2008年06月29日

満ち足りた先にあるのは転落(菜根譚)

満ち足りた先にあるのは転落(菜根譚)

(現代語訳)
 これ以上ない満ち足りた境遇は、今にもあふれ出ようとしている器の水のようなものである。このうえ一滴でも加えてはならない。
 追いつめられて瀬戸際に立たされている状態は、今まさに折れようとしている木の枝のようなものである。このうえ一押しでも加えてはならない。

(解 釈)
 満ち足りた状態の頂上まで達すると、その先に待っているものは転落である。せめてしばらくは横這いに維持できればよしとすべきなのかもしれない。

(感 想)
 弓を張り切った弦の切れる直前の状況を思い出すと、弦が切れ壊れる弓は、一瞬にして地に落ちる。人間も張り詰め続けることは、到底むずかしいと思います。緊張したり、気を緩めたり、日常生活にはリズムが必用と言いつつ、ついつい頑張りすぎてしまいます。

 でも、だらだらと日々をのんびり暮らすばかりでは困ります。常に志を忘れずに居れば、自ずと緩んだ気持ちを取り戻し、また目標へ向かって進めるものです。

 事業もまた、良い時もあれば、悪い時もあります。最高潮の時は、落ち目になるための準備要りますし、どん底の時こそもう一度目標を持ち踏ん張ることが必用です。

 西郷隆盛の遺訓集の表紙の言葉は、次に一節です。
 「無事は有事の如く、有事は無事の如く」
やはり、常に自分が、どんな状況にあるか、謙虚に省みるゆとりと勇気が必要なのかも知れません。
 そして、そこには決断が必用なことがあります。常に、平静を保ち考えることが大事なように思います。

*参考資料:守屋洋著「新釈 菜根譚」より



Posted by ノグチ(noguchi) at 00:02│Comments(0)TrackBack(0)菜根譚

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