2008年07月21日

(開運は謙虚にあり)張畏岩の事例 その3「開運のすすめ」

(開運は謙虚にあり)張畏岩の事例 その3「開運のすすめ」

毎週月曜日の永淵道彦先生の「開運のすすめ」から、一文を紹介しています。

(現代語訳)

丁酉(ひのととり)の歳(万歴25年)のある夜の夢の中で、一室に入って行った。その部屋は非常に高い造りであった。そこで一冊の試験の帳簿を見つけたもので、それをひらいて見ると、何も書いていない行が多かった。変に感じたので、そばにいた人に尋ねてみた。
「これは今年の登用試験の帳簿であるが、どうしてこのように多く名が欠けているのだろうか」
というと、その人がいうには、
「登用試験は、天上で三年に一度しらべ合わせる。そこで、徳を積みまちがいのないものがあると、はじめてこの帳簿に名を書き入れるのである。前の欠けているところは、みな以前には試験には及第したけれども、試験の後で徳をけがすような行いをしたから、名を削り去られたのである」
と。そこでまた最後の一行を指して、
「あなたは、ここ三年以来、大変操行を慎んできた。だからここにあなたの名が書き込まれるかも知れない。大いに自重しなさい。」
といった。
 さて、この度試験に私は百五番で合格したが、これは、あの夢の中でたずねた人が指したところの番にあたっている。
 このことを考えてみると、我々の頭上三尺のところには、必ず神が我々を照覧しているのである。


(読 訳)

 高く評価もされず、能力もさほど無いとされている人間であっても、謙虚さを持ち、善事を積み、何事かを一心に努力をすべきである。我々の頭上には必ず神さまや仏さまがおられ、ご覧になっていると思い、身を慎み、一心に励むべきである。
 神さまや仏サさまを信じない現代人であっても、努力の成果に対する、成否の恐れをどのように処するのであろうか。


(感 想)

 大分の教員採用汚職事件を毎日聞きながら、当事者の心情を考え、今日の一文を読むと、先人たちの心にも「自分さえ良ければ・・」の思いにどう打ち勝つか、試行錯誤したのだろうと思います。
 しかし、いつか、どこかからか、悪事は漏洩するものと思います。そして、その腐敗には、地域のトップリーダー(政治家)の関与もあるという事実がグルーズアップされています。
 「自分さえ良ければ良い」を政治家自ら、地域に行動で見せるようでは、部下も「俺たちも」となると思います。副知事、教育長、更には知事、県選出の国会議員も含め、長い年月をかけて蔓延った腐敗の根は相当深いと思える大分の事件ですし、地方の教育会に在る若者の良心を踏みにじる体質に思えて来ます。
 そして、それに集る国民、利用する教職員家族、等を検証して見る必要があります。その解決の道は、教育現場に立つ一人ひとりの先生が、率先垂範で子供たちに「良心」を育てる徳育を実践して欲しいと願います。


<関連の日記>
・「開運のすすめ」張畏岩の事例 その1(開運は謙虚にあり)

・「運命の好転法」張畏岩の事例 その2(開運は謙虚にあり

<コミュ>
・開運のすすめ~『陰隲録』に学ぶ~(永渕道彦訳)
http://mixi.jp/view_community.pl?id=3058451



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