2008年05月19日

積善の家には、必ず余慶あり(開運のすすめ)

積善の家には、必ず余慶あり(開運のすすめ)

毎週月曜日、永淵道彦氏の「開運のすすめ」より、ご紹介します。

(現代語訳)
「易経」に「積善の家には、必ず余慶あり」といっているが、顔氏の例を考えてみると、まさにその通りである。
 むかし顔氏がその女(娘)を叔梁紇(しゅくりょうこつ、孔子の父)に嫁がせようとして娘たちに、叔梁紇の家は先祖から長く徳を積んできたことをいろいろと説明し、このような家には、その子孫に必ず立派な人物が出て家を興すものがあることを前もって知ったということであるが、このことがけっしていいかげんな話ではない。孔子は舜が大孝であったことをほめたたえて、「舜の祖先の神霊はその祭を饗(う)け、また舜の子孫は長くその福を保った」といっているが、まことに至論である。試みに、左にこれまで見聞したところをもって証拠だてよう。


(解 説)
 善行を積む家には必ず、子々孫々に至るまでその恩恵があるという考えを笑えるであろうか。個々人の短い単位という物差しでなく、先祖代々から子々孫々までと長い物差しで考えてみよう。けっして笑うこともできなければ、否定をできないであろう。

 だが、個々人を単位にものを考える現代社会を否定するものではない。これはこれとして、このような考え方、ものの見方を、現代社会においても、忘れずに大事にしなければならないのではないか。自分自信のことのみ汲々とせず、もっと、このような考え方、ものの見方を心に置いて、善行なるものを積み重ねることが大切なのではないか。

 男女共生、自然との共生というように、共生という言葉が人の口にのぼる現今であるが、何も横の関係だけでなく、縦の関係としての共生もあるのである。我々が今このように生活できているのは何によるお蔭であるのかと。

 また、大きく、人類が地球上にこのように存在できているのは何かのお蔭なのかと。


(感 想)
 「親の子だね」、「子を見れば親が判る」これは、良い表現の批評ではないですが、ちまたのことばでありますが、大切な教えと思います。
 最近の言葉で、「DNA」というものがありますが、科学的な分析でなく、精神的な伝承(伝統)は、日常の大人たちの行いで、子供たちへ伝わって行くように思います。 
 舜の孝行の行い、周りへの配慮も含め、先人たちの教えは今の世の中でも充分すぎるほど大切な教えと思います。


*開運のすすめ~『陰隲録』に学ぶ~(永渕道彦訳)
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