2008年07月10日
貧富は物にあらず、富貴と貧賤
貧富は物にあらず、富貴と貧賤
江戸後期の儒学者の佐藤一斎の残した遺訓集「言志四録」から、今日は、貧富は心の持ちようの教示を紹介します。
・貧富は物にあらず
(現代語訳)
物の余りが生じたら、それを富という。富を欲しがる心はすなわち貧である。貧に安んじている心はすなわち富である。このように、貧富とは心の持ち方にあるのであって、物の過不足にあるのではない。
(感 想)
物欲、出世欲、名誉欲、等々、人は108の煩悩があるそうですが、全部を実現するには、一生では足りず、三生くらいしないと無理でしょうか。でも、浴を限りなく少なくする事で、心も平穏で、おだやかな心に近づくという教えではないかと思います。
7月5日に私の地元で、脚本家のジェームス三木氏の講演がありました。テーマは、「爆笑人生論」でしたが、最後の言葉は、「年を取って何を捨てるか」にあると語られました。人間の欲望とは、果てしないものがあるのだろうと思います。
謙虚に無欲な方ほど、豊かなのかもしれません。
・富貴と貧賤
(現代語訳)
身体を苦労させて心を安楽にしている者は、貧しい人という。心を苦労させて身体を安楽にしている者を、富める人という。天の高いところからこれを見れば、どちらが得でどちらが損かわからない。
(感 想)
幸せの基準は、自分の心が決めるものですが、あくせくと苦労し、人とは心と違ったお付き合い、策謀の中で上昇を続ける人生もあります。
日々の暮らしを受け入れ、平穏に生きる人生もあります。
天から見ると、人の一生は短いものです。どちらが幸福な人生かは、誰が決めるのでなく、自分が決めるものです。友人をたくさん持ち、仲良く暮らす人生の後半生をおくりたいものです。
*参考資料:渡邊五郎三郎編「佐藤一斎一日一言」
江戸後期の儒学者の佐藤一斎の残した遺訓集「言志四録」から、今日は、貧富は心の持ちようの教示を紹介します。
・貧富は物にあらず
(現代語訳)
物の余りが生じたら、それを富という。富を欲しがる心はすなわち貧である。貧に安んじている心はすなわち富である。このように、貧富とは心の持ち方にあるのであって、物の過不足にあるのではない。
(感 想)
物欲、出世欲、名誉欲、等々、人は108の煩悩があるそうですが、全部を実現するには、一生では足りず、三生くらいしないと無理でしょうか。でも、浴を限りなく少なくする事で、心も平穏で、おだやかな心に近づくという教えではないかと思います。
7月5日に私の地元で、脚本家のジェームス三木氏の講演がありました。テーマは、「爆笑人生論」でしたが、最後の言葉は、「年を取って何を捨てるか」にあると語られました。人間の欲望とは、果てしないものがあるのだろうと思います。
謙虚に無欲な方ほど、豊かなのかもしれません。
・富貴と貧賤
(現代語訳)
身体を苦労させて心を安楽にしている者は、貧しい人という。心を苦労させて身体を安楽にしている者を、富める人という。天の高いところからこれを見れば、どちらが得でどちらが損かわからない。
(感 想)
幸せの基準は、自分の心が決めるものですが、あくせくと苦労し、人とは心と違ったお付き合い、策謀の中で上昇を続ける人生もあります。
日々の暮らしを受け入れ、平穏に生きる人生もあります。
天から見ると、人の一生は短いものです。どちらが幸福な人生かは、誰が決めるのでなく、自分が決めるものです。友人をたくさん持ち、仲良く暮らす人生の後半生をおくりたいものです。
*参考資料:渡邊五郎三郎編「佐藤一斎一日一言」

