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<title>宇土・親子論語教室</title>
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<description>宇土市で始まった、親子（大人と子ども）で論語の素読と、教えを学ぶ教室。そこで学んだ言葉を紹介します。『論語』 『大学』『中庸』『孟子』『菜根譚』等説明 　ほとんどの日本人は、「論語」と言う言葉を聞いたことがあるとおもいます。しかし、中身に関しては、深く知らないと感じます。私もそうですが、日々の生活の中にその思想は深く根付いていると言われます。 [影響を受けた人物] 聖徳太子、菅原道真、二宮尊徳、佐藤一斎、梅田潜庵吉田松陰、佐久間象山、横井小楠、西郷隆盛、山田方谷、渋沢栄一、安岡正篤、木内信胤、他。『教室の開催日』毎月第一土曜日、午前１０時から、『会場』熊本県宇土市の中央公民館（宇土市民会館前）</description>
<language>ja</language>
<pubDate>Fri, 15 Dec 2006 07:21:09 +0900</pubDate>
<lastBuildDate>Sun, 01 Jun 2008 16:18:31 +0900</lastBuildDate>
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<title>～嘘いうべからず～「山岡鉄舟二十則」（山岡鉄舟伝より）</title>
<description>～嘘いうべからず～「山岡鉄舟二十則」（山岡鉄舟伝より）一、嘘いうべからず候二、君の御恩を忘るべからず候三、父母の御恩を忘るべからず候四、師の御恩を忘るべからず候五、人の御恩を忘るべからず候六、神仏並びに長者を粗末にすべからく候七、幼者をあなどるべからず候八、己れに心よからざること他人に求むべからず候九、腹を立つるは道にあらず候十、何事も不幸を喜ぶべからず候十一、力の及ぶ限りは善き方につくすべく候十二、他を顧みずして自分をよきことばかりすべからず候十三、食するたびに稼しょくの艱難を思うべし　すべて草木土石にても粗末にすべからく候十四、ことさらに着物をかざり　あるいはうわべだけをつくろうものは　心に濁りあるものと心得べく候十五、礼儀を乱るべからず候十六、何時何人に接するも客人に接するように心得うべく候十七、己れの知らざることは何人にでもならうべく候十八、名利のために学問技芸すべからず候十九、人にはすべて能、不能あり　いちがいに人をすて或は笑うべからず候二十、己れの善行を誇り顔に人に知らしべからず　すべて我が心に恥ざるに務むべく候　（本文、解説）　第一則に「嘘をいうべからず」が揚げられていることに注目したい。かぜなら、嘘をつくほど、人生にとって損なことはないからである。　嘘をついた以上に、それがバレないために、言ったことのすべてを隅々まで明確に覚えておかなければならない。となると、すごい記憶力が必要である。しかも今度いつ聞かれるか分からない、聞かれないかもしれない極めて不確かかことに、大切な脳を働かせておかなければならないとは、何とムダ遣いか。もし本当のことをしゃべっていさえしたなら、そんな労力も心配も要らない。　とすれば、嘘を言うことは、いいか悪いかは別として、本当のことを話すことと天秤にかけたら、非常に労力の要ること、絶対的に損なことは明白である。（以上、本文より転載）（感想）　日常生活の当たり前に行うことばかりと思います。今、この当たり前がなかなか実行されていない、私自身を含め反省し、謙虚に先人の教示を読み、少しでも実践して行くことが大事と思います。＊参考資料：矢沢永一編著「名言の智恵、人生の智恵」</description>
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<category>リーダーの名言</category>
<pubDate>Tue, 02 Dec 2008 12:33:19 +0900</pubDate>

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<title>（ケネディの伝言）次期内閣に望む　閣僚の品格と実行力</title>
<description>（ケネディの伝言）次期内閣に望む　閣僚の品格と実行力 　「国会が、総裁選挙！、総選挙だ！」と騒ぎ、テレビは劇場化している。 　日本財政、国地方の借金が千兆円とも言われ、目を移せば活発になる国際化の中で、これからの日本の舵取り役の責任は大きい。 　一九九三年に落合信彦氏が出版した「ケネディからの伝言」には、アメリカ国民だけでなく、世界に訴えたケネディの言葉があります。 　その理念は、「勇気、判断力、尊厳、献身の四つの要素を、職務で責任を果たしたか歴史上問われる。」と説き、その勇気の意味は、敵に対するだけでなく、必要とあらば仲間に立ち向かう勇気であり、公のプレッシャーだけでなく、私的な欲望にも立ち向かえる勇気とあります。 　自民党政権は、２度も短期で任期を全うせず、総裁選となりました。その原因は、閣僚の疑惑やスキャンダルが続出し、議員としての理念の無さ、人格の脆弱さと思う。 　次期政権は、実行力と品格を持つ人物がリーダーシップを取り、国民が納得する内閣を組み、国内だけでなく、世界へ向け日本の思いを伝えれる人物たちが登場して欲しい。 　３年半のケネディ政権は、内閣から一人も汚職やスキャンダルがなく、「才能と人格」の人事と言われた。 　落合氏は、「情けない事だが四つの要素を日本の政治家に当てはめたら、全て落第ということになる。リーダーに必要な資質は、なにものにも縛られない個人の自由な発言と行動、何事にも責任を持つ意志こそ民主主義に魂なのだ。」と語っている。 　民主主義の向上に向け、真剣な議論と国民も関心を持ち続けることが大事と思う。</description>
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<category>リーダーの名言</category>
<pubDate>Tue, 09 Sep 2008 17:50:15 +0900</pubDate>

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<title>（本田宗一郎語録）「やりたいことをやれ」まず第一歩が大事、　</title>
<description>（本田宗一郎語録）「やりたいことをやれ」、まず第一歩が大事、　　昨日は、早朝から地元の夏祭り「宇土地蔵祭り」協賛、小中学校サッカー大会に、一日スタッフで参加し、一日中外に居たことで、帽子をかぶっていたにも関わらず、日焼けが酷くお風呂では、ひりひりする感じでした。　今朝も顔がひりひりする感じですが、久しく海水浴に行かないので、数日したら日焼け真っ黒状態になりそうな状態です。　さて、23年前に読んだ「本田宗一郎　男の幸福論」（1985年）なる本があります。PHPの文庫本、世界一の幸せ者と自認する、世界のホンダを築いた創始者、本田宗一郎の一生を書いたものです。「策では絶対に大きくらん、やっぱり好きこそものの上手なれ」「人間は剣が峰を渡るとき、一番成長する」「既成の観念にとらわることほど、人の考えを誤らせ、道をとざすものはない」がその本の表紙にあります。夢とロマンを追い続けた男の仕事観、人生観が書かれたものでした。　２日前に、地元の本屋をうろうろしていると、本田宗一郎語録を集めた文庫本サイズの本を見つけ、パラパラと開いてみました。タイトルは「やりたいことをやれ」～夢に挑戦し続けた男の哲学がここにある～でした。第一章　まず第一歩第二章　得手に帆をあげて第三章　能ある鷹はツメを磨け第四章　自分のために働け第五章　幸福な報酬第六章　私の゛宝物゛第七章　時間はすべての生命である第八章　冗句はアイデアである第九章　喜びを求めながら生きる第十章　発明は恋愛と同じで構成され、２４８の言葉を紹介されています。その第一章の第一話は次の言葉です。・まず第一歩　人間が進歩するためには、まず一歩を踏み出すことである。ちゅうちょして立ち止まっていては駄目である。なぜなら、そこにどんな障害があろうと、足を踏み込んではじめて知れるからだ。失敗は、その一歩の踏み込みだと思う。　わが国には「サルも木から落ちる」という言葉がある。慢心とか油断へのいましめである。心のゆるみだが、このための失敗には、私は寛容の心を持ち合わせない。なぜかといえば人間に許される失敗は、進歩向上をめざすモーションが生んだものだけに限るのだと思うからだ。しかし、私は猿が新しい木登り技術を学ぶために、ある試みをして落ちるなら、これは尊い経験として推奨したい。　冒頭のこの一説に、引かれ購入し読んでいます。この中の言葉で、現在の自分自身の仕事やまちづくり活動の気持ちを、元気にしてくれるものがたくさんあります。　まだ１割も読み進んでいませんが、これから何日か越しに、日記の末尾にも書き込んでみたいと思います。　子供たちの夏休みも残り少なくなりました。小学校のころ、夏休み前に「今年は全部、宿題を終えよう」と思いつづけて、続かないのが常でしたが、本田宗一郎の言葉を読み、「好きなことは続けられる」「策では絶対に大きくらん、やっぱり好きこそものの上手なれ」　好きこそものの上手なれ、日々の工夫こそが一番大事と思います。今週も始まりました。今日から、新たな何か第一歩を踏み出してみたいと思います。夏休みの最後の一週間、新しい何かの兆しを見つけられたらいいですね。＊参考資料：梶原一明著「本田宗一郎　男の幸福論」PHP文庫            本田宗一郎著「やりたいことをやれ」PHP研究所</description>
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<category>リーダーの名言</category>
<pubDate>Mon, 25 Aug 2008 09:25:11 +0900</pubDate>

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<title>勇気を失うことは全てを失うことだ</title>
<description>＜今日の名言＞「金を失うことは些細なことで、名誉を失うことは甚大だ。だが、勇気を失うことは全てを失うことだ」                                                      － ウィンストン・チャーチル －　これは、常に勇敢でることを信条としていたチャーチルに最もふさわしい言葉と言えるだろう。</description>
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<category>リーダーの名言</category>
<pubDate>Wed, 30 Jul 2008 08:44:44 +0900</pubDate>

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<title>地位が上がるほど｢役得｣を捨て｢役損｣を考えろ（白州次郎）</title>
<description>地位が上がるほど｢役得｣を捨て｢役損｣を考えろ（白州次郎）　白州次郎氏は、終戦直後外相になった吉田茂氏の要請で、終戦連絡事務局参与に就任した。白州氏が国政に関わった最初の仕事は、日本国憲法の策定でした。　白洲氏は、祖父の儒家のＤＮＡの血に加え、７年間ケンブッリジで学んだ英語力とジェントルマン精神で、日本が危機に直面する中、戦後処理に奔走した。もう一つが、通商産業省の創設でした。　戦前から貿易事業に関わり、ヨーロッパを中心とした人脈と、「至誠」から繰り出される流暢な英語は、交渉するアメリカ占領軍の官僚も、たじたじだったと言われます。　厳しい姿勢の白州氏の別の一面を知る一人、元首相の宮澤喜一氏の言葉が先月読んだ本にありました。（本文より）　　四日市中央海軍燃料払い下げ問題に関しては余談がある。次郎の伝手（つて）がなければ入札に入れないという口コミが広がった結果、次郎の名刺が一枚５万円という異常な高値を呼んだという噂が流れたのだ。当の本人は、「オレにもその名刺を五、六枚まわしてくれよ」と、言って笑っていたが、実際、次郎の名刺の威力は絶大だった。そんな次郎のことを ゛ファイブ・パーセンター ゛（５パーセントのマージンをとる男の意）と呼んで揶揄（やゆ）する向きもあった。だが彼は利権屋だったかというと、それは違う。身近で次郎のことを見ていた宮澤喜一は、「白州さんが外資からコミッションをとるなんてことは絶対にありませんね」と断言している。「人間は地位が上がれば上がるほど ゛役得 ゛を捨て ゛役損 ゛を考えろ」というのが次郎の口癖だった。　上の役職についたからそれで何か得をしようなどとはもってのほかだというのである。これは彼のよく口にした ゛ノブレス・オブリッジ ゛（社会的地位にある者はそれ故の責任を有する）に通じる考え方だろう。「自分より目下と思われる人間には親切にしろよ」とも言っている。運転手にでもキャディにでも必ず「ありがとう」と言った。「すみませんと言うのはダメだ。Say ゛Thank you!  ゛」運転手つきの社用車に乗るとき、次郎は好んで助手席に座った。理由を聞かれると、「後ろでふんぞり返っているやつはみんなバカだ！」と、言うことらしかった。食事のため店に来るまで来ると、「天井でも何でもいいから、先に運転手に食べさせてやってくれ」と、真っ先に運転手の文を注文するにが常だった。（中略）　　　（以上、北康利著『白州次郎　占領を背負った男』）　私利私欲が無く、良心から出て来る言葉は、温かいものを感じます。「ふんぞり返っているやつはみんなバカだ！」の言葉は、痛快ですね。　　３年前に、ひょんな事で出会った中央官僚の方は、白洲氏と似た感触を受けました。今でも、地位が上がれば上がるほど、親切に丁寧になる人も居ることを知りました。要は、自分が何処（何）を学び取るかのあると思います。　「自分より目下と思われる人間には親切にしろよ」上記の言葉を常に忘れずに、生きたいものです。　もう一つが、白州氏の潔さ良い生き方にあります。事業の先行きが立てば、さっと後進に譲り、自分は田舎で隠遁（カントリー・ジェントルマン）生活に戻ります。これは、イギリスに在る「田舎者の有識者：カントリー・ジェントルマン」の生き方です。　中央で゛事゛が起これば「いざ鎌倉」と急行し、終わればまた元の生活に戻る。　また、最後の人生の言葉「遺言」は、゛葬式無用、戒名不用゛に、潔さの極致と言う気がします。次郎氏の父も亡くなる前は、一人阿蘇の山麓で隠遁生活をします。ベッドの下には、棺桶が用意されていたそうです。　先祖から受け継がれたＤＮＡは、白州次郎氏にも受け継がれていたと感じる一生ではなかったなと思います。。＜十八史略の人物＞　白州氏の言動を見ていると、下記の大臣（リーダー）のスタイルに見えて来ます。・第ニの大臣は　～十八史略の人物学（伊藤肇著「呂新吾」の言葉）～　いかにもしっかりしていて、てきぱきと問題に取り組んでゆく。剛直、直言、まっすぐに堂々と本当のことが議論できる。したがって、やや叡智や気概が露われて、時には議論になったり、反発や反抗を招くこともある。しかし、いかなる障害があっても、敢然として、主張すべきは主張し、やるべきことはどしどしやっていく人である。</description>
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<category>リーダーの名言</category>
<pubDate>Thu, 19 Jun 2008 19:11:51 +0900</pubDate>

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<title>必ず負けの中に次の勝ちへのエキスがある(柳本晶一)</title>
<description>＜今週の名言＞　　勝ち勝ち勝ちの人生もないけど、　　負け負け負けの人生もない。　　必ず負けの中に次の勝ちへの　　エキスがあると思っています。　　失敗や挫折も、成功するまで続けたら　　失敗や挫折ではなくなります。　　　　　　　　　　　　　柳本晶一（全日本女子バレーボール監督）＊参考資料人間力・仕事力が確実にアップする致知出版社メルマガ</description>
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<category>リーダーの名言</category>
<pubDate>Wed, 04 Jun 2008 09:40:08 +0900</pubDate>

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<title>貧乏をくよくよせず、富貴を求めてあくせすせず（陶淵明）</title>
<description>貧乏をくよくよせず、富貴を求めてあくせすせず（陶淵明） 　中国六朝時代を代表する詩人の詩人ですが、下と地方役人だったのですが、41歳の時に県令（県知事）に任命された。ですが、「わずかな給料しかもらっていないのに、中央の役人に頭をあげるのはまっぴらだ」という言葉を残し、わずか数月で辞職して故郷に帰った。 　その後の生活は、厳しいもので、色々な不幸が続きました。従弟が若死にし、家を火事に見舞われ、マラリアも患ったとか言われています。そんな中でも、沢山の素晴らしい詩を残しました。その名は、中国国内にとどろき、名君の宋の武帝や、晋の皇帝からの官僚就任の要請を断り続けました。 　下記の言葉は、陶淵明の自叙伝とのいわれる「五柳先生」に帰されているもので、 「貧賤に威威（いい）たらず、富貴に汲汲（きゅうきゅう）たらず」 意訳すると、「貧しく身分が低くてもくよくよせず、富や地位などに心を奪われてはならない」となります。陶淵明の思いは、次のことではないかと思います。 「貧しさや豊かさ、地位などに心を奪われてはならない」 日本の歴史を振り返ると、江戸中期に中国地方の小藩で活躍した、儒学者で官僚であった熊沢蕃山がいます。 熊沢蕃山は、財政再建や藩制改革の重責を担い、獅子奮迅の活躍をしたのですが、江戸幕府から儒学の考え方のことで嫌疑がかかった。そのことで、藩主とも意見が合わなくなり、官職を退き、隠遁するのですが、蕃山先生は山里の暮らしを、地域の人と共に楽しく暮らし、一生を終えたとしりました。 　その考え方や生き方を、幕末の思想家・横井小楠が敬慕したといわれています。 </description>
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<category>リーダーの名言</category>
<pubDate>Fri, 18 Apr 2008 08:10:21 +0900</pubDate>

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