2008年06月12日
「欲望は前へ、道理は後ろへ」「本物ほど分かり易い」(申吟語)
「欲望は前へ、道理は後ろへ」「ほんものほど分かりやすい」(申吟語)
今日は、梅雨空の晴まで、けっこう午後は夏の気分を味わいました。大雨はいけませんが、やはり日本には、梅雨が必要なのかなと思いこともあります。
さて、今日から新しい言葉のシリーズを始めます。中国古典で、魅力を発する「申吟語(しんぎんご)」は、呂新吾著作。これを現代訳にしている、守屋洋氏の解説から抜粋を教会します。
(冒頭の解説から)
読む人の立場や年齢に応じてさまざまな読み方ができるし、また、人生の指針や心の拠り所のようなものを幾らでも引き出すことができる。
第1章 人間について
・道理はつねに後ろへひっこみがち
欲望は、前へ前へと進もうとする。これに対し、道理は、後ろへ後ろへ退こうとする。自分を練磨しようとする者は、このことをしっかり刻みこまなければならない。
・ほんものほど分かりやすい
道を深く体得している人物ほど、語ることがわかりやすい。むずかしいことを言う人は、道を体得することがまだ浅いのである。
(注)文章にしても同じことが言える。読んでもよく意味の汲みとれない文章は、本人の理解がまだ不十分なのだろ決めつけられても、致し方ないかもしれない。
以上の言葉は、短いですがとても分かり易い言葉になっています。「欲望は前へ、道理は後ろへ」「道を体得した言葉は短い」。
今日、上記の言葉に近い体験をしました。食料品開発の成果を一生懸命語ってくれるのですが、真意がこちらに伝わらないのです。私自身試食もしました。現物を知っているのですが、今後どういう風に展開をしたいのか、私に何を求めているのか、心動くものがないのです。
私は、最高の人物と場を提供しました。そこを見て、違った方向も探りたいと言うのです。それを私にまた相談する心境とは、なにか・・・
今日の申吟語の言葉を読んで、ハッとしたのが、その商品自体を体得していないように思えてきました。これはとても良い、色々なデーター、学者の話し、関係ない今後の企業家たちの方針を語ったり、子供たちの食の危機を語ったり、・・・、で、あなたは何をしたいと聞くと、更に話題があっちこっち飛ぶ。
ほんものほど分かりやすい:正に感じることは、開発者自身が、その商品のコンセプト、コマーシャル方針、そして商品が社会をどう変えるか、検証が出来ていないことの自信に無さと感じます。
「道理」「ほんもの」は、深い洞察と、自分自身で体得していないから、心を動かさないと気づかされます。吉田松陰の言葉に、次に一説があります。
「知識は理解し、行動に起こしてこそ知識」(吉田松陰)
*参考資料:呂新吾著「申吟語」、現代語訳:守屋洋
今日は、梅雨空の晴まで、けっこう午後は夏の気分を味わいました。大雨はいけませんが、やはり日本には、梅雨が必要なのかなと思いこともあります。
さて、今日から新しい言葉のシリーズを始めます。中国古典で、魅力を発する「申吟語(しんぎんご)」は、呂新吾著作。これを現代訳にしている、守屋洋氏の解説から抜粋を教会します。
(冒頭の解説から)
読む人の立場や年齢に応じてさまざまな読み方ができるし、また、人生の指針や心の拠り所のようなものを幾らでも引き出すことができる。
第1章 人間について
・道理はつねに後ろへひっこみがち
欲望は、前へ前へと進もうとする。これに対し、道理は、後ろへ後ろへ退こうとする。自分を練磨しようとする者は、このことをしっかり刻みこまなければならない。
・ほんものほど分かりやすい
道を深く体得している人物ほど、語ることがわかりやすい。むずかしいことを言う人は、道を体得することがまだ浅いのである。
(注)文章にしても同じことが言える。読んでもよく意味の汲みとれない文章は、本人の理解がまだ不十分なのだろ決めつけられても、致し方ないかもしれない。
以上の言葉は、短いですがとても分かり易い言葉になっています。「欲望は前へ、道理は後ろへ」「道を体得した言葉は短い」。
今日、上記の言葉に近い体験をしました。食料品開発の成果を一生懸命語ってくれるのですが、真意がこちらに伝わらないのです。私自身試食もしました。現物を知っているのですが、今後どういう風に展開をしたいのか、私に何を求めているのか、心動くものがないのです。
私は、最高の人物と場を提供しました。そこを見て、違った方向も探りたいと言うのです。それを私にまた相談する心境とは、なにか・・・
今日の申吟語の言葉を読んで、ハッとしたのが、その商品自体を体得していないように思えてきました。これはとても良い、色々なデーター、学者の話し、関係ない今後の企業家たちの方針を語ったり、子供たちの食の危機を語ったり、・・・、で、あなたは何をしたいと聞くと、更に話題があっちこっち飛ぶ。
ほんものほど分かりやすい:正に感じることは、開発者自身が、その商品のコンセプト、コマーシャル方針、そして商品が社会をどう変えるか、検証が出来ていないことの自信に無さと感じます。
「道理」「ほんもの」は、深い洞察と、自分自身で体得していないから、心を動かさないと気づかされます。吉田松陰の言葉に、次に一説があります。
「知識は理解し、行動に起こしてこそ知識」(吉田松陰)
*参考資料:呂新吾著「申吟語」、現代語訳:守屋洋
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