2009年09月30日

<横井小楠と肥後の猛婦たち(昭和編)>

<横井小楠と肥後の猛婦たち(昭和編)>
 11月初旬、熊本のテレビ局「テレビ熊本」が、熊本偉人シリーズのドラマで、
「矢島家四姉妹」~矢島楫子の生涯(仮称)~を放映します。
 明治初期、熊本では、横井小楠の思想「実学」の考えが、男性ばかりではなく、
女性たちも大きく影響を受け、明治・大正期に熊本出身の女性社会活動家を多く
輩出しました。50年前、作家の大宅壮一氏が「熊本の猛婦たち」のテーマで、
雑誌に論文を発表しています。
 一昨年、熊本で「横井小楠と肥後の猛婦たち」とテーマで、シンポジウムを開
催しました。200名の会場だったのですが、約3時間のほとんど帰らず、最後
まで聞いてもらいました。
 その(昭和編)を、来る10月2日13時から、熊本市の県民交流館「パレア」
ホールで開催します。ぜひ、地域を元気する女性活動家の話を、ぜひ聞きに来て
下さい。


日 時  10月2日13時
場 所  熊本県民交流館「パレア」ホール(096・355・4300)
テーマ  昭和をリードした熊本の女性たち
パネリスト 緒方惇(詩人)
      本田節子(作家)
      川上洋子(元NHK熊本放送女性プロデューサー第1号)
コーディネーター 井上智重(熊本日日新聞社編集員)
参加料   無料

参加方法   
 氏名、住所、連絡先、等を記入の上、申し込みください。
 当日参加も可能です。たくさんの来場をお待ちしています。
   
問い合わせ、
   横井小楠生誕200年記念事業実行委員会
   事務局 野口修一まで(090・3666・7682)
   Email : aande@lime.ocn.ne.jp
熊本市尾ノ上1丁目48-6 リブス菊池1F
   環境共生施設研究所内
  


Posted by ノグチ(noguchi) at 22:10Comments(0)講演テーマ

2009年09月27日

勝っても誇らない人は、美しい

■自民新総裁、28日に選出=谷垣氏優位な情勢(時事通信社 - 09月27日 17:01)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=972492&media_id=4

>麻生太郎前総裁の後継を選ぶ自民党総裁選は28日投開票され、第24代総裁を選出する。国会議員票で半数を超える勢いの谷垣禎一元財務相が河野太郎元法務副大臣、西村康稔前外務政務官をリードし、優位な情勢を保っている。

次期総裁の最初の、言動に注目したいと思います。



勝っても誇らない人は、美しい

 勝つことは素晴らしい事と思います。目標を目指し、努力し、達成することは、快感であり、満足でもあります。

 勝つ人がいれば、負ける立場の人もいます。みじめで、悲しいが、なぜ負けたか原因を探る、巻き返しのために、一歩踏み出す勇気が、新しい自分を創りだす。ただ、負けた原因を外に探すようでは、進歩は無いように思います。

 勝った人の注意は、驕りと思います。名誉を得て、得意になるのが人情です。つい横柄に振る舞ってしまい、それまで応援した人たちから、陰口が聴こえたりする。勝っても謙虚であれば、さらに一歩前進する若々しさが生じると思う。

 横綱は、威風堂々と立派でありが、威厳ばかり見せる(驕った)横綱もいる。人の印象、勝っても誇らない謙虚な人は、美しいと思う。

 みなさんの周りには、立派な人がたくさんいると思いますが、日頃のちょっとして一言でや素行で、気分を害するようなことがあると、興味は半減すると思います。

老子の教えにも、下記があります。

「勝ちを美とせず」

 ~勝つことだけが美しいのではない~ 

「出世するほど、頭(こうべ)を垂れよ」の教えは、人々の憧れも含め、その信頼を逸しない先人の教えなのかもしれません。

*参考資料:境野勝悟編著「老子・荘子」の言葉100選  


Posted by ノグチ(noguchi) at 17:28Comments(0)老子・荘子の言葉」

2009年09月25日

平和の最大の障害物は、無関心という壁

平和の最大の障害物は、無関心という壁

 46年前ある大学でのジョン・F・ケネディ大統領の卒業式でのスピーチが、全文ソ連で紹介された。このスピーチこそ、核兵器開発にブレーキをかけた世界へのメッセージとなった。作家の落合信彦氏の著書「ケネディからの伝言」から、抜粋を紹介します。

(本文)
平和とは理性的な人間の理性的なゴールでなければならない。平和の追求を戦争の遂行ほど劇的なものではなく、往々にして無関心という壁にぶち当たる。しかし、これほど重要かつ緊急を要する事柄はない。(中略)

互いの相違点が存在することは認めよう。しかし、同時に互いの共通の利益にも目を向け、相違点の解決にも努力しよう。
 そして、もい今相違点を克服できないとしても、少なくとも多様性を認めるような世界を作る努力は成せる。まぜなら、最終的にはわれわれの最も基礎的な共通点は、皆この小さな惑星に住み、皆同じ空気を吸い、皆子どもたちの未来を大切に思っている。そして、皆死んでいく身なのだ。(中略)
 (以上、落合信彦著「ケネディからの伝言」)

心を動かす言葉は、時代を越えた響きがあります。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 08:28Comments(0)リーダーの名言

2009年09月23日

(幸福感)挑戦し続けているときが、もっとも幸せ

■巨人独走でV「目標は日本一」
 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=968817&media_id=2


(幸福感)挑戦し続けているときが、もっとも幸せ

(本文)
 人は、幸せを目指して夢中になっているときが、もっとも幸せなのかもしれない。

(解説)
 私は、「幸せになった」と思うときよりも、「幸せになりたい」と努力をしているときのほうが最高に幸せではないかと考えます。
 目標に達すること自体よりも、常に新しい夢や目標を持って挑戦し続けていること。それがトータルとしては一番たくさんの幸せを感じられるのではないかと思うのです。

(感想)
 あの女性をガールフレンドにする。この大学(資格)をぜひ取りたい。留学をどうにかして実現した。あの会社に入りたい。この難しい仕事を完成させたい。・・・・、
 人には、色々な目標があります。振り返ると、達成した時は、一瞬喜びはありますが、疲れ、反省、そして虚脱感が、心を覆います。「果たして、目標として来たことは正しかったか?」「私の選択は間違ってなかったか?」、・・・・、
 人は求めているときこそ、「我を忘れて頑張ります」、その途中こそが一番「幸福感(充実感)」を味わう瞬間かもしれないと思うことがあります。

 坂本龍馬の五年間の激動の動きと、やった仕事。でも、彼の目標は世界を相手の貿易でした。その目標を達成するためには、日本の政治体勢の変改が必要でした。

 今、あなたの目標は何ですが?

 目標こそ、自分の向上心(=充実感、幸福感)を味わうことの出来る瞬間と思います。

 あなたの目標はなんですが?

 人間にとって、一生付きまとう人生の課題と思います。

*参考資料:堀田力著「中年よ、大志を抱け!」  


Posted by ノグチ(noguchi) at 21:43Comments(0)「心養塾」語り学び合う場

2009年09月23日

知足の文化で 持続可能実現  

知足の文化で 持続可能実現  

 秋の連休を利用して明治維新の発祥地「松下村塾」を訪問した。吉田松陰没後150年を記念し地域上げての催しが開催され、多くの観光客が訪れていた。吉田松陰は、徳川幕府によって、安政の大獄で反対勢力抑制のため処刑された。辞世の句「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」は、幕末の志士たちの精神的なバックボーンとなった。

 日本は新たな政権を生み出し、鳩山首相が国連会議で、持続可能な社会を目指す方針を打ち出した。戦争放棄の九条を掲げる日本、利権渦巻く世界情勢の中で、互いを理解し合う平和外交を中心にする日本の大義表明とも言える。現代の大義「温暖化防止と格差」は、人口抑制や経済の安定化など、世界が協力しなければ、地球の維持が出来ない時代を迎えたことを現している。

 幕末の吉田松陰の掲げた大義は、欧米列強から日本を守ることだったと思う。また明治維新の時、若い維新政府をリードした政治思想家の横井小楠の大義は、互いの国家を尊敬する「平和外交」を目指していた。現代は、少なくなった資源と人口増加で、食料の管理、市場経済から管理経済へ、国際的な連携が急務となって来た。

 経済成長を目指すだけでは、限りある地球資源を奪い合い、いつか民族衝突、国家衝突が起こると思う。まだまだ紛争が絶えないので国連の平和維持活動は必要だが、次世代社会は平和外交に加え、日本文化「足るを知る(知足)」の考え方が必要と思う。

  


Posted by ノグチ(noguchi) at 12:20Comments(0)私の意見

2009年09月20日

議論のときは慎重に、実行のときは迅速に(菜根譚)

議論のときは慎重に、実行のときは迅速に(菜根譚)

自民党、民主党、社民党、共産党、・・・

今回の選挙で、色々な立場、思い、支援の輪、・・・、活き道が模索された。

議論こそ、人々の思いを調整する方法と思います。

議論、討論、一人ひとり文化(こだわり・考え)が違います。

国民の思いを形にすることが「政治」とすれば、最後は実行が大事と思います。

中国古典の「菜根譚」に次に一節がありました。

(現代語訳)
議論するときには、第三者の立場に身をおいて、十分に利害得失を検討してかからなければならない。
実行するときには、当事者として、個人の利害得失を度外視してかからなければならない。 

(感想)
議論の時は、タカの目。
実行時は、蟻の目。
議論の時は、頭は冷静沈着。
実行の時は、一心不乱。 

議論は慎重に、行動は迅速に、民主党の実行スピードが評価される時期が近づいています。

参考資料:守屋洋訳編「菜根譚」  


Posted by ノグチ(noguchi) at 22:01Comments(0)菜根譚

2009年09月19日

龍馬ウォーク、肥後の猛婦、連句の会、100kmウォーク、

龍馬ウォーク、肥後の猛婦、連句の会、100kmウォーク、

<龍馬ウォーク>
坂本龍馬が歩いた道を辿る「歴史ウォーク」10月12日10時~(受付9時~)

 昨日は、今秋に行う「横井小楠生誕200年記念事業」の中で、幕末の英雄の坂本龍馬が、維新回天の政治思想の震源だった、肥後の政治思想家の横井小楠を、三度訪ねているのですが、

・1回目は、
 「小楠を切るために訪ねて、語っている内に、政治思想の先見性、世界観、殖産振興、富国強兵論、等々に感化され、弟子になって帰った」

*エピソード
 横井小楠の最後の内弟子だった内藤泰吉は、来客用の広間で素浪人の坂本龍馬と向えた横井小楠との会話を、右手に刀、左手に入れたばかりのお茶を持ち、隣りに部屋で聞き耳を立てた。始めは喧騒な議論が続き緊張したが、だんだん横井小楠の考えに同調し、最後は「先生」と言う言葉聞こえた。
 これは、内藤泰吉の孫である、熊本出身の政治評論家の内田健三氏から、祖父から聞いた話として6年前に紹介してもらった。口伝えですが、幕末の真剣勝負の対面の様子をうかがえる貴重な話と思います。

・2度目、3度目は、
 勝海舟と一緒に坂本龍馬は、肥後藩を訪ねています。勝海舟は、徳川幕府の要職で、片や横井小楠は肥後藩から謹慎を申し渡されて時期、直接会うことが出来ないので、(素浪人)龍馬が替わりに、小楠の政治思想の教授と、生活費を持たせて、熊本城下から、約10km離れた横井自邸の私塾「四時軒」を訪ねさせた。
 
*龍馬、海舟、小楠
 五箇条のご誓文に大きく影響を与えたといわれる「公共の政」の思想は、高崎経済大の山崎益吉教授の説明では、軍国の強国の緊張した国際関係でなく「平和外交の関係」、富国は軍事強国でなく国民が富み栄える「富国」、国民のから有能な人材を募る「選挙」、血統を重んじない真のリーダーを君主に据える「共和政治・大統領制」、等々、とありました。
 横井小楠自身は、病がちで自分で率先してグループ引っ張る力は無かったのですが、一を見て十を見れる力を、中国古典や海外の資料から学び、構想する力を着けたようです。龍馬との対談の中で、龍馬が伝える情報も加え、横井小楠の思想がどんどん発展したことも事実と思います。


 <龍馬ウォーク>にぜひご参加ください。
 参加料 一般 2,000円(昼食弁当付)、
  高校生以下  無料(弁当無し)

参加方法   
 九州内の特定郵便局に詳しい申し込み案内がありますのでご利用下さい。当日参加も可ですが、弁当の準備がありますので、なるべく事前に、氏名、年齢、住所、連絡先、持病、等を記入の上、申し込みください。
    
問い合わせ、事務局 野口修一まで、  
   Email : aande@lime.ocn.ne.jp    


<横井小楠と肥後の猛婦たち(昭和編)>
 11月初旬、熊本のテレビ局「テレビ熊本」が、熊本偉人シリーズのドラマで、「矢島家四姉妹」~矢島楫子の生涯(仮称)~を放映します。
 明治初期、熊本では、横井小楠の思想「実学」の考えが、男性ばかりではなく、女性たちも大きく影響を受け、明治・大正期に熊本出身の女性社会活動家を多く輩出しました。50年前、作家の大宅壮一氏が「熊本の猛婦たち」のテーマで、雑誌に論文を発表しています。
 一昨年、熊本で「横井小楠と肥後の猛婦たち」とテーマで、シンポジウムを開催しました。200名の会場だったのですが、約3時間のほとんど帰らず、最後まで聞いてもらいました。
 その(昭和編)を、来る10月2日13時から、熊本市の県民交流館「パレア」ホールで開催します。ぜひ、地域を元気する女性活動家の話を、ぜひ聞きに来て下さい。

 <横井小楠と肥後の猛婦たち(昭和編)>にぜひご参加ください。
 参加料   無料

参加方法   
 会場が最大250名収容です。事前に参加申し込みをお願します。
 氏名、住所、連絡先、等を記入の上、申し込みください。
    
問い合わせ、事務局 野口修一まで、  
   Email : aande@lime.ocn.ne.jp   

<横井小楠生誕200年記念「連句の会」>
 昨日、夕方先輩に呼ばれて、資料を届けた会場は、「五七五」と「七七」の句を、数名が続け読み、十八句、三十六句、とか続くける「連句」の会の集まりでした。
 用を済ませ帰ろうとすると、連句の主催から、「野口さんも一句、詠んで行きなさい」と引き止められ、どうもこの雰囲気だと帰れないなと覚悟、秋の起句で始まった五句目で、先生から「自由句の番、思ったことを詠んでいいから」と促がされ詠みました。

「連句とは なごやかな人の つどいかな」

すると、「それで良い、でも・・・」と短冊の言葉を訂正され、

「連句とは なごやかな人の つどいらし」

となりました。OKをもらい、無事帰ることが出来ました。

11月3日13時から、熊本市の国際交流会館の3Fで、
横井小楠生誕200年記念の連句の会が開催されます。
傍聴無料ですので、俳句、短歌に興味ある方は、ぜひ傍聴下さい。

問い合わせ 事務局 野口まで、Email : aande@lime.ocn.ne.jp 
  氏名、住所、連絡先、等を記入の上、申し込みください。  



<北九州―別府、100kmウォーク>
 昨日、テレビ局回りをしていて、一つのテレビ局の社長が、健康ウォークをしていることは話されました。その中で、11年前に始まった「北九州―別府、100kmウォーク」(時間制限 26時間)が、10月10日・12日に開催されること知りました。その片は、21時間くらいで100kmを歩かれるそうです。健康ウォークもここまで来ると、スポーツかもしれません。

  

以上、今日は、長くなりました。


  


Posted by ノグチ(noguchi) at 11:31Comments(0)講演テーマ

2009年09月17日

(国家の品格と迅速性)民主が政調廃止へ、政策は国家戦略室で

(国家の品格と迅速性)民主が政調廃止へ、政策は国家戦略室で

なんか、変わるような、期待がすこし持ってきました。


■民主が政調廃止へ、政策は国家戦略室で(読売新聞 09月16日)
 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=962880&media_id=20

> 政調会長ポストも設けない。省庁に対応する形で設置している部門会議も廃止し、政策調整は首相直属で設ける国家戦略室で行う。

> これまで副総理兼国家戦略相に就任する菅代表代行が政調会長を兼ねる方針だったが、小沢幹事長が「閣僚と党の役職の兼務は望ましくない」と指摘した。

政策は、総理が主導する。

権力を集中させ、迅速な対応が可能になる。


今日、熊本である講演会があった。

新型インフルエンザのワクチンに、ついて考えさせられることを、熊本機能病院の米満弘之先生が語られた。

日本は、必要な数の6~7割りを確保(自国製造)して、不足は輸入する計画(政策)だ。

今日の講演で、フランスは、必要な数の180%を(自国製造)するように計画している。

多分、余ったものは隣国や、途上国に差し出すのだと思います。

こんな発想は、日本にはないのだろうかと思う。

世界的な危機は、どこの国も同じだが、リーダーの違いで世界を助けるか、金に任せて買い集めるか、インフルエンザが集束して時に、日本の計画(政策)は、どう評価受けるだろうか。

国家の品格は、危機の時にどう動くかによって、表面化するように思います。

自民党と言うより、123年間続けられた事務次官会議、
この事務次官会議では、何を議論してきたのだろうか?

官僚たちが国を担って来た自負があるとすれば、「国家の品格」とは何かと、一度問うてみたいものです。

民主党になり、インフルエンザ対策、可能な限りでも隣国や、途上国を助けるような行動が生まれることを期待している。

要は、政策実施スピード感、そして国家の品格とは何か、常の念頭に置いて行動するかにあるように思います。


■今までと違う政権運営に期待~橋下知事
 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=963223&media_id=88
  


Posted by ノグチ(noguchi) at 20:54Comments(0)私の意見

2009年09月11日

(閣僚人事)世の中には機運と言うものがある

(閣僚人事)世の中には機運と言うものがある

■社民、福島党首の入閣決める
(読売新聞 - 09月10日 11:22)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=956905&media_id=20


~人心移転せんとする前、その機動くの兆候生ず~(勝海舟語録)

 テレビ・新聞は、閣僚人事でそわそわしている。誰がなろうが我々の生活には、大して変わりないと思うが、日本人、いや人間というものは、人事の配列の話題が好きなようです。
 童門冬二著の「勝海舟の人生訓」で、政変の時に何が必要か説いています。

(本文より)
 これは、一種の時代の空気論のようなものである。西郷隆盛でも木戸孝允でも大久保利通でも個人としては、勝自身は大した驚きはしなかった。しかし、勝はこういう維新の三傑と言われた連中が幕末維新という機運に乗ってから、彼自身が閉口するほどの働きをした、と(勝海舟は)見るのである。(中略)
 
 この時代の空気、即ち気運の高まりや静まりは、その時々の世論形勢にも大いに作用する。機運が高まれば、ある人が何か言っただけですぐに大衆は付和雷同するし、静まれば皆しらけてしまう。世の中とはそういうものさ、と彼(勝)は言うのである。(中略)

「では、どんな能力があっても、機運が熟さなければ認められないのか?」
という反論があるに違いない。勝は、そういうことを言っているのではない。が、この反論にもっともだ。そこで、彼は、
「天下のことを任ずるくらいの者は、今日朝野にどんな人物があるかということは、常に知っていなくては困る」
と言っている。
 勝はあらかじめその辺を調べて、常に手帳に書いていた。つまり人物メモを作っていたのである。この中に西郷隆盛をはじめほとんどの人間がメモされていた。(中略) (以上、童門冬二著「勝海舟の人生訓」)



■自民党総裁選 立候補者現れず
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=957362&media_id=88


民主党の騒々しさに比べ、自民党の凋落振りは、ひどいものです。
火中の栗を拾うは出ていないようですね。

この人材不足は、日頃から長老たちが、次の世代、次々世代を見越して、国内外から「猶興の士」になりそうな人物を探して来なかった責任が大きいと思います。

終末期の自民党は、党利党略より、私利私欲が先で動く、先見力の無いリーダーたち(派閥の領袖)が続いてきた事が、原因のように感じます。

夢を実現するには、時間がかかります。それが、壮大であればあるほど時間を要し、人も必要とします。継続性も大事です。リーダーの連続性です。

小泉チルドレン、新人民主議員で、地域づくり関わったことのない人物を安易に選定してばかりでは、自民だろうと、民主だろうと、行き詰まりが見えてきます。
「無事は有事の如く、有事は無事の如く」(久坂玄瑞)
と先人が訓示したように、事も無い時から非常時を想定し、勝海舟のように人探しをしていたかにかかって来るのだと思います。

民主党の真価が問われるのは、次期選挙にかかっているように思います。

*参考文献:童門冬二著「勝海舟の人生訓」  


Posted by ノグチ(noguchi) at 09:18Comments(1)偉人

2009年09月09日

(「道」を求める)立場を変えてみる、社会生活のなかで

(「道」を求める)立場を変えてみる、社会生活のなかで

 昨日、今秋の催し物の打ち合わせに、社会活動の先輩の家に出向いた。この方は、経済学者ですが、常に日本の政治状況を分析し、細川政権、村山政権を予見し、事前のその主旨を提言した方です。
 今回の選挙、昨夏の選挙等の分析、今後の政権の推移に関する予見を聞いた。実に約3時間、いつもは2時間程で終わるのですが、事のほか言い忘れた事が無いように、思考を深めながら、整理して話を進められたように思います。
 民主党の最大に課題は、地道な社会活動に関わらずに、一挙に100名を越える新人政治家の教育にあると分析をされていました。また、四年間政権が維持できるかは不透明で、民主党の色々な分野の人物が集まる集合体、スキャンダルの火種も燻っていると思われます。
 これからは、新人議員の一人ひとりが地域に根付き、社会問題、地域の問題と正対し、国民と一緒に解決する地道な活動をどれだけ出来るかの掛かっていると思います。それをしないと、小泉チルドレンの二の舞になることは、充分ありうると思います。

中国古典の「菜根譚」の教示に、次の一節があります。

・立場を変えてみる

 冷静な状況にたちかえってから、熱狂していた当時をふりかえってみると、情熱にかられて動き回っていたことの空しさがわかってくる。
 心の休まる暇もない繁忙な状態から抜け出して、一度でも閑暇な時をもてるようになると、閑暇であることの良さがしみじみと実感できる。

(解説)
 一つの立場に固執すれば、狭い世界しか見えなくなる。立場を変えてみれば、新しい展望も開けるにちがいない。利益を追求するときは、損害も考慮に入れておくべきだ。

 
 正に至言と思います。「驕れる者は、久しからず」、議員一人ひとりの今後の、言動にかかっていると思います。
 また、日々の暮らしの中で、人としても「道」をもめる事は充分できるとの教示もあります。

・社会生活のなかで

 俗世間から超越する道は、ふつうの社会生活を営むなかで見出すことができる。必ずしも社会との交わりを絶って隠遁(いんとん)生活にのがれる必要はないのである。
 悟りを開くための方法は、自分の心を見きわめる努力のなかから生まれてくる。必ずしもいっさいの欲望を絶って心を灰のように死なせてしまう必要はないのである。

(解説)
 形式にとらわれてはならない。方法にこだわる必要もない。肝心なのは、求める心があるかどうか、ということであろう。


 毎日、毎日、忙しい日々を悔やむ人も多いと思います。しかし、ちょっとした休息の時間はある者です。「忙中に、閑あり」、急がし時ほど少し休み時間に、真剣に自分の心と向き合う努力を忘れないことと思います。
「壷中に、天あり」、小さな世界にも空はありますが、広い視野をもつことも必要です。忙しい、忙しいとこぼすより、忙しいことも楽しみ、寸暇に自分の進んでいる「道」は、間違っていないか、検証(反省)することは可能と思います。
 今日も、そんなゆとりがなさそうなスケジュールですが、心のゆとりだけは持ちたいと思います。

*参考資料:守屋洋訳著「菜根譚」  


Posted by ノグチ(noguchi) at 07:40Comments(0)菜根譚

2009年09月04日

人間みな中途半端な人間、だらか面白い

人間みな中途半端な人間、だらか面白い

 よく、「お前は、中途半端だ!」と怒鳴られる。
 ですが、完成した人間とは、果たしているのでしょうか?
 敬慕する地域の先達が、身体は衰えるが、精神(心)はいくらでも成長する、一生勉強をしなさいと教示された。その方な、御年79才だった。前東京熊本県人会長、内田健三氏も教示は、他にたくさんを頂いた。他に説かれた「人間を好きになさい」は、いまでも考えさせられる言葉であります。


 中国古典の「菜根譚」に、次の一節があった。

・中途半端な人間

 「知」を超越し達人は、心にわだかまりや偏見をもたない。また、「知」以前の愚人は、心に余計な知識をいっさいもたない。こういう人たちとは、ともに仕事をすることができる。
 ところが、中途半端に知識をつめこんだ人間は、なまじっかな「知」にふりまわされて、憶測や疑惑のとりこになりがちだ。これでは協力関係を組むことはできない。(中略)

(感想)
 口ばかりで行動が伴わない人間ほど、あつかいにくい者はない。あー言えば、こー言う。責任転嫁の上手な人種と思うすが、一生責任転嫁していると、回りの信用は得れないように思います。
 要は、有言実行、無言実行、どちらでも良いのですが、危機に直面した時、人はどう動くか身近な人間ほど、真剣に見ている。

 私は、王陽明の「知行合一」の教示は、何時理解でいるか考えるに、日常の行動はそこそこの出来のですが、危機や、逼迫したしごとで、どう人が対処するか(できるか)、そこに、人間の成長があるように思います。

中途半端か、発展途上か、
これは、気持ちの問題が先の未来をちがったものにすると思います。
今日の気持ちは、果たしてどうだったか反省をしたいと思います。

*参考文献:守屋洋訳編「新釈 菜根譚」  


Posted by ノグチ(noguchi) at 23:16Comments(0)菜根譚

2009年09月01日

(家庭大事)寸陰を惜しむ、養寿規

(家庭大事)寸陰を惜しむ、養寿規

 今日から新学期で、わが家の高校生を高校まで送って行きました。軽トラックに自転車を乗せて、朝の課外に間にように早くに出かけると、高校の野球グランドで、高校1年生がグランド整備を終え、ベンチに座る数名が必死にノートや本を、真剣に読みふけっている要す、わが家は3年生で8月18日から毎日学校へ出かけているので、新学期の気分名ないのですが、「1・2年生は、実力試験」と聞き、グランド整備を終え、始業までちょっとの間(寸陰)を使って、勉強をしていたのです。感心、感心!と思いました。

 昭和の儒家・安岡正篤氏の「一日一言」に次に一節がありました。

・寸陰を惜しむ
 どんなに忙しい人でも、寸陰というものはある。
 ちょっとした時間というものは必ずある。そのちょっとした時間をつかむのです。これに熟練をすれば、案外時間というものはあるものです。
 寸陰を惜しんでやっていると、その寸陰が長い時間と同じ、あるいはそれ以上の値打ちを生じてくる。
 (以上、「一日一言」より)

 私は、車の運転中に名言や故事を、読むようにしています。勿論、信号停車や、運転休憩時間に読むですが、文庫本であれば1月に3~4冊は、読むことが可能です。先人も「三上の読書、馬上、便所、寝る前(枕上)」と称し、時間を浪費を戒めました。
 
 今、ワイドショーを賑わす酒井法子被告は、「家事をやる気にするために覚せい剤を使った」と語った聞き、???、と思いました。
 ミクシィ・ニュースで、酒井被告の自宅は、「足の踏み場もない状況だった」と、現場のこぼれ話が出てきた。多忙な芸能生活、子育て、さらにドラッグパーティーと、とても忙しい日だったのでしょうが、家事は日々のちょっとした片付けをやれば、そうそう踏み場もないほどは散らからないと思います。
 家事も勉強も、ちょっとの時間(寸陰)の使い道で、日々の生活のゆとりが出てきます。

安岡氏の本の同じページに、「養寿規」なる教示がありました。

一、早起き、静座、梅茶を服す。
二、家人に対し、温言和容(おんげんわよう)を失わず。
三、養人の書を読み、養生の道を学ぶ。
四、老荘の良友に交わり、内外の時勢に通じ。
五、凡(すべ)ての宿滞を除き、陰徳を施す。

 時間のゆとり、心のゆとり、時勢に感心を持ち、すべての行動・行為において陰徳(思いやり)を持とうということだと思います。
 日々時間に追いまくられる現代、務めて上記のことを行うことが必要と思います。家事のために覚せい剤、表現が違っていますが、「寸陰(寸暇)」の使い道が間違っているように思います。

>寸陰を惜しんでやっていると、その寸陰が長い時間と同じ、あるいはそれ以上の値打ちを生じてくる。

私は、今日も外回り、車での移動が多いのですが、そういう私自身も寸陰を惜しみ、読書に務めたいと思います。
皆様にとって、充実した一日であることを願っています。

*参考文献:渡邊五郎三郎編著「安岡正篤一日一言」  


Posted by ノグチ(noguchi) at 08:46Comments(3)意見・異見