2023年11月15日
<心の迷い鎮めて>憧憧往来(しょうしょうおうらい)では、心は定まらない。〜易経〜
<心の迷い鎮めて>憧憧往来(しょうしょうおうらい)では、心は定まらない。〜易経〜
そろそろ外へ出かけるのですが、日々開く易経の解説本の本日の訓示は、
「憧憧往来」(しょうしょうおうらい)
意味は、思いが行ったり来たりして心が彷徨うこと。
心が迷うというのは、私心や私欲にまどわされて、物事を真ともに感じることができない状態。
そんな時は、静かにお茶やコーヒーでも飲んで休むと、心が静まるものです。
訓示の解説の最後に、
>私心を捨てて感じるところがなければ、決して思いは定まらないものである。
これから年末まで残りひと月半、今年のやって来たことを思いつつ、一日一日を大切に生きなければと、朝から思いました。
「憧憧往来」の心を鎮めて、来春の目標を定め、活動せねばと思います。
*参考資料:『易経一日一言』
#易経
#易経一日一言
#憧憧往来
そろそろ外へ出かけるのですが、日々開く易経の解説本の本日の訓示は、
「憧憧往来」(しょうしょうおうらい)
意味は、思いが行ったり来たりして心が彷徨うこと。
心が迷うというのは、私心や私欲にまどわされて、物事を真ともに感じることができない状態。
そんな時は、静かにお茶やコーヒーでも飲んで休むと、心が静まるものです。
訓示の解説の最後に、
>私心を捨てて感じるところがなければ、決して思いは定まらないものである。
これから年末まで残りひと月半、今年のやって来たことを思いつつ、一日一日を大切に生きなければと、朝から思いました。
「憧憧往来」の心を鎮めて、来春の目標を定め、活動せねばと思います。
*参考資料:『易経一日一言』
#易経
#易経一日一言
#憧憧往来
2023年05月11日
<古い教え>知識や教養は、周りへは光らかしてはならない。〜菜根譚〜
<古い教え>知識や教養は、周りへは光らかしてはならない。〜菜根譚〜
朝読書は、洪自誠著『菜根譚』の解説本から、前編の第3の訓示を読んでみた。
(以下、本より転載)
君子の心事は、天青く日白く、人をして知らざらしむべからず。君子の才華は、玉韞(たまおさ)め珠蔵(たまかく)し、人をして知り易からしむべからず。
【訳文】
君子の心のありようは、青天白日のように公明正大であって、常に人にわからないことがないようにさせるべきである。
一方、君子の才能のすぐれたところは、珠玉を深くつつみ隠しておくように、常に人に知られやすいようにしてはならない。
(以上、『菜根譚』前編No.3)
中国古典の『中庸』には、
知識や教養は、錦の衣の上に質素な麻の服を着て、時折、チラッと見せる(知らせる)くらいに、周りに示す程度が良い、の訓示がある。
知識や教養は、周りへ光らかすものではない、と古代の人たちも語っています。
朝読書は、洪自誠著『菜根譚』の解説本から、前編の第3の訓示を読んでみた。
(以下、本より転載)
君子の心事は、天青く日白く、人をして知らざらしむべからず。君子の才華は、玉韞(たまおさ)め珠蔵(たまかく)し、人をして知り易からしむべからず。
【訳文】
君子の心のありようは、青天白日のように公明正大であって、常に人にわからないことがないようにさせるべきである。
一方、君子の才能のすぐれたところは、珠玉を深くつつみ隠しておくように、常に人に知られやすいようにしてはならない。
(以上、『菜根譚』前編No.3)
中国古典の『中庸』には、
知識や教養は、錦の衣の上に質素な麻の服を着て、時折、チラッと見せる(知らせる)くらいに、周りに示す程度が良い、の訓示がある。
知識や教養は、周りへ光らかすものではない、と古代の人たちも語っています。
2023年04月24日
<人間の評価は、いつから始まる?>私は、地域社会に役立っているだろうか?の疑問を持つこと。〜易経〜
<人間の評価は、いつから始まる?>私は、地域社会に役立っているだろうか?の疑問を持つこと。〜易経〜
久しぶりに『易経一日一言』を開き、本日の訓示を読んだ。
大畜は、貞(ただ)しきに利あり。家食せずして、吉なり。〜山天大畜〜
【解説】
山天大畜の卦は、山に天の気を蓄えるほどの大きな蓄積の時を説く。
「家食せずして吉なり」とは、家業のためだけでなく広く社会に役立つことを目指すのなら、自らを大きな器に養い育てて、将来、大業を成し遂げることができる、ということ。
(以上、『易経一日一言』より)
熊本の偉人の一人、元熊本日日新聞新聞社の故永野光哉社長と敬慕していますが、生前に聞いた言葉に「人間は、棺桶のふたが閉まってから評価が始まる」と話されていました。
また、これは他の歴史家らから聞いた話ですが、人の伝記は、亡くなって100年くらい経たないと書けない。
それはなぜか?、子や孫が生きている間は、書けない(賛否あり)とお聞きしました。
今の人間は、生きてる間に評価を急ぐのが目立つ気がします。
「人間の評価は、棺桶のふたが閉まってから」
急がず、騒がす、我が道を歩いて行けば良いのかもしれない。
山天大畜
人間の生きる道には、なかなか深い意味があると、朝から読みました。
久しぶりに『易経一日一言』を開き、本日の訓示を読んだ。
大畜は、貞(ただ)しきに利あり。家食せずして、吉なり。〜山天大畜〜
【解説】
山天大畜の卦は、山に天の気を蓄えるほどの大きな蓄積の時を説く。
「家食せずして吉なり」とは、家業のためだけでなく広く社会に役立つことを目指すのなら、自らを大きな器に養い育てて、将来、大業を成し遂げることができる、ということ。
(以上、『易経一日一言』より)
熊本の偉人の一人、元熊本日日新聞新聞社の故永野光哉社長と敬慕していますが、生前に聞いた言葉に「人間は、棺桶のふたが閉まってから評価が始まる」と話されていました。
また、これは他の歴史家らから聞いた話ですが、人の伝記は、亡くなって100年くらい経たないと書けない。
それはなぜか?、子や孫が生きている間は、書けない(賛否あり)とお聞きしました。
今の人間は、生きてる間に評価を急ぐのが目立つ気がします。
「人間の評価は、棺桶のふたが閉まってから」
急がず、騒がす、我が道を歩いて行けば良いのかもしれない。
山天大畜
人間の生きる道には、なかなか深い意味があると、朝から読みました。
2023年02月04日
<傾聴の心得>周りの誘いは、判断は必要ですが、基本的受ける主義をとっている。〜山水蒙〜
<傾聴の心得>周りの誘いは、判断は必要ですが、基本的受ける主義をとっている。〜山水蒙〜
今朝は、ゆっくりと目覚めました。といっても、6時半でしたが、新聞に目を通して、本を開いた。
『易経一日一言』の2月4日の訓示、
占いで最初に出た答えが気に入らないからといって、二度三度と占えば答えは乱れ、正しく告げることはない。
(以上、本より)
自分の意に合った意見しか聞かないリーダーでは、先行きが見えない。誰しも思うことですが、しかしその世界に入ってしまうと、周りも見えなくなるものです。
フィリピンの収容所をアジトとして暗躍した強盗団は、賄賂を使い、フィリピンの法律の規制を上手く使っている予定が、脆くも崩れた。
自らだけの視点で活動していては、周囲からの意見(捜査)に、耳を傾ける意識が薄れるのだろう。日本の捜査官たちのお手柄と言えるが、公的機関も賄賂(金で動かす)で操る犯人たちには、呆れるとともに、いつかバレることを想像できない知恵の無さが幼稚に思えます。
冒頭の言葉は、私自身の考えなのですが、周りのいろんな意見書入る仕組みを、どう構築して危機に備えるか、そのことを、今朝の読書で考えました。
初筮(しょぜい)は告ぐ。
再三すれば瀆(けが)る。
瀆(けが)るれば告げず。
貞(ただ)しきに利(よ)ろし。
解説に、
学ぶことも同じく、自分の気に入った教えしか受け入れなければ何も学ぶことはできず、進歩もない。
周りからの苦言にも耳を傾け、真摯に受け止めて、自らを改善する生き方をしたいものです。
本日は、『易経一日一言』の「山水蒙」の卦を学びました。
今朝は、ゆっくりと目覚めました。といっても、6時半でしたが、新聞に目を通して、本を開いた。
『易経一日一言』の2月4日の訓示、
占いで最初に出た答えが気に入らないからといって、二度三度と占えば答えは乱れ、正しく告げることはない。
(以上、本より)
自分の意に合った意見しか聞かないリーダーでは、先行きが見えない。誰しも思うことですが、しかしその世界に入ってしまうと、周りも見えなくなるものです。
フィリピンの収容所をアジトとして暗躍した強盗団は、賄賂を使い、フィリピンの法律の規制を上手く使っている予定が、脆くも崩れた。
自らだけの視点で活動していては、周囲からの意見(捜査)に、耳を傾ける意識が薄れるのだろう。日本の捜査官たちのお手柄と言えるが、公的機関も賄賂(金で動かす)で操る犯人たちには、呆れるとともに、いつかバレることを想像できない知恵の無さが幼稚に思えます。
冒頭の言葉は、私自身の考えなのですが、周りのいろんな意見書入る仕組みを、どう構築して危機に備えるか、そのことを、今朝の読書で考えました。
初筮(しょぜい)は告ぐ。
再三すれば瀆(けが)る。
瀆(けが)るれば告げず。
貞(ただ)しきに利(よ)ろし。
解説に、
学ぶことも同じく、自分の気に入った教えしか受け入れなければ何も学ぶことはできず、進歩もない。
周りからの苦言にも耳を傾け、真摯に受け止めて、自らを改善する生き方をしたいものです。
本日は、『易経一日一言』の「山水蒙」の卦を学びました。
2022年09月30日
<察知・予見>兆しの察知は、修養を極め、直感、直知する。〜易経一日一言より〜
<察知・予見>兆しの察知は、修養を極め、直感、直知する。〜易経一日一言より〜
昨日、我が家の庭のキンモクセイに蕾がついていたのを見て、秋になったなと思いました。今朝の空気は、ヒンヤリとして気分爽快な気持ちにさせる。キンモクセイに近づくと、微かな香りを放ち出しています。
"兆し"
変化の兆しとよく言いますが、変化の分起点に早く気づき手を打つことが、先手必勝の極意と思います。
9月30日の『易経一日一言』の言葉が、「兆しを察知する」でした。
時の変化、
世の変化、
時代の変化、
兆しにいち早く気づく(察知する)ことに努めているか?
そして気づいたら、それを行動(実践)に移しているか、です。
約2500年ほど前、四つの宗教(哲学的思考)が同時期に生まれた。ギリシャ哲学、ユダヤ教、仏教、儒教。
首都東京大学の初代総長の西澤潤一氏は、東北大半導体研究所の所長時代の本に、以下のことを書いています。
世界は、常に情報が流れている。それを考えていると"ハッ!"と気づく。ある人は、「これは俺だけ気づいた。やったー!」と嬉しくなり有頂天になって酒を飲み騒いで寝た。ある人は、気づいたら即メディアを連絡して翌朝記者発表するため徹夜で小論文を書いた。ノーベル賞は、簡単な論文をまとめた人が評価された。
情報は、常に世界を流れています。それを気づき行動に起こせるかが、勝負と西澤潤一氏は言っているのです。
4大宗教(哲学的思考)が百年前後のずれはありますが、紀元前5世紀頃に生まれています。当時も、さまざまなことが交易によりつながっていました。古代文明もまた情報が常に流れていたことを示していると思います。
時の変化(兆し)に気づく(察知)するにも、やはり常に行動して自らを鍛え(修養・実践)ているかが問われるだと思います。
枕元に置いて時折開く数冊の本から、日々の変化を知る知恵を学んでいます。今日もウロウロしながら、地域の変化を見ていきたいと思います。
昨日、我が家の庭のキンモクセイに蕾がついていたのを見て、秋になったなと思いました。今朝の空気は、ヒンヤリとして気分爽快な気持ちにさせる。キンモクセイに近づくと、微かな香りを放ち出しています。
"兆し"
変化の兆しとよく言いますが、変化の分起点に早く気づき手を打つことが、先手必勝の極意と思います。
9月30日の『易経一日一言』の言葉が、「兆しを察知する」でした。
時の変化、
世の変化、
時代の変化、
兆しにいち早く気づく(察知する)ことに努めているか?
そして気づいたら、それを行動(実践)に移しているか、です。
約2500年ほど前、四つの宗教(哲学的思考)が同時期に生まれた。ギリシャ哲学、ユダヤ教、仏教、儒教。
首都東京大学の初代総長の西澤潤一氏は、東北大半導体研究所の所長時代の本に、以下のことを書いています。
世界は、常に情報が流れている。それを考えていると"ハッ!"と気づく。ある人は、「これは俺だけ気づいた。やったー!」と嬉しくなり有頂天になって酒を飲み騒いで寝た。ある人は、気づいたら即メディアを連絡して翌朝記者発表するため徹夜で小論文を書いた。ノーベル賞は、簡単な論文をまとめた人が評価された。
情報は、常に世界を流れています。それを気づき行動に起こせるかが、勝負と西澤潤一氏は言っているのです。
4大宗教(哲学的思考)が百年前後のずれはありますが、紀元前5世紀頃に生まれています。当時も、さまざまなことが交易によりつながっていました。古代文明もまた情報が常に流れていたことを示していると思います。
時の変化(兆し)に気づく(察知)するにも、やはり常に行動して自らを鍛え(修養・実践)ているかが問われるだと思います。
枕元に置いて時折開く数冊の本から、日々の変化を知る知恵を学んでいます。今日もウロウロしながら、地域の変化を見ていきたいと思います。
2022年08月16日
<盛者必衰の理>満月が必ず欠けるように、物事も盈(み)ちれば、それは久しく続かない。〜『易経』〜
<盛者必衰の理>満月が必ず欠けるように、物事も盈(み)ちれば、それは久しく続かない。〜『易経』〜
「亢龍悔ありとは、盈つれば久しかるべかざるなり」(幹為天)
【解説】
勢いある昇り龍も、高みに昇り過ぎれば失墜し、降り龍となって後悔する。
人は運や勢いに任せていると、その時がまるで永遠に続くかのように錯覚する。しかし、満ち足りた時に溺れて、驕り高ぶれば、得た地位も名誉も長くは続かない。
これは万人にとって戒めとすべき言葉である。
(以上、『易経一日一言』8月16日より)
奢れるものは久しからず、盛者必衰の理(ことわり)を現す。
有頂天こそ、心を引き締める大切さ。
歴史も、諺にもあるのは、人間というものは"自分だけは違う"と錯覚するのでしょう。
盛者必衰の理。
上がると必ず下がるもの。
逆に、最低からしか昇らない、のも事実です。
人間は、栄枯盛衰の歴史を繰り返してきました。これは、1人の人間でも常に起こり得る事です。
"奢れるものは久しからず"
忘れてはならない戒めと思います。
「亢龍悔ありとは、盈つれば久しかるべかざるなり」(幹為天)
【解説】
勢いある昇り龍も、高みに昇り過ぎれば失墜し、降り龍となって後悔する。
人は運や勢いに任せていると、その時がまるで永遠に続くかのように錯覚する。しかし、満ち足りた時に溺れて、驕り高ぶれば、得た地位も名誉も長くは続かない。
これは万人にとって戒めとすべき言葉である。
(以上、『易経一日一言』8月16日より)
奢れるものは久しからず、盛者必衰の理(ことわり)を現す。
有頂天こそ、心を引き締める大切さ。
歴史も、諺にもあるのは、人間というものは"自分だけは違う"と錯覚するのでしょう。
盛者必衰の理。
上がると必ず下がるもの。
逆に、最低からしか昇らない、のも事実です。
人間は、栄枯盛衰の歴史を繰り返してきました。これは、1人の人間でも常に起こり得る事です。
"奢れるものは久しからず"
忘れてはならない戒めと思います。
2022年07月20日
<一日、一日を大切に>人生は短い、何をしたかもありますが、日々どう生きているかが大事。〜佐藤一斎語録〜
<一日、一日を大切に>人生は短い、何をしたかもありますが、日々どう生きているかが大事。〜佐藤一斎語録〜
昨日の佐藤一斎の訓示の続きがあります。"老人、老い易く学成り難し"ですが、以下『佐藤一斎一日一言』7月20日の訓示から、
(以下、本より)
易に曰う、「日昃(かたむ)くの離(り)は、缶(ふ)を鼓して歌わざれば、則ち大耋(てつ)の嗟(なげき)あり」とは、此を謂うなり。
【現代語訳】
易経に「人生が終わりに近づこうとするとき、楽器を打ち鳴らして歌い楽しんでおかないと、いたずらに年をとってしまったという悔いだけが残ることになる。これこそ不幸で有る」とあるのは、これを意味しているのである。
(以上、『佐藤一斎一日一言』より)
要は、無駄に一日、いっ時を過ごしてはいけない。少年期、壮年期、老年期、あなたは今、どの時期でしょうか?
佐藤一斎の言葉を集めた物が『言志四録』ですが、晩年になるほど、学び続けた佐藤一斎の言う幕末の学者の教えは、現代にも通じるものがあります。
昨日の佐藤一斎の訓示の続きがあります。"老人、老い易く学成り難し"ですが、以下『佐藤一斎一日一言』7月20日の訓示から、
(以下、本より)
易に曰う、「日昃(かたむ)くの離(り)は、缶(ふ)を鼓して歌わざれば、則ち大耋(てつ)の嗟(なげき)あり」とは、此を謂うなり。
【現代語訳】
易経に「人生が終わりに近づこうとするとき、楽器を打ち鳴らして歌い楽しんでおかないと、いたずらに年をとってしまったという悔いだけが残ることになる。これこそ不幸で有る」とあるのは、これを意味しているのである。
(以上、『佐藤一斎一日一言』より)
要は、無駄に一日、いっ時を過ごしてはいけない。少年期、壮年期、老年期、あなたは今、どの時期でしょうか?
佐藤一斎の言葉を集めた物が『言志四録』ですが、晩年になるほど、学び続けた佐藤一斎の言う幕末の学者の教えは、現代にも通じるものがあります。
2022年06月20日
<事を成すにはタイミング大事>助けを求めて吉(水雷屯)〜『易経』〜
<事を成すにはタイミング大事>助けを求めて吉(水雷屯)〜『易経』〜
〜勝海舟のしたたかさと準備の凄さを知る〜
新しきことにチャレンジする時は、未知数なところがある。しかし、事を成すには、自らの力量を過信せず、知識不足、経験不足、配慮(人間関係)不足を自覚して、その穴埋めをどうにかしないと、目的は実現しない。
そんな時のやり方について、『易経』に、その助言を見つけた。『易経一日一言』6月20日の教えです。
(以下、本より)
馬に乗りて班如(はんじょ)たり。婚媾(こんこう)を求めて往けば、吉として利(よ)ろしからざるなし。〜水雷屯(すいらいちゅん)〜
【意味】
何とかしなければと馬に乗ったものの、自らの力不足を知って、地位が下の英傑に助けを求めるのは吉である。
これは新しい物事の始め、まだ新たな改革を行う時は新しい知識や方法が必要であることを教えている。
(以上、本より転載)
何事も独力で行おうとする人がよく居ます。確かに自力は大事ですが、物事には達成のタイミングがあり、遅すぎると周りに先を越される。事を成す事を優先して、力量ある後輩や外部の知恵を仰ぐ勇気も必要です。
その事を『易経』は、示唆しています。
•語句の補足
「班如(はんじょ)」とは引き返すこと。「婚媾(こんこう)」は婚姻を意味するが、ここでは下位の人に助けを乞うという意味。
目的達成するのに、いつ誰に協力してもらうか。それは、事なき時から、常々、人材の発掘をしていないと、いざという時に、協力は得られない。歴史を振り返ると、
•勝海舟の準備の凄さ
明治の元勲の一人・勝海舟は、真夜中の江戸市中を回り、そば屋や門番、あるいは夜廻り同心たち、夜の女たちとも交流を持っていたとも言われています。それは、西郷隆盛との江戸無血開城ができなかったら、江戸市民をどう逃れさせるか、常に頭に置き、平時から備えていた。
その交渉相手の西郷隆盛の訓示の一つが、
「無事は有事の如く、有事は無事の如く」
これもまた、事が起きた時への対処を説いています。
無事=平時から、最悪のことを想定して準備を怠らない。
有事=危機が起きたら、日頃の準備通りに淡々と事を為す。
先人たちの心構えに感服する。
果たして令和の我々は、難局に対する対応はどうか?朝から考えました。
今日から雨が続くようです。宮沢賢治ではないですが、"雨にも負けず"に頑張ります。
〜勝海舟のしたたかさと準備の凄さを知る〜
新しきことにチャレンジする時は、未知数なところがある。しかし、事を成すには、自らの力量を過信せず、知識不足、経験不足、配慮(人間関係)不足を自覚して、その穴埋めをどうにかしないと、目的は実現しない。
そんな時のやり方について、『易経』に、その助言を見つけた。『易経一日一言』6月20日の教えです。
(以下、本より)
馬に乗りて班如(はんじょ)たり。婚媾(こんこう)を求めて往けば、吉として利(よ)ろしからざるなし。〜水雷屯(すいらいちゅん)〜
【意味】
何とかしなければと馬に乗ったものの、自らの力不足を知って、地位が下の英傑に助けを求めるのは吉である。
これは新しい物事の始め、まだ新たな改革を行う時は新しい知識や方法が必要であることを教えている。
(以上、本より転載)
何事も独力で行おうとする人がよく居ます。確かに自力は大事ですが、物事には達成のタイミングがあり、遅すぎると周りに先を越される。事を成す事を優先して、力量ある後輩や外部の知恵を仰ぐ勇気も必要です。
その事を『易経』は、示唆しています。
•語句の補足
「班如(はんじょ)」とは引き返すこと。「婚媾(こんこう)」は婚姻を意味するが、ここでは下位の人に助けを乞うという意味。
目的達成するのに、いつ誰に協力してもらうか。それは、事なき時から、常々、人材の発掘をしていないと、いざという時に、協力は得られない。歴史を振り返ると、
•勝海舟の準備の凄さ
明治の元勲の一人・勝海舟は、真夜中の江戸市中を回り、そば屋や門番、あるいは夜廻り同心たち、夜の女たちとも交流を持っていたとも言われています。それは、西郷隆盛との江戸無血開城ができなかったら、江戸市民をどう逃れさせるか、常に頭に置き、平時から備えていた。
その交渉相手の西郷隆盛の訓示の一つが、
「無事は有事の如く、有事は無事の如く」
これもまた、事が起きた時への対処を説いています。
無事=平時から、最悪のことを想定して準備を怠らない。
有事=危機が起きたら、日頃の準備通りに淡々と事を為す。
先人たちの心構えに感服する。
果たして令和の我々は、難局に対する対応はどうか?朝から考えました。
今日から雨が続くようです。宮沢賢治ではないですが、"雨にも負けず"に頑張ります。
2021年10月03日
一瞬にして結果を知る。これは常人にはできない直感力である。〜幾を知るはそれ神か(易経)〜
一瞬にして結果を知る。これは常人にはできない直感力である。〜幾を知るはそれ神か(易経)〜
あっ!
これって、社会が動く兆しではないのか、あるいは、数年後に、あれが今の変化をの兆しだったのではないか。
と思うことはありませんか。
長女が小学6年生の運動会は、9月末の24日だった。高橋直子さんが、オリンピックの女子マラソンで優勝した日でした。あれから21年、その運動会の日中の気温は30度を超えた。それまでの運動会は、秋の爽やかな季節として開催されていました。その年以来、毎年9月末に気温30度を体験するようになった気がします。今年の秋は、10月に入っても30度を超え続けている。今朝の予報では、10月11日まで気温30度を超える予報となっています。
21年で30度超えが、9月24日→10月11日に、今年だけが10月中旬まで真夏の暑さではなくて、毎年毎年秋が短くなっているように感じます。
今思えば、21年の前の運動会は、暑くてテントに居らず、多く人がグランド周りにある桜の木陰に移動した記憶がよみがえります。
今年は、コロナ禍で、多くの小学校が、午前中で終了の運動会のようで、今日の気温は32度の予報から考えても、昼前に終わるのは正解かもしれないと思います。
地球温暖化による気温の上昇は、20年前から急に上がってきたのではと、ふと振り返りました。
『易経一日一言』10月3日の訓示は以下です。
「幾を知るはそれは神か」
【解説】
「幾」とは、わずか、微妙な、機微を意味する。物事何大きく動く微細なきっかけであり、別の言い方をすると兆しである。
たとえば、「桐一葉落ちて天下の赤を知る」(桐の一葉学生落ちるのを見て、天下衰亡の時と腑に落ちる)というかのように、一瞬にして結果を知る。これは常人には及ばない直感力であると易経はいう。
(以上、『易経一日一言』より)
易経の直感力を持つ人は、21年前の30度超えの時に、"これから気候変動が急速に始まる!"と気づくのでしょうが、一般人は、21年後にやっと、"あの頃から始まったのか!"と思い出すくらいが精一杯です。
しかし今年の残暑は、レベルが違います。今日の熊本は、32℃の予想、まるで真夏の気温です。10月になっても熱中症に気をつけなければならない。
近々開催される国連の環境会議は、気温上昇を抑制するような合意がなされることに期待します。
あっ!
これって、社会が動く兆しではないのか、あるいは、数年後に、あれが今の変化をの兆しだったのではないか。
と思うことはありませんか。
長女が小学6年生の運動会は、9月末の24日だった。高橋直子さんが、オリンピックの女子マラソンで優勝した日でした。あれから21年、その運動会の日中の気温は30度を超えた。それまでの運動会は、秋の爽やかな季節として開催されていました。その年以来、毎年9月末に気温30度を体験するようになった気がします。今年の秋は、10月に入っても30度を超え続けている。今朝の予報では、10月11日まで気温30度を超える予報となっています。
21年で30度超えが、9月24日→10月11日に、今年だけが10月中旬まで真夏の暑さではなくて、毎年毎年秋が短くなっているように感じます。
今思えば、21年の前の運動会は、暑くてテントに居らず、多く人がグランド周りにある桜の木陰に移動した記憶がよみがえります。
今年は、コロナ禍で、多くの小学校が、午前中で終了の運動会のようで、今日の気温は32度の予報から考えても、昼前に終わるのは正解かもしれないと思います。
地球温暖化による気温の上昇は、20年前から急に上がってきたのではと、ふと振り返りました。
『易経一日一言』10月3日の訓示は以下です。
「幾を知るはそれは神か」
【解説】
「幾」とは、わずか、微妙な、機微を意味する。物事何大きく動く微細なきっかけであり、別の言い方をすると兆しである。
たとえば、「桐一葉落ちて天下の赤を知る」(桐の一葉学生落ちるのを見て、天下衰亡の時と腑に落ちる)というかのように、一瞬にして結果を知る。これは常人には及ばない直感力であると易経はいう。
(以上、『易経一日一言』より)
易経の直感力を持つ人は、21年前の30度超えの時に、"これから気候変動が急速に始まる!"と気づくのでしょうが、一般人は、21年後にやっと、"あの頃から始まったのか!"と思い出すくらいが精一杯です。
しかし今年の残暑は、レベルが違います。今日の熊本は、32℃の予想、まるで真夏の気温です。10月になっても熱中症に気をつけなければならない。
近々開催される国連の環境会議は、気温上昇を抑制するような合意がなされることに期待します。
2021年09月29日
人は変わりながら成長する。困難こそが変化(成長)のチャンス。〜易経〜
人は変わりながら成長する。困難こそが変化(成長)のチャンス。〜易経〜
今朝の『易経一日一言』9月27日の訓示に、なるほど!と思った。
(以下、本より)
変を尊ぶ
どんな困難な時であろうとも、必ず物事は変ずる。逆にどんなに安定した時ですあっても、必ず物事は変ずる。
満月が新月に向かうように、安定は傾くほうへと向かい、また、傾いたものは安定へと向かう。
人生にはさまざまな時があるが、易は変を尊び、変化するからこそ成長と発展があるとしている。
(以上、『易経一日一言』より)
数日前から行き詰まった課題があって、頭の中で試行錯誤していましたが、実際に事に当たると、変化が大きくあり、スーッと見透しが良くなりました。
朝目覚めてから、さらにその先の課題となる改革案を考え続けていた。バッ!と起きて、数値にして試算すると、なんだこれくらいしか必要ないのか、と分かった。
何事も、ビジネス的な発想で、数値で見える化すると、解決ができるのだなぁ、と気付かされました。
案ずるより産むが易し。
諺とは、意を得ていると思います。
今朝の『易経一日一言』9月27日の訓示に、なるほど!と思った。
(以下、本より)
変を尊ぶ
どんな困難な時であろうとも、必ず物事は変ずる。逆にどんなに安定した時ですあっても、必ず物事は変ずる。
満月が新月に向かうように、安定は傾くほうへと向かい、また、傾いたものは安定へと向かう。
人生にはさまざまな時があるが、易は変を尊び、変化するからこそ成長と発展があるとしている。
(以上、『易経一日一言』より)
数日前から行き詰まった課題があって、頭の中で試行錯誤していましたが、実際に事に当たると、変化が大きくあり、スーッと見透しが良くなりました。
朝目覚めてから、さらにその先の課題となる改革案を考え続けていた。バッ!と起きて、数値にして試算すると、なんだこれくらいしか必要ないのか、と分かった。
何事も、ビジネス的な発想で、数値で見える化すると、解決ができるのだなぁ、と気付かされました。
案ずるより産むが易し。
諺とは、意を得ていると思います。
2021年09月15日
突然の出来事にどう対処するのか。〜『易経』〜
<我行かん>突然の出来事にどう対処するのか。〜『易経』〜
昨日からまた読み始めた『易経一日一言』に、今日の言葉があった。
(以下、本より)
独立して懼(おそ)れず、世を遁(のが)れて悶(うれ)うることなし。〜沢風大過の卦〜
「沢風大過」は、危急存亡に瀕した時のこと。
本日の『易経一日一言』の訓示「我行かん」です。
解説に、以下とあった。
(以下、本より)
危機の時、リーダーは自分の力量を超え、過ぎた行いをしなければ、危機からは逃れられない。周りや世間がどんなに非難しても、苦闘せず、良しとした志を懼れず流されず貫き通すことである。
大変な非常時には逃げるのでなく、「我行かん」と勇気を持って進んで行かなければならないと教えている。
(以上、『易経一日一言』9月15日より)
突然の出来事にどう対処するのか。
日頃から考えておかなければならない、と思った朝です。
昨日からまた読み始めた『易経一日一言』に、今日の言葉があった。
(以下、本より)
独立して懼(おそ)れず、世を遁(のが)れて悶(うれ)うることなし。〜沢風大過の卦〜
「沢風大過」は、危急存亡に瀕した時のこと。
本日の『易経一日一言』の訓示「我行かん」です。
解説に、以下とあった。
(以下、本より)
危機の時、リーダーは自分の力量を超え、過ぎた行いをしなければ、危機からは逃れられない。周りや世間がどんなに非難しても、苦闘せず、良しとした志を懼れず流されず貫き通すことである。
大変な非常時には逃げるのでなく、「我行かん」と勇気を持って進んで行かなければならないと教えている。
(以上、『易経一日一言』9月15日より)
突然の出来事にどう対処するのか。
日頃から考えておかなければならない、と思った朝です。
2021年09月14日
「易」とは変わること。新たなものに変化・成長する。〜いつの時代も変わらない〜
「易」とは変わること。新たなものに変化・成長する。〜いつの時代も変わらない〜
朝から、へーっ!でした。
私の日本語の先生は、『易経』にも詳しいのですが、"易"が変わることとは教えてくれませんでした。
『易経一日一言』の本日(9/14)の訓示は、以下です。
「生生(せいせい)これを易という」
【解説】
春夏秋冬は規則正しく巡り、冬が終われば、また新たな春がやってくる。同じ時は再び訪れることはない。
生じるものは常に新たであり、またそこから新たなものが生じる。このよう窮(きわ)まりない変化を「易」という。
(以上、『易経一日一言』9月14日より)
要は、毎日、毎日、新しい自分に変わっていくこと。
今朝は、変な時間(深夜2時ころ)に目が覚めた。暗い中、これまでのことを思い出していると、"私は成長してきたのだろうか?"と考えた。
毎日目覚めて、「よし今日も頑張ろう」と言葉に出して始まる。
これは、中国古典の『大学』に以下にも書かれている。
>湯王は、洗面の器に「まことに日に新たに、日日に新たに、また日に新たなり」と言う言葉を刻みつけ、毎朝読み、常に覚悟を新たにして政治に取り組んだ。
(以上、『宇土親子論語』のコメントより)
毎日、気持ちを入れ替え(新たにして)仕事に取り組むようにしていた湯王の生き方。
毎日の小さな努力しか、人間を成長(易)させないのだろう。
いつの時代も変わらない、なと思います。
朝から、へーっ!でした。
私の日本語の先生は、『易経』にも詳しいのですが、"易"が変わることとは教えてくれませんでした。
『易経一日一言』の本日(9/14)の訓示は、以下です。
「生生(せいせい)これを易という」
【解説】
春夏秋冬は規則正しく巡り、冬が終われば、また新たな春がやってくる。同じ時は再び訪れることはない。
生じるものは常に新たであり、またそこから新たなものが生じる。このよう窮(きわ)まりない変化を「易」という。
(以上、『易経一日一言』9月14日より)
要は、毎日、毎日、新しい自分に変わっていくこと。
今朝は、変な時間(深夜2時ころ)に目が覚めた。暗い中、これまでのことを思い出していると、"私は成長してきたのだろうか?"と考えた。
毎日目覚めて、「よし今日も頑張ろう」と言葉に出して始まる。
これは、中国古典の『大学』に以下にも書かれている。
>湯王は、洗面の器に「まことに日に新たに、日日に新たに、また日に新たなり」と言う言葉を刻みつけ、毎朝読み、常に覚悟を新たにして政治に取り組んだ。
(以上、『宇土親子論語』のコメントより)
毎日、気持ちを入れ替え(新たにして)仕事に取り組むようにしていた湯王の生き方。
毎日の小さな努力しか、人間を成長(易)させないのだろう。
いつの時代も変わらない、なと思います。
2021年07月11日
自らを誇示するのは小人。能ある鷹は爪を隠すが君子だか、ここぞという時務が来たら動く。(易経より)
自らを誇示するのは小人。能ある鷹は爪を隠すが君子だか、ここぞという時務が来たら動く。(易経より)
「君子は器を身に蔵し、時を待ち動く。何の不利かこれあらん」〜『易経』〜
解説を読むと、
(以下『中国古典百言百話 大学・中庸』より)
「器」とは、この場合、能力や差異のをさしている。ふだんからそれを磨いて、しっかり身につけておく。しかも、やたら見せびらかさない。そして、チャンス到来と見でとるや、さっと行動に移る。だから、有利に戦いを進め、あざやかに勝利をかちとることができる。そういう生き方を心がけるのが君子なのだという。
(以上、本より)
易経で言わんとすることは、
1.ふだんから実力をたくわえておく。
2.チャンスと見たら逃さない。
だと思うが、私はもう一つあると思う。
3.日ごろから色気(秘めたる意志)を出さない。
それこそ『中庸』の最初の章に、「尚絅」の考え方が語られている。
これは、服に例えているのですが、
麻布の粗末な上着を着て、下には絹をまとっているが、見えないようにしている。しかし、ちょっとした場では、チラッと覗かせる。
の意味ですが、要は、実力は気づかせるものであって、日常的に"私は能力がある、戦いには強い"と誇示していると価値は下がる、と。
熊本市に在る「尚絅高校」の校名には、そんな意味が含まれています。
冒頭の言葉の「時務」の意味は、チャンスもありますが、やらなければいけない役割の意味もある。
世の中には、"私が一番の人"を誇示する人は多いが、どれだけの実績を残しているかは、後の人が評価するもの。そのような宣伝(まやかし)に騙されてはいけない。
「尚絅」の志を持つ人に、会えるように自らも力を付ける努力をしなければと、朝から学びました。
「君子は器を身に蔵し、時を待ち動く。何の不利かこれあらん」〜『易経』〜
解説を読むと、
(以下『中国古典百言百話 大学・中庸』より)
「器」とは、この場合、能力や差異のをさしている。ふだんからそれを磨いて、しっかり身につけておく。しかも、やたら見せびらかさない。そして、チャンス到来と見でとるや、さっと行動に移る。だから、有利に戦いを進め、あざやかに勝利をかちとることができる。そういう生き方を心がけるのが君子なのだという。
(以上、本より)
易経で言わんとすることは、
1.ふだんから実力をたくわえておく。
2.チャンスと見たら逃さない。
だと思うが、私はもう一つあると思う。
3.日ごろから色気(秘めたる意志)を出さない。
それこそ『中庸』の最初の章に、「尚絅」の考え方が語られている。
これは、服に例えているのですが、
麻布の粗末な上着を着て、下には絹をまとっているが、見えないようにしている。しかし、ちょっとした場では、チラッと覗かせる。
の意味ですが、要は、実力は気づかせるものであって、日常的に"私は能力がある、戦いには強い"と誇示していると価値は下がる、と。
熊本市に在る「尚絅高校」の校名には、そんな意味が含まれています。
冒頭の言葉の「時務」の意味は、チャンスもありますが、やらなければいけない役割の意味もある。
世の中には、"私が一番の人"を誇示する人は多いが、どれだけの実績を残しているかは、後の人が評価するもの。そのような宣伝(まやかし)に騙されてはいけない。
「尚絅」の志を持つ人に、会えるように自らも力を付ける努力をしなければと、朝から学びました。