2008年07月30日

勇気を失うことは全てを失うことだ

<今日の名言>

「金を失うことは些細なことで、名誉を失うことは甚大だ。だが、勇気を失うことは全てを失うことだ」
- ウィンストン・チャーチル -

 これは、常に勇敢でることを信条としていたチャーチルに最もふさわしい言葉と言えるだろう。  

Posted by ノグチ(noguchi) at 08:44Comments(0)TrackBack(0)リーダーの名言

2008年06月19日

地位が上がるほど「役得」を捨て「役損」を考えろ(白州次郎)

地位が上がるほど「役得」を捨て「役損」を考えろ(白州次郎)

 白州次郎氏は、終戦直後外相になった吉田茂氏の要請で、終戦連絡事務局参与に就任した。白州氏が国政に関わった最初の仕事は、日本国憲法の策定でした。
 白洲氏は、祖父の儒家のDNAの血に加え、7年間ケンブッリジで学んだ英語力とジェントルマン精神で、日本が危機に直面する中、戦後処理に奔走した。もう一つが、通商産業省の創設でした。

 戦前から貿易事業に関わり、ヨーロッパを中心とした人脈と、「至誠」から繰り出される流暢な英語は、交渉するアメリカ占領軍の官僚も、たじたじだったと言われます。
 厳しい姿勢の白州氏の別の一面を知る一人、元首相の宮澤喜一氏の言葉が先月読んだ本にありました。

(本文より) 
 四日市中央海軍燃料払い下げ問題に関しては余談がある。次郎の伝手(つて)がなければ入札に入れないという口コミが広がった結果、次郎の名刺が一枚5万円という異常な高値を呼んだという噂が流れたのだ。当の本人は、

「オレにもその名刺を五、六枚まわしてくれよ」

と、言って笑っていたが、実際、次郎の名刺の威力は絶大だった。そんな次郎のことを ゛ファイブ・パーセンター ゛(5パーセントのマージンをとる男の意)と呼んで揶揄(やゆ)する向きもあった。だが彼は利権屋だったかというと、それは違う。身近で次郎のことを見ていた宮澤喜一は、

「白州さんが外資からコミッションをとるなんてことは絶対にありませんね」と断言している。

「人間は地位が上がれば上がるほど ゛役得 ゛を捨て ゛役損 ゛を考えろ」というのが次郎の口癖だった。

 上の役職についたからそれで何か得をしようなどとはもってのほかだというのである。これは彼のよく口にした ゛ノブレス・オブリッジ ゛(社会的地位にある者はそれ故の責任を有する)に通じる考え方だろう。

「自分より目下と思われる人間には親切にしろよ」

とも言っている。運転手にでもキャディにでも必ず「ありがとう」と言った。

「すみませんと言うのはダメだ。Say ゛Thank you! ゛」

運転手つきの社用車に乗るとき、次郎は好んで助手席に座った。理由を聞かれると、

「後ろでふんぞり返っているやつはみんなバカだ!」

と、言うことらしかった。食事のため店に来るまで来ると、

「天井でも何でもいいから、先に運転手に食べさせてやってくれ」

と、真っ先に運転手の文を注文するにが常だった。(中略)
   (以上、北康利著『白州次郎 占領を背負った男』)


 私利私欲が無く、良心から出て来る言葉は、温かいものを感じます。
「ふんぞり返っているやつはみんなバカだ!」の言葉は、痛快ですね。
 
 3年前に、ひょんな事で出会った中央官僚の方は、白洲氏と似た感触を受けました。今でも、地位が上がれば上がるほど、親切に丁寧になる人も居ることを知りました。要は、自分が何処(何)を学び取るかのあると思います。
 
「自分より目下と思われる人間には親切にしろよ」

上記の言葉を常に忘れずに、生きたいものです。

 もう一つが、白州氏の潔さ良い生き方にあります。事業の先行きが立てば、さっと後進に譲り、自分は田舎で隠遁(カントリー・ジェントルマン)生活に戻ります。これは、イギリスに在る「田舎者の有識者:カントリー・ジェントルマン」の生き方です。
 中央で゛事゛が起これば「いざ鎌倉」と急行し、終わればまた元の生活に戻る。

 また、最後の人生の言葉「遺言」は、゛葬式無用、戒名不用゛に、潔さの極致と言う気がします。次郎氏の父も亡くなる前は、一人阿蘇の山麓で隠遁生活をします。ベッドの下には、棺桶が用意されていたそうです。
 先祖から受け継がれたDNAは、白州次郎氏にも受け継がれていたと感じる一生ではなかったなと思います。。


<十八史略の人物>
 白州氏の言動を見ていると、下記の大臣(リーダー)のスタイルに見えて来ます。

・第ニの大臣は ~十八史略の人物学(伊藤肇著「呂新吾」の言葉)~
 いかにもしっかりしていて、てきぱきと問題に取り組んでゆく。剛直、直言、まっすぐに堂々と本当のことが議論できる。したがって、やや叡智や気概が露われて、時には議論になったり、反発や反抗を招くこともある。しかし、いかなる障害があっても、敢然として、主張すべきは主張し、やるべきことはどしどしやっていく人である。
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 19:11Comments(0)TrackBack(0)リーダーの名言

2008年06月04日

必ず負けの中に次の勝ちへのエキスがある(柳本晶一)

<今週の名言>

  勝ち勝ち勝ちの人生もないけど、
  負け負け負けの人生もない。

  必ず負けの中に次の勝ちへの
  エキスがあると思っています。

  失敗や挫折も、成功するまで続けたら
  失敗や挫折ではなくなります。

             柳本晶一(全日本女子バレーボール監督)

*参考資料人間力・仕事力が確実にアップする致知出版社メルマガ  

Posted by ノグチ(noguchi) at 09:40Comments(0)TrackBack(0)リーダーの名言

2008年04月18日

貧乏をくよくよせず、富貴を求めてあくせすせず(陶淵明)

貧乏をくよくよせず、富貴を求めてあくせすせず(陶淵明)

 中国六朝時代を代表する詩人の詩人ですが、下と地方役人だったのですが、41歳の時に県令(県知事)に任命された。ですが、「わずかな給料しかもらっていないのに、中央の役人に頭をあげるのはまっぴらだ」という言葉を残し、わずか数月で辞職して故郷に帰った。

 その後の生活は、厳しいもので、色々な不幸が続きました。従弟が若死にし、家を火事に見舞われ、マラリアも患ったとか言われています。そんな中でも、沢山の素晴らしい詩を残しました。その名は、中国国内にとどろき、名君の宋の武帝や、晋の皇帝からの官僚就任の要請を断り続けました。

 下記の言葉は、陶淵明の自叙伝とのいわれる「五柳先生」に帰されているもので、

「貧賤に威威(いい)たらず、富貴に汲汲(きゅうきゅう)たらず」

意訳すると、「貧しく身分が低くてもくよくよせず、富や地位などに心を奪われてはならない」となります。陶淵明の思いは、次のことではないかと思います。

「貧しさや豊かさ、地位などに心を奪われてはならない」


日本の歴史を振り返ると、江戸中期に中国地方の小藩で活躍した、儒学者で官僚であった熊沢蕃山がいます。

熊沢蕃山は、財政再建や藩制改革の重責を担い、獅子奮迅の活躍をしたのですが、江戸幕府から儒学の考え方のことで嫌疑がかかった。そのことで、藩主とも意見が合わなくなり、官職を退き、隠遁するのですが、蕃山先生は山里の暮らしを、地域の人と共に楽しく暮らし、一生を終えたとしりました。

 その考え方や生き方を、幕末の思想家・横井小楠が敬慕したといわれています。
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 08:10Comments(0)TrackBack(0)リーダーの名言