2008年01月30日

道草によってこそ「道」の味がわかる

道草によってこそ「道」の味がわかる

 この言葉は、昨年亡くなった元文化庁長官の故河井隼雄氏の著書「こころの処方箋」の一説での言葉です。

 子供の頃、「道草はいけません、さっさと家に帰りなさい」と言われたものですが、人生はそうそう、順調に推移することは少ない気がします。
 私自身は、大学進学がうまく行かず、浪人したり、社会人なったり、また浪人したり、しながら建築の専門技術を学び、設計事務所で修行し、独立に至ったのですが、その紆余曲折した過程が、今の自分を積み上げて来たように思います。

 同級生の中には、地方で著名な大学を出て、関東の大手企業に勤めたのですが、当初は給料の地域格差にびっくりしたのですが、給与の分は働き甲斐がると語っていましたが、裏返せば都市での競争で、相当無理をしていたことを後で聞きました。給与分の仕事は、事実ありますと聞き、変に納得したことを思い出します。

 最近は、同級生ともなかなか会えないのですが、2年前の高校の大同窓会を30年後に担当することで、何度も同級生と会い、色々な分野で頑張っている反面、若い頃参加した人たちが、同窓会に来ないことを思いました。

 私は、地方個人事務所で修行し、独立し自営業として細々と建築の仕事を続けてきたのですが、何処と比較するでもなく、ずーっと同窓会に関わってして来て、疑うこともなく幹事をして、楽しく終えることができ、今後4年ごとくらいに同級生で集まる会をしようと盛り上がりました。
 ふと周りを見渡すと、それぞれの分野で活躍をしている人が居るのが、30年経った同窓会のメンバーでした。

 私の順調でない人生の中で、悩み、色々な方に出会い、語り、或いは先達に教えを頂き今があります。ただ、大学で出遅れた分、30代ではみんなと並べるように、何かやりたいと建築の道で、研鑽をしてきました。その人脈の中で、社会活動やまちづくり関わり、更に、学びが広がり、テーマしだいでは深くなっています。

 夏目漱石の著書に「道草」がありますが、人生の苦難や予定外のことで、人生に深みを出てくることを感じるようで、生活の日々のごたごたもけっこう人間を成長させるのかもしれません。
 だた、河井氏の意見は、漱石の道草のテーマでもあるのですが、良き表現が有ったのでその解説文を転載します。

(本文転載)
 道草によってこそ道の味がわかると言っても、それを味わう力をもたねばならない。そのためには漱石の『道草』ほどまでにはいかないとしても、それを眺める視点をもつことが必要だと思われる。(中略)


 子供の頃の道草は、「近道さがし」「落ち葉拾い」「蟻の巣さがし」「魚さがし」とか、たまには畑を踏み荒らし、おじさんの怒鳴られ逃げたり、まったくスリル満点の面白ささがしでした。今考えるてみると、このような道草(寄り道)によってこそ、子どもは通学路の味を満喫していたのだと思います。

 順調な人生も良いのですが、一度の人生色々な挑戦もし、たまには寄り道(失敗)もあり、落胆もあり、有頂天になることもあり、色々な人生の経験から、今があるように思います。

 冒頭の言葉は、自分のことかと思え、思いつくままに書いてみました。
  

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2008年01月29日

健康の三原則(健康は心の健康が大事)

健康の三原則(健康は心の健康が大事)

第一に、心中に喜神を含むこと。
(神とは深く根本的に指して言って心のことで、どんなに苦しいことに逢っても心のどこか奥の方に喜びを持つということ。)

第二に、心中に絶えず感謝の念を含むこと。

第三に、常に陰徳を志すこと。
(絶えず人知れず善き事をえいていこうと志すこと。)

(安岡正篤著「一日一言」より)

日常の行いのことを、先人たちは健康の基と教示しています。

生活の中で、とても参考になる言葉を思いました。  

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2008年01月28日

素心規(素直な心を忘れない生き方)

素心規(素直な心を忘れない生き方)

「素心」
利害や意見や年齢や地位身分など、そういう様々な世間の着色に染まぬ生地のままの純真な心


「素心規」~生き方の指針~

一、禍か福か、福か禍か、人間の私心でわかるものではない。
  長い目で見て、正義を守り、陰徳を積もう。

二、困窮に処するほど快活にしよう。窮すれば通ずる、又通ぜし
  めるのが、自然と人生の真理であり教えである。

三、乱世ほど余裕が大切である。余裕は心を養うより生ずる、
  風雅も却ってこの処に存する。

四、世俗の交は心を傷めることが少ない。良き師友を得て、
  素心の交を心がけよう。

五、世事に忙しい間にも、寸暇を偸んで、書を読み道を学び、
  心胸を開拓しよう。

六、祖国と同胞の為に相共に感激を以って微力を尽そう。

(安岡正篤著「一日一言」より)

先人の言葉を、大事に日々、反省を忘れずに生きたいものです。

仕事は、与えられるもの、良き機会と思い、周りを最良の方向へ向かわせるような、言動に務めたいと思います。

言葉こそ、人も自分も動かす原点のように思います。

  

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2008年01月25日

決断は、怖くても前に進もうという勇気が試される

決断は、怖くても前に進もうという勇気が試される

 将棋の天才と称されて久しい、羽生善治名人が書いた、「決断力」なる本を数日前から読んでいます。勝負の世界、将棋の勝ちパターンは、十の三十乗あると書かれていました。また、今の将棋の研究(勝負)で出て来た結果は、全体の2割も満たないと書かれています。

 羽生氏曰く、新たな対戦は、新しい航路を作るのに等しいと語ってます。その将棋に中で最も大事なことは、「決断」と語っています。経験から浮ぶ、多くの指してから可能性のない差し手を省き、可能性にある数手を選び、最後の一手を決断する短い苦悩こそが将棋の醍醐味と見ました。

 その一文に、次に言葉がありました。


(転載文)

決断は自分の中にある。
現状に満足してしまうと、進歩はない。
物事を進めようとするときに、「まだその時期じゃない」「環境が整っていない」とリスクばかりを強調する人が居るが、環境が整っていないことは、逆説的に言えば、非常にいい環境だといえる。
リスクを強調すると、新しいことに挑戦することにしり込みをしてしまう。
リスクの大きさはその価値を表しているのだといるだと思えば、それだけやりがいが大きい。
そちらに目をむければ、挑戦してみようという気持ちも起きてくるのではないだろうか。(中略)


日々人は、決断をしながら生きていると思います。

今日も、熊本県出身の先輩の叙勲の祝いに参加したのですが、これは地元地域の先輩の方からのお誘いで参加したのですが、著名は方々ばかりでしたが、そこへ参加させてもらえる縁を感じた思いをしました。1万円の費用を払い、行くか、行かないかの決断が必要と思います。

「人生全て縁である」

言葉をかみしめながら、その縁をつなぐ裏方の役に徹する恩人がいるから、多くの人が綱がり、思いが伝わるとと思ました。大学の講義であれ、夜の祝いの宴席であれ、人のつながりがあってこそ参加するのだと教えられた会でした。

明後日は、宮崎に九州地域づくり会議行くのですが、新しい出会いを楽しみに行って来たいと思います。


・縁尋機妙 多逢聖因
「良い縁がさらに良い縁を尋ねて発展していく様は誠に妙なるものがある」
これを、縁尋機妙(えんじんきみょう)という。
「また、良い人と交わったいると良い結果に恵まれる」
これを、多逢聖因(たほうしょういん)という。
人間は、できるだけいい機会、いい場所、いい人、いい書物に会うことを考えなければならない。(安岡正篤著「一日一言」より)


昨晩の叙勲の席で、同世代の方と語ったときに、「縁よね」と笑みを持って語られたことを思い出します。

全ての方々に、良き出会いこそが人生(変化の)の始まりと伝えたい思っています。

人生の変化は、自分自身の行動と決断にかかっていると思います。
  

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2008年01月22日

(孟子に学ぶ)リーダーの心得

(孟子に学ぶ)リーダーの心得

 選挙が近くなると、政治家のスキャンダルや評価の話が色々出てきます。とかく、最近の政治家は、施設・道路の建設の事業や経済効果等で、自分の実績を誇示しますが、市民は果たしてどう見ているか、検証してみるのも必要と思います。

 人の生き方は、孔子の時代から変わっていないともよく聞きますが、儒教の指導者の一人「孟子」が、リーダー論を説いています。なるほどと思ったので紹介します。


孟子は言う、

「武力で天下を治めることを建前とする゛覇者゛(諸侯の旗頭)は人気取りをやるから、人民は嬉しがるが、王者はその徳が自然で目立たないから、人民はその恩恵に気づかず、のんびりと満足している。

 そこで王者がやむお得ず人民を死刑に処しても、怨みに思うこともなく、また民に利益を与えても、別段、庸(てがら・いさおし)として感謝することもない。かくして人民は日々善に遷りながら、誰のおかげかしらない。

 王者が通り過ぎる所では、人民はその徳に自然に感化され、その含蓄する微妙な働きは神秘的である。かくしてその徳の流行は天地と同じく広大である。

 だから覇者が少しばかり恩恵を施すといったようなものと、どうして比較になろうか。」
                (安岡正篤著『孟子』より)


 私が思うに、闘争(戦争、選挙)でかち取った地位に在るものは、その実績を強調しがちなのが常ですが、大盤振る舞いは、気苦労も費用も伴うものと思います。

 しかし、人心を集め民の委託を受けた指導者(王者)は、自分を飾ることなく、先見性のある言動で、人民を導き、人民自ら自分たちができうる努力(事業、社会貢献)を怠らない。

 また、安岡先生は、上記ことを次の言葉で表現されています。

「これは太陽が爽やかに晴々と照り輝いていることです。王者の民はいかにも晴々しておる。それは生道(せいどう)であるから、従ってこれを殺しても恨みはしないし、またこれにいろいろ利益をあたえても、いろいろ活用しても別段てがらとしない。(中略)」


 これからの地方社会は、リーダーの言動が大事と色々な学者が語っています。実績だけを強調する覇者のデモンストレーションに惑わされる事なく、次世代社会をどうして行くのか考え続ける独立心を持つ市民の存在が大事と思います。

 当分地域は、今のまま存在する思いますので、「一過性」のまちづくり(まち興し)ではなく、30年、50年先を見すえた、市民参加型の政策論議(ワークショップ)が必要と感じます。

  

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2008年01月21日

(時間とは不思議)少年の思いでは未来へ、老年の思い出は余命を

(時間とは不思議)少年の思いでは未来へ、老年の思い出は余命を


<本文>

私たちが、少年の日の楽しい思い出に耽(ふけ)る時、少年の日の希望は蘇り、私たちは未来を目指して生きる。

老人は思い出に生きるという、だが、彼が過去に賭けているものは、彼の余命という未来である。かくの如きが、時間というものの不思議さであります。
                   (批評家・小林秀雄著「私の人生観」17-162、47歳)

(感想)
 多くは語らず、私は当時の小林秀雄氏の年齢になっているのですが、なかなかその境地に至るゆとりさえ無いのが現実です。

 私は、生き方が問われる、50歳直前の生活が今です。


*参考資料:小林秀雄語録より、「人生の鍛錬」(新潮新書)
  

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2008年01月20日

私欲は治せるが、頑固な病は治し難い

私欲は治せるが、頑固な病は治し難い

「縦欲の病は医(いや)すべし、而(しか)して執理(しゅうり)の病は医し難し」(菜根譚)

 意味は、「私欲にこりかたまった病は治すことができる。だが、理屈にこり固まった病はどうすることもできない」とありました。

 執理:理屈っぽい、頑固、自己主張が強い、人の意見に耳をかさない

 自分の意見を持つことは良いし、社会人としても必要な条件です。しかし、固執して譲らないのでは、進歩がないし、人間関係も円滑にゆかない。過ぎたるは及ばざるがごとしで、せっかくの美点も欠点になってしまいます。


 私は、日々人と意見を交わす事が多いのですが、ついつい自分の意見だけで会議を進めてしまいそうになります。世人たちも苦労したようで、アメリカの社会評論家のデール・カーネギー氏の訓示があります。(「世界の名言100選」より)

「人を熱烈に動かそうと思ったら、相手の言い分を熱心に聞かなければならない。」

また、カーネギー氏は人を動かすための方法として他にも

「相手の望んでいるものを与える」

「相手に正当な評価を与える」

「相手の心の中にやる気を起こさせる」

「相手の立場に立って物事を考える」

など上げています。時代は違いますが、リーダーの気構えはいつの時代も変わらないのかもしれません。

参考資料:守屋洋著「中国古典 一日一話」
     金森誠也監修「世界の名言 100選」  

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2008年01月20日

君子に三戒あり、「色欲、闘争、物欲」に注意

君子に三戒あり、「色欲、闘争、物欲」に注意

 なんでもやり過ぎは良くないことは、明白なのですが、そこで羽目を外して失敗、信用失墜することが多々あります。
 最近の企業に偽装、インサーダー取引、利権奪取の闘争、人には欲がないと向上心も生まれませんが、行き過ぎると人の心が離れて、さみしい現実を知ります。
 
 論語の訓示に゛君子に三戒あり゛と説かれていますが、その意味を作家の守屋洋氏の著書「中国古典 一日一話」で解説されていました。

 まず、孔子は次のように語っています。

「少(わか)き時は、血気いまだ定まらず、これを戒むること色に在り。その壮なるに及んでは、血気まさに剛なり、これを戒むること闘に在り。その老いるに及んでは、衰う、これを戒むること得に在り。」

 守屋氏の解説を借りると

一、血気定まらぬ青年時代には、色欲を自重する。
一、血気盛りの壮年時代には、闘争欲を自重する。
一、血気の衰える老年期には、物欲を自重する。

 色、闘、得、この三つはいずれも、ほどほど発揮すると、人生を生きる活力になる。しかし、過剰に出て来ると、自分を破滅させる元になる。問題は、そのコントロールに在るようです。

 以前に書いた「四知」に教示ではないですが、常に自分の行動を振り返る謙虚さが大事なように思います。君子は、自分の行動を問う「自覚、自戒」が、三戒を自分でコントロールする術なのかもしれません。  

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2008年01月19日

国政トップの名声、富、生活と先人たち

国政トップの名声、富、生活と先人たち


 今、アメリカは大統領候補の指名争いで、テレビをにぎわせていますが、国政のトップを担う人は、色んな場面で何かと目立つし、気になる存在であります。
 ブッシュ大統領しかり、ブレア首相しかりです。日本の首相は、福田氏ですがテレビに出ない日は無いと言う気がします。

 ブレア元首相の推定年収が、12億円にはびっくりします。やはり、首相ともなると名声に富も着いて来るのかなと思います。


■ブレア・前英首相、引退後の推定収入12億円(読売新聞 - 01月17日 23:04)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=385583&media_id=20

>【ロンドン=本間圭一】英政界を引退したブレア前首相の旺盛な“稼ぎぶり”に注目が集まっている。
>中東特使を務めるかたわら、大手銀行の非常勤顧問や講演旅行で、推定収入は600万ポンド(約12億7000万円)との報道もある。


 国をリードする苦労を考えると恩給のようなものでしょうが、庶民の生活を考えると、想像できないくらいの金額であると思います。やはり政治家は、やめられないのでしょう。

 
 別の話題ですが、年末からフランスの大統領が、プライベートのことで話題になっています。トップだから、話題になるのでしょが、再婚のことで賛否、色々注目されています。


 今日の熊日朝刊の新生面に、明治の三傑の一人、西郷隆盛が語った言葉が書かれていました。


<本文転載>

「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末(しまつ)に困るものなり」

脅しても屈せず、名誉も地位も金銭も欲しがらない人を懐柔するのは難しいかろう。

西郷の言葉には続がある。

「この仕末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり」

これは、政治に携わる人の心得を説いているが、広く職業倫理にも通じるだろう。(中略)



 このコラムは、NHKのインサーダー取引のことを書いたものですが、公のことに関わる人は、「仕末に困る」ほどの人でなければいけないと書かれていました。
 
 明治の伊藤博文や、戦後の吉田茂は、私財は自宅くらいで、現代の政治家とはだいぶ様相が違うように感じます。


 また、中国の「後漢書」に次の一説があります。

「糟糠(そうこう)の妻は堂より下さず」

意味:若いころ、糟(かす)や糠(ぬか)を食って苦労した古女房は、偉くなって金がたまっても、棄てたり、粗末に扱ってはならない。

解説書を要約した話ですが、光武帝の出戻りの姉が、重臣の宋弘(そうこう)に思いを寄せていた。光武帝は、宋弘に考えを問うてみた。

「下世話にも、富ては交わりを易(か)え、貴(たっと)くしては妻を易うというそうだが、どう思うね」

「いや、私は゛貧銭の交わりは忘るべからず、糟糠(そうこう)の妻は堂より下さず゛と聞いております」

と宋弘は答えた。


 感動する話と思いました。また、これを読んだ時に、昔も同じようなことがあっていたのだろうと推測します。

 しかし現代は、熟年離婚とかで、自分から出て行く古女房が多いそうで、世相の変化で、夫婦の考え方も変わっているのかもしれません。

 




  

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2008年01月18日

自身と和とする事の出来ぬ心、他に行く道はない

自身と和とする事の出来ぬ心、他に行く道はない

(本文)
自分自身と和とする事の出来ぬ心が、どうして他人と和する事が出来ようか。そういう心は、同じて乱をなすより他に行く道はない。(小林秀雄著『私の人生観』17-182)


(感想)
感想を書きません。色々な意見をいただければ幸いです。

*参考資料:小林秀雄語録集「人生の鍛錬」(新潮新書)
  

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2008年01月15日

愛することは、幸福になってもらいたいと願うこと

愛することは、幸福になってもらいたいと願うこと

 昨日、一昨日と、近畿の和歌山市まで、バンクーバーから帰郷中の友人家族に会いに行ってきました。約3年ぶりの再開ですが、会った瞬間から3年の空白が無くなる感覚を味わいます。

 私は、1,999年からインターネットを利用しますが、奥さんの方とメーリングリストで出会いました。一番遠くの友人でありながら、夫婦ともに気の会う友人になりました。これまで、実家の和歌山に帰る度に、熊本まで3度足を伸ばしてくれたので、今度は私たちが行こうと、片道約6時間のJRの旅を楽しんで来ました。

 13日朝8時前に家を出て、リレーつばめ、山陽新幹線、阪和線を乗り継ぎ、14時に到着しました。田舎者の旅ですから乗り継ぎ時間をゆっくり取り、駅弁買ったりで色々語りながらで、アッと言う間に着いた気分でした。


 和歌山到着後は、途切れることなく話をして、眠った以外は、ずっと話をしたような1泊2日でした。
 日常は、メールを妻たちはやり取りしているようで、話が途切れることがなく、英語の使いえない私と、日本語の使えないカナダ生まれの彼は、両方使える6歳の娘の遊び相手を交互にしていました。
 互いに、今度会うときは片言の英語を使おうと分かれるのですが、進歩しない英会話です。(笑い)

 でも男同士、また建築関連の仕事をしているので、お酒が入ると互いの仕事のことや、インターネット上に在る、互いのプロジェクトの写真を見て評価したり、単語が解からない時は、電子辞書を使い、四苦八苦しますが思いは伝わるものです。夫婦とも、深夜2時近くまで語っていました。

 ホントに縁あって人は出会うと言いますが、バンクーバーと言う地球の裏側に住む、国際結婚の家族と交流を持つとは思ってもいませんでした。言葉、国籍、宗教を越えて、心の通い合いは、実現すると思います。


 カナダの友人は、2代続く左官職人。若いですが、日本で言う1級技能士の力量を持つ技術者で、仕事の方は切れること無いと言います。「なんで冬に日本に居るのか?」と言いますと、バンクーバーは北海道より、緯度は高く、左官工事は水を使う仕事で、冬場は寒すぎて仕事にならないので、休暇も兼ねて日本に来るそうです。

 現在のバンクーバーは、2,010年の冬季オリンピックブームで、物価も上がりバブル状態に近いとも話していました。それもあって、仕事は増えていると話ていました。

 
 国際結婚は、国籍、文化、宗教の違いを越えて、家族が交流していくこと。互いを理解するには、時間と努力が要るとも話していました。しかし遠路でも、実家の家族を思う気持ちは変らないと、毎年帰郷している生き方には頭が下がるばかりです。

 今回初めて、和歌山の家に行くことが出来、互いに育った環境を見て、会話する話題が増えたように感じます。


 新幹線の中で読んだ本に、次の一節がありました。神学者のトマス・アクィナス(1224~74年)の言葉です。 

「誰かを愛することは、その人に幸福になってもらいたいと願うことである」
                     
 愛すること、思いを寄せること、応援すること、色々言葉は違えど、男であれ、女であれ、親子であれ、この世で出会った人に、幸福になるように思うことは、世界共通と思います。

 そんな思いを、周りの人たちが持つと、やさしい空気が生まれるように思います。いがみ合うより、思いやる心を、世界の子供たちに伝えたいですね。

 次回は、バンクーバーで会いたいねと別れました。

 長くなりましたが、和歌山行きの報告でした。


*熊本の方へ、
 14日の熊日の読者の広場に私の投稿の「改革の主体は、市民と地方へ」が載っています。お読み頂き、意見を頂けるとありがたいです。よろしくお願いします。
  

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2008年01月12日

天職とは何か、人の望みは沢山有り

天職とは何か、人の望みは沢山有り

 今朝は、自宅書斎の片付け、午後はNGOの打ち合わせ、明日・明後日は、和歌山の友人に会いに行きます。なんやかやの連休です。

 皆様の連休はいかがでしょうか?


 私は、ものづくりが好きで、設計と言う仕事をしています。設計は、建築・施設、あるいは街や地域を、構想した目標に限りなく近づけるために、ものづくりの職人たちをネットワークして行くことではないかと最近考えるようになっています。

 別の言葉を使えは、将来利用する人々の要望(情報)を形に変えていく仕事とも言われますが、設計はコミュニケーションそのものかもしれません。

 また完成後、もの・施設・街には、人が関わって行き、ニーズも変わり、社会変化、行政サービスの変化で、使い方が変わり、その都度修正が必要になります。終わりの無い、情報収拾の連続が設計とも言えます。でも、これが面白く、かれこれ25年やって来ました。

 小林秀雄氏の語録を集めた「人選の鍛錬」の次の言葉がありました。年齢的にも、同じくらいの年に書かれたもので、私の関心を引く言葉でしたので、ご紹介します。


~小林秀雄語録より~

 天職と言う言葉がある。若し天という言葉を、自分の職業に対していよいよ深まって行く意識的な愛着の極限概念と解するなら、これは正しい立派な言葉であります。

 今日天職という様な言葉がもはや陳腐に聞こえるのは、今日では様々な事情から、人が自分の一切の喜びや悲しみを託して悔いぬ職業を見つける事が大変困難になったので、多くの人が職業のなかに人間の目的を発見する事を諦めてしまったからです。

 これは悲しむべき事であります。
(「私の人生観」17-137、1949年、48才)


 人間は何と人間らしからぬ沢山の望みを抱き、とどのつまりは何とただの人間で止まることでしょうか。
(「私の人生観」17-142、1949年、48才、)


 と、厳しい指摘です。論語に次の言葉があります。

「三十にして立ち、四十にして迷わず、五十にして天命を知る」

 小林氏も、50才を前にして、色々考えた時期だったのかもしれません。私もその年になり、「天命」あるいは「天職」とは、なにか自問しているように思います。

 人は悩む事で、少しづつ成長していくのかもしれません。


 ちなみに、私のメールマガジンは、6年前に始めたのですが、そのきっかけは大阪の町工場の職人社長の熱意と研究心に感動して書いたことを思い出します。この人は、「開発が天職」と語っていたように思います。寝食を忘れ、毎日考えることが面白いとも語ってました。

 世界一細い注射針を開発した人です。「細さ0.2mm」凄いですね。
  

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2008年01月11日

時代、時勢に合わせて勉強してこそ学問・学習

時代、時勢に合わせて勉強してこそ学問・学習

~改革の主体は 市民と地方へ~

 1月3日地元紙朝刊に、作家の立花隆氏は、日本社会は、戦後民主主義教育を受けた世代は、幅広い考えを持ち、意見は衝突するが協力し合う力を培っている。と書いていました。21世紀の改革の主体は、『官から民へ』移って行くと思います。

 また立花氏は、「日本の経済成長に、大きく貢献したのは平和憲法の存在」とありました。それを象徴した出来事に、冷戦終結の米ソ首脳会談で、「もう冷戦はやめよう。冷戦でいがみ合っているうちに、いいところは日本にみんなもっていかれてしまった。」と語ったと紹介しています。これから、いかに平和が大事か、国際関係が大事か、そして国がどこを目指しているかが大事か教えられます。

 同日の朝刊に、熊本出身の政治学者・姜尚中(かんさんじゅん)氏は、国政の情勢を検証し、「日本のリーダーたちは、これだけ世襲化が進むと結局、リアルなものがよく分からなくなっている。これからのリーダーは、地方から生まれて来ると思う。」には元気付けられました。両氏の提言から、時代に合わせた学びが大事と教えられます。

 論語の冒頭に「学びて時に之を習う」の言葉があります。その意味を哲学者故安岡正篤氏は、「その時代、その時勢に合わせて勉強してこそ学問・学習」と説いています。

 昨日のトピックではないですが、やはり体験から学ぶことの大切さがあると、先人も幾度と無く説いています。

 これは、地元紙に投稿した原稿です。政治が話題ですが、企業のリーダーとして読み替えて頂くと、「思い」が伝わると思います。よろしくお願いします。
  

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2008年01月10日

君子の道は四有り「恭、敬、恵、義」

君子の道は四有り「恭、敬、恵、義」

孔子曰わく、
「君子の道は四有り。
其の己を行うや恭、
其の上(かみ)に事(つか)うるや敬、
其の民を養うや恵、
其の民を使うや義。」

(解説)
為政者の守るべき道は、四つある。
第一は、自分の身の振舞いをうやうやしくする、
第二は、上に仕えては慎み敬うことである、
第三は、民を養うには、慈しみ且つ恵み深いことである、
第四は、民を使うには、道義に叶って公正であることである。

(感想)
昨年の官僚や大企業の不祥事見ると、上の4つのことから全部外れているように思います。
この4つの道(生き方)を常に、省みる方針として反省する、少しのゆとりを持てるようにしたいものです。
  

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2008年01月05日

(休み最終日)心を洗われた一日

(休み最終日)心を洗われた一日


 今日は、朝から「親子論語教室」に参加して来ました。私の仕事場の正月休みは今日まで、午後は久々の父と所有の里山に、出かけようかと昼食に間に合うように帰ったのですが、親戚の来訪で山仕事は中止、しかたなくお昼のNHK-BSで、若者たちが「日本語で語る『世界会議in中国』(北京大学)」のフォーラムが放映されていたのです、はじめからじっくり見ました。


 7ヶ国9名の若者(22歳)が、国の小平気を越えた交流をテーマに語るものでした。

その最後に、一言づつ語ったのですが、思いは次のような言葉でした。

「国も地域も、そして個人も、それぞれ文化があり、互をまず理解し会うには、一歩踏み出して語ることが必要」と、各国の学生が語っていました。

また、日中の歴史認識と感情について、中国の学生が語った言葉が印象に残りました。

「色々な人と話すときには、『誠意』を込めて語ろう。」と訴えていました。また、

「民族や宗教、国の仕組みは違うが、人間としての持っている『美しい心』は、人類共通にあると思う。」の言葉には、嬉しくなってしまいました。

午前中は、中国古典の「論語」で心を洗われ、午後は世界に学生たちの「平和な未来」を構築しようとする「誠意」ある言葉で、また心を洗われました。

今の世界は、貧困、水、エネルギー、食料等の問題で、いがみ合い、不信感、紛争、難民と混迷を極めています。

しかし、この若者たちの「志」があれば、少しづつ互いを理解しようとする人たちが増えると信じられます。

今後、自国(私)の視点からだけでなく、世界(公)の多様な問題を語る場(会)を、いくつも重ねることが必要と感じます。その基本が、一人ひとりの交流にあると思います。

今朝の論語教室の塾長の年始の挨拶に、次の論語の言葉が紹介されました。孔子の弟子の曹子が語ったことばです。

「君子は文を以って友を会し、友を以って仁を輔(たす)く。」

(意味)
君子(立派な人となろうと志す人)は、文事(詩書礼楽等)によって友と会し、その友達同志の切磋琢磨によって仁の道を実行して人間向上の助けとする

 文事(詩書礼楽等):学問、文化、芸術、等
 仁:思いやり、あわれみ、徳が優れた、いつくしむ、他


朝の「親子論語教室」しかり、テレビの「国際会議」しかり、同じ目標をもつ同志(友)が集い、学び、語ることから、「相互理解」と言う発想が生まれるのかもしれません。

お正月の最後の休日は、そんな日でした。これから、娘を学校まで迎えに行くのが今日最後の用です。

皆様の正月休みはいかがだったでしょうか?
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 18:23Comments(0)TrackBack(0)

2008年01月04日

開運のすすめ「福は己が創る」~陰隲録(いんしつろく)~

開運のすすめ「福は己が創る」~陰隲録(いんしつろく)~

 明けましておめでとうございます。2008年の幕開けです。

 熊本で(ちらほら)雪の正月です。世界の皆様はいかがお過ごしでしょうか?
 これこそ、インターネットの世界と思います。マイミクは、五大陸だけでなく、太平洋の小さな島にもいます。世界の障壁は、限りなく薄くなっていると感じる「世界」と思います。

 地球は、温暖化、グローバル、そしてローカルの大事さが問われています。でも、この問題は、2,500年前から語られた事だと、色々な文献から気付かされます。その時代を生きた、一人ひとりの気付きが、社会を変える起因と思います。
 さて、年末年始の難しい話は置きまして、未来へのヒントになる話をしたいと思います。

「開運の進め」なる本があります。

みなさん「易」と言う言葉をご存知でしょうか?
世俗の占いの世界の話ではありません。

これは、占い本ではなくて、人と人が関わる「人間関係学」と言いましょうか、人と人がどう関係を持つかの、「工夫」の教えと師は語ります。

その代表的な教示の書で、日本の江戸期、明治期に読まれた「陰陰録(いんしつろく)」にその答えがあるように思います。

難しい署名ですが、その語源はあまりにも普通の生活の中から生まれています。

陰隲禄の陰隲とは、「経書」にある言葉ですが、「これ天陰に下民を隲(さだ)め、その居を相協する」とあります。天というものは、知らず知らずの内に下民を安じ定め、民のため居をたすけ保ち協力させる、と言う意味です。

王道(リーダー)の日常の行動論のヒントが「陰隲録」と思います。

「陰隲録」の理念で重要な教示は、「志」を立てることとあります。今日の冒頭の「 福は己が創る」は、何千年の時を越えた、訓示であり、なかなか実行できない人生の課題も含まれています。でも、そこには活力の源泉が在ります。

 2,500年前の孔子の教えに、孔子から以前2500年前の「聖王」湯王の自己啓発の訓示を紹介します。仮設ですが、5,000年前?くらいの言葉です。

「まことに日新たに、日日新たに、また日新たなり」

人間、日々暮らす中で、「マンネリ」になるのが常ですが、先人たちも日々の暮らしを、活性化するために、毎日努力をし続けた言葉と思います。

今日、新年に在り、あなたは今年、何を目指すか、為すためにどう動くかしかないと思います。その実現の大基はそれぞれの「心」の在りようと思います。

今年の私の言葉

「烈士暮年 壮心已まず」(曹操)
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 12:26Comments(0)TrackBack(0)

2008年01月04日

「私たちの進む方向は?」新年特集記事から考える

「私たちの進む方向は?」新年特集記事から考える


 年始のテレビ特番の録画して見るのが、毎年年始の仕事になっています。今年は、気になるのは、気候変動(温暖化)と、格差(貧困)問題です。半分がその内容だったように感じます。

・リーダーは地方から
・市民主導で社会デザイン
・時代・時勢に合わせて学ぶ

 国内問題について、2人の有識者の言葉が心に残りました。立花隆氏、姜尚中(かん・さんじゅん)氏です。地元紙の共同通信配信記事に、姜氏は対談中の言葉。立花氏は、現代を語る「日本はどこいるのか」の文中の言葉でした。紙面を読んだ感想も含め紹介します。

■ リーダーは地方から
 はじめに、姜尚中氏の言葉を紹介します。

(転載文)
 ただ、永田町をはじめとする日本国家のリーダーたちについて言えば、これだけ世襲化が進むと結局、リアルなものがよく分からなくなっているんですよ。学校以外の時間しか知らず、学校以外の時間の中で営まれることを全く想像できなくなってきている。(中略)

 地域で色々なことをやっている人たちの中から、もうこれが臨界点だ、ここからは政治の世界だと言う時、「じゃあ、私が出る、俺が出る」という人が出てくることが必要と思います。

 僕は、バブルで戦後的なるものの一つの頂点がはじけたと思います。あれから一挙に色々なものが変わって、もうこれでは生きていけない、その分、自分でやろうという人も確かに出てきましたから、後5年から10年以内にリーダーになる人が結構地方から生まれてくると予感します。(中略)
                  (熊本日日新聞1月3日朝刊)

 政治評論家の内田健三氏の講話を以前お聞きした折、「日本には、約40年ごとに下降点、上昇点が在るに思う」と語られました。先生から説明は無かったですが、私論ですが、幕末の開国、日露戦争、第二次大戦終戦、そしてバブル経済の四つの転換点があるのでと思います。
 ただ、内田先生の言葉に、「時代が早く動いているから、これからは期間が短くなるかな」とも語られました。


■ 市民主導で社会デザイン
 もう一つの立花氏の言葉は、バブル期の日本繁栄が、「冷戦」の終結を早めたと、レーガン大統領とゴルバチョフ書記長の首脳対談に象徴される、平和憲法の存在の評価です。

(転載文)
 冷戦終結を決めた米ソ首脳会談で、「もう冷戦はやめよう。冷戦でいがみ合っているうちに、いいところは日本にみんなもっていかれてしまった。」と話し合ったと伝えられます。
 米国は冷戦に勝つことを優先する政策を転換して、むしろ日本との経済戦争を重視するようになったのに、日本人は相変わらず国際視野が狭く、起きていることが、よく見えなかった。(中略)

 僕は1960年、19歳の時に半年間、国際反核会議に出席するためにカンパを集めて欧州各国を回りました。西洋では幅の広い考え方をする人たちが市民として存在し、意見は衝突するが協力し合っていました。(当時)一方、日本は目上の人には絶対服従で、異質の人は非寛容な封建社会でした。
  
 今の日本は、当時の西欧社会に近くなりました。戦後民主主義教育を受けた世代は、西欧市民と同じように考え、同じように行動する。(中略)
 日本社会にかつて影も形もなかったボランティア、NPO、NGOのような組織が、社会的に有効な活動をするようになりました。21世紀には社会をデザインする主体が、官から民へと動いて行くでしょう。(中略)
                  (熊本日日新聞1月3日朝刊)
 
 いかに、平和が大事か、国際関係が大事か、そして国がどこを目指しているかが大事と、米ソの首脳の対談から教えられます。


■ 時代・時勢に合わせて学ぶ
 論語の冒頭の言葉に、「学びて時に之を習う」と言う、日本人なら聞かない人は無いと言う言葉ですが、安岡正篤先生の解説に次の一説がありました。

(転載文)
 そもそも学問・学習というものは、時々これを習うのではなくて、その時代、その時勢に凱切(ぴったりと適切)に、勉強してこそ学問・学習と言えるので、時代・時勢を離れて学問したのでは空理・空論になってしまう。(中略)
 
 そこでこの時代、この人類は如何にすれば救われるかとなると、やはり学ばなければならない。正に論語の言う通り「学ぶに如かざるなり」であります。
                   (安岡正篤著「論語に学ぶ」)

 明日は、地元の「親子論語教室」の今年1回目の学習会ですが、新たな気持ちで取り組みたいと思います。

 今年も自分の知らない世界、歴史等々に興味を持ちつつ、色々な方々と語れると良いなと思っています。時々のメールマガジンもご容赦頂き、今年もご縁が有ればと願います。


* 今年、大事にしたい言葉

 「人生万事縁である」(安岡正篤)

 ~昭和45年3月、「活学としての論語」講話より~  

Posted by ノグチ(noguchi) at 11:17Comments(0)TrackBack(0)