」にならない、私の方法
気持ちが、「繁栄の中の没落」にならない、私の方法
孔子の教えの中に、毎朝、殷の湯王は、自分の気持ちを奮い起こすために、洗面器の縁に「まことに日に新たに、日日に新たに、また日に新たなり」と刻み、顔を洗う度に読み、心を奮い起こし日々の仕事をしたとあります。
人間、日々同じ仕事、作業していると飽きが来るものです。気持ちを高めることに、先人たちも悩んでいたのかと分かります。
日本の低迷気分を、一気に変える方法は、今のとこと見つかっていません。改善は、やはり一人ひとりの「やる気」に頼るしかないと、比叡山の伝教大師が弟子たちに教示しています。その言葉が、私の色々な場面で使う「一燈照隅行」です。これは、「一隅を照らす」で、自分の存在する一隅を自分で照らせば良いの教えです。
この一燈照隅行とは、自分自身が言動に心がけて正すこと、自分を躾けることが、一番の人間の本質であり、その影響・感化を広げます。心身と実生活で模範になるよりほかにはないと、先人も説いています。
その一燈照隅行が沢山集まって、国全体を照らす「万燈照国」につながるとあります。
今の日本は、バブル期を上回る景気の大都市の中で、繁栄から取り残される人々も増えています。伝教大師は、不安を解消する「光」で、一人ひとりの人間が、輝き周りを照らし(感化し)て行くこと、時間はかかりますが、近道と語られたと思います。
一人ひとりが、志を持ち、自分自身を磨く(高める)努力をし続けるしかないと思います。
私の職能である建築士たちは、一人の建築士の所業で、信頼が大きくゆがめられ、やらなくてよい作業が膨大に増えています。これには、対応して行くしかありません。社会が変れば、自分も変らないといけません。
それぞれ方が、自分の意識を高めるために、色々な工夫をしていると思います。
私は、このブログ(日記)を書き、読んでもらい、更に色々人と会い、知らない知識を増やして行く事が、私自身の躾け(革新)につながると思い、続けています。おかげで、教えを請う、師や友がだいぶ増えて来て、その人達と語ることも、自分をとても元気にしてくれます。
昨日の日記に書いた、陽明学者山田方谷の教示ではないですが、「地域に学ぶ人が居なければ、全国に師を探せ、それでも居なければ歴史に学べ。」とあります。
人に会い、語ることがおもしろく、興味から動き回り、人と語り、考えること、書くことが、私自身の習慣になりつつあるのかもしれません。
<以前の日記>
・貧乏をくよくよせず、富貴を求めてあくせすせず(陶淵明)
・知識の豊富さより、自分を先導する師を持つ
孔子の教えの中に、毎朝、殷の湯王は、自分の気持ちを奮い起こすために、洗面器の縁に「まことに日に新たに、日日に新たに、また日に新たなり」と刻み、顔を洗う度に読み、心を奮い起こし日々の仕事をしたとあります。
人間、日々同じ仕事、作業していると飽きが来るものです。気持ちを高めることに、先人たちも悩んでいたのかと分かります。
日本の低迷気分を、一気に変える方法は、今のとこと見つかっていません。改善は、やはり一人ひとりの「やる気」に頼るしかないと、比叡山の伝教大師が弟子たちに教示しています。その言葉が、私の色々な場面で使う「一燈照隅行」です。これは、「一隅を照らす」で、自分の存在する一隅を自分で照らせば良いの教えです。
この一燈照隅行とは、自分自身が言動に心がけて正すこと、自分を躾けることが、一番の人間の本質であり、その影響・感化を広げます。心身と実生活で模範になるよりほかにはないと、先人も説いています。
その一燈照隅行が沢山集まって、国全体を照らす「万燈照国」につながるとあります。
今の日本は、バブル期を上回る景気の大都市の中で、繁栄から取り残される人々も増えています。伝教大師は、不安を解消する「光」で、一人ひとりの人間が、輝き周りを照らし(感化し)て行くこと、時間はかかりますが、近道と語られたと思います。
一人ひとりが、志を持ち、自分自身を磨く(高める)努力をし続けるしかないと思います。
私の職能である建築士たちは、一人の建築士の所業で、信頼が大きくゆがめられ、やらなくてよい作業が膨大に増えています。これには、対応して行くしかありません。社会が変れば、自分も変らないといけません。
それぞれ方が、自分の意識を高めるために、色々な工夫をしていると思います。
私は、このブログ(日記)を書き、読んでもらい、更に色々人と会い、知らない知識を増やして行く事が、私自身の躾け(革新)につながると思い、続けています。おかげで、教えを請う、師や友がだいぶ増えて来て、その人達と語ることも、自分をとても元気にしてくれます。
昨日の日記に書いた、陽明学者山田方谷の教示ではないですが、「地域に学ぶ人が居なければ、全国に師を探せ、それでも居なければ歴史に学べ。」とあります。
人に会い、語ることがおもしろく、興味から動き回り、人と語り、考えること、書くことが、私自身の習慣になりつつあるのかもしれません。
<以前の日記>
・貧乏をくよくよせず、富貴を求めてあくせすせず(陶淵明)
・知識の豊富さより、自分を先導する師を持つ
2008年04月18日
知識の豊富さより、自分を先導する師を持つ
知識の豊富さより、自分を先導する師を持つ
ドイツの教育の言葉に、レーゼマイスター(Lesemeister)、レーベマイスター(Lebemeister)があります。
レーゼマイスターと言うのは、Lesen(レーゼン)・本を読む。読師・本を読む先生。レーゼマイスターはいくらでも世の中に居る。
レーベマイスターと言うのは、Leben(レーベン)・生の意味。人生・生活・生命、われわれそのもの(人間そのもの)を導いてくれる師(先生)。このレーベマイスターは、世の中に乏しい。
日本にも似たような言葉があります。「論語読みの論語知らず」、つまり実践の学問でなければならない。人間的修養のできていない学習スタイルではなく、「論語』を体得して実践することが大事と、最近つくづく思うようになりました。
現在の日本の状況は、経済成長停滞期に入り、格差が開いているといわれます。こんなときこそ学び、自分自身を奮い立たせことが必要と思います。
意外と知られていないのが、バブルがはじけて以後も、経済成長が微妙に上がり続けて(一事は下降した)来たことはあまり報じられません。東アジアの経済成長と、価格破壊の中で、製造業は海外へ移転し、物づくり文化がしぼんでいます。戦後の成長期には、世界の工場と言われた日本の製造業が、その立場を変え、消費国へ転換に付いて行けずに迷走しています。
社会の価値(仕組み)が変るときは、知識だけの勉強では、付いて行けない人が出てきます。このような人達は、自分自身を改革(革新が)出来ずに、不況が普況になり、気持ちも低所も低迷することになります。新たな分野に挑戦する心の育成こそが、もっとも重要な教育ではないかと思います。
この人生の挑戦者へ心を変える教育を、教えるのでなく、導く師が゛レーベマイスター゛であります。
中国古典の「礼記」中に、西周の宰相・謝安の家庭教育の夫婦問答が載っていました。謝安は、著名な学者でもあるので、帰宅した謝安に、妻が文句を言います。
「貴方は、子供たちに何も教えない」と、愚痴をこぼすと、謝安は次のように答えました。
「私は、毎日教えている」
教育は、教えるのでなく、導くこと、行動で示す「垂範」が大事と言う教えと思います。昨日の日記ではないですが、知識詰め込みの机上の勉強ばかりでなく、徳を育てるには、体験や人と関わることで学ぶことが、必要なように感じます。
明治天皇に儒学を教示した三島中州の師「山田方谷」は、幕末の備中松山藩の宰相時代、内弟子として勉強に来ていた河井次之助(北陸戦争の英雄)に、語った言葉があります。
「(自分で学べなくなったら)人に学べ。まず地域にいる先輩、それでも居なければ全国の師、それでも居なければ歴史に学べ」と教示したと言います。
知識を学ぶのでなく、人の生き様を学ぶことの方が、人間を成長へ導くのかもしれません。郷土の偉人、国の偉人、世界の偉人の生き様、考え方を学ぶことは、自分を振り返る機会になると思います。そこには、挑戦心を気付かせる行動の記録があると考えています。
ドイツの教育の言葉に、レーゼマイスター(Lesemeister)、レーベマイスター(Lebemeister)があります。
レーゼマイスターと言うのは、Lesen(レーゼン)・本を読む。読師・本を読む先生。レーゼマイスターはいくらでも世の中に居る。
レーベマイスターと言うのは、Leben(レーベン)・生の意味。人生・生活・生命、われわれそのもの(人間そのもの)を導いてくれる師(先生)。このレーベマイスターは、世の中に乏しい。
日本にも似たような言葉があります。「論語読みの論語知らず」、つまり実践の学問でなければならない。人間的修養のできていない学習スタイルではなく、「論語』を体得して実践することが大事と、最近つくづく思うようになりました。
現在の日本の状況は、経済成長停滞期に入り、格差が開いているといわれます。こんなときこそ学び、自分自身を奮い立たせことが必要と思います。
意外と知られていないのが、バブルがはじけて以後も、経済成長が微妙に上がり続けて(一事は下降した)来たことはあまり報じられません。東アジアの経済成長と、価格破壊の中で、製造業は海外へ移転し、物づくり文化がしぼんでいます。戦後の成長期には、世界の工場と言われた日本の製造業が、その立場を変え、消費国へ転換に付いて行けずに迷走しています。
社会の価値(仕組み)が変るときは、知識だけの勉強では、付いて行けない人が出てきます。このような人達は、自分自身を改革(革新が)出来ずに、不況が普況になり、気持ちも低所も低迷することになります。新たな分野に挑戦する心の育成こそが、もっとも重要な教育ではないかと思います。
この人生の挑戦者へ心を変える教育を、教えるのでなく、導く師が゛レーベマイスター゛であります。
中国古典の「礼記」中に、西周の宰相・謝安の家庭教育の夫婦問答が載っていました。謝安は、著名な学者でもあるので、帰宅した謝安に、妻が文句を言います。
「貴方は、子供たちに何も教えない」と、愚痴をこぼすと、謝安は次のように答えました。
「私は、毎日教えている」
教育は、教えるのでなく、導くこと、行動で示す「垂範」が大事と言う教えと思います。昨日の日記ではないですが、知識詰め込みの机上の勉強ばかりでなく、徳を育てるには、体験や人と関わることで学ぶことが、必要なように感じます。
明治天皇に儒学を教示した三島中州の師「山田方谷」は、幕末の備中松山藩の宰相時代、内弟子として勉強に来ていた河井次之助(北陸戦争の英雄)に、語った言葉があります。
「(自分で学べなくなったら)人に学べ。まず地域にいる先輩、それでも居なければ全国の師、それでも居なければ歴史に学べ」と教示したと言います。
知識を学ぶのでなく、人の生き様を学ぶことの方が、人間を成長へ導くのかもしれません。郷土の偉人、国の偉人、世界の偉人の生き様、考え方を学ぶことは、自分を振り返る機会になると思います。そこには、挑戦心を気付かせる行動の記録があると考えています。
2008年04月18日
貧乏をくよくよせず、富貴を求めてあくせすせず(陶淵明)
貧乏をくよくよせず、富貴を求めてあくせすせず(陶淵明)
中国六朝時代を代表する詩人の詩人ですが、下と地方役人だったのですが、41歳の時に県令(県知事)に任命された。ですが、「わずかな給料しかもらっていないのに、中央の役人に頭をあげるのはまっぴらだ」という言葉を残し、わずか数月で辞職して故郷に帰った。
その後の生活は、厳しいもので、色々な不幸が続きました。従弟が若死にし、家を火事に見舞われ、マラリアも患ったとか言われています。そんな中でも、沢山の素晴らしい詩を残しました。その名は、中国国内にとどろき、名君の宋の武帝や、晋の皇帝からの官僚就任の要請を断り続けました。
下記の言葉は、陶淵明の自叙伝とのいわれる「五柳先生」に帰されているもので、
「貧賤に威威(いい)たらず、富貴に汲汲(きゅうきゅう)たらず」
意訳すると、「貧しく身分が低くてもくよくよせず、富や地位などに心を奪われてはならない」となります。陶淵明の思いは、次のことではないかと思います。
「貧しさや豊かさ、地位などに心を奪われてはならない」
日本の歴史を振り返ると、江戸中期に中国地方の小藩で活躍した、儒学者で官僚であった熊沢蕃山がいます。
熊沢蕃山は、財政再建や藩制改革の重責を担い、獅子奮迅の活躍をしたのですが、江戸幕府から儒学の考え方のことで嫌疑がかかった。そのことで、藩主とも意見が合わなくなり、官職を退き、隠遁するのですが、蕃山先生は山里の暮らしを、地域の人と共に楽しく暮らし、一生を終えたとしりました。
その考え方や生き方を、幕末の思想家・横井小楠が敬慕したといわれています。
中国六朝時代を代表する詩人の詩人ですが、下と地方役人だったのですが、41歳の時に県令(県知事)に任命された。ですが、「わずかな給料しかもらっていないのに、中央の役人に頭をあげるのはまっぴらだ」という言葉を残し、わずか数月で辞職して故郷に帰った。
その後の生活は、厳しいもので、色々な不幸が続きました。従弟が若死にし、家を火事に見舞われ、マラリアも患ったとか言われています。そんな中でも、沢山の素晴らしい詩を残しました。その名は、中国国内にとどろき、名君の宋の武帝や、晋の皇帝からの官僚就任の要請を断り続けました。
下記の言葉は、陶淵明の自叙伝とのいわれる「五柳先生」に帰されているもので、
「貧賤に威威(いい)たらず、富貴に汲汲(きゅうきゅう)たらず」
意訳すると、「貧しく身分が低くてもくよくよせず、富や地位などに心を奪われてはならない」となります。陶淵明の思いは、次のことではないかと思います。
「貧しさや豊かさ、地位などに心を奪われてはならない」
日本の歴史を振り返ると、江戸中期に中国地方の小藩で活躍した、儒学者で官僚であった熊沢蕃山がいます。
熊沢蕃山は、財政再建や藩制改革の重責を担い、獅子奮迅の活躍をしたのですが、江戸幕府から儒学の考え方のことで嫌疑がかかった。そのことで、藩主とも意見が合わなくなり、官職を退き、隠遁するのですが、蕃山先生は山里の暮らしを、地域の人と共に楽しく暮らし、一生を終えたとしりました。
その考え方や生き方を、幕末の思想家・横井小楠が敬慕したといわれています。
2008年04月17日
(徳が上、知が下)人間の本質に二つある。自分を磨く。
(徳が上、知が下)人間の本質に二つある。自分を磨く。
昭和の東洋哲学の偉人、安岡正篤先生の著書「人間学のすすめ」に一説に、幕末の名君二人、薩摩の島津斉彬公と福井の松平春嶽公のお国自慢の会話が載っていました。
(本文より)
斉彬公が、「わたしのところにはちょっと各藩を見渡しても得がたい偉い人物が家来に居る」と言われた。
すると俊嶽公が、「何家といわれる者の出身か?」と聞いた。
斉彬公は「そんな身分のものでなく、軽輩です。」と答えた。
すると春嶽公が、「よっぽどい非凡な才能や技芸の者か」と聞かれた。
斉彬公は、「別にこれという才能もありません。それは、偉大な仁者である」と答えた。
とありました。人物を見抜く、斉彬公もまた偉大な名君と思います。
西郷隆盛や楠正成という人物は、先端技術もしらず、あまり秀才でもなかったのですが、非凡といえば、「徳(徳性)」を体現していた人物と思います。
人間には、二つの内容(要素)があります。
一つは、知識だとか、技術だとか、あればあるほど結構ですが、しかし無くても人間として差しつかえなく生きることができます。
もう一つは、徳(仁)とか徳性とかです。これは、人が人を愛する、人に尽くす、人に報いる、あるいはは清いとか、真面目とかです。質実である。反対は、愛さない、報いることを知らない、不潔、不真面目では、人間ではなくなります。
この仁(徳)をどうしたら、身に付けることができるか、論語にその実践の教示が載っていました。
(本文、転載)
顔淵、仁を問う。子曰わく、己に克ちて礼に復(かえ)るを仁と為す。一日己に克ちて礼に復れば、天下仁に帰す。仁を為すは己に由る。而して人に由らんや。顔淵曰く、請う、其の目を問わん。子曰わく、礼に非(あら)ざれば視ること勿れ、礼に非ざれば聴くことなかれ、礼に非ざれば言うこと勿れ、礼に非ざれば動くこと勿れ。
(解説)
顔淵が、仁の意義をたずねた。
「私利私欲に打ち勝って、社会の秩序と調和を保つ礼に立ち戻るのが仁である。たとえ一日でも己に克って礼に帰れば、天下の人も自ずから仁になっていく。その仁を行うのは、自らの意志によるべきで、他人の助けによるべきでない。」
顔淵が更に、たずねた。
「礼にはずれたことは視ないように、礼にはずれたことは聴かないように、礼にはずれたことは言わないように、礼にはずれたことは行わないようにすることだ」
(感想)
日々、生きていると仕事にかまけて、約束を忘れたりすることがあります。目の前のことで、一生懸命で、安易に約束をして、行けなかったりしたります。誠の恥ずかしいことですが、そんな時に心は動揺します。
仁者は、常に平常心を保ち、相手を思いやるゆとりがあるように思います。「愛し、尽くし、報いる。」なかなか出来ないのが、一般人ですが、今日の気付きを忘れないように、顔淵が、この問答の最後に語る言葉に、「この教えを、一生をかけて実行して行きたい。」と孔子に誓っています。
論語読みの論語知らずと言われないように、少しでも仁の心を忘れずに、日々反省をしつつ、実践していくことが大事と思います。
今の中国の指導者たちに、「仁」の心が必要な気がします。
昭和の東洋哲学の偉人、安岡正篤先生の著書「人間学のすすめ」に一説に、幕末の名君二人、薩摩の島津斉彬公と福井の松平春嶽公のお国自慢の会話が載っていました。
(本文より)
斉彬公が、「わたしのところにはちょっと各藩を見渡しても得がたい偉い人物が家来に居る」と言われた。
すると俊嶽公が、「何家といわれる者の出身か?」と聞いた。
斉彬公は「そんな身分のものでなく、軽輩です。」と答えた。
すると春嶽公が、「よっぽどい非凡な才能や技芸の者か」と聞かれた。
斉彬公は、「別にこれという才能もありません。それは、偉大な仁者である」と答えた。
とありました。人物を見抜く、斉彬公もまた偉大な名君と思います。
西郷隆盛や楠正成という人物は、先端技術もしらず、あまり秀才でもなかったのですが、非凡といえば、「徳(徳性)」を体現していた人物と思います。
人間には、二つの内容(要素)があります。
一つは、知識だとか、技術だとか、あればあるほど結構ですが、しかし無くても人間として差しつかえなく生きることができます。
もう一つは、徳(仁)とか徳性とかです。これは、人が人を愛する、人に尽くす、人に報いる、あるいはは清いとか、真面目とかです。質実である。反対は、愛さない、報いることを知らない、不潔、不真面目では、人間ではなくなります。
この仁(徳)をどうしたら、身に付けることができるか、論語にその実践の教示が載っていました。
(本文、転載)
顔淵、仁を問う。子曰わく、己に克ちて礼に復(かえ)るを仁と為す。一日己に克ちて礼に復れば、天下仁に帰す。仁を為すは己に由る。而して人に由らんや。顔淵曰く、請う、其の目を問わん。子曰わく、礼に非(あら)ざれば視ること勿れ、礼に非ざれば聴くことなかれ、礼に非ざれば言うこと勿れ、礼に非ざれば動くこと勿れ。
(解説)
顔淵が、仁の意義をたずねた。
「私利私欲に打ち勝って、社会の秩序と調和を保つ礼に立ち戻るのが仁である。たとえ一日でも己に克って礼に帰れば、天下の人も自ずから仁になっていく。その仁を行うのは、自らの意志によるべきで、他人の助けによるべきでない。」
顔淵が更に、たずねた。
「礼にはずれたことは視ないように、礼にはずれたことは聴かないように、礼にはずれたことは言わないように、礼にはずれたことは行わないようにすることだ」
(感想)
日々、生きていると仕事にかまけて、約束を忘れたりすることがあります。目の前のことで、一生懸命で、安易に約束をして、行けなかったりしたります。誠の恥ずかしいことですが、そんな時に心は動揺します。
仁者は、常に平常心を保ち、相手を思いやるゆとりがあるように思います。「愛し、尽くし、報いる。」なかなか出来ないのが、一般人ですが、今日の気付きを忘れないように、顔淵が、この問答の最後に語る言葉に、「この教えを、一生をかけて実行して行きたい。」と孔子に誓っています。
論語読みの論語知らずと言われないように、少しでも仁の心を忘れずに、日々反省をしつつ、実践していくことが大事と思います。
今の中国の指導者たちに、「仁」の心が必要な気がします。
2008年04月16日
不愉快な忠告こそ聞け(菜根譚)
不愉快な忠告こそ聞け(菜根譚)
たえず不愉快な忠告を耳にし、思いどおりにならない出来事をかかえていてこそ、自分を向上させることができる。
耳にこころ良いことばかり聞かされ、思いどおりになることばかり起こっていたら、どうなるか。自分の人生をわざわざ毒びたしにしているようなものだ。
(解説)
忠告や諫言(かんげん)は、聞かされる方にすれば、けっしてこころよいものではない。だが、これにどう対応するかによって、人間としての器量が問われるばかりでなく、成長を遂げるか成長を止めるてしまうかの分かれ道ともなる。
(感想)
耳に心地よい言葉が、気分が良いものです。
問題の真髄をずばり突く、苦言は歯をくいしばりたくなります。
でも、どちらが将来自分を大きくするか思うと、忠告をしてくれた人を怨み、さげすむようでは、将来は難しいと一般に人も考えます。性格で、ついついやってしまうミスがあります。それを隠し、取り繕っても、ボロが必ず後で出てきます。
それよりは、忠告、諫言を謙虚に聞き、の忠告者を先生にして、自分の悪い部分を修正する懐の深さが、必要と思います。そして、その忠告者も仲間になって行くとことが多々あります。
何ごとにも、謙虚な姿勢が、苦境を開くと思います。臆せず、非を認め、改善する勇気が必要な気がします。
たえず不愉快な忠告を耳にし、思いどおりにならない出来事をかかえていてこそ、自分を向上させることができる。
耳にこころ良いことばかり聞かされ、思いどおりになることばかり起こっていたら、どうなるか。自分の人生をわざわざ毒びたしにしているようなものだ。
(解説)
忠告や諫言(かんげん)は、聞かされる方にすれば、けっしてこころよいものではない。だが、これにどう対応するかによって、人間としての器量が問われるばかりでなく、成長を遂げるか成長を止めるてしまうかの分かれ道ともなる。
(感想)
耳に心地よい言葉が、気分が良いものです。
問題の真髄をずばり突く、苦言は歯をくいしばりたくなります。
でも、どちらが将来自分を大きくするか思うと、忠告をしてくれた人を怨み、さげすむようでは、将来は難しいと一般に人も考えます。性格で、ついついやってしまうミスがあります。それを隠し、取り繕っても、ボロが必ず後で出てきます。
それよりは、忠告、諫言を謙虚に聞き、の忠告者を先生にして、自分の悪い部分を修正する懐の深さが、必要と思います。そして、その忠告者も仲間になって行くとことが多々あります。
何ごとにも、謙虚な姿勢が、苦境を開くと思います。臆せず、非を認め、改善する勇気が必要な気がします。
2008年04月14日
物の命を大切にすること「開運のすすめ」
物の命を大切にすること「開運のすすめ」
どのようなことを以って物の命を愛惜すというのであろうか。
およそ人間が人間として価値があるのは、ただこの物を憐れみいたわる惻隠の心があるからこそである。故に仁を求めるものはこの惻隠の心を求め、徳を積むのはこの惻隠の心を積むのである。
周代の礼に「正月には、祭祠に供える犠牲に牝を用いてはいけない。」というのである。また孟子は、庖厨(ほうちゅう)を遠ざける。」といっている。これらはみなわが惻隠の心のそこなわず全うさせようとするわけである。それ故に、我々の先人たちに四不食の戒というものがある。それは、
一、殺す様子を聞いた時にその肉を食わない。
二、殺す様子を見た時にその肉を食わない。
三、自分で飼っているものを食わない。
四、自分に馳走するためにわざわざ殺したものを食わない。
の四つの戒めをいうのである。
学問をするものがいまだ肉を絶つことができなければ、まずこの四戒を守ることから始めて、段々と精進して行くべきである。
このようにして慈悲の心がますます加わっていったならば、不食の戒めの範囲もますますひろくゆきわたるようになる。ただこれだけに止まらない。うごめいている虫も人類もみな同じく天から与えられた物の命である。(絹)糸をつくるために繭を煮、地を掘っては。虫を殺したりする。
こうして我々の食するものの由来うぃ考えてみると、みな他のものを殺して自分を活かしているのである。また手で誤って傷つけたり、足で過って踏み殺したりするのまで数えるとどれほどあるかわからない。これらはみな殺さぬように、つぶさに防ぎたすけてやらねばならない。
また殺さぬように戒めることと、生きものを放ち助けてやることとは互に裏表をなしていて大切なことである。
その表の放生の話をすれば、蟻を救ってやったためにその功徳で科挙の試験の第一番で合格したもの、鹿の子をにがしてやって宰相となったもの、雀を救って三公となったもの、亀をにがしてやって諸侯となったものなどあり、これはみな殷の湯王は四方に張った網の三面を解いて、右に行こうと思えば右に行け、左に行こうと思えば左に行け、天命を用いないものだけがわが網に入れということと同じ仁の心のあらわれである。それであるから、どうして財物・飲食をむさぼる欲深い悪獣のような心をもって自分の欲をほしいままにしてよいはずかない。
善行は窮(きわま)りないものであってすべてを述べつくすことはできない。しかしこれまで挙げた十箇条のことから、広く推しひろめていったならば、そのときはあらゆる徳をそなえることができるのである。
惻隠の心:人をおもいやる心の切なること。惻隠の心が仁の端緒である。
(読 訳)
人間が人間として価値があるのは、ものを憐れみいたわる惻隠の心があるからである。だがら、平生において絶えず物の命をいとおしんで、仏教で言うところの慈悲の心を養っていかなければならない。
我々の食するものの由来を考えれば、みな他の物を殺して自分を活かしているのである。我々の命は他の生き物の、命あっての命なのである。単に人間の命に限定した小さな物差しで考えるなど以ってのほかである。
善行の種類や方法を限りなくあるが、ここの挙げた十箇条を推し進めて行けば、あらゆる徳が身に付き、引いては開運に通じることとなる
(感想)
これまで挙げた善行の進め十箇条を、何度も読み返し、さらに自分の言行を反省し、自分自身を善導することに気を配ることと思います。
みなさまにとって、説き出会い、良き交流が、人生を豊かにして行くと願っています。
*参考資料:開運のすすめ~『陰隲録』に学ぶ~(永渕道彦訳)
<コミュニティ>
・開運のすすめ「陰隲録」に学ぶ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=3058451
開運のすすめ十箇条を掲載しています。ご一読頂ければ幸いです。
・心を育てる言葉
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1186424
先人の色々な訓示・教示を掲載しています。
<以前の日記>
・(金本選手二千本)どんな仕事にも自分の搭をつくろう
・(「人権の環」拡大)聖火リレーの中止求める電話殺到
どのようなことを以って物の命を愛惜すというのであろうか。
およそ人間が人間として価値があるのは、ただこの物を憐れみいたわる惻隠の心があるからこそである。故に仁を求めるものはこの惻隠の心を求め、徳を積むのはこの惻隠の心を積むのである。
周代の礼に「正月には、祭祠に供える犠牲に牝を用いてはいけない。」というのである。また孟子は、庖厨(ほうちゅう)を遠ざける。」といっている。これらはみなわが惻隠の心のそこなわず全うさせようとするわけである。それ故に、我々の先人たちに四不食の戒というものがある。それは、
一、殺す様子を聞いた時にその肉を食わない。
二、殺す様子を見た時にその肉を食わない。
三、自分で飼っているものを食わない。
四、自分に馳走するためにわざわざ殺したものを食わない。
の四つの戒めをいうのである。
学問をするものがいまだ肉を絶つことができなければ、まずこの四戒を守ることから始めて、段々と精進して行くべきである。
このようにして慈悲の心がますます加わっていったならば、不食の戒めの範囲もますますひろくゆきわたるようになる。ただこれだけに止まらない。うごめいている虫も人類もみな同じく天から与えられた物の命である。(絹)糸をつくるために繭を煮、地を掘っては。虫を殺したりする。
こうして我々の食するものの由来うぃ考えてみると、みな他のものを殺して自分を活かしているのである。また手で誤って傷つけたり、足で過って踏み殺したりするのまで数えるとどれほどあるかわからない。これらはみな殺さぬように、つぶさに防ぎたすけてやらねばならない。
また殺さぬように戒めることと、生きものを放ち助けてやることとは互に裏表をなしていて大切なことである。
その表の放生の話をすれば、蟻を救ってやったためにその功徳で科挙の試験の第一番で合格したもの、鹿の子をにがしてやって宰相となったもの、雀を救って三公となったもの、亀をにがしてやって諸侯となったものなどあり、これはみな殷の湯王は四方に張った網の三面を解いて、右に行こうと思えば右に行け、左に行こうと思えば左に行け、天命を用いないものだけがわが網に入れということと同じ仁の心のあらわれである。それであるから、どうして財物・飲食をむさぼる欲深い悪獣のような心をもって自分の欲をほしいままにしてよいはずかない。
善行は窮(きわま)りないものであってすべてを述べつくすことはできない。しかしこれまで挙げた十箇条のことから、広く推しひろめていったならば、そのときはあらゆる徳をそなえることができるのである。
惻隠の心:人をおもいやる心の切なること。惻隠の心が仁の端緒である。
(読 訳)
人間が人間として価値があるのは、ものを憐れみいたわる惻隠の心があるからである。だがら、平生において絶えず物の命をいとおしんで、仏教で言うところの慈悲の心を養っていかなければならない。
我々の食するものの由来を考えれば、みな他の物を殺して自分を活かしているのである。我々の命は他の生き物の、命あっての命なのである。単に人間の命に限定した小さな物差しで考えるなど以ってのほかである。
善行の種類や方法を限りなくあるが、ここの挙げた十箇条を推し進めて行けば、あらゆる徳が身に付き、引いては開運に通じることとなる
(感想)
これまで挙げた善行の進め十箇条を、何度も読み返し、さらに自分の言行を反省し、自分自身を善導することに気を配ることと思います。
みなさまにとって、説き出会い、良き交流が、人生を豊かにして行くと願っています。
*参考資料:開運のすすめ~『陰隲録』に学ぶ~(永渕道彦訳)
<コミュニティ>
・開運のすすめ「陰隲録」に学ぶ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=3058451
開運のすすめ十箇条を掲載しています。ご一読頂ければ幸いです。
・心を育てる言葉
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1186424
先人の色々な訓示・教示を掲載しています。
<以前の日記>
・(金本選手二千本)どんな仕事にも自分の搭をつくろう
・(「人権の環」拡大)聖火リレーの中止求める電話殺到

