2008年07月01日

(公務員の中立性)視点を変えて見る(『菜根譚』より)

(公務員の中立性)視点を変えて見る(『菜根譚』より)


(本文より)

 老練になった心境で若い時代を見つめれば、やみくもな闘争心を消し去ることができよう。
 落ちぶれたときの気持ちになって順調な時代を見つめれば、贅沢になりがちな心を押さえることができよう。

(解 釈)
 若いときは血気盛んであるから、元気にまかせて暴走する恐れがある。そこでこんなかたちで歯止めをかけるのである。ただし、近ごろの腑抜けのような若い連中を見ていると、少々暴走していいから、やる気を出してチャレンジせよと言いたくなる。
 また、経済的に恵まれてくると、知らず知らず生活も贅沢になっていく。これもどこかで歯止めをかけないと、後戻りがきかなくなる。


(感 想)
 人間、なれ(慣れ)ほど恐いものはない。後戻りが効くません。

 生物実験で、海の鯛を海水の池の入れ、少しづつ、少しづつ真水に変えて行くと、そのまま真水で生活できると知りました。

 人間も一緒で、贅沢が当たりまえ、癒着が当たりまえ、談合が当たり前になれば、真水の鯛と同じです。人間の心が、腐り始めたら、成人病と同じで、疾病が表面(犯罪)に出て初めて気づくのが、欲に犯された人間と思います。

~人間の慣れと言う心の病~
 官僚も始めは、ただの残業タクシーでしたが、サービスと証する「賄賂:冷えたビール・タクシー」の誘い水につかったと思います。自分だけは・・・、自分を謙虚に観察できる目(心)が、だんだん霞んで行くのだと思います。

 地方自治体は、小さなコミュニティーで運営されています。公務員の職員は、消防団、まちづくりメンバー、太鼓保存会、夏祭り実行委員会の重要なスタッフです。しかし、公的事業を行う執行官でもあります。

 行政職員は、住人の時と行政の執行官として立場を、きっちり別けれる人物でないといけません。公務員として立つ時は、「公平に競争の機会均等を実施できる「清廉さ」、いわゆる業者との癒着がないようの努めるべきと思います。

 真水に慣れて余裕で泳ぐ鯛にならないように、日々自分の心を引き締め、良心に問いながら公務員は仕事をして欲しいと思います。


*参考資料:守屋洋著「新釈 菜根譚」より



Posted by ノグチ(noguchi) at 22:54│Comments(0)TrackBack(0)菜根譚

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