2008年04月25日
(師友)話せる人の中で、対話が持続する人は少ない
(師友)話せる人の中で、対話が持続する人は少ない
人間、気が合う、気が合わないと言いますが、2人でじっくり話しをするとした時、1時間、2時間はどうにか話が続くが、半日、一日、二日と話し続けられる人は、そうそう居るものではないように思います。
今年1月に、バンクーバーの友人家族が、実家の和歌山に帰っていたので、遊びに行ったのですが、滞在時間、昼過ぎに着いて、3時ごろ分かれたのですが、寝る(5時間くらい)以外は、ずーっと話し続けていました。2年ぶりに会ったのですが、まったく話しが切れることなく、日本人同士の妻同志は、延々しゃべっていました。
私と、カナダ人の夫同志は、片言の英語、日本語で、やっと酒が入ると、建築技術者同士もあって、話が始まり、深夜まで語っていました。私も2年ぶり、互いの気持ちが合い、いつも別れ際に、互いに英語、日本語で話そうと言いますが、5年経っても一向に上達しません。
今読んでいる、安岡正篤先生の著書「人間学のすすめ」のに、江戸期の儒学者も細井平州のことがあり、その一節に、友人の南宮大秋との久々の再開の場面が紹介されていました。
(本文より)
・・・久しぶりに会うて、二人が部屋で話し始め、(講義は)休講にしてしまって、朝から晩まで明けても暮れても、(十余日連続で)二人で話し込んでいるものだから、「どうも久しぶりに親友に会うて、ちょっと先生方おかしくなった」とみんな心配した。というぐらい嬉しかったとみえる。これにも両者の人物が彷彿として現れている。
人間は案外話せぬものですよ。「あいつは話せる」とよくいうが、話せぬ人間は実に多い。明けても暮れても、倦(う)むことを知らず話し合えるというのは、よくよくの間柄であり、よくよくの人間同士です。どうせこの両人ですからつまらぬ俗談じゃないでしょうね。世間話も入るでしょうけれども。どうも誠に羨ましい限りであると感じ入りました。(中略)
とても良い話と思いまし、羨ましく思います。
私は、時間を見つけては、興味ある方の話を聞きに、講演やセミナーに参加するのですが、私と似たようなことを、南九州の指宿を拠点に、活動をしている人がいます。
この人とは、始めは建築の話でであったのですが、その年に3度会い、時間にすると丸一昼夜くらい話をし続けました。それ以来、事あるごとに行き来し、会えば3時間も4時間も平気で話続ける関係が出来ました。この便利な時代ですが、日常は殆ど電話等での情報交換はしませんが、以外に同じようなことを考えていることが、会った瞬間に理解でき、後は更に先の展開の話で延々会話が続きます。不思議な縁としか思えませんが、年も上ですが良き友人の一人です。
今、秋に向けて新たな試みを、指宿の友人と進めています。その話しも、電話で1分内容を話し、一言「そりゃ、おもしろい」で決まり、後の話はなし。次に会うのは、多聞、九州の仲間が集まる7月になります。
話せる人は、数はそう居ませんが、とても気が許せ、互いの思いをぶつけ合える人なのかもしれません。
*参考資料:安岡正篤著書『人間学のすすめ』(3.「人間の師」細井平州とその師友)
人間、気が合う、気が合わないと言いますが、2人でじっくり話しをするとした時、1時間、2時間はどうにか話が続くが、半日、一日、二日と話し続けられる人は、そうそう居るものではないように思います。
今年1月に、バンクーバーの友人家族が、実家の和歌山に帰っていたので、遊びに行ったのですが、滞在時間、昼過ぎに着いて、3時ごろ分かれたのですが、寝る(5時間くらい)以外は、ずーっと話し続けていました。2年ぶりに会ったのですが、まったく話しが切れることなく、日本人同士の妻同志は、延々しゃべっていました。
私と、カナダ人の夫同志は、片言の英語、日本語で、やっと酒が入ると、建築技術者同士もあって、話が始まり、深夜まで語っていました。私も2年ぶり、互いの気持ちが合い、いつも別れ際に、互いに英語、日本語で話そうと言いますが、5年経っても一向に上達しません。
今読んでいる、安岡正篤先生の著書「人間学のすすめ」のに、江戸期の儒学者も細井平州のことがあり、その一節に、友人の南宮大秋との久々の再開の場面が紹介されていました。
(本文より)
・・・久しぶりに会うて、二人が部屋で話し始め、(講義は)休講にしてしまって、朝から晩まで明けても暮れても、(十余日連続で)二人で話し込んでいるものだから、「どうも久しぶりに親友に会うて、ちょっと先生方おかしくなった」とみんな心配した。というぐらい嬉しかったとみえる。これにも両者の人物が彷彿として現れている。
人間は案外話せぬものですよ。「あいつは話せる」とよくいうが、話せぬ人間は実に多い。明けても暮れても、倦(う)むことを知らず話し合えるというのは、よくよくの間柄であり、よくよくの人間同士です。どうせこの両人ですからつまらぬ俗談じゃないでしょうね。世間話も入るでしょうけれども。どうも誠に羨ましい限りであると感じ入りました。(中略)
とても良い話と思いまし、羨ましく思います。
私は、時間を見つけては、興味ある方の話を聞きに、講演やセミナーに参加するのですが、私と似たようなことを、南九州の指宿を拠点に、活動をしている人がいます。
この人とは、始めは建築の話でであったのですが、その年に3度会い、時間にすると丸一昼夜くらい話をし続けました。それ以来、事あるごとに行き来し、会えば3時間も4時間も平気で話続ける関係が出来ました。この便利な時代ですが、日常は殆ど電話等での情報交換はしませんが、以外に同じようなことを考えていることが、会った瞬間に理解でき、後は更に先の展開の話で延々会話が続きます。不思議な縁としか思えませんが、年も上ですが良き友人の一人です。
今、秋に向けて新たな試みを、指宿の友人と進めています。その話しも、電話で1分内容を話し、一言「そりゃ、おもしろい」で決まり、後の話はなし。次に会うのは、多聞、九州の仲間が集まる7月になります。
話せる人は、数はそう居ませんが、とても気が許せ、互いの思いをぶつけ合える人なのかもしれません。
*参考資料:安岡正篤著書『人間学のすすめ』(3.「人間の師」細井平州とその師友)
この記事へのトラックバックURL
http://utorongo.otemo-yan.net/t78960

