2018年03月24日
<残り少ない後半生>少年老い易く学成り難し学成り難し!
<残り少ない後半生>少年老い易く学成り難し学成り難し!
逆に若くして学べば、大人になって役に立つ。中高年に学べば、老いても、亡くなった後も、その人格・人望は朽ち果てることがない。
言志四録no.42
少にして学べば壮にして為すこと有り。壮にして学べば老いて衰えず。 老いて学べば死して朽ちず。
【意味】青少年時代に学べば、壮年になって為すことがある。壮年時代に学べば、老年になって気力が衰えない。老年時代に学べば、死んでもその人望は朽ちない。
私も後半生の方がはるかに短くなった。学ぶ時間が少なくなった。急がねば、と気持ちは焦るが、なかなか仕事にからけて、本を開かない。
ますます、「少年老い易く学成り難し!」の言葉が、心に沁みる歳になっています。
逆に若くして学べば、大人になって役に立つ。中高年に学べば、老いても、亡くなった後も、その人格・人望は朽ち果てることがない。
言志四録no.42
少にして学べば壮にして為すこと有り。壮にして学べば老いて衰えず。 老いて学べば死して朽ちず。
【意味】青少年時代に学べば、壮年になって為すことがある。壮年時代に学べば、老年になって気力が衰えない。老年時代に学べば、死んでもその人望は朽ちない。
私も後半生の方がはるかに短くなった。学ぶ時間が少なくなった。急がねば、と気持ちは焦るが、なかなか仕事にからけて、本を開かない。
ますます、「少年老い易く学成り難し!」の言葉が、心に沁みる歳になっています。
2018年03月23日
<驕れる者は久からず>敗事(はいじ)は多く得意の時に因り、成功はつねに苦辛(くしん)の日に在る。
<驕れる者は久からず>敗事(はいじ)は多く得意の時に因り、成功はつねに苦辛(くしん)の日に在る。
得意満面の輝く瞬間は誰にも起こります。その時は、天に昇るごとく有頂天になるものです。そんな時の言葉に、「浮き足立つ」の訓示もあります。
会社は、「社屋を建てた時が危ない!」と聞くこともあります。
元号「平成」の命名者の安岡正篤先哲の訓示を集めた『安岡正篤一日一言』に次の言葉があります。
(以下、本より)
先賢が教えてくれている。ーー 愚はよく他の欠点を挙げるが、自己の欠点を知らない。話はうまいが、行いはつまらぬ。若い時はうかうかして過ぎ、壮時にはせかせか動き廻り、老年には愚痴ばかりになり易い。正に、敗事は多く得意の時に因り、成功はつねに苦辛の日に在る。やはり平生(へいぜい)能く道を聞くことだ。
(以上、『安岡正篤一日一言』より)
おしゃべりの多い者は動かない。
語るよりも前に動くこと。あるいは、知行合一は、知ったことは行う、の意味ですが、これがなかなか実行出来ないのが常である。
>他の欠点を挙げるが、自己の欠点を知らない。話はうまいが、行いはつまらぬ。
こんな風に、見られてはいないか。自らの立ち居振る舞いを、時々謙虚に反省することも必要と思いました。
得意満面の輝く瞬間は誰にも起こります。その時は、天に昇るごとく有頂天になるものです。そんな時の言葉に、「浮き足立つ」の訓示もあります。
会社は、「社屋を建てた時が危ない!」と聞くこともあります。
元号「平成」の命名者の安岡正篤先哲の訓示を集めた『安岡正篤一日一言』に次の言葉があります。
(以下、本より)
先賢が教えてくれている。ーー 愚はよく他の欠点を挙げるが、自己の欠点を知らない。話はうまいが、行いはつまらぬ。若い時はうかうかして過ぎ、壮時にはせかせか動き廻り、老年には愚痴ばかりになり易い。正に、敗事は多く得意の時に因り、成功はつねに苦辛の日に在る。やはり平生(へいぜい)能く道を聞くことだ。
(以上、『安岡正篤一日一言』より)
おしゃべりの多い者は動かない。
語るよりも前に動くこと。あるいは、知行合一は、知ったことは行う、の意味ですが、これがなかなか実行出来ないのが常である。
>他の欠点を挙げるが、自己の欠点を知らない。話はうまいが、行いはつまらぬ。
こんな風に、見られてはいないか。自らの立ち居振る舞いを、時々謙虚に反省することも必要と思いました。
2018年03月21日
<他力>常に目線(視野、志向、目標)一歩一歩前へ進むこと。
<他力>人生は、ぼちぼちですが、歩みは止めない。常に目線(視野、志向、目標)を自らの目の高さよりすしばかり上目遣いして、一歩一歩前へ進むこと。
桜は、季節になればちゃんと開花します。季節に遅くもなく、早くもなく、自然の摂理は、すごなと思います。人間も、遅くもなく早くもなく、会うべく人に会う。人生は偶然か、必然か、それはさておき、常に前向き志向でなければならないと思います。
五木寛之氏の名著「TARIKI(他力)」を知る人も多いと思います。他力とは、ただ待つのではなく、自らの限りない努力と精進が、風(他力)の応援を得ることができる。他力本願は、待つだけでは他力(風、運気)は起こらない、と仏教者でもある五木寛之氏が説いています。
桜は、季節になればちゃんと開花します。季節に遅くもなく、早くもなく、自然の摂理は、すごなと思います。人間も、遅くもなく早くもなく、会うべく人に会う。人生は偶然か、必然か、それはさておき、常に前向き志向でなければならないと思います。
五木寛之氏の名著「TARIKI(他力)」を知る人も多いと思います。他力とは、ただ待つのではなく、自らの限りない努力と精進が、風(他力)の応援を得ることができる。他力本願は、待つだけでは他力(風、運気)は起こらない、と仏教者でもある五木寛之氏が説いています。
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2018年03月16日
人生は読書、実践・反省の繰り返しでありたい。〜躬行ではなく、トップはじっくり考えて行動する〜
人生は読書、実践・反省の繰り返しでありたい。〜躬行ではなく、トップはじっくり考えて行動する〜
おはようございます。今朝は、春の訪れから温かい雨になりました。朝のウォーキングはお休みで、朝読書の時間ですが、佐藤一斎の訓示録『佐藤一斎一日一言』に次の言葉がありました。
実学と読書
【現代語訳】
実人生に役立つ学問を重んずる人は知識だけの学問を嫌って躬行(きゅうこう)を重視し、その志は立派なものである。しかし、そういう人は往々にして本を読もうとしない。これは、むせたからも言って食事をしないというようなものである。
(以上、『佐藤一斎一日一言』より)
行動力のある人は、歴史で起こった人間模様について興味ないのには、訓示を言動に活かせる術がなくなる。トップはもちろんだが、それを補佐する様々なパーソンが、躬行ばかりやっていてはいけない。様々な波及も含め、傍を締めて行動しないと、世間を混乱に陥れることが起こる。
私も含め、気をつけなければならないと思います。
おはようございます。今朝は、春の訪れから温かい雨になりました。朝のウォーキングはお休みで、朝読書の時間ですが、佐藤一斎の訓示録『佐藤一斎一日一言』に次の言葉がありました。
実学と読書
【現代語訳】
実人生に役立つ学問を重んずる人は知識だけの学問を嫌って躬行(きゅうこう)を重視し、その志は立派なものである。しかし、そういう人は往々にして本を読もうとしない。これは、むせたからも言って食事をしないというようなものである。
(以上、『佐藤一斎一日一言』より)
行動力のある人は、歴史で起こった人間模様について興味ないのには、訓示を言動に活かせる術がなくなる。トップはもちろんだが、それを補佐する様々なパーソンが、躬行ばかりやっていてはいけない。様々な波及も含め、傍を締めて行動しないと、世間を混乱に陥れることが起こる。
私も含め、気をつけなければならないと思います。
2018年03月15日
<人事と天運>処置に困った出来事に遭遇したら、むやみに行動してはいけない。〜言志四録・182〜
<人事と天運>処置に困った出来事に遭遇したら、むやみに行動してはいけない。〜言志四録・182〜
おはようございます。今朝は、ウォーキングはお休みです。
さて、枕元の本を開くと、冒頭の言葉が目に入りました。また、3月27・28日の訓示は「天命と人事」の名言ですが、現代語訳すると、
(以下、抜粋)
また、人事(人の行い)を尽くしても成功しないこともある。これは道理からすれば成功するはずだが、まだ天運(時期)が至らないからである。天運が到来すれば必ず成功する。反対に、人事を尽くさずに偶然に成功することがある。これは道理の上では成功するはずないのだが、天運がすでに来たためである。そういうのは、最後には失敗することになるだろう。
(以上、『佐藤一斎一日一言』より)
物事、出来事には、タイミング(天運)が大事なのだと思います。
私は、1999年にインターネットを利用するようになり、翌年にはホームページを立ち上げた。しかし、世がインターネットとはなんぞやな時期、アクセスは有れど、当時、メーリングリストのミドル(30代・40代)に300人程度、それも世界に散らばっていた時代でした。要は早すぎた!
でも、約3年ネット上に上がっていたせいで、我々の建築仲間に仕事が舞い込んだこともありました。でも、情報拡散には至らなかった。
で、仕事よりも個人としての発信に時間を使うようになり、逆に仲間が広がっていきました。
何事にも、天運そして志(人事)が大事だなと、ネット活用歴19年から振り返ります。2002年6月から、ネット上に文をアップし続けて来ました。最近、身近な地域で、少しづつ仲間が増えているように感じる、今日この頃です。
最後に冒頭の訓示は、(現代語訳)
「処置に困った出来事に遭遇したら、むやみに行動してはいけない。よい機会(天運)が到来するのを待って、これに対応すべきである。」
おはようございます。今朝は、ウォーキングはお休みです。
さて、枕元の本を開くと、冒頭の言葉が目に入りました。また、3月27・28日の訓示は「天命と人事」の名言ですが、現代語訳すると、
(以下、抜粋)
また、人事(人の行い)を尽くしても成功しないこともある。これは道理からすれば成功するはずだが、まだ天運(時期)が至らないからである。天運が到来すれば必ず成功する。反対に、人事を尽くさずに偶然に成功することがある。これは道理の上では成功するはずないのだが、天運がすでに来たためである。そういうのは、最後には失敗することになるだろう。
(以上、『佐藤一斎一日一言』より)
物事、出来事には、タイミング(天運)が大事なのだと思います。
私は、1999年にインターネットを利用するようになり、翌年にはホームページを立ち上げた。しかし、世がインターネットとはなんぞやな時期、アクセスは有れど、当時、メーリングリストのミドル(30代・40代)に300人程度、それも世界に散らばっていた時代でした。要は早すぎた!
でも、約3年ネット上に上がっていたせいで、我々の建築仲間に仕事が舞い込んだこともありました。でも、情報拡散には至らなかった。
で、仕事よりも個人としての発信に時間を使うようになり、逆に仲間が広がっていきました。
何事にも、天運そして志(人事)が大事だなと、ネット活用歴19年から振り返ります。2002年6月から、ネット上に文をアップし続けて来ました。最近、身近な地域で、少しづつ仲間が増えているように感じる、今日この頃です。
最後に冒頭の訓示は、(現代語訳)
「処置に困った出来事に遭遇したら、むやみに行動してはいけない。よい機会(天運)が到来するのを待って、これに対応すべきである。」
2018年03月14日
「学問は人を変える」コツコツ日々の積み重ねしか進歩はない。〜言志四録〜
「学問は人を変える」コツコツ日々の積み重ねしか進歩はない。〜言志四録〜
毎朝の日課、ウォーキングですが、私のウォーキングは週休3日程度のベースで歩いています。
佐藤一斎の『言志四録』から365日分の訓示を集めたのが『佐藤一斎一日一言』ですが、本日の訓示から
【現代語訳】ゆえに『中庸』に「博く学び、審(つまび)らかに問い、慎んで思い、明らかに弁別し、誠実に実行する。人がこれを一回するなら自分は百回行い、これを十回するなら自分は千回行う。果たしてこの方法を実行すれば、愚者であっても必ず賢者になり、柔弱なものであっても必ず強くなる」とある。
(以上、『佐藤一斎一日一言』3月14日の訓示より)
中国古典『礼記』にある教育についてのこと、中国古代の西周時代の官僚で学者の謝安は、妻に詰問される「貴方は、子どもに何も教えない」と、すると謝安は「毎日教えている」と答えたと言う。謝安の言った意味は、謝安の生活そのもの、人生そのものが、教育の見本である、と。
ガンジーは、「mylife is my message.」とよく語ったそうです。
謝安は、日々学問を学ぶ姿勢を貫いていたのかもしれないですね。そこまで、はっきりと言える人生に近づけるように、私も心身を鍛錬することを、怠ってはいけないけな、と朝から思いました。
毎朝の日課、ウォーキングですが、私のウォーキングは週休3日程度のベースで歩いています。
佐藤一斎の『言志四録』から365日分の訓示を集めたのが『佐藤一斎一日一言』ですが、本日の訓示から
【現代語訳】ゆえに『中庸』に「博く学び、審(つまび)らかに問い、慎んで思い、明らかに弁別し、誠実に実行する。人がこれを一回するなら自分は百回行い、これを十回するなら自分は千回行う。果たしてこの方法を実行すれば、愚者であっても必ず賢者になり、柔弱なものであっても必ず強くなる」とある。
(以上、『佐藤一斎一日一言』3月14日の訓示より)
中国古典『礼記』にある教育についてのこと、中国古代の西周時代の官僚で学者の謝安は、妻に詰問される「貴方は、子どもに何も教えない」と、すると謝安は「毎日教えている」と答えたと言う。謝安の言った意味は、謝安の生活そのもの、人生そのものが、教育の見本である、と。
ガンジーは、「mylife is my message.」とよく語ったそうです。
謝安は、日々学問を学ぶ姿勢を貫いていたのかもしれないですね。そこまで、はっきりと言える人生に近づけるように、私も心身を鍛錬することを、怠ってはいけないけな、と朝から思いました。
2018年03月08日
道求無限(どうきゅうむげん)
<道求無限(どうきゅうむげん)>
2月25日(日曜日)に、久しぶりに中国古典輪読会に参加をしました。下は私が一番下で59歳、上は塾長が83歳、平均70代前半でしょうか。名書と言われる『論語』と『菜根譚』を読み、当番が解説し、それぞれがその訓示に関係する自らの経験を語る。この学習を20年近く続けている稀有な私塾です。年会費3千円、お菓子とお茶、資料代に使われる。
塾長は、こんな言葉をよく使われる。
道求無限(どうきゅうむげん)
日曜日の中国古典輪読会に、新しい仲間が加わっていました。論語を一人学んでおられたが、会の一人が誘ったそうです。
人の道を求める(学ぶ)者は無限に仲間が広がる、
と私は勝手に解釈しているのですが、
論語に、「朋(友)遠方より来たるあり、楽しからずや」とあります。同じ思いを待つものが集い語るとは、楽しいものです。
それはスポーツも同じと思います。
オリンピックという舞台に出るため、それぞれが日々努力し、犠牲を払い、周りが支える。求める方向が同じ志がある人との出会い、仲間がいると、環境は厳しくても楽しいものです。
生きることは学ぶこと、道求無限(どうきゅうむげん)の気持ちを忘れず、今日も元気に楽しく学ぶ一日になるよう頑張りましょう。
2月25日(日曜日)に、久しぶりに中国古典輪読会に参加をしました。下は私が一番下で59歳、上は塾長が83歳、平均70代前半でしょうか。名書と言われる『論語』と『菜根譚』を読み、当番が解説し、それぞれがその訓示に関係する自らの経験を語る。この学習を20年近く続けている稀有な私塾です。年会費3千円、お菓子とお茶、資料代に使われる。
塾長は、こんな言葉をよく使われる。
道求無限(どうきゅうむげん)
日曜日の中国古典輪読会に、新しい仲間が加わっていました。論語を一人学んでおられたが、会の一人が誘ったそうです。
人の道を求める(学ぶ)者は無限に仲間が広がる、
と私は勝手に解釈しているのですが、
論語に、「朋(友)遠方より来たるあり、楽しからずや」とあります。同じ思いを待つものが集い語るとは、楽しいものです。
それはスポーツも同じと思います。
オリンピックという舞台に出るため、それぞれが日々努力し、犠牲を払い、周りが支える。求める方向が同じ志がある人との出会い、仲間がいると、環境は厳しくても楽しいものです。
生きることは学ぶこと、道求無限(どうきゅうむげん)の気持ちを忘れず、今日も元気に楽しく学ぶ一日になるよう頑張りましょう。
2018年03月08日
中国古典輪読会「中澄会」
中国古典輪読会「中澄会」に、先月末の日曜日、今年初めて参加しました。会に加わって、かれこれ16年?になるでしょうか。本日の言葉で印象に残った言葉
「成事(せいじ)は説(と)かず、遂事(すいじ)は諌めず、既往(きおう)は咎めず」
【現代語訳】
すでに出来たことはとやかく言っても始まらない。やってしまったことは、諌めても無駄というものだ。過ぎてしまったことは、とがめても仕方がない。
(以下、『仮名論語』より)
毎月1回開催されている中国古典輪読会に、4ヶ月ぶりに参加した。もうそろそろ240回になるそうです。20年近く続く、『論語』を中心として、中国古典の四書五経から続く様々な教養について読み語る集まりです。私は、40代の前半に誘われ、かれこれ16年近くになると思います。
この会の中で知った幕末の陽明学者の山田方谷に関心を持ち、日本一古い庶民が学んだ、岡山の陽明学の学校跡「閑谷学校」を視察に行き、山田方谷に生き方に触れ、感銘を受けました。幕末に、熊本の儒家で政治家の横井小楠先哲も「閑谷学校」を訪れています。
平成30年度から小学校に道徳の授業が始まります。「論語読みの論語知らず」と冷やかす言葉もありますが、対人関係に関する知恵の宝庫が「論語」だと思い、学んできました。
これからも、さぼり気味の塾生ですが、飽きず、懲りず、中国古典輪読会で学びたいと思っています。
「成事(せいじ)は説(と)かず、遂事(すいじ)は諌めず、既往(きおう)は咎めず」
【現代語訳】
すでに出来たことはとやかく言っても始まらない。やってしまったことは、諌めても無駄というものだ。過ぎてしまったことは、とがめても仕方がない。
(以下、『仮名論語』より)
毎月1回開催されている中国古典輪読会に、4ヶ月ぶりに参加した。もうそろそろ240回になるそうです。20年近く続く、『論語』を中心として、中国古典の四書五経から続く様々な教養について読み語る集まりです。私は、40代の前半に誘われ、かれこれ16年近くになると思います。
この会の中で知った幕末の陽明学者の山田方谷に関心を持ち、日本一古い庶民が学んだ、岡山の陽明学の学校跡「閑谷学校」を視察に行き、山田方谷に生き方に触れ、感銘を受けました。幕末に、熊本の儒家で政治家の横井小楠先哲も「閑谷学校」を訪れています。
平成30年度から小学校に道徳の授業が始まります。「論語読みの論語知らず」と冷やかす言葉もありますが、対人関係に関する知恵の宝庫が「論語」だと思い、学んできました。
これからも、さぼり気味の塾生ですが、飽きず、懲りず、中国古典輪読会で学びたいと思っています。
Posted by ノグチ(noguchi) at
06:07
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