2011年06月30日
探検家はやるという決心をしてから調査をします。(西堀栄三郎
探検家は、やるという決心をしてから調査をします。(南極越冬隊長西堀栄三郎)
世をリードして行くのは、「若者、よそ者、はみ出し者」と聞きますが、色々な発想で行動することは、周りを刺激します。
昨日、リクルートの創業者、江副浩正氏の著書をリサイクルブック店で見つけ、パラパラと読む中で、これまで日本の歴史上活躍した経営者のついて書かれていました。名物経営者は、色々な新しい発想で世に打って出ました。
原発推進企業の東芝が、「スマートグリッド」を最重要の開発テーマに据えると、先週の新聞報道で読みました。企業も世の変化に合わせて生き残りの工夫・転換をして行けなければいけないのだと思います。
先見性という面では、企業経営とは違いますが、探検家の言葉が心に響きます。
-南極越冬隊長西堀栄三郎-
探検家は、まず第一に、やるかやらないかという決心を前に調査するよりも、やるという決心をしてから調査をします。決心してからあとにやる調査というのは、いかにして失敗のリスクを減らすかということに専念することになるわけです。(中略)
(谷沢永一著「百間百話」より)
一般人は、途方もない挑戦に二の足を踏む。しかし、無謀といわれる事業に飛び込んで行くく人もいる。その差は何だろうかと思う。
西堀氏は、「思いもよらないことには臨機応変に対応するしかない」と。要は、走りながら考えるということだと思う。資料や言葉に振り回されず、自分の足で稼いだ真実を積み重ねて行くしかない。
・(信頼)新しい挑戦には、長い年月をかけた交流の積み重ね必要
私は、まず自分の足で出向き、自分の目で人物を確認することから、ネットワークづくりを始めます。情報化の時代、そんな古いやり方で何ができるかと思われますが、人と人はやはり膝つき合わせて語ることが大事。仲間づくりは、そこから始まるよいうに思う。特に新しい挑戦には、長い年月をかけた交流の積み重ねが必要と思う。
世をリードして行くのは、「若者、よそ者、はみ出し者」と聞きますが、色々な発想で行動することは、周りを刺激します。
昨日、リクルートの創業者、江副浩正氏の著書をリサイクルブック店で見つけ、パラパラと読む中で、これまで日本の歴史上活躍した経営者のついて書かれていました。名物経営者は、色々な新しい発想で世に打って出ました。
原発推進企業の東芝が、「スマートグリッド」を最重要の開発テーマに据えると、先週の新聞報道で読みました。企業も世の変化に合わせて生き残りの工夫・転換をして行けなければいけないのだと思います。
先見性という面では、企業経営とは違いますが、探検家の言葉が心に響きます。
-南極越冬隊長西堀栄三郎-
探検家は、まず第一に、やるかやらないかという決心を前に調査するよりも、やるという決心をしてから調査をします。決心してからあとにやる調査というのは、いかにして失敗のリスクを減らすかということに専念することになるわけです。(中略)
(谷沢永一著「百間百話」より)
一般人は、途方もない挑戦に二の足を踏む。しかし、無謀といわれる事業に飛び込んで行くく人もいる。その差は何だろうかと思う。
西堀氏は、「思いもよらないことには臨機応変に対応するしかない」と。要は、走りながら考えるということだと思う。資料や言葉に振り回されず、自分の足で稼いだ真実を積み重ねて行くしかない。
・(信頼)新しい挑戦には、長い年月をかけた交流の積み重ね必要
私は、まず自分の足で出向き、自分の目で人物を確認することから、ネットワークづくりを始めます。情報化の時代、そんな古いやり方で何ができるかと思われますが、人と人はやはり膝つき合わせて語ることが大事。仲間づくりは、そこから始まるよいうに思う。特に新しい挑戦には、長い年月をかけた交流の積み重ねが必要と思う。
2011年06月26日
(実学)細井平洲も「現実生活の厳しさを知ってこそ・・、
(実学)細井平洲も「現実生活の厳しさを知ってこそ・・、
今日の熊本は晴れです。熱いです。
名君上杉鷹山を指導した儒学者細井平洲の塾が「嚶鳴(おうめい)館」です。
嚶鳴というのは、雌雄(メスオス)の鳥がオウオウと鳴き交わすことをいう。これは何も腹が減って餌を求めるわけでも、また愛を囁(ささ)いているわけではない。
これが転じて、「朋有が互いに切磋琢磨して、学問に励む」という意味を持つ。(以上、童門冬二著「上杉鷹山と細井平洲」)
ケネディ大統領も上杉鷹山を尊敬していた。
上杉鷹山は、「学校で学問を教える者も、学ぶ者も、藩の財政事情を知るべきである。そうしなければ、本当の実学がが学べない」。
細井平洲も「現実生活の厳しさを知ってこそ、教師も本当の学問を教えることができ、また学生もも学ぶことができる」。
・上杉鷹山の師細井平州の私塾「嚶鳴(おうめい)館」と「父母の心」
http://noguchi-shuichi.at.webry.info/201102/article_27.html
今日の熊本は晴れです。熱いです。
名君上杉鷹山を指導した儒学者細井平洲の塾が「嚶鳴(おうめい)館」です。
嚶鳴というのは、雌雄(メスオス)の鳥がオウオウと鳴き交わすことをいう。これは何も腹が減って餌を求めるわけでも、また愛を囁(ささ)いているわけではない。
これが転じて、「朋有が互いに切磋琢磨して、学問に励む」という意味を持つ。(以上、童門冬二著「上杉鷹山と細井平洲」)
ケネディ大統領も上杉鷹山を尊敬していた。
上杉鷹山は、「学校で学問を教える者も、学ぶ者も、藩の財政事情を知るべきである。そうしなければ、本当の実学がが学べない」。
細井平洲も「現実生活の厳しさを知ってこそ、教師も本当の学問を教えることができ、また学生もも学ぶことができる」。
・上杉鷹山の師細井平州の私塾「嚶鳴(おうめい)館」と「父母の心」
http://noguchi-shuichi.at.webry.info/201102/article_27.html
2011年06月16日
人生多難、しかしそれこそ人生。-作家城山三郎の言葉より-
人生多難、しかしそれこそ人生。-作家城山三郎の言葉より-
今日も雨の熊本です。朝から大雨洪水警報も出たようで、お出かけには注意が必要ですね。今日は、先人の知恵を拝借して、作家の城山三郎氏の語録集から、人生訓を紹介します。
午後から、再生可能エネルギーの指導を13年受けた科学者・逸見二郎氏が、3ヶ月ぶりに熊本へ来られるので、昼食をしながら「原発後の日本のエネルギー政策の展望」について、色々教示を受けて来たいと思います。
-作家城山三郎の言葉より-1
人間に裏の裏の裏があるように、人生にも逆転また逆転がある。そおのために、心ならずも人生を深く生きることになるかも知れぬが、だが、それでこそ生きた甲斐があったということになろう。 わたしは『かもめのジョナサン』の著者リチャード・バックの言葉を思い出す。「たいへんだったが、しかしすばらしかったといえる人生を送りたい」(『打たれ強く生きる』)
「人生、チャンスはそう度々あるものじゃない。ここぞというときには、とび出して、つかまえておかなくちゃいかん」(『今日は再び来らず』)
尊敬するに足るひとを、一人でも二人でも多く持てるということ――それは、人生における何よりもの生きる力になることであろう。(随筆『ある卒業式』)
<感想>『孟子』の教えに、「徳慧術知ある者は恒に疢疾に存す」徳慧とは立派な人格、術知とは すばらしい才能、疢疾(ちんしつ)とは艱難のこと。つまり立派な人格、素晴らしい才能を合わせ持つ人物は、艱難辛苦の中から磨かれていく。
-作家城山三郎の言葉より-2
魅力を感させる人々に共通のものとして、わたしはこのごろ三つのことに気づく。
一、常に生き生きしていること。 二、いつも在るべき姿を求めていること。 三、卑(いや)しくないこと。ポストに執着するのも驕(おご)りもまた卑しさである。(『静かなるタフネス10の人生』)
背伸びして視野を広げているうち、背が伸びてしまうこともあり得る。それが人生のおもしろさである。(『アメリカ生きがいの旅』)
<感想> 作家は人をつぶさに観察する。これは一般人も必要と思う。周りに居る人の観察もだが、自分自身の観察も必要。私の師が「自分よりも少しレベルの高い人を目指して生きろ」訓示した。時には、自分の実力を冷静に観察することも必要。一日三省、時々休憩も必要です。
*参考資料:城山三郎語録集「人生の流儀」
守屋洋編著「中国古典 一日一話」
今日も雨の熊本です。朝から大雨洪水警報も出たようで、お出かけには注意が必要ですね。今日は、先人の知恵を拝借して、作家の城山三郎氏の語録集から、人生訓を紹介します。
午後から、再生可能エネルギーの指導を13年受けた科学者・逸見二郎氏が、3ヶ月ぶりに熊本へ来られるので、昼食をしながら「原発後の日本のエネルギー政策の展望」について、色々教示を受けて来たいと思います。
-作家城山三郎の言葉より-1
人間に裏の裏の裏があるように、人生にも逆転また逆転がある。そおのために、心ならずも人生を深く生きることになるかも知れぬが、だが、それでこそ生きた甲斐があったということになろう。 わたしは『かもめのジョナサン』の著者リチャード・バックの言葉を思い出す。「たいへんだったが、しかしすばらしかったといえる人生を送りたい」(『打たれ強く生きる』)
「人生、チャンスはそう度々あるものじゃない。ここぞというときには、とび出して、つかまえておかなくちゃいかん」(『今日は再び来らず』)
尊敬するに足るひとを、一人でも二人でも多く持てるということ――それは、人生における何よりもの生きる力になることであろう。(随筆『ある卒業式』)
<感想>『孟子』の教えに、「徳慧術知ある者は恒に疢疾に存す」徳慧とは立派な人格、術知とは すばらしい才能、疢疾(ちんしつ)とは艱難のこと。つまり立派な人格、素晴らしい才能を合わせ持つ人物は、艱難辛苦の中から磨かれていく。
-作家城山三郎の言葉より-2
魅力を感させる人々に共通のものとして、わたしはこのごろ三つのことに気づく。
一、常に生き生きしていること。 二、いつも在るべき姿を求めていること。 三、卑(いや)しくないこと。ポストに執着するのも驕(おご)りもまた卑しさである。(『静かなるタフネス10の人生』)
背伸びして視野を広げているうち、背が伸びてしまうこともあり得る。それが人生のおもしろさである。(『アメリカ生きがいの旅』)
<感想> 作家は人をつぶさに観察する。これは一般人も必要と思う。周りに居る人の観察もだが、自分自身の観察も必要。私の師が「自分よりも少しレベルの高い人を目指して生きろ」訓示した。時には、自分の実力を冷静に観察することも必要。一日三省、時々休憩も必要です。
*参考資料:城山三郎語録集「人生の流儀」
守屋洋編著「中国古典 一日一話」
2011年06月14日
(知商)河村瑞賢の奇略奇才で世を出し抜く発想と実行力
(知商)河村瑞賢の奇略奇才で世を出し抜く発想と実行力
ここ3週間、PCのメール受信が不具合で止まっていました。インターネットは利用するが、仕組みがよく分かっていない私には、なかなか改善が出来なかった(色々やりました)が、今朝になりなぜか受信が出来始めました。なにせ迷惑メールの多いアドレス(aande@lime.ocn.ne.jp 11年変えていません)で、それも2800通近いメールで、今日は外へ出ることが多かったので、約半日かけて無事に3週間分のメールを受信できました。遅ればせながら返信を返しました。遅い配信に陳謝致します。
・知商(勉強家)の江戸商人の河村瑞賢はすごい
江戸の知商(勉強家)の河村瑞賢を紹介します。江戸(東京)の芝・増上寺の鬼瓦が2枚か3枚か落ちた。徳川幕府の最も重要な寺の一つ、寺社奉行は徳川藩の威信を下げるのが心配で、にすぐ瓦を補修したいが、足場をかけると莫大な費用なる。
そこで江戸市中に見積もり(智恵)を求めた、多くの請負業者は足場代等が嵩み百両(現代の一千万円以上)を越える見積もりだったが、一人、河村瑞賢だけが三分二朱(*一両=四分)の見積もりを出した。寺社奉行は、半信半疑で試しに仕事を頼んだ。
河村瑞賢は、まず凧を使い細い糸を屋根を越えさせ、だんだん太い糸に替え、最後に縄ばしごにして、縄の先端をを反対側の大きな木に縛り、瓦職人に鬼瓦を背負わせ縄ばしごを使いアッという瓦補修をして見せた。見ていた見物人一同、開いた口が塞がらなかったという。河村瑞賢は、歴史が大好きで色々な手法の学んいたことと、勉強熱心だったようだ。
世にはエーッという発想の仕事をしますが、以外にその素は、古い歴史にヒントがあことが多いとか? 人の世の「欲」は時代を超えてもそう変わらない「常識」に囚われているのかもしれません。
河村瑞賢は、この「増上寺の瓦補修」で一躍有名に成り、事業が大きく拡大したそうな!
世に名を成す人の発想は、目の付け所が違うと思います。
*参考資料:冨子勝久著「儲けるやつはここが違う」
ここ3週間、PCのメール受信が不具合で止まっていました。インターネットは利用するが、仕組みがよく分かっていない私には、なかなか改善が出来なかった(色々やりました)が、今朝になりなぜか受信が出来始めました。なにせ迷惑メールの多いアドレス(aande@lime.ocn.ne.jp 11年変えていません)で、それも2800通近いメールで、今日は外へ出ることが多かったので、約半日かけて無事に3週間分のメールを受信できました。遅ればせながら返信を返しました。遅い配信に陳謝致します。
・知商(勉強家)の江戸商人の河村瑞賢はすごい
江戸の知商(勉強家)の河村瑞賢を紹介します。江戸(東京)の芝・増上寺の鬼瓦が2枚か3枚か落ちた。徳川幕府の最も重要な寺の一つ、寺社奉行は徳川藩の威信を下げるのが心配で、にすぐ瓦を補修したいが、足場をかけると莫大な費用なる。
そこで江戸市中に見積もり(智恵)を求めた、多くの請負業者は足場代等が嵩み百両(現代の一千万円以上)を越える見積もりだったが、一人、河村瑞賢だけが三分二朱(*一両=四分)の見積もりを出した。寺社奉行は、半信半疑で試しに仕事を頼んだ。
河村瑞賢は、まず凧を使い細い糸を屋根を越えさせ、だんだん太い糸に替え、最後に縄ばしごにして、縄の先端をを反対側の大きな木に縛り、瓦職人に鬼瓦を背負わせ縄ばしごを使いアッという瓦補修をして見せた。見ていた見物人一同、開いた口が塞がらなかったという。河村瑞賢は、歴史が大好きで色々な手法の学んいたことと、勉強熱心だったようだ。
世にはエーッという発想の仕事をしますが、以外にその素は、古い歴史にヒントがあことが多いとか? 人の世の「欲」は時代を超えてもそう変わらない「常識」に囚われているのかもしれません。
河村瑞賢は、この「増上寺の瓦補修」で一躍有名に成り、事業が大きく拡大したそうな!
世に名を成す人の発想は、目の付け所が違うと思います。
*参考資料:冨子勝久著「儲けるやつはここが違う」
2011年06月12日
紫陽花マンドリンコンサート、熊本の大雨
紫陽花マンドリンコンサート、熊本の大雨
今日は、大雨でした。
午前中は、1年半分の名刺の整理を始めました。名前もすぐ思い出す人、メモは常にしているのですが・・・、やはりちょっと語っただけは印象(記憶)に残りません。30分、1時間語った方は、その後に縁が続くようです。私の異業種交流会「四季の会」は、私が興味を持った方の元へ出向き、30分~1時間半語った方が集まります。初対面で長時間話を続けることは結構大変で、互いの興味を引き出す工夫が必要と思います。
午後は、地元の紫陽花公園では、マンドリンコンサートでした。今日はさすがにできずに、市民会館に会場を移し開催されました。紫陽花公園には劣りますが、商工会ががんばってホワイエを紫陽花で埋め尽くし、1日限りの紫陽花の花園を作りました。紫陽花にちなんだ、お菓子や小物も販売されていました。ただ、雨が強く人では少なかったです。
マンドリンコンサートの後、我が家のミニチュアダックスを「洗濯」と「カット」に連れて行きました。市街地は、低い土地が多く、集中豪雨では冠水状況になるので、主要道路に車が集中し大渋滞でした。水はけの悪い地域は、都市部でも車が水没することもあります。
まだまだこれからが梅雨本番、ご注意を。
2011年06月11日
県内の被災地支援の輪、在来種「ヤマトハマグリ」研究
県内の被災地支援の輪、在来種「ヤマトハマグリ」研究
今朝は、断続的に強い雨が降っています。午後は、東日本大震災・熊本支援チームの活動報告を熊本県大津町でします。実は25日、26日で報告会をします。
昨夜も熊本支援チームで、最初に現地活動したボランティアリーダーが経営する会社の5周年でも、支援チームの活動が紹介され、県内の支援の連携が始まっていることを感じました。
・日本の在来種「ヤマトハマグリ」の研究所訪問
昨日の午後、有明海が最大の産地である日本の在来種「ヤマトハマグリ」の研究をしている熊本大学沿岸環境科学教育研究センターへ、地元の熱心なハマグリ漁業者と一緒に出かけた。ヤマトハマグリは、国内で500トン出荷され、その6割が有明の緑川河口産です。
現在、国内市場のハマグリのほとんどは東アジアから輸入され、一定期間各地の砂浜に育成させて「国内産」で出荷されています。ヤマトハマグリは、料理人の中では「おいしい」ことは知られ、数が少ないので珍重されています。
私は、ヤマトハマグリをブランド化し、高級食材として和食店へ広げたいと考えています。みなさんに「ヤマトハマグリ」のことを知ってもらい、研究に理解と支援の輪が広がればと願っています。
今朝は、断続的に強い雨が降っています。午後は、東日本大震災・熊本支援チームの活動報告を熊本県大津町でします。実は25日、26日で報告会をします。
昨夜も熊本支援チームで、最初に現地活動したボランティアリーダーが経営する会社の5周年でも、支援チームの活動が紹介され、県内の支援の連携が始まっていることを感じました。
・日本の在来種「ヤマトハマグリ」の研究所訪問
昨日の午後、有明海が最大の産地である日本の在来種「ヤマトハマグリ」の研究をしている熊本大学沿岸環境科学教育研究センターへ、地元の熱心なハマグリ漁業者と一緒に出かけた。ヤマトハマグリは、国内で500トン出荷され、その6割が有明の緑川河口産です。
現在、国内市場のハマグリのほとんどは東アジアから輸入され、一定期間各地の砂浜に育成させて「国内産」で出荷されています。ヤマトハマグリは、料理人の中では「おいしい」ことは知られ、数が少ないので珍重されています。
私は、ヤマトハマグリをブランド化し、高級食材として和食店へ広げたいと考えています。みなさんに「ヤマトハマグリ」のことを知ってもらい、研究に理解と支援の輪が広がればと願っています。
2011年06月07日
宇土市からからアンダー17のサッカー日本代表決定
宇土市からからアンダー17のサッカー日本代表決定
昨晩は、地元の少年サッカー育成会で、大いに盛り上がりました。
アンダー17の日本代表に、熊本県大津高校2年の植田直道君が入り、6月後半から始まるアンダー17のワールドカップ・メキシコ大会に出場します。
私が指導するキッズサッカー教室(5~9才)に小学校2年から参加し、緑川小学校、住吉中学校と進み、サッカーの名門大津高校には、スポーツコースではなく普通科を一般入試で入り、サッカー部で活躍しています。
1年の夏からレギュラーに定着、昨年年のヨーロッパでの選抜大会に初めて日本代表に参加以来、ずっと全日本のユニフォームを着けています。
メキシコ大会のメンバーに入れるか不明でしたが、代表になった知らせを聞き、関わってきて指導者や保護者たち15名が急きょ集まり、応援方法やワールドカップの日程等で、夜遅くまで語りました。
宇土市から初めてのワールドカップ代表で、これから1月、宇土市・熊本県のサッカーファンが大いに盛り上がると思います。
昨晩は、地元の少年サッカー育成会で、大いに盛り上がりました。
アンダー17の日本代表に、熊本県大津高校2年の植田直道君が入り、6月後半から始まるアンダー17のワールドカップ・メキシコ大会に出場します。
私が指導するキッズサッカー教室(5~9才)に小学校2年から参加し、緑川小学校、住吉中学校と進み、サッカーの名門大津高校には、スポーツコースではなく普通科を一般入試で入り、サッカー部で活躍しています。
1年の夏からレギュラーに定着、昨年年のヨーロッパでの選抜大会に初めて日本代表に参加以来、ずっと全日本のユニフォームを着けています。
メキシコ大会のメンバーに入れるか不明でしたが、代表になった知らせを聞き、関わってきて指導者や保護者たち15名が急きょ集まり、応援方法やワールドカップの日程等で、夜遅くまで語りました。
宇土市から初めてのワールドカップ代表で、これから1月、宇土市・熊本県のサッカーファンが大いに盛り上がると思います。
2011年06月05日
千丈の堤も螻蟻(ろうぎ)の穴を持って潰(つい)ゆ。-韓非子-
千丈の堤も螻蟻(ろうぎ)の穴を持って潰(つい)ゆ。-『韓非子』-
万全の準備をしているようで、意外なミスで事業が評価を落とす。東日本大震災の対応で、菅首相はとても低い評価を受けているが、評価は後に出てくる、今は兎に角頑張って被災地の復興に当たって欲しいものです。
さて、「中国古典一日一話」に、冒頭の言葉があった。
「千丈の堤も螻蟻の穴を持って潰ゆ」
要は、高い堤防も螻蛄や蟻の穴から水が入り、遂には壊すこともある。細事に注意を怠ると、本来の事業も完遂できない教示と思います。
解説の中で、「千丈」とは゛高い゛の意味。『老子』にも、「いかなる難事も容易なことから生じ、いかなる大事も些細なことから始まる」とある。些細なことだとつい油断して対策を怠れば、やがてそれが大事となって、取り返しのつかぬ事態を招くことになる、とあった。
どんな細事も見逃さず、早め早めに手を打ち、禍を未然に防がなければならない。
今日は、中国古典から教示を一つ学びました。
*参考資料:守屋洋著「中国古典一日一話」
万全の準備をしているようで、意外なミスで事業が評価を落とす。東日本大震災の対応で、菅首相はとても低い評価を受けているが、評価は後に出てくる、今は兎に角頑張って被災地の復興に当たって欲しいものです。
さて、「中国古典一日一話」に、冒頭の言葉があった。
「千丈の堤も螻蟻の穴を持って潰ゆ」
要は、高い堤防も螻蛄や蟻の穴から水が入り、遂には壊すこともある。細事に注意を怠ると、本来の事業も完遂できない教示と思います。
解説の中で、「千丈」とは゛高い゛の意味。『老子』にも、「いかなる難事も容易なことから生じ、いかなる大事も些細なことから始まる」とある。些細なことだとつい油断して対策を怠れば、やがてそれが大事となって、取り返しのつかぬ事態を招くことになる、とあった。
どんな細事も見逃さず、早め早めに手を打ち、禍を未然に防がなければならない。
今日は、中国古典から教示を一つ学びました。
*参考資料:守屋洋著「中国古典一日一話」