2018年01月28日

「敬天愛人」に異論が以前にあった。山片蟠桃(1748〜1821)は、「天」は“人心の集まる処”。

「敬天愛人」に異論が以前にあった。山片蟠桃(1748〜1821)は、「天」は“人心の集まる処”。

私の母校の校歌に「自然の掲示、神の声」なる歌詞があります。とても抽象的な内容ですが

自然の掲示、
神の声、

多分誰も実際には聞こえない、天の声と思います。

そこで「天」とは何か?

苅部直教授の本『明治維新への道』に次の解説がありました。

〜以下、本より〜

・・・、蟠桃の考えでは、儒学の中心概念である「天」についてのも、これは「天帝」と呼ばれるような、意志をもって世の運命を左右する存在ととらえるのは誤りであり、その正体は「人心ノ聚(あつ)マル処」.、すなわち人々の思いが寄り集まって社会の変動を支えている現象に過ぎない。
〜以上、『明治維新への道』より〜

西郷隆盛もそうですが、私の地域に、よく「天のおぼしめし」とか語り、無私の姿勢を抜きながら、リーダー論を語る先導者がおられます。

西郷隆盛の「敬天愛人」の“天”も、地域の先輩の“天”も、同様なのですが、リーダーの発言、リーダーの行動に、周りの支持が集まっているか?

そこが、最も大事なことと、山片蟠桃が説いています。ここ数年の欧米の大統領選挙で、ポピュリズム的な発言をして支持を集めた候補が注目をされました。

天の声、とはそんな一時の人気取りではなく、目立たぬ学識者や賢者が、目立たず支持する(俺が、俺がの人でない)リーダーの存在。

天は、事(様々な事件・事故)が起こった時に、適任者を世に送り出す、その時の民衆(時勢)の意志なのかもしれないと思います。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 23:44Comments(0)リーダーの名言