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<title>宇土・親子論語教室</title>
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<description>宇土市で始まった、親子（大人と子ども）で論語の素読と、教えを学ぶ教室。そこで学んだ言葉を紹介します。『論語』 『大学』『中庸』『孟子』『菜根譚』等説明 　ほとんどの日本人は、「論語」と言う言葉を聞いたことがあるとおもいます。しかし、中身に関しては、深く知らないと感じます。私もそうですが、日々の生活の中にその思想は深く根付いていると言われます。 [影響を受けた人物] 聖徳太子、菅原道真、二宮尊徳、佐藤一斎、梅田潜庵吉田松陰、佐久間象山、横井小楠、西郷隆盛、山田方谷、渋沢栄一、安岡正篤、木内信胤、他。『教室の開催日』毎月第一土曜日、午前１０時から、『会場』熊本県宇土市の中央公民館（宇土市民会館前）</description>
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<pubDate>Fri, 15 Dec 2006 07:21:09 +0900</pubDate>
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<title>勝った（好調の）時には、精神上に保険をつけよ</title>
<description>勝った（好調の）時には、精神上に保険をつけよ　昔の武士の言葉に、「勝つ事ばかり知りて負ける事を知らざれば、害その見にいたる」とあります。連戦連勝は、いかなる国の歴史、いかなる勇将の伝記においても、永続した戦役にはあり得ない。孫子も、「兵に常勢なきことは、水に常の形なきが如し」と繰り返し教えています。　新渡戸稲造氏の「自警録」の中にも、商売の勝運ばかりを目指していて、困難（失敗）を忘れる経営では行けないと教示しています。（本文）　　分かりやすく例を取りてみれば、商戦に従事する者はもくろみ通り成功し、いわゆるトントン拍子に身代をふやし、または営業を拡張することもあるも、これは決していつまでもつづくものではない。よいほどに儲けてやめぬ以上は必ず営業上の困難を来たす時節の来ることは、何人も知るところである。艱難なしに成功した例はない。艱難とはあるいみ失敗である。（中略）　勝てるあいだに負けた時の準備をすることは商事会社が準備金を積み立てるか、あるいは個人が火災なり、生命なりを保険するようなもので、勝ちつつある時に、「待てよ」と一歩を控えることは、わが輩はこれを精神上の保険と名付けたい。（中略）　人生においても連戦連勝を望むことは難しい、ゆえにはなはだ縁起の悪いことながら、人間は予（あらかじ）め負けた時の考えを用意して置かねばならない。この考えあるものはなお慎みて油断なく、負けた時にもみすぼらしい風に陥らぬように、心掛けたいものです。　日々に様々な仕事の中で、決して忘れていけない考えと思います。</description>
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<category>自警録（新渡戸稲造）</category>
<pubDate>Wed, 24 Sep 2008 10:15:32 +0900</pubDate>

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<title>（理想と活力）理想があれば手なり足なりに現れる</title>
<description>（理想と活力）理想があれば手なり足なりに現れる～新渡戸稲造～　今朝は、友人の自宅新築のために、気持ちをひとつにする「地鎮祭」がありました。転機も良く、良いお祭りができました。　「野口もこんなことをするのか・・・？」と言われる方もいると思いますが、私は実は、「地鎮祭」に大きな意味（機会）があると思っています。　施主、設計、工事＋親族まで集う儀式、私はこの儀式で、集まり家の完成を願い、気持ちをひとつにして、事（建築）に当たる協働意識の始まりの日、そして新たな土地（地域）に入るご挨拶もあると思います。　私は、我家の土地に、親子で自宅を建設したのですが、「今後もこの地域でお世話になります」気持ちを込めて、やはり家族だけで「地鎮祭」をしました。自分の気持ちを引き締める意味があると思っています。　アメリカで、大きな倒産がありました。たぶん、理想を持ち、自信を持ち、進めたきたサブプライムローンの事業、現実社会合わなかった現実の審判が、社会から下されました。　人は、様々な夢を持っています。その夢を、「志」とか「理想」とか、言うこともありますが、理想の無い人間は、気迫を感じれないように思います。理想に大きい、小さいという人がいますが、本人とれば大小よりも、ある事の意味が大事と考えます。　明治・大正期の賢人の一人、新渡戸稲造氏の教示を集めた「自警録」の一節に、理想をテーマにした者がありました。　（本　　文）　人はなんで活きているかというに、理想で活きている。ただ呼吸するだけならパンだけでもよい。この世に生きている甲斐には、なにか理想がなくてはならない。・・・われわれのすべての働きは理想を実現せんがためで、理想なしにぶらぶら流れのまにまに活きているいことは存在というだけで、人間の生活をしているとは言いがたい。ことばを換えていえば、人間の生活なるものは理想を実地に翻訳することなりはせぬか。（中略）　人それぞれ、理想（目標）は違うと思いますが、地位か、金持ちか、行き方か、・・・、この年になると、人それそれの理想が違うと言うことを感じます。人生は、比較できないのだなと思いますが、前述の人をひきつける気迫、魅力を、あまり感じない人もいます。　新渡戸氏は、教育者を例えて「理想の実現は何処」で、次のように表現しています。                                                                   （本　　文）　むかしの立派なる教育者貝原益軒、中江藤樹、熊沢蕃山等はみな塾を開いたことがあるが、今日のごとく何百人の生徒をあつめて演説講義したものではない。藤樹のごときは村を散歩することが教育であった。人そのものが教育である。　人が真に教育者なら笑っても教育になる。寝ているのも教育になる。一挙手、一投足、すべて教育とならぬものはない。われわれの目的および理想が教育であるなら、全身その理想に充ち満ち、することなすことがことごとく教育でなくてはならぬ。地位を選んで大臣、局長、課長にならねばならぬということはない。文教の職にあたった政治家は、たくさんあるけれども、なんらの功績を残さぬ者が多い。（中略）　理想があれば手なり足なりに現れる。・・・ゆえに理想があるなら、つねにここが理想の実行するところだと考えをもてば、理想の実現せられぬところはない。（中略）　姿そのもの、生き方そのものが、教育であり。ある域に達した人は、日々の生活そのものが教育者であれば教育に、政治家であれば政治その者になっていると説いています。　論語に、30才で立ち、40才で迷わず、50才で天命を知り、60才で聞き耳を持ち、７０才で矩（法）を越えず（違わず）とあります。中江藤樹、熊沢蕃山なる偉人は、日々の生活そのものが、周りへ教示だったのだと思います。＞理想があれば手なり足なりに現れる　まだまだ、先人の境地に至ったいません。「欲と善行」をどうバランス良く活きるかのヒントは、、活きた学問にしか気付きません。　一日三省を心がけ、偉人たちを目標にして、古典を読み、少しでも近づけるように、日々実践をして生きたいと思います。　＊参考資料：新渡戸稲造著「自警録」＜関連コミュ＞・自警録（新渡戸稲造著）　　http://mixi.jp/view_community.pl?id=3371532＜以前の日記＞・（世界同時不況か？）世界から憧れられるような日本になる　http://mixi.jp/view_diary.pl?id=934889310&amp;owner_id=2182841・知徳兼備の人を目標に、つまらない人は内省の参考に（孔子）  http://mixi.jp/view_diary.pl?id=933970355&amp;owner_id=2182841&amp;org_id=934889310</description>
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<category>自警録（新渡戸稲造）</category>
<pubDate>Tue, 16 Sep 2008 23:23:32 +0900</pubDate>

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<title>悪口を言われて、陥ってはならない行為とは</title>
<description>悪口を言われて、陥ってはならない行為とは　悪口（批評）の対応する色々な対応策（知恵）が、歴史書から読み取れます。敬慕する偉人の一人、新渡戸稲造氏の著書に、次に言葉がありました。悪口を言われて、陥ってはならない行為とは、 　一つ、その悪口をいった人を怨むこと 　二つ、自分の悪口さたれたのを聞き怒ること 　三つ、悪口を耳にしてヤケとなること 　四つ、悪口に対する弁解に大いにつとむること 　五つ、悪口のために落胆し萎縮すること などの注意事項です。このような心境にならないようにするために、新渡戸稲造氏の著書「自警録」にあった、知恵（工夫）をすこし紹介します。 （本文より） 一つ、悪口は知事的なものが多い 「人の噂も七十五日」、その実は寝も葉もないことがおい。数週間もすれば、記憶から消え、さらに１月もすれば評価が逆になっていることもあります。 二つ、悪口に大部分は介意の値なし 　かくのごとき時には、少し度胸を大きく持ち、今日あって明日なき言葉のはの、一風吹けば散り果てるものだと思うと、悪口もさほど不愉快に感ぜぬのみならず。 三つ、知らぬ人の批評には弁解が要らぬ 　君を知らぬ人がからこれ批評をすることは、さほど意に介するに及ばぬ。すなわち君を知らぬ我が輩は君にいわゆる世間であるが、我が輩は君を何とも思わぬといった。 四つ、かかる悪口は自然に消える 　これがために軽々しく一命を捨て、ヤケとなり、あるいは他を怨むことを要せぬ。ジッとしてそれを放任すれば、自然にその悪口も消え、真実のみが残って、最後の勝利を得る。 五つ、言語よりも実行をもって弁解せよ 　これがために他人に迷惑を及ぼすのであれば、それは説明する必要もあるが、しからざればこれまた放任して置くべきものと思う。もし強いて弁解するなら、言語をもってせず実行をもって示すべきであると思う。 六つ、悪口に対する理想的態度 　日ごろの修養如何によりてその価値が著しく違う。白隠和尚の逸話から、 　白隠和尚〔1685～1768〕はその檀家の娘が妊娠して和尚の種子を宿したと白状したとき、世人からは生ぐさ坊主と悲惨されても、平然して、 「ああそうかい」 と言い、生まれた後は、自分でその子をだきなどしていてが、後、和尚の種子でなく、娘の一時のがれに和尚の名を汚したことが明らかになった時も、また、 「ああそうかい」 といって世間の毀誉褒貶（きよほうへん）に無頓着であったという。 　僕は悪口に対してはこの心がけをもって世に処したい。いかに人はかれこれいうとも己れさえ道を踏むことを怠らずば、何の策も弄せずとも、いつの間にか黒白判然するものである。（中略） 　偉人の言葉は、鋭くも温かいものを感じます。</description>
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<category>自警録（新渡戸稲造）</category>
<pubDate>Sun, 17 Aug 2008 09:57:05 +0900</pubDate>

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<title>やわらかく握るところに人生の真味あり（新渡戸稲造『自警録』）</title>
<description>やわらかく握るところに人生の真味あり（新渡戸稲造『自警録』より）　老子の言葉に、他人を理解するものを「智」、自分を理解するものを「明」と評し、その自分を理解していない人が、自分も含めいかに多いことか、最近の出来事で色々経験しました。昨日も、自分を確かめられるメールで、ハッと気づかされました。　時機はあるものと、痛感しました。　さて、武士道を海外へ紹介したことで日本人みんなが知っている新渡戸稲造氏が、明治後半から大正初期に書かれた、青年へ向けたメッセージのコラム集があります。全部で4冊あるのですが、三冊目の「自警録」と言うものの中に、次の一説がありました。ご紹介します。（本文より）やわらかく握るところに人生の真味あり　　たびたびいう通り人世は多数の人とともに乗り合う渡し舟のごときものである。人とともにこの世を渡るには、おだやかなに意気地ばらずに、譲り得るだけは譲るべきものと思う。僕のしばしば引用する『菜根譚』には、「経路せまきところは、一歩を留めて、人に行かしめ、滋味濃（こまや）やかなるものは、三分を減じて人に譲りて嗜（たしな）む、これは是れ、世を渉る一の極安楽法なり」と。また、「世に処するには一歩を譲るを高しとなす、歩を退くるは即ち歩を進むるの張本」といい、世渡りの秘訣は人に譲るにあることを繰り返してあるが、実にその通り、自分の権利を最大限に要求することははなはだ卑劣に陥る所以と思う。不思議なもので、人生には理屈をもって説き得られぬことがたくさんある。沙翁（さおう）〔シェークスピア〕の言にも、「世の中には君の小さき哲学の夢にだも思わぬことが多い」と、昔時の物語にもある通り、出来るだけの力をもってなるべく多く握らんとすれば、かえってわずかの分量しか手に入らぬ。やわらかく握るほうがかえって多く握れる。これはむろん掴む工合にもよりけりであるが、ここに述べたのは粟とか米とかの例に用いたものである。鉄棒とか金棒とかならば、また例を変えねばなるまいけれども、恐らくこの世における幸福なるものは粟、米のごときもので、やわらかく握ったほうが余計に掴み得るものであるまいか。権利とか名誉とか利益とかいうものであれば、他に握りようもあるか知らぬが、僕は人生の妙味とか真の幸福とかを重く思うから、むしろやわらかく握って、すなわち自分は引っ込む態度で、なるべく人に譲るをもって、人生の真味を味わい得るものと思う。（中略）　今日の紹介文は、長くなりましたが、全文を読んで頂かないと真意が伝わらないので、そうしました。私の感想等は、必要ないと思います。　人生の達人、新渡戸稲造氏の生き方の教示には、敬服するばかりです。（感謝）　色々、ご意見頂ければ幸いです。</description>
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<category>自警録（新渡戸稲造）</category>
<pubDate>Thu, 29 May 2008 08:50:44 +0900</pubDate>

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<title>（心の持ち方）人生の勝利者とは・・</title>
<description>（心の持ち方）人生の勝利者とは・・〔新渡戸稲造著「自警録」より〕新渡戸稲造氏の人生訓とも言える「自警録～心のもちかた～」を少しづつ読んでいて、うなずくものがありました。ご紹介します。（本文より）（中略）・・野蛮の社会においては腕力ある者が最強者で、最大勝利者で、人の尊敬し自己もまた得意であった。社会が一定の秩序の下に治められ、腕力のみをもって優劣を定めることを止めて以来、理屈の最も分かるものが社会で勝利を得ることになった。すなわち法治国家においては法を破らぬ範囲内において、自己の利益を最もよく図るものが勝利者となるに至った。しかるに社会がさらに進歩して礼をもって治められる時代に到達したならが、礼に最も暑き人が最高の勝利者となる。（中略）　・・してあらゆる種類の敵に勝つ者は一番偉い勝者である。時は敵とは称せずとも、吾人の勝つべき相手もある。それは親兄弟、妻子、朋友のごときはもちろん敵ではないが、彼らが我々の心に服さぬことがあれば、その不服の範囲において敵のごときものである。ゆえに広い意味において親兄弟にも勝たねばならぬ。楠正成の歌〔伝〕に、「我にかちみかたに勝ちて的にかつこれを武将の三勝といふ」とある（中略）　　その時々の勝者とは、移り変わりがあり、思想も刻々変化しているものです。２０年前に、インターネット、携帯電話の現在の普及は想像できないものがありました。　それとどの時点を勝利点と見なすかで、勝敗も分かれると思います。そして、それぞれの心の有り様、勝負の目的によっても立場（結果）の見方も違ってきます。　中国故事に、後の英雄の韓信（かんしん）を侮り、股間を匍伏せしめた少年は、その時は勝者でした。、ちまた（市）の人は韓信が負けたことを笑いました。しかし今日は、当時勝ったという少年の名は知るものは居らず、韓信の名を知らぬものは居ない。「負けて勝つ知恵の力の強さにはたれも感心するぞ韓信」（本文より）（中略）・・さらに一歩を進めて、服従させるとは何のためと問わば、これ自己の意志を行うためと答えてよかろう。しからば勝つとは吾が意を遂げるなりと定義したい。（中略）　勝敗の理解は、関わるそれぞれの人の心が決める事で、周りがとやかく言おうと、自分自身の目的を高く持ち、争うにしろ、競うにしろ、納得するのは自分自身の心が決めるしかないと、新渡戸稲造氏の言葉も語っています。　それともう一つは、自分の標準点を高く設定し、正攻法で実現へ向けて努力を怠らないことも大事と示唆が書かれていました。最後は、結果をどう受け入れるかにかかっているように思います。　＊参考資料：新渡戸稲造著「自警録～心のもちかた～」（開運のすすめ）積善の家には、必ず余慶あり　http://mixi.jp/view_diary.pl?id=811015836&amp;owner_id=2182841</description>
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<category>自警録（新渡戸稲造）</category>
<pubDate>Mon, 19 May 2008 22:22:55 +0900</pubDate>

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<title>（自信とは）全て経験、怖気づかず、前に進む</title>
<description>（自信とは）全て経験、怖気づかず、前に進む　色々な処へいくと、色々な人達に会えるのが楽しみです。そこで気付いたこと、知らないことを、少し学び続けているうちに、今に至りました。私のエネルギーは、人への興味なのかもしれません。　私は、普段、２～３冊の本を持ち歩き、気分で取り替えながら読むのですが、車の運転中に信号待ちで読む、数行の言葉。新しい本は、あまりなく数年前に出た文庫本が中心で、小さなバックに入れて、時間ができると引っぱり出して読む、ちょっと読み型です。しかし、それでも年間にすると冊数は、増えるもので、年間４０冊を越えるペースになります。　今読んでいる中に、新渡戸稲造氏の人生訓を表した「自警録～こころの持ち方～」を、暇を見つけては読んでいます。数日空くときは、再度数ページ前から読み返すことが必要ですが、自分の年にちょうど良い指摘がたくさん掲載されています。　その一節に、次の文章がありました。（本文より）（中略）・・たとえば前年僕を訪ねて、なかなか元気よく議論をしたある青年があった。その挙動を見るとすこぶる傍若無人で、室に入るや否やいきなり胡坐をかき、口角に泡を飛ばして盛んに議論する。僕はこれを見てなるほど彼は勇気精力に富むと感心した。彼がひとりで暫時議論した後、僕にむかい、「今日の日本の青年に対し最も注意すべきものは何か」と質問を発した。僕はあながち彼に対してあてつけ、皮肉をいうつもりはなかったが、あたかもそのころある地方の中学生を巡回し、生徒の不行儀なることを、ことに痛切に感じていたから、僕は、「行儀を正すことが目下の一大急務なり」というや。今までの豪傑は急に狼狽しはじめた。露出した膝頭を気にして、衣服でおおわんとしたり、あるいは胡坐をかいた足を幾分むすび直し、正座の姿に移らんとした。（中略）　ゆえに一言でも話頭（はなし）が彼の弱点に渉ると、胸中幾分か狼狽するの風情が現れ、今まで頼もしく剛胆なる青年と思われたものが、みすぼらしい凡人に立ち返り、勇将が一時に敗兵となった観を呈した。（中略）　「怖気づく」と言う言葉がありますが、この一説はのその「怖気」の意味を説明した一文ですが、今、どこでも見れそうな風景と思います。　人それぞれ、人に負けない知識、思い（目標）があると思います。初対面、あるいは会議の場で、われ先にと意見を出し、巻くし立てる人がいて、議論が終わったころ、おもむろに先輩から「○○について、矛盾があるが、詳しく説明を願いたい・・・」の問いが、想像を超えたものであれば、返答につまり意気消沈する場面があると思います。　公に、持論を発表するときは、前準備をしっかりして、先輩方の意見を入れつつ、新しい仕組みの議論をする必要性を学びます。　その経験の積み重ねしか、自信を持つ、怖気づかない気持ちを育てることを、新渡戸稲造氏も色々な経験をしつつ、国際連盟に指導者の一人に成長されたのだと思います。　何事もうまく行かないことを「失敗」と思わず、全て「経験」として、積み上げて行く事が大事なように最近感じています。　　なにか、ご意見頂ければ幸いです。＜以前の日記＞ ・（隠せない現実）サイクロン死者・不明１３万人…国営テレビ 　http://mixi.jp/view_diary.pl?id=808923408&amp;owner_id=2182841・（夏の兆し）我が家の周りをホタルが飛び始めました。  http://mixi.jp/view_diary.pl?id=809342597&amp;owner_id=2182841・人は、追い付けないもう一人の人間を追う 　http://mixi.jp/view_diary.pl?id=808539186&amp;owner_id=2182841 </description>
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<category>自警録（新渡戸稲造）</category>
<pubDate>Sun, 18 May 2008 08:59:21 +0900</pubDate>

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