2008年05月19日

(心の持ち方)人生の勝利者とは・・

(心の持ち方)人生の勝利者とは・・〔新渡戸稲造著「自警録」より〕

新渡戸稲造氏の人生訓とも言える「自警録~心のもちかた~」を少しづつ読んでいて、うなずくものがありました。ご紹介します。

(本文より)
(中略)・・野蛮の社会においては腕力ある者が最強者で、最大勝利者で、人の尊敬し自己もまた得意であった。社会が一定の秩序の下に治められ、腕力のみをもって優劣を定めることを止めて以来、理屈の最も分かるものが社会で勝利を得ることになった。すなわち法治国家においては法を破らぬ範囲内において、自己の利益を最もよく図るものが勝利者となるに至った。しかるに社会がさらに進歩して礼をもって治められる時代に到達したならが、礼に最も暑き人が最高の勝利者となる。(中略)

 ・・してあらゆる種類の敵に勝つ者は一番偉い勝者である。時は敵とは称せずとも、吾人の勝つべき相手もある。それは親兄弟、妻子、朋友のごときはもちろん敵ではないが、彼らが我々の心に服さぬことがあれば、その不服の範囲において敵のごときものである。ゆえに広い意味において親兄弟にも勝たねばならぬ。楠正成の歌〔伝〕に、
「我にかちみかたに勝ちて的にかつこれを武将の三勝といふ」とある(中略)
 

 その時々の勝者とは、移り変わりがあり、思想も刻々変化しているものです。20年前に、インターネット、携帯電話の現在の普及は想像できないものがありました。
 それとどの時点を勝利点と見なすかで、勝敗も分かれると思います。そして、それぞれの心の有り様、勝負の目的によっても立場(結果)の見方も違ってきます。

 中国故事に、後の英雄の韓信(かんしん)を侮り、股間を匍伏せしめた少年は、その時は勝者でした。、ちまた(市)の人は韓信が負けたことを笑いました。しかし今日は、当時勝ったという少年の名は知るものは居らず、韓信の名を知らぬものは居ない。
「負けて勝つ知恵の力の強さにはたれも感心するぞ韓信」

(本文より)
(中略)・・さらに一歩を進めて、服従させるとは何のためと問わば、これ自己の意志を行うためと答えてよかろう。しからば勝つとは吾が意を遂げるなりと定義したい。(中略)

 勝敗の理解は、関わるそれぞれの人の心が決める事で、周りがとやかく言おうと、自分自身の目的を高く持ち、争うにしろ、競うにしろ、納得するのは自分自身の心が決めるしかないと、新渡戸稲造氏の言葉も語っています。
 それともう一つは、自分の標準点を高く設定し、正攻法で実現へ向けて努力を怠らないことも大事と示唆が書かれていました。最後は、結果をどう受け入れるかにかかっているように思います。
 
*参考資料:新渡戸稲造著「自警録~心のもちかた~」



(開運のすすめ)積善の家には、必ず余慶あり
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