2008年07月15日

(生きることは)後悔無きよう、いかに日々を充実させるか

(生きることは)後悔無きよう、いかに日々を充実させるか
~健康に留意、感謝する、恩返し、時の惜しむ、死後も役に立つ~

「惜命 生命への深い哀惜の念」(北尾吉孝語録) 

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす 」と言う一節は、日本人なら一度は聞いた言葉と思います。
 その無常観を無常と表面的に「ああ無常だな、ものの哀れ、人間と言うものは儚(はかな)い」と感じることが多々おることと思います。
 この無常ということを考えること合わせて、どのように生きるのか考える大事な課題と思います。

 これまで何度か紹介した、江戸後期の儒学者、佐藤一斎の教示を集めた「言志四録」の一節に、「四十を過ぎて己後、始めて惜命を知る」(惜命:命を惜しむ)とあります。現代ならばさしずめ六十歳くらいでしょうか。「時間が勿体ない、あと何年生きられるかな」と言っても、後戻りはできません。
数日前に読んだ、北尾吉孝著「人物をつくる」~真のリーダーに求められるもの~、の一節が心に響きました。ご紹介します。


(本文より、抜粋)
 その域まで来ると、まず第一に、健康に留意するようになります。
第二に、感謝するという気持ちが生まれます。
第三に、生きていることに、ありがたいと感謝する気持ちが生まれると、何とかして社会へ恩返しがしたいという気持ちが生まれてきます。
第四に、時間を惜しむという気持ちが非常に強くなってきます。
第五に、人間と言うものは、死んでからのことも生きているうちに、考えなければならないと思うようになります。(中略)

 すなわち、死後にも何か世のために、人のためになるようなことを、生きているうちに準備しておかねばならないとおもうようになったのです。(中略)

 例えば、松下幸之助さんは、後世の人に多くの就業の場を。文筆家や著述家は、智恵や経験を本に。宗教家は、多くの人に救いを与えました。また、教育者は人材を育て。親は子、子は孫を育てます。(中略)
 従って、死後のご奉仕をするためには、命を惜しみ、時間を惜しみ、それから、自分の天命に向かってまっすぐに進んでいく。その覚悟がなければならないでしょう。(中略)


 北尾吉孝氏は、ソフトバンク・ファイナンスグループの代表者で、中国古典、哲学、経営学にも造詣が深く、著書を読み深く感銘を受けました。
更に、松尾芭蕉の句についての意見がありました。

(本文より)
 松尾芭蕉の辞世の句と言うと、「旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる」という有名な一句があります。
 しかし、(当時の社会・医療事情を考えると)これは辞世の句として創られたものでなはく、彼は、創っている句全部が辞世の句だと思ってきたと言います。
「昨日の発句は今日の辞世、今日の発句は明日の辞世。
 我、生涯に言い棄てし句々、一句として辞世にならざるはなし」(中略)


 日々毎日、賢明に生きることの教えと思います。自分自身果たして、そこまで実践しているか言われると、返事に詰りますが、自分の出来うる限り、知る限りを駆使して、明日のため、未来のためにやるしかないのだと思います。目先にとらわれず、でも日々賢明に難しい課題です。

  

Posted by ノグチ(noguchi) at 09:21Comments(0)TrackBack(0)私の意見