2013年08月30日
〈自他一如の法則〉自分の喜びは、他人に尽くした量に比例する。
〈自他一如の法則〉自分の喜びは、他人に尽くした量に比例する。
おはようございます。昨夜は、早くに休んだのと、台風の性か蒸し暑いので、早くに目が覚めました。ベッド周りにある読み途中の本を開くと、冒頭の言葉が目に止まった。
評論家の竹村健一氏が書いた『運の強い人間になる法則』の最後に書かれたのは、松下電器創業者の松下幸之助氏のことで、テーマが成功者の素質は何か? 大成する人は、人一倍の欲望が強い。だから悩みも多い。一番は本人の努力だが、何事においても多くの人と関わらないと、目的は達成できない。
そこで必要となるのが哲学であるように思う。先人たちの知恵や、自然の摂理、人間関係の悩みを解決する教示、等々。上に立つものは、人一倍の悩みを持っている。大きな決断を迫られることも多々出くわす。そのような時、やはり手を差し伸べてくれるのも人です。
冒頭の言葉は、松下幸之助の“素直な心”から、最大に危機だった「熱海会議」乗り切る。それは、謙虚さが周りの心を動かした。「自他一如」は、他のために尽くすことによって自分を生かすという意味です。例えば、太陽はあらゆる恵みの源、地球の生命に活かされることで、太陽自らの存在を示す。竹村健一氏の本に、その意味を人間社会に置き換えた場合に、
「他人に尽くして喜びを与えた量に比例して、自分の喜びがかえってくる」
人間関係は、相互作用とよく言われます。こちらの感心の量で、相手の関心も高まる。何を与えるかは、その場、交流関係、状況で違うと思いますが、自分のできることは何か、常に忘れずに、周りの人々への関心力が、支援を差し伸べ、逆に自分が支えられることにつながると思います。
今日は、あいにく台風前夜だが、念願だった佐賀県武雄市へ樋渡市長訪問の約束の日、「雨男」の私だが、気持ちは晴天のような晴々の気分です。2年半前の2月に、熊本市で開催されたイベントで出会い、「これからはfacebookの時代、直ぐ始めたがいいですよ」から、即ネット検索し、facebookを利用するようになった。その一月後、東日本大震災が発生し、その支援活動で、facebookは多いにその力を発揮した。
また、北アフリカの民主化革命「アラブの春」を実現させたのは、facebookを代表とするSNS(ソーシャルメディア)のパワーでした。これは、日本国内の自治体活動でも威力を発揮し、その先頭を走っている一人が、武雄市長の樋渡啓祐氏です。ツイッター学会、facebook学会の代表も務める正に時代のリーダーの一人と思っています。
おはようございます。昨夜は、早くに休んだのと、台風の性か蒸し暑いので、早くに目が覚めました。ベッド周りにある読み途中の本を開くと、冒頭の言葉が目に止まった。
評論家の竹村健一氏が書いた『運の強い人間になる法則』の最後に書かれたのは、松下電器創業者の松下幸之助氏のことで、テーマが成功者の素質は何か? 大成する人は、人一倍の欲望が強い。だから悩みも多い。一番は本人の努力だが、何事においても多くの人と関わらないと、目的は達成できない。
そこで必要となるのが哲学であるように思う。先人たちの知恵や、自然の摂理、人間関係の悩みを解決する教示、等々。上に立つものは、人一倍の悩みを持っている。大きな決断を迫られることも多々出くわす。そのような時、やはり手を差し伸べてくれるのも人です。
冒頭の言葉は、松下幸之助の“素直な心”から、最大に危機だった「熱海会議」乗り切る。それは、謙虚さが周りの心を動かした。「自他一如」は、他のために尽くすことによって自分を生かすという意味です。例えば、太陽はあらゆる恵みの源、地球の生命に活かされることで、太陽自らの存在を示す。竹村健一氏の本に、その意味を人間社会に置き換えた場合に、
「他人に尽くして喜びを与えた量に比例して、自分の喜びがかえってくる」
人間関係は、相互作用とよく言われます。こちらの感心の量で、相手の関心も高まる。何を与えるかは、その場、交流関係、状況で違うと思いますが、自分のできることは何か、常に忘れずに、周りの人々への関心力が、支援を差し伸べ、逆に自分が支えられることにつながると思います。
今日は、あいにく台風前夜だが、念願だった佐賀県武雄市へ樋渡市長訪問の約束の日、「雨男」の私だが、気持ちは晴天のような晴々の気分です。2年半前の2月に、熊本市で開催されたイベントで出会い、「これからはfacebookの時代、直ぐ始めたがいいですよ」から、即ネット検索し、facebookを利用するようになった。その一月後、東日本大震災が発生し、その支援活動で、facebookは多いにその力を発揮した。
また、北アフリカの民主化革命「アラブの春」を実現させたのは、facebookを代表とするSNS(ソーシャルメディア)のパワーでした。これは、日本国内の自治体活動でも威力を発揮し、その先頭を走っている一人が、武雄市長の樋渡啓祐氏です。ツイッター学会、facebook学会の代表も務める正に時代のリーダーの一人と思っています。
2013年08月29日
思い描いたことだけが、必ず実現する。思わないことは実現しない。
思い描いたことだけが、必ず実現する。思わないことは実現しない。
50才を越えれば先が見えてくる?
それは本当だろうか。カーネルサンダースは、60を越えてから成功へ向かった。人生晩年が大事。「烈士暮年 壮心已ず」、50台なのに青年の志を持つ。20台なのに60台の悲壮感、やる気のない人がいる。
これから10年、自分と仕事とは社会の三つを区分すると、計画を持たない人は、他人(会社)に使われるばかり。自己実現はなに一つ約束されない。計画は意識して自分から持たなくては、決して生まれて来ない。
私の年になると、後の人生が少ないですが、若い世代こそ計画を持つべきと思う。あなたは、十年後の自分を明確にイメージできる人か、それとも一年後の自分もイメージできない人か、その差が後の人生に大きく出てくる。
目的と目標は、明確に持つこということである。意識化された計画は、確固たる目的になり、さらにより具体的な目標を創造する。
電通鬼十則の第七章
「計画」を持て、長期の計画を持って居れば、忍耐と工夫とそして正しい努力と希望が生まれる。
ただ計画した人生のようには、現実はうまく動かないのも現実。
>忍耐と工夫とそして正しい努力と希望が・・・
計画(夢・目標)を実現するには、忍耐(準備)が必要です。
そして、正しい努力。何が正しいか、自分の経験・教養が大きく影響すると思います。教養は、知識の量ではなく、危機に瀕するような経験が人を成長させる。
計画を持つことで、艱難辛苦の苦労に耐え、予期せぬ時代や事件事故を乗り越えることができる。計画・目標は、とても大事と思う。明日は、3月半前に計画した、武雄市長の訪問だが、更に次の計画の下打ち合わせでもあります。
時代をリードするのも人、世を騒がせような事件を起こすのも人です。自分を鍛え続ける準備こそ、人格育てる基本のように思っています。
>思い描いたことだけが、必ず実現する。
有言実行でも、無言実行でもかまいませんが、自分の描く未来を切り開くことを、日本人は再度認識し、行動に移すことが最も大事と思います。
50才を越えれば先が見えてくる?
それは本当だろうか。カーネルサンダースは、60を越えてから成功へ向かった。人生晩年が大事。「烈士暮年 壮心已ず」、50台なのに青年の志を持つ。20台なのに60台の悲壮感、やる気のない人がいる。
これから10年、自分と仕事とは社会の三つを区分すると、計画を持たない人は、他人(会社)に使われるばかり。自己実現はなに一つ約束されない。計画は意識して自分から持たなくては、決して生まれて来ない。
私の年になると、後の人生が少ないですが、若い世代こそ計画を持つべきと思う。あなたは、十年後の自分を明確にイメージできる人か、それとも一年後の自分もイメージできない人か、その差が後の人生に大きく出てくる。
目的と目標は、明確に持つこということである。意識化された計画は、確固たる目的になり、さらにより具体的な目標を創造する。
電通鬼十則の第七章
「計画」を持て、長期の計画を持って居れば、忍耐と工夫とそして正しい努力と希望が生まれる。
ただ計画した人生のようには、現実はうまく動かないのも現実。
>忍耐と工夫とそして正しい努力と希望が・・・
計画(夢・目標)を実現するには、忍耐(準備)が必要です。
そして、正しい努力。何が正しいか、自分の経験・教養が大きく影響すると思います。教養は、知識の量ではなく、危機に瀕するような経験が人を成長させる。
計画を持つことで、艱難辛苦の苦労に耐え、予期せぬ時代や事件事故を乗り越えることができる。計画・目標は、とても大事と思う。明日は、3月半前に計画した、武雄市長の訪問だが、更に次の計画の下打ち合わせでもあります。
時代をリードするのも人、世を騒がせような事件を起こすのも人です。自分を鍛え続ける準備こそ、人格育てる基本のように思っています。
>思い描いたことだけが、必ず実現する。
有言実行でも、無言実行でもかまいませんが、自分の描く未来を切り開くことを、日本人は再度認識し、行動に移すことが最も大事と思います。
2013年08月28日
〈義公の覚悟〉徳川光圀は少年期、世の大義と私の小義を理解していた。
〈義公の覚悟〉徳川光圀は少年期、世の大義と私の小義を理解していた。
おはようございます。ここ数日、深夜作業で朝ウォーキングはお休みです。昨日、今日は爽やか空気の夜明けになっています。
「義公」聞きなれない言葉と思います。「義公」は現代では使われなくなった言葉ですが、江戸期の偉人徳川光圀の子どものころのエピソードがあります。
徳川光圀は、徳川御三家の名門の水戸徳川家の生まれ。光圀の父の頼房が、子どもの光圀に問うた、「もし、戦場で私がけがをして倒れるようなことがあったら、お前は私を介抱してくれるだろうな」と。すると光圀は、「私はまず父上を傷つけた敵を倒さねばなりません。戦場では敵と戦うことが大義ですから、父と子の情けという小義に惑わされ、その大義を誤りたくありません」と答えたそうです。
明治の偉人渋沢栄一は、「ある事業が国家・社会のためになるかどうかは、事業内容ではなく、それを運営する人物の考え方に左右される。事業家を名乗るならこのことを忘れず、国家・社会のために尽くすという大義から一歩も出ないよう務めてもらいたい」と語ったそうだ。
「事業は徳が本なり」
人格の有無で、将来展望が異なる教示と思いますが、崇高な徳川光圀のような人格者には成れなくとも、志だけは持ち続けたいものです。渋沢栄一の訓示一つが、
「事業家にとって唯一の武器、義公の覚悟を持て」
があります。これは事業家だけでなく、一般市民も日々の生活の中で何を優先するか、目先の私利私欲が先にあれば、周りからの評価も下がるだろう。しかし、周りの人たち困りごと解決や、世話ごとを優先すれば周りからの信頼も高まると思います。「公(おおやけ)」と聞くと大げさのことのようですが、身の回りの家族、親戚、ご近所のことも、自分の周りの小さな公です。でっかいことをいう奴ほど、身の回りがしっかりしていない。評価は、以外に身近なことから崩れる。
徳川光圀は、小義より大義を優先すると覚悟を示しましたが、一般人は小さな義を積み重ねることが大事なように思います。中国古典の『荀子』解説書に、「私欲を少しでも公欲に近づける」とありました。徳川光圀の目指した大義に少しでも近づけるように、気持ちにゆとりと気配りを持って生活したいものです。
数日前から続いている深夜作業、書斎の古い資料を整理したり、9月議会の質問準備だったりと、時間のかかる作業で、私しかできないし、時間がかかる作業です。久々に来た妹から、「珍しいことしてる」言われ、私の信用回復のためにも、今日中には目処を立てないとと思っています。まず、足元の書斎の整理が私の課題でしょうか。
今日の日中は暑くなりそうです。体調を整えて、元気に乗り切りたいと思います。
おはようございます。ここ数日、深夜作業で朝ウォーキングはお休みです。昨日、今日は爽やか空気の夜明けになっています。
「義公」聞きなれない言葉と思います。「義公」は現代では使われなくなった言葉ですが、江戸期の偉人徳川光圀の子どものころのエピソードがあります。
徳川光圀は、徳川御三家の名門の水戸徳川家の生まれ。光圀の父の頼房が、子どもの光圀に問うた、「もし、戦場で私がけがをして倒れるようなことがあったら、お前は私を介抱してくれるだろうな」と。すると光圀は、「私はまず父上を傷つけた敵を倒さねばなりません。戦場では敵と戦うことが大義ですから、父と子の情けという小義に惑わされ、その大義を誤りたくありません」と答えたそうです。
明治の偉人渋沢栄一は、「ある事業が国家・社会のためになるかどうかは、事業内容ではなく、それを運営する人物の考え方に左右される。事業家を名乗るならこのことを忘れず、国家・社会のために尽くすという大義から一歩も出ないよう務めてもらいたい」と語ったそうだ。
「事業は徳が本なり」
人格の有無で、将来展望が異なる教示と思いますが、崇高な徳川光圀のような人格者には成れなくとも、志だけは持ち続けたいものです。渋沢栄一の訓示一つが、
「事業家にとって唯一の武器、義公の覚悟を持て」
があります。これは事業家だけでなく、一般市民も日々の生活の中で何を優先するか、目先の私利私欲が先にあれば、周りからの評価も下がるだろう。しかし、周りの人たち困りごと解決や、世話ごとを優先すれば周りからの信頼も高まると思います。「公(おおやけ)」と聞くと大げさのことのようですが、身の回りの家族、親戚、ご近所のことも、自分の周りの小さな公です。でっかいことをいう奴ほど、身の回りがしっかりしていない。評価は、以外に身近なことから崩れる。
徳川光圀は、小義より大義を優先すると覚悟を示しましたが、一般人は小さな義を積み重ねることが大事なように思います。中国古典の『荀子』解説書に、「私欲を少しでも公欲に近づける」とありました。徳川光圀の目指した大義に少しでも近づけるように、気持ちにゆとりと気配りを持って生活したいものです。
数日前から続いている深夜作業、書斎の古い資料を整理したり、9月議会の質問準備だったりと、時間のかかる作業で、私しかできないし、時間がかかる作業です。久々に来た妹から、「珍しいことしてる」言われ、私の信用回復のためにも、今日中には目処を立てないとと思っています。まず、足元の書斎の整理が私の課題でしょうか。
今日の日中は暑くなりそうです。体調を整えて、元気に乗り切りたいと思います。
Posted by ノグチ(noguchi) at
08:58
│Comments(0)
2013年08月27日
オフィスや会議室を共有「コワーキング」の広がりの理解と支援を
オフィスや会議室を共有「コワーキング」の広がりの理解と支援を
おはようございます。今朝は、肌寒いような朝です。昨日までの雨が嘘のような晴天で、秋の気配が嬉しいですね。今日のテーマは「コワーキング」、何だそれは? いわゆる、共同オフィスのことで、フリー(個人)事業者が、事務所や会議室をシェアして使う、公的にはインキュベーション(ふ化)施設があるが、そういう杓子定規のようなオフィスではなく、安い使用料で共有するスペース。
これを可能にしているにが、ネット環境と携帯端末の発達。携帯電話とノートPCさえあれば、どこでもできるが、出来ないにが資料作成作業と情報交換。それを、互いに使い合う(シェア)ことで、ビジネスを逆に広げる。私は、異業種交流会を14年続けて来ました。コワーキングの場は、異業種交流の場にもなる。
今朝の地元紙に、友人の若い人たちが、子育てをしながら仕事できるコワーキングを活用してたくましく働く姿をきじで読み、ワクワクしてきた。全国のコワーキング協同組合(神戸市)の伊藤代表理事は、「個人で働く人たちが連帯することで、地域経済を活性化させることもできる。人とのつながりを前提にしたコワーキングの可能性は大きい。各地にあるインキュベーション施設のように、社会インフラとして必要とされる時期に来ている」と語っている。
コワーキングとは、
フリーランス(個人事業者)や小規模法人の労働者がオフィスを共通し、各自それぞれの仕事をしながら、他の利用者とも情報交換し、交流する働き方。国内では3年前から広がり始め、全国に280ヶ所ほどあるそうだ。利用料は、それぞれで、熊本の「キャンパス・ラボ」は個人3000円〜、法人12000円〜。「クロッカス」は12000円で、1日1000円の設定もある。共に会員制。
都市部は、オフィス賃料が高いので共有の発想と思うが、地方では情報交換と交流を目的に、既存の組合や会の高い年会費や参加費を避け、場の共有と異業種交流を目的に、地方都市の中心部に、オフィスを共有することはとても有効と思う。熊本市では、男女共同参画センター「はあもにい」には、コワーキングを無料で体験スペースもある。
一時期「ノマド」という働き方があったが、やはり人は交流を持つことが必要ということもあり、コワーキングの場が広がって来たのだろう。今後、地方都市でネット環境が充実して行けば、情報交換と交流の場として、コワーキング的な場所が必要になって来るように思う。
おはようございます。今朝は、肌寒いような朝です。昨日までの雨が嘘のような晴天で、秋の気配が嬉しいですね。今日のテーマは「コワーキング」、何だそれは? いわゆる、共同オフィスのことで、フリー(個人)事業者が、事務所や会議室をシェアして使う、公的にはインキュベーション(ふ化)施設があるが、そういう杓子定規のようなオフィスではなく、安い使用料で共有するスペース。
これを可能にしているにが、ネット環境と携帯端末の発達。携帯電話とノートPCさえあれば、どこでもできるが、出来ないにが資料作成作業と情報交換。それを、互いに使い合う(シェア)ことで、ビジネスを逆に広げる。私は、異業種交流会を14年続けて来ました。コワーキングの場は、異業種交流の場にもなる。
今朝の地元紙に、友人の若い人たちが、子育てをしながら仕事できるコワーキングを活用してたくましく働く姿をきじで読み、ワクワクしてきた。全国のコワーキング協同組合(神戸市)の伊藤代表理事は、「個人で働く人たちが連帯することで、地域経済を活性化させることもできる。人とのつながりを前提にしたコワーキングの可能性は大きい。各地にあるインキュベーション施設のように、社会インフラとして必要とされる時期に来ている」と語っている。
コワーキングとは、
フリーランス(個人事業者)や小規模法人の労働者がオフィスを共通し、各自それぞれの仕事をしながら、他の利用者とも情報交換し、交流する働き方。国内では3年前から広がり始め、全国に280ヶ所ほどあるそうだ。利用料は、それぞれで、熊本の「キャンパス・ラボ」は個人3000円〜、法人12000円〜。「クロッカス」は12000円で、1日1000円の設定もある。共に会員制。
都市部は、オフィス賃料が高いので共有の発想と思うが、地方では情報交換と交流を目的に、既存の組合や会の高い年会費や参加費を避け、場の共有と異業種交流を目的に、地方都市の中心部に、オフィスを共有することはとても有効と思う。熊本市では、男女共同参画センター「はあもにい」には、コワーキングを無料で体験スペースもある。
一時期「ノマド」という働き方があったが、やはり人は交流を持つことが必要ということもあり、コワーキングの場が広がって来たのだろう。今後、地方都市でネット環境が充実して行けば、情報交換と交流の場として、コワーキング的な場所が必要になって来るように思う。
2013年08月27日
オフィスや会議室を共有「コワーキング」の広がりの理解と支援を
オフィスや会議室を共有「コワーキング」の広がりの理解と支援を
おはようございます。今朝は、肌寒いような朝です。昨日までの雨が嘘のような晴天で、秋の気配が嬉しいですね。今日のテーマは「コワーキング」、何だそれは? いわゆる、共同オフィスのことで、フリー(個人)事業者が、事務所や会議室をシェアして使う、公的にはインキュベーション(ふ化)施設があるが、そういう杓子定規のようなオフィスではなく、安い使用料で共有するスペース。
これを可能にしているにが、ネット環境と携帯端末の発達。携帯電話とノートPCさえあれば、どこでもできるが、出来ないにが資料作成作業と情報交換。それを、互いに使い合う(シェア)ことで、ビジネスを逆に広げる。私は、異業種交流会を14年続けて来ました。コワーキングの場は、異業種交流の場にもなる。
今朝の地元紙に、友人の若い人たちが、子育てをしながら仕事できるコワーキングを活用してたくましく働く姿をきじで読み、ワクワクしてきた。全国のコワーキング協同組合(神戸市)の伊藤代表理事は、「個人で働く人たちが連帯することで、地域経済を活性化させることもできる。人とのつながりを前提にしたコワーキングの可能性は大きい。各地にあるインキュベーション施設のように、社会インフラとして必要とされる時期に来ている」と語っている。
コワーキングとは、
フリーランス(個人事業者)や小規模法人の労働者がオフィスを共通し、各自それぞれの仕事をしながら、他の利用者とも情報交換し、交流する働き方。国内では3年前から広がり始め、全国に280ヶ所ほどあるそうだ。利用料は、それぞれで、熊本の「キャンパス・ラボ」は個人3000円〜、法人12000円〜。「クロッカス」は12000円で、1日1000円の設定もある。共に会員制。
都市部は、オフィス賃料が高いので共有の発想と思うが、地方では情報交換と交流を目的に、既存の組合や会の高い年会費や参加費を避け、場の共有と異業種交流を目的に、地方都市の中心部に、オフィスを共有することはとても有効と思う。熊本市では、男女共同参画センター「はあもにい」には、コワーキングを無料で体験スペースもある。
一時期「ノマド」という働き方があったが、やはり人は交流を持つことが必要ということもあり、コワーキングの場が広がって来たのだろう。今後、地方都市でネット環境が充実して行けば、情報交換と交流の場として、コワーキング的な場所が必要になって来るように思う。
おはようございます。今朝は、肌寒いような朝です。昨日までの雨が嘘のような晴天で、秋の気配が嬉しいですね。今日のテーマは「コワーキング」、何だそれは? いわゆる、共同オフィスのことで、フリー(個人)事業者が、事務所や会議室をシェアして使う、公的にはインキュベーション(ふ化)施設があるが、そういう杓子定規のようなオフィスではなく、安い使用料で共有するスペース。
これを可能にしているにが、ネット環境と携帯端末の発達。携帯電話とノートPCさえあれば、どこでもできるが、出来ないにが資料作成作業と情報交換。それを、互いに使い合う(シェア)ことで、ビジネスを逆に広げる。私は、異業種交流会を14年続けて来ました。コワーキングの場は、異業種交流の場にもなる。
今朝の地元紙に、友人の若い人たちが、子育てをしながら仕事できるコワーキングを活用してたくましく働く姿をきじで読み、ワクワクしてきた。全国のコワーキング協同組合(神戸市)の伊藤代表理事は、「個人で働く人たちが連帯することで、地域経済を活性化させることもできる。人とのつながりを前提にしたコワーキングの可能性は大きい。各地にあるインキュベーション施設のように、社会インフラとして必要とされる時期に来ている」と語っている。
コワーキングとは、
フリーランス(個人事業者)や小規模法人の労働者がオフィスを共通し、各自それぞれの仕事をしながら、他の利用者とも情報交換し、交流する働き方。国内では3年前から広がり始め、全国に280ヶ所ほどあるそうだ。利用料は、それぞれで、熊本の「キャンパス・ラボ」は個人3000円〜、法人12000円〜。「クロッカス」は12000円で、1日1000円の設定もある。共に会員制。
都市部は、オフィス賃料が高いので共有の発想と思うが、地方では情報交換と交流を目的に、既存の組合や会の高い年会費や参加費を避け、場の共有と異業種交流を目的に、地方都市の中心部に、オフィスを共有することはとても有効と思う。熊本市では、男女共同参画センター「はあもにい」には、コワーキングを無料で体験スペースもある。
一時期「ノマド」という働き方があったが、やはり人は交流を持つことが必要ということもあり、コワーキングの場が広がって来たのだろう。今後、地方都市でネット環境が充実して行けば、情報交換と交流の場として、コワーキング的な場所が必要になって来るように思う。
2013年08月25日
〈経営者の戒め)人生の七ヶ条、日々の戒めとして活かせるか
〈経営者の戒め)人生の七ヶ条、日々の戒めとして活かせるか
生きるとは何か。
人間は喜怒哀楽を持つ動物です。嬉しい時は有頂天になり、悲しい時は落ち込む、苦境にある時は悲観に陥る、悔しい時は怒る、楽しい時はバカ騒ぎする。それで良いと思います。しかし、何でも度が過ぎると、人のひんしゅく(顰蹙)を買う。
生きるとは、なかなか難しいもの。
古(いにしえ)の時代から、人は悩んできた。喜怒哀楽を持つ動物として悩んできた。中国文明は、4000年の歴史を持つが、4000年分の喜怒哀楽の歴史でもある。特にリーダー(君子)たちの「悩みの歴史」でもあります。 中国古典の「書経」に、君子の戒め七ヶ条がある。古い言葉は、訳が必要になるので、現代語に読み替えて紹介しますと、
⒈常に不測の事態に対する備えを忘れない。
⒉法律を踏み外さない。
⒊安逸な生活に流されない。
⒋楽しみに溺れてはならない。
⒌優れた人材を登用し、信頼して仕事をまかせる。
⒍悪を取り除く態度を頑固に貫く。
⒎新事業(新分野)は、熟慮して決める。
普通の人にも通用する七ヶ条と思います。例えば、
⒈危機管理、普通に時に最悪を考える。
⒉法律順守、世のルールを守る。
⒊絶好調は長く続かない。
⒋日々に暮らしに満足せず、更に向上心を持つ。
⒌人脈形成、有能な人材との交流。
⒍多逢聖因、良き人、良き場所、良き本を求める。
⒎熟慮、決断、行動。急がば回れ。
と読み替えると、違った使い方もできます。会社経営も人生設計も、この七ヶ条は使えそうです。くどいですね。
さて明日は、「24時間テレビ」協賛する小学校サッカー大会を開催します。今日の宇土地蔵祭にも協賛する大会でもあります。ここ2日、夕立のようにザーッと降ったり、パラパラと降ったりの雨なら良いのですが、雷混じりの雨は、中止する約束で明日の大会を開催します。
大会、七ヶ条の戒めを忘れずに、万全の体制で明朝の準備をしたいと思います。明日早いので、そろそろ寝ます。
参考資料:守屋洋著『四書五経の名言集』
生きるとは何か。
人間は喜怒哀楽を持つ動物です。嬉しい時は有頂天になり、悲しい時は落ち込む、苦境にある時は悲観に陥る、悔しい時は怒る、楽しい時はバカ騒ぎする。それで良いと思います。しかし、何でも度が過ぎると、人のひんしゅく(顰蹙)を買う。
生きるとは、なかなか難しいもの。
古(いにしえ)の時代から、人は悩んできた。喜怒哀楽を持つ動物として悩んできた。中国文明は、4000年の歴史を持つが、4000年分の喜怒哀楽の歴史でもある。特にリーダー(君子)たちの「悩みの歴史」でもあります。 中国古典の「書経」に、君子の戒め七ヶ条がある。古い言葉は、訳が必要になるので、現代語に読み替えて紹介しますと、
⒈常に不測の事態に対する備えを忘れない。
⒉法律を踏み外さない。
⒊安逸な生活に流されない。
⒋楽しみに溺れてはならない。
⒌優れた人材を登用し、信頼して仕事をまかせる。
⒍悪を取り除く態度を頑固に貫く。
⒎新事業(新分野)は、熟慮して決める。
普通の人にも通用する七ヶ条と思います。例えば、
⒈危機管理、普通に時に最悪を考える。
⒉法律順守、世のルールを守る。
⒊絶好調は長く続かない。
⒋日々に暮らしに満足せず、更に向上心を持つ。
⒌人脈形成、有能な人材との交流。
⒍多逢聖因、良き人、良き場所、良き本を求める。
⒎熟慮、決断、行動。急がば回れ。
と読み替えると、違った使い方もできます。会社経営も人生設計も、この七ヶ条は使えそうです。くどいですね。
さて明日は、「24時間テレビ」協賛する小学校サッカー大会を開催します。今日の宇土地蔵祭にも協賛する大会でもあります。ここ2日、夕立のようにザーッと降ったり、パラパラと降ったりの雨なら良いのですが、雷混じりの雨は、中止する約束で明日の大会を開催します。
大会、七ヶ条の戒めを忘れずに、万全の体制で明朝の準備をしたいと思います。明日早いので、そろそろ寝ます。
参考資料:守屋洋著『四書五経の名言集』
2013年08月23日
人生の終わりに、自分は何のためにこの世に生まれたか?
人生の終わりに、自分は何のためにこの世に生まれたか?
天草市の講演会会場に着きました。予定よりも、1時間以上現地について、休憩中です。
時間つぶしに本を読んでいると、ホスピスの患者に対する質問と回答に目が留まりました。その人の人生を振り返り、何か人様のお役に立ったことを思い出してもらそうです。ふつうの人なら、たぶんいくつもあると思います。それを聞き留めて、死期が近づいた時に、
「あなたはこういうことをしてんですよ」
「そういうことしてあげたんですよ」
と語るそうです。患者は、
「自分の人生もそれなりに意味があった」
安らかな気持ちで息をひきとられるとありました。
何も役に立った記憶のない人は、何のためにこの世に生まれたか。
人生の終わりに、自分は何のためにこの世に生まれたか?
自分に問う時、人の役になって来たか?
『易経』に、「積善の家には必ず余慶あり」という教示があります。逆の教示が、「積不善の家には必ず余殃(よおう)あり」です。殃は、禍と同じ意味ですが、これは本当にそうなのか。
世には、悪事を働きながらも、のうのうと人生を終わる人もいる。この教示には、庶民の願いも反映していると思います。
『易経』によりますと、さらにその無形の見返りは子孫にまで及んでいくというのです。かりに『易経』の言葉を信ずるななら、自分にできる範囲で善行に励んだほうがよいということなのだと思います。
天草市の講演会会場に着きました。予定よりも、1時間以上現地について、休憩中です。
時間つぶしに本を読んでいると、ホスピスの患者に対する質問と回答に目が留まりました。その人の人生を振り返り、何か人様のお役に立ったことを思い出してもらそうです。ふつうの人なら、たぶんいくつもあると思います。それを聞き留めて、死期が近づいた時に、
「あなたはこういうことをしてんですよ」
「そういうことしてあげたんですよ」
と語るそうです。患者は、
「自分の人生もそれなりに意味があった」
安らかな気持ちで息をひきとられるとありました。
何も役に立った記憶のない人は、何のためにこの世に生まれたか。
人生の終わりに、自分は何のためにこの世に生まれたか?
自分に問う時、人の役になって来たか?
『易経』に、「積善の家には必ず余慶あり」という教示があります。逆の教示が、「積不善の家には必ず余殃(よおう)あり」です。殃は、禍と同じ意味ですが、これは本当にそうなのか。
世には、悪事を働きながらも、のうのうと人生を終わる人もいる。この教示には、庶民の願いも反映していると思います。
『易経』によりますと、さらにその無形の見返りは子孫にまで及んでいくというのです。かりに『易経』の言葉を信ずるななら、自分にできる範囲で善行に励んだほうがよいということなのだと思います。
2013年08月23日
生きて来た方々の人生が、地域の個性(伝統)を醸し出す
生きて来た方々の人生が、地域の個性(伝統)を醸し出す
おはようございます。今日も暑い熊本です。
今日の午後は、熊本県が主催する「第1回くまもと未来会議リレー講演」に参加します。テーマは、「知の集積~地域の宝を活かしたまちづくり~」。内容は、
1部 講演「知の集積~地域の宝を活かしたまちづくり~」
講演1 坂東 眞理子(昭和女子大学 学長)
講演2 野口 和義(株式会社JTB九州代表取締役社長)
2部 鼎談(ていだん)「天草の可能性」
パネリストは、坂東眞理子、野口和義、蒲島郁夫(熊本県知事)です。
さて、地域の宝とはなんだろうか?
昨夜、限界集落に移り住み、地域活性化に取り組む若い女性たちのリーダーがテレビで紹介された。場所は、新潟県十日町の小さな「池谷集落」、その女性は中越地震でボランティアに来て、何度を足を運び、東京に就職先が決まっていたのをやめて、十日町に移り住むことを決めた。仕事は、元小学校の管理人だが、毎日池谷集落に軽トラックで通う。池谷集落の素晴らしさを、ネット配信に取り組んでいる。
リーダーの坂下可奈子さんは、ボランティアできている時に池谷集落の女性から「世はリーマンショックだろうが、ここは関係ないね」。この言葉を聞き、ハッとしたそうだ。1000年を越える歴史ある集落だが、社会の景気が浮き沈みしようと、関係なく生活を続けてきた。坂下さんは、「確かに都会の豊かさは無いが、池谷集落には違った魅力を感じた」と。
日本に1万ヶ所くらいの限界集落が存在するそうだが、多分同様の生活が続けられていると思います。私の住む集落もどんどん人口が減り続けている。今住む多くの若者は、熊本市や近郊の商工業施設や近くの老人施設などで働いている。それとは違い年配者は、少量多品種の農産物を生産し、物産館等に出品したくましく生活しています。
本日の「くまもと未来会議リレー講演」でどんなことが語られるかわかりませんが、坂下可奈子さんのように、限界集落に新たな価値を見出し、それを域外へ広報して、集落を維持しようとする若者がどれだけいるか? 昨日の経済政策の問題点ではないですが、大枠の議論では地域は何も変わらない。一つ一つ集落を自分の足で回り、集落間の関係を調べ、そこをベースとして活性化策を作らないと、実りある成果は望めないように思う。
人口減少社会の現代、地方に住む一人ひとりが、地域を回り現状を知り、足りないものは外から取り込み、地域の人材を活かすことが必要と思います。昨夜の池谷集落の高齢者みんなさんを見ると、一人ひとりが地域に個性をつくる宝のように思います。
昨夜の慶応大学の清水雅彦名誉教授の講演で印象に残ったのが、「大学の伝統を作るのは、卒業生の生き様である」と語っていた。これは、集落間の個性も同じと思う。そこに住み、生きて来た方々の人生が、地域の個性(伝統)を醸し出す。地域の宝とは、人そのもののようにも思っています。
午前中は家の片付けをして、午後は天草市の本渡まで講演を聞きに行き、夜は「宇土地蔵祭り」で防犯パトロールに出かけます。今日も暑いようです。水筒持って、天草までドライブです。
おはようございます。今日も暑い熊本です。
今日の午後は、熊本県が主催する「第1回くまもと未来会議リレー講演」に参加します。テーマは、「知の集積~地域の宝を活かしたまちづくり~」。内容は、
1部 講演「知の集積~地域の宝を活かしたまちづくり~」
講演1 坂東 眞理子(昭和女子大学 学長)
講演2 野口 和義(株式会社JTB九州代表取締役社長)
2部 鼎談(ていだん)「天草の可能性」
パネリストは、坂東眞理子、野口和義、蒲島郁夫(熊本県知事)です。
さて、地域の宝とはなんだろうか?
昨夜、限界集落に移り住み、地域活性化に取り組む若い女性たちのリーダーがテレビで紹介された。場所は、新潟県十日町の小さな「池谷集落」、その女性は中越地震でボランティアに来て、何度を足を運び、東京に就職先が決まっていたのをやめて、十日町に移り住むことを決めた。仕事は、元小学校の管理人だが、毎日池谷集落に軽トラックで通う。池谷集落の素晴らしさを、ネット配信に取り組んでいる。
リーダーの坂下可奈子さんは、ボランティアできている時に池谷集落の女性から「世はリーマンショックだろうが、ここは関係ないね」。この言葉を聞き、ハッとしたそうだ。1000年を越える歴史ある集落だが、社会の景気が浮き沈みしようと、関係なく生活を続けてきた。坂下さんは、「確かに都会の豊かさは無いが、池谷集落には違った魅力を感じた」と。
日本に1万ヶ所くらいの限界集落が存在するそうだが、多分同様の生活が続けられていると思います。私の住む集落もどんどん人口が減り続けている。今住む多くの若者は、熊本市や近郊の商工業施設や近くの老人施設などで働いている。それとは違い年配者は、少量多品種の農産物を生産し、物産館等に出品したくましく生活しています。
本日の「くまもと未来会議リレー講演」でどんなことが語られるかわかりませんが、坂下可奈子さんのように、限界集落に新たな価値を見出し、それを域外へ広報して、集落を維持しようとする若者がどれだけいるか? 昨日の経済政策の問題点ではないですが、大枠の議論では地域は何も変わらない。一つ一つ集落を自分の足で回り、集落間の関係を調べ、そこをベースとして活性化策を作らないと、実りある成果は望めないように思う。
人口減少社会の現代、地方に住む一人ひとりが、地域を回り現状を知り、足りないものは外から取り込み、地域の人材を活かすことが必要と思います。昨夜の池谷集落の高齢者みんなさんを見ると、一人ひとりが地域に個性をつくる宝のように思います。
昨夜の慶応大学の清水雅彦名誉教授の講演で印象に残ったのが、「大学の伝統を作るのは、卒業生の生き様である」と語っていた。これは、集落間の個性も同じと思う。そこに住み、生きて来た方々の人生が、地域の個性(伝統)を醸し出す。地域の宝とは、人そのもののようにも思っています。
午前中は家の片付けをして、午後は天草市の本渡まで講演を聞きに行き、夜は「宇土地蔵祭り」で防犯パトロールに出かけます。今日も暑いようです。水筒持って、天草までドライブです。
2013年08月22日
報道機関は、将来の日本や世界の発展へ向けるニュースを
報道機関は、将来の日本や世界の発展へ向けるニュースを
朝ウォーキング、朝シャワー、終えて朝刊に目を通す。夏の休暇も終わり、長い仕事期間の秋ですが、一番充実するのも秋ではないかと思います。朝ウォーキングは、体調維持、体調管理、体重管理のためにいいように思います。
昨日、全国柔道連盟の会長に、新日鉄住金会長の宗岡正二氏が就任した。補佐役の副会長は、山下泰裕氏が就任し、新しい全柔連がスタートした。宗岡氏は「子どもたちが胸を張って柔道場に通えるようにしたい」と語った。年始から続いて来た、日本柔道の屋台骨をしっかりと固め、世界の柔道となった、日本のスポーツだが、真のリーダーシップを日本が取れるような選手・監督たちが育つことを願うばかりです。
さて、アメリカに報道中心に海外展開を目指す中東のテレビ局「アルジャジーラ」が進出し、アメリカでコマーシャルに左右されない報道中心のメディアが誕生した。本来メディアは、中立の立場が正しいと思うが、実際のところは、政府より、スポンサーよりの報道が目立つ。
アルジャジーラは、反米色の強い報道機関のイメージがあるが、BSで流れて来るアメリカのテレビ局の報道は、ワイドショー的な映像も話題も多いように感じます。中立な立場で、事件や出来事を詳細の取材を基に語るニュースは、期待できるように思います。アメリカの現職のテレビ局のディレクターや制作責任者、記者が、アルジャジーラ・アメリカに移っている。その面々が、中立の目で社会問題を洗い出して欲しいと願う。
日本の報道を見ると、テレビはキー局の配信ニュース、新聞も共同通信等から配信される記事が地方紙で大きな紙面を占めるのが現実だが、キー局や共同通信等の編集が政府よりなっているようにも感じる記事もある。
特にテレビは、NHKはそもそも政府系テレビ局ですから仕方が無いが、民間局も最近は右へ倣えの様子が目立つ。さらに民間は、スポンサーの意向があるので、なかなか自由がないとも聞きます。アルジャジーラが良いということではないですが、政府にも、スポンサーにも左右されず、中立の視点で取材し、社会の矛盾を解説して行くテレビ局が、日本に欲しいと思う。
アルジャジーラは、中東の富豪がスポンサーらしいが、日本の富豪も「金は出すが、ニュースは任せる」の良識ある投資家が居ると良いなと思う。
今日の甲子園は、初優勝をかけて、延岡と前橋の戦いです。純粋の心で、懸命に野球に打ち込む姿は、大人たちにやる気を起こさせる。一生懸命は、忘れてはいけない生き方と思います。日本の報道機関にも、現代の利害に左右されず、一生懸命に将来の日本、世界の発展へむけて、報道するメディアが登場することを期待します。
朝ウォーキング、朝シャワー、終えて朝刊に目を通す。夏の休暇も終わり、長い仕事期間の秋ですが、一番充実するのも秋ではないかと思います。朝ウォーキングは、体調維持、体調管理、体重管理のためにいいように思います。
昨日、全国柔道連盟の会長に、新日鉄住金会長の宗岡正二氏が就任した。補佐役の副会長は、山下泰裕氏が就任し、新しい全柔連がスタートした。宗岡氏は「子どもたちが胸を張って柔道場に通えるようにしたい」と語った。年始から続いて来た、日本柔道の屋台骨をしっかりと固め、世界の柔道となった、日本のスポーツだが、真のリーダーシップを日本が取れるような選手・監督たちが育つことを願うばかりです。
さて、アメリカに報道中心に海外展開を目指す中東のテレビ局「アルジャジーラ」が進出し、アメリカでコマーシャルに左右されない報道中心のメディアが誕生した。本来メディアは、中立の立場が正しいと思うが、実際のところは、政府より、スポンサーよりの報道が目立つ。
アルジャジーラは、反米色の強い報道機関のイメージがあるが、BSで流れて来るアメリカのテレビ局の報道は、ワイドショー的な映像も話題も多いように感じます。中立な立場で、事件や出来事を詳細の取材を基に語るニュースは、期待できるように思います。アメリカの現職のテレビ局のディレクターや制作責任者、記者が、アルジャジーラ・アメリカに移っている。その面々が、中立の目で社会問題を洗い出して欲しいと願う。
日本の報道を見ると、テレビはキー局の配信ニュース、新聞も共同通信等から配信される記事が地方紙で大きな紙面を占めるのが現実だが、キー局や共同通信等の編集が政府よりなっているようにも感じる記事もある。
特にテレビは、NHKはそもそも政府系テレビ局ですから仕方が無いが、民間局も最近は右へ倣えの様子が目立つ。さらに民間は、スポンサーの意向があるので、なかなか自由がないとも聞きます。アルジャジーラが良いということではないですが、政府にも、スポンサーにも左右されず、中立の視点で取材し、社会の矛盾を解説して行くテレビ局が、日本に欲しいと思う。
アルジャジーラは、中東の富豪がスポンサーらしいが、日本の富豪も「金は出すが、ニュースは任せる」の良識ある投資家が居ると良いなと思う。
今日の甲子園は、初優勝をかけて、延岡と前橋の戦いです。純粋の心で、懸命に野球に打ち込む姿は、大人たちにやる気を起こさせる。一生懸命は、忘れてはいけない生き方と思います。日本の報道機関にも、現代の利害に左右されず、一生懸命に将来の日本、世界の発展へむけて、報道するメディアが登場することを期待します。
2013年08月20日
一人の行動から、地域出身の文学者が知られ、地域の誇りになった。
一人の行動から、地域出身の文学者が知られ、地域の誇りになった。
本日の永淵教授の講座(打ち合わせ)は、5時間近く意見を聞いて語りました。
文学館構想は、8年前に持ち上がり、先生と語りながら準備を進めてきました。今日、どうしてここで豊島与志雄の作品展示をするに至ったか? 35年を越える歴史聞き、納得できました。
豊島与志雄は、川端康成、小林秀雄、芥川龍之介、等々の日本文壇の核になる人物たちと密な関係があり、いくつもの主要な文芸誌の創刊に関わるが、自分は表に出ず、常に人材を世に出すことに徹した。本人は、児童文学世界で多くの作品も残しています。
35年前に始まった豊島与志雄顕彰活動は、2人の文学部教授が起こし、地域を巻き込み、つには市長はもとより、国会議員、県議会議員も出席する公民館活動に成長した。昨年春、文部科学省表彰に、国内で60ヶ所、福岡県内で2ヶ所の地区公民館に、福田公民館が選ばれた。
福岡県内では、県南の中山間地域の福田地区が、このような文部科学大臣賞を受けれたのは、永淵氏の行動からとおもいます。
まず、永淵氏が東京の友人に呼びかけ、豊島与志雄の幼年期を調べるために、東京の友人を伴い、現地調査に入った。その史実基に、福岡の新聞社「西日本新聞」に乗り込み、「戦前戦後の日本文壇で大きな役割をした豊島与志雄を、全く評価しない新聞社は何をしているか」と、強く意見をした。
この新聞社訪問が、意見を受け記者に火をつけた。その記者から電話がかかって来て「命日に顕彰会をしませんか?」・・・・、「やれということか?」から新たな活動が起こり、今に至りました。
今は、公民館活動として豊島与志雄講演が定着し、それが文部科学省が評価した。一人の研修者の行動から、地域出身の文学者が知られ、地域の誇りになった。受賞の祝賀会のそうそうたる出席者から、地域の活性化につながっていると感じました。
今日は、他にも易経、礼記、論語、孟子、昭和の文学界の事、等々話が続いた。私は川端康成が大好きで、永淵氏に「20代前半、川端康成の全ての作品も、文学評論も読みました」と伝えると、それから1時間近く、川端康成を囲む当時の文壇の状況を話してもらいました。
来春から始まる「福岡二日市文学館」での様々な講座が楽しみです。永淵氏は、再来年に大学を退職されるので、本格的な活動はそれからとなりますが、今秋から少しづつ講座が始まります。二日市の駅前商店街に在ります。お近くの方は、ぜひご参加ください。
本日の永淵教授の講座(打ち合わせ)は、5時間近く意見を聞いて語りました。
文学館構想は、8年前に持ち上がり、先生と語りながら準備を進めてきました。今日、どうしてここで豊島与志雄の作品展示をするに至ったか? 35年を越える歴史聞き、納得できました。
豊島与志雄は、川端康成、小林秀雄、芥川龍之介、等々の日本文壇の核になる人物たちと密な関係があり、いくつもの主要な文芸誌の創刊に関わるが、自分は表に出ず、常に人材を世に出すことに徹した。本人は、児童文学世界で多くの作品も残しています。
35年前に始まった豊島与志雄顕彰活動は、2人の文学部教授が起こし、地域を巻き込み、つには市長はもとより、国会議員、県議会議員も出席する公民館活動に成長した。昨年春、文部科学省表彰に、国内で60ヶ所、福岡県内で2ヶ所の地区公民館に、福田公民館が選ばれた。
福岡県内では、県南の中山間地域の福田地区が、このような文部科学大臣賞を受けれたのは、永淵氏の行動からとおもいます。
まず、永淵氏が東京の友人に呼びかけ、豊島与志雄の幼年期を調べるために、東京の友人を伴い、現地調査に入った。その史実基に、福岡の新聞社「西日本新聞」に乗り込み、「戦前戦後の日本文壇で大きな役割をした豊島与志雄を、全く評価しない新聞社は何をしているか」と、強く意見をした。
この新聞社訪問が、意見を受け記者に火をつけた。その記者から電話がかかって来て「命日に顕彰会をしませんか?」・・・・、「やれということか?」から新たな活動が起こり、今に至りました。
今は、公民館活動として豊島与志雄講演が定着し、それが文部科学省が評価した。一人の研修者の行動から、地域出身の文学者が知られ、地域の誇りになった。受賞の祝賀会のそうそうたる出席者から、地域の活性化につながっていると感じました。
今日は、他にも易経、礼記、論語、孟子、昭和の文学界の事、等々話が続いた。私は川端康成が大好きで、永淵氏に「20代前半、川端康成の全ての作品も、文学評論も読みました」と伝えると、それから1時間近く、川端康成を囲む当時の文壇の状況を話してもらいました。
来春から始まる「福岡二日市文学館」での様々な講座が楽しみです。永淵氏は、再来年に大学を退職されるので、本格的な活動はそれからとなりますが、今秋から少しづつ講座が始まります。二日市の駅前商店街に在ります。お近くの方は、ぜひご参加ください。
2013年08月20日
ほどほどが理想、儲け過ぎは危険。過ぎたるは及ばざるが如し。
ほどほどが理想、儲け過ぎは危険。過ぎたるは及ばざるが如し。
今日は、のんびり国道を走って筑紫野市へ来たら、予定よりも早く着いてしまいまそうです。ゆとりを持っていれば、気持ちにもゆとりがあります。帰りも、夕方までいる予定で、久方ぶりに中国古典の話をゆっくりと語りたい思います。
さて、昼食を取りながら目を通した本に、「ほどほどが理想、儲け過ぎは危険」とありました。元々は、四書五経の中の『礼記』にある教示のようですが、
「傲りは長ずべからず、欲はほしいままにすべからず、志は満たしむべからず、楽しみは極む部からず」
意味は、
1.傲りは長ずべからず。
傲りは、傲慢。つまり人を見下すこと。そんなものは持ってはいけない。
2.欲はほしいままにすべからず。
自分の欲望だけを百パーセント満たそうとしてはいけない。
3.志は満たしむべからず。
満ち足りた状態というのはよろしくない。適度に欲求不満はむしろあったほうがよい。
4.楽しみは極むべからず。
せっかく生まれてきたこの短い人生、せいぜい楽しんでからあの世へ行きたいと思うのが一般人でしょうが、『礼記』もそう認めながら、「楽しみもほどほどにしなさいよ」と歯止めをかける。
楽しい時間、満ち足りた状態が、長く続くことはない。それは、歴史も証明しているように、好況の後には必ず下降状況へ転じる。欲が視野を狭めていれば、その転換点が察知できない。やはり、欲はほどほどが良い。儲け過ぎは、結局危険に陥る可能性が大だ。
過ぎたるは及ばざるが如し。人間は「こんな好況状態が続くはずがない」と理解しつつも、退き際を間違うことがしばしばある。時々、自分の状況を第三者的な目で、上から、後ろから、斜めから、観察するゆとりが必要なのかもしれません。
*参考資料:守屋洋著書『四書五経の名語録』
今日は、のんびり国道を走って筑紫野市へ来たら、予定よりも早く着いてしまいまそうです。ゆとりを持っていれば、気持ちにもゆとりがあります。帰りも、夕方までいる予定で、久方ぶりに中国古典の話をゆっくりと語りたい思います。
さて、昼食を取りながら目を通した本に、「ほどほどが理想、儲け過ぎは危険」とありました。元々は、四書五経の中の『礼記』にある教示のようですが、
「傲りは長ずべからず、欲はほしいままにすべからず、志は満たしむべからず、楽しみは極む部からず」
意味は、
1.傲りは長ずべからず。
傲りは、傲慢。つまり人を見下すこと。そんなものは持ってはいけない。
2.欲はほしいままにすべからず。
自分の欲望だけを百パーセント満たそうとしてはいけない。
3.志は満たしむべからず。
満ち足りた状態というのはよろしくない。適度に欲求不満はむしろあったほうがよい。
4.楽しみは極むべからず。
せっかく生まれてきたこの短い人生、せいぜい楽しんでからあの世へ行きたいと思うのが一般人でしょうが、『礼記』もそう認めながら、「楽しみもほどほどにしなさいよ」と歯止めをかける。
楽しい時間、満ち足りた状態が、長く続くことはない。それは、歴史も証明しているように、好況の後には必ず下降状況へ転じる。欲が視野を狭めていれば、その転換点が察知できない。やはり、欲はほどほどが良い。儲け過ぎは、結局危険に陥る可能性が大だ。
過ぎたるは及ばざるが如し。人間は「こんな好況状態が続くはずがない」と理解しつつも、退き際を間違うことがしばしばある。時々、自分の状況を第三者的な目で、上から、後ろから、斜めから、観察するゆとりが必要なのかもしれません。
*参考資料:守屋洋著書『四書五経の名語録』
2013年08月18日
〈共生の生き方〉寄り添い手を握ると、気持ちが和らいで行く。
〈共生の生き方〉寄り添い手を握ると、気持ちが和らいで行く。
おはようございます。朝ウォーキングは、清々しい風が吹き、気持ち良く歩けました。
今朝の熊本日日新聞の本の書評ページに、作家の柳田邦男氏が、自分の書いた『言葉が立ち上がる時』の思いを綴っていた。末尾に次の言葉がありました。
「人は独りでは生きられない。他者あっての自分です。人の痛みを完全に理解するのは無理でも、黙って手を握り、肩を抱くことで、命は支えられる。震災後の日本では、こうした身体的コミュニケーションが見直されるべきでしょう」
死の淵に追い詰められた経験、命の瀬戸際をさ迷うと、悲観や絶望、失意を抱かないものは居ない。しかし、周りにいる人は絶望の全容は分からなくても、悲しみに少しの時間だが寄り添うことは出来ると思う。そばにいて、寄り添い手を握ると、気持ちが和らいで行く。
今日は、新聞の話題ばかりですが、本日の熊本日日新聞のコラム「私を語る」シリーズで、自立の店「ひまわり」代表の立石邦子さんの「支え合う喜びを」22日目の文に、自閉症の息子さんを地域の小学校へ入学させる時のことが書かれていた。
個性的な行動をする子どもに対して、ある保護者が「本来ならそのような子は擁護学校に行くべきではないでしょうか。出来ないのであれば、娘とその子の席を離してもらいたいにです」と発言し、教室がざわつき、そして静かになったとありました。すると、その自閉症の子どもの母親が、
「私が明石徹之の母です。徹之には自閉症という障害があります。現在の医療では治すことができません。地域の中で生活をしながら一つ一つ学習をして行くしかないのです。ハンディを持って生まれた子どもに人生を考えるとき、少しくらい子育てが大変でも、みんなが当たり前に生活している地域に中で経験を積んで、社会のルールや人との付き合い方など自立に必要なことを学習させていきたいと願っています。
徹之は周り状況を認知することが苦手で模倣もしにくい子です。できる限り普通の環境の中で人間らしく成長させてやりたいと親として切実に願っています。どうかクラスの一員として徹之がいることを許してください」
と思いを語った。教室は、どこからともなく拍手が起こったとありました。
(以上、熊日新聞「支え合う喜びを」より転載)
自閉症と分かるまで、徹之くんの母はそうとう悩み苦しんだと思います。子どもの将来を考え、地域の人たちにすがる思いで、一般の小学校へ入学させたのだと思います。拍手は、大変な子育てに取り組む家族に、地域の住民、学校PTAが協力をするとの意識表示と思います。
普通のように見える人も、色々な悩みを持っています。思いを打ち明けられたとき、理解ではできなくとも、うなづきながら話を聞くだけでも本人の気持ちが和らぐものです。忙しい時こそ、気持ちにゆとりを持って、人と接しないとと思います。
今日は一日、宇土市地蔵祭り中学サッカー大会の会場にいます。大会2日目、トーナメントなので、試合も応援もヒートアップすると思います。暑いですが、水分補給しながら、中学生の熱戦を観戦したいと思います。
おはようございます。朝ウォーキングは、清々しい風が吹き、気持ち良く歩けました。
今朝の熊本日日新聞の本の書評ページに、作家の柳田邦男氏が、自分の書いた『言葉が立ち上がる時』の思いを綴っていた。末尾に次の言葉がありました。
「人は独りでは生きられない。他者あっての自分です。人の痛みを完全に理解するのは無理でも、黙って手を握り、肩を抱くことで、命は支えられる。震災後の日本では、こうした身体的コミュニケーションが見直されるべきでしょう」
死の淵に追い詰められた経験、命の瀬戸際をさ迷うと、悲観や絶望、失意を抱かないものは居ない。しかし、周りにいる人は絶望の全容は分からなくても、悲しみに少しの時間だが寄り添うことは出来ると思う。そばにいて、寄り添い手を握ると、気持ちが和らいで行く。
今日は、新聞の話題ばかりですが、本日の熊本日日新聞のコラム「私を語る」シリーズで、自立の店「ひまわり」代表の立石邦子さんの「支え合う喜びを」22日目の文に、自閉症の息子さんを地域の小学校へ入学させる時のことが書かれていた。
個性的な行動をする子どもに対して、ある保護者が「本来ならそのような子は擁護学校に行くべきではないでしょうか。出来ないのであれば、娘とその子の席を離してもらいたいにです」と発言し、教室がざわつき、そして静かになったとありました。すると、その自閉症の子どもの母親が、
「私が明石徹之の母です。徹之には自閉症という障害があります。現在の医療では治すことができません。地域の中で生活をしながら一つ一つ学習をして行くしかないのです。ハンディを持って生まれた子どもに人生を考えるとき、少しくらい子育てが大変でも、みんなが当たり前に生活している地域に中で経験を積んで、社会のルールや人との付き合い方など自立に必要なことを学習させていきたいと願っています。
徹之は周り状況を認知することが苦手で模倣もしにくい子です。できる限り普通の環境の中で人間らしく成長させてやりたいと親として切実に願っています。どうかクラスの一員として徹之がいることを許してください」
と思いを語った。教室は、どこからともなく拍手が起こったとありました。
(以上、熊日新聞「支え合う喜びを」より転載)
自閉症と分かるまで、徹之くんの母はそうとう悩み苦しんだと思います。子どもの将来を考え、地域の人たちにすがる思いで、一般の小学校へ入学させたのだと思います。拍手は、大変な子育てに取り組む家族に、地域の住民、学校PTAが協力をするとの意識表示と思います。
普通のように見える人も、色々な悩みを持っています。思いを打ち明けられたとき、理解ではできなくとも、うなづきながら話を聞くだけでも本人の気持ちが和らぐものです。忙しい時こそ、気持ちにゆとりを持って、人と接しないとと思います。
今日は一日、宇土市地蔵祭り中学サッカー大会の会場にいます。大会2日目、トーナメントなので、試合も応援もヒートアップすると思います。暑いですが、水分補給しながら、中学生の熱戦を観戦したいと思います。
2013年08月16日
最後は”MBA流戦略論”より星一徹(巨人の星の父)根性論
最後は”MBA流戦略論”より星一徹(巨人の星の父)根性論
自分のことは後回し、やることは増えるばかりだが、時間の使い方がまずいのだろう思います。難問が起こるほど、人間は成長すると言われます。
しかし一般人は、難しい世界へなかなか踏み込めないのが現状です。一歩踏み出させるのは、「心の力」をパワーアップさせることが必要です。「心の力」を支えるものに、自分を鼓舞する”言葉”があると言われています。
例えそれが、漫画の名言だろうが、パンクロックの歌詞だろうが、任侠映画の台詞だろうが、何でもいい。その人の信じる何かが、生きることへの「強い志」を生み出せば、危機や困難を乗り越える(心の)力となる。
松山淳著『バカと笑われるリーダーが最後に勝つ』に一節に、災害から生還した人や人生の逆境を克服した経験者(サバイバー)を研究するアメリカの心理学者アル・シーバート氏のことが紹介されている。
(以下、本から転載)
その研究プロセスにおいて、サバイバーたちが、「臆病であり大胆」「ユーモアがあり真面目」「自身過剰であり自己批判的」など、相反する性格的要素を兼ね備えていることに気づく。この矛盾する性格を「二相性」と表現し、二相性的性格は、あらゆる状況でどのようにも反応できるから、生存確率(サバイバビリティ)をたかめる。(略)
(以上、『バカと笑われるリーダーが最後に勝つ』より)
凝り固まった知識や考えでは、想像を超える自然災害には対応できない。目の前に迫り来る危機をどう切り抜けるか、自分の知識に加え、周りにいる人材を活用し、刻刻とかわる状況に合わせ、仲間を時には和ませ、時には勇気を奮い立たせ、果敢に困難に立ち向かうリーダーが必要と思います。
人間、危機の時、本性が出る。逃げるリーダーか、立ち向かうリーダーか。それを最後に決めるのは、学歴でもなくMBAなどの資格ではなく「心の力」だと思う。日本風に言えば、諦めない「(ど)根性」が、リーダーの真骨頂なのだと思います。
我々は、『巨人の星』を見て育った世代。日本社会は「失われた10年」とか、「失われた20年」とか下げすむ批評の学者いるが、私たちはバブル後、どうにか世界の一員として、経済大国を維持して来た。もっと誇りを持ち、星飛雄馬の父(星一徹)の「ど根性」で、困難に立ち向かって、これからも生きて行くことが必要思います。
参考資料:松山淳著『バカと笑われるリーダーが最後に勝つ』
自分のことは後回し、やることは増えるばかりだが、時間の使い方がまずいのだろう思います。難問が起こるほど、人間は成長すると言われます。
しかし一般人は、難しい世界へなかなか踏み込めないのが現状です。一歩踏み出させるのは、「心の力」をパワーアップさせることが必要です。「心の力」を支えるものに、自分を鼓舞する”言葉”があると言われています。
例えそれが、漫画の名言だろうが、パンクロックの歌詞だろうが、任侠映画の台詞だろうが、何でもいい。その人の信じる何かが、生きることへの「強い志」を生み出せば、危機や困難を乗り越える(心の)力となる。
松山淳著『バカと笑われるリーダーが最後に勝つ』に一節に、災害から生還した人や人生の逆境を克服した経験者(サバイバー)を研究するアメリカの心理学者アル・シーバート氏のことが紹介されている。
(以下、本から転載)
その研究プロセスにおいて、サバイバーたちが、「臆病であり大胆」「ユーモアがあり真面目」「自身過剰であり自己批判的」など、相反する性格的要素を兼ね備えていることに気づく。この矛盾する性格を「二相性」と表現し、二相性的性格は、あらゆる状況でどのようにも反応できるから、生存確率(サバイバビリティ)をたかめる。(略)
(以上、『バカと笑われるリーダーが最後に勝つ』より)
凝り固まった知識や考えでは、想像を超える自然災害には対応できない。目の前に迫り来る危機をどう切り抜けるか、自分の知識に加え、周りにいる人材を活用し、刻刻とかわる状況に合わせ、仲間を時には和ませ、時には勇気を奮い立たせ、果敢に困難に立ち向かうリーダーが必要と思います。
人間、危機の時、本性が出る。逃げるリーダーか、立ち向かうリーダーか。それを最後に決めるのは、学歴でもなくMBAなどの資格ではなく「心の力」だと思う。日本風に言えば、諦めない「(ど)根性」が、リーダーの真骨頂なのだと思います。
我々は、『巨人の星』を見て育った世代。日本社会は「失われた10年」とか、「失われた20年」とか下げすむ批評の学者いるが、私たちはバブル後、どうにか世界の一員として、経済大国を維持して来た。もっと誇りを持ち、星飛雄馬の父(星一徹)の「ど根性」で、困難に立ち向かって、これからも生きて行くことが必要思います。
参考資料:松山淳著『バカと笑われるリーダーが最後に勝つ』
2013年08月16日
〈歩育のすすめ〉「よく歩く子どもは友達が多い」傾向にある。
〈歩育のすすめ〉「よく歩く子どもは友達が多い」傾向にある。
おはようございます。今日から、日常業務の人も多いと思います。我が家も同様で、今朝はウォーキングはお休みしました。
さて歩くことに関して、ユニークな調査をした教育関係団体を見つけました。幼児期の歩く時間と友達の多さ、交友関係の発達等、家の中の遊びが中心の現代社会に、一石を投じる研究のような気がしています。以下、ネットニュースより、抜粋。
〜Yahooニュースより〜
石川県内の園児約千人を対象にした調査で、「ボールキャッチが上手な子は、後片付けをよくする」「立ち幅跳びで遠くに跳べる子は、集中力がある」などの相関が確認された。(略)
集計の結果、「一日の歩行数の多さ」と、「友達の数が多い」ことに相関が確認された。平下教授によると、歩行数が多い幼児は外で遊ぶ機会が多い傾向にある。このため、活発に遊ぶ中で人との付き合い方を身に付け、社交性が養われると考えられる。平下教授は「友達の多い子どもに育てるには、3歳までによく外遊びをさせることが大切。自律神経が発達して強い体が作られ、活発な子どもになる」と指摘する。(略)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130816-00050290-hokkoku-l17
一度検索いただき、本文をお読みいただけると、社会変化が子どもの保育を変えてきていることを気づかされます。東日本大震災の福島第一原発事故で、原発事故で汚染された地域の子どもは、外で遊べない。上記の研究結果から、放射能汚染の影響は、育児に多大な影響を与えていると、心が痛みます。
大人のウォーキングに関しても、よく歩く人は地域の人と顔を合わせ挨拶します。よって知り合いが増え、地域状況を知り、人との交友が生まれ、コミュニケーションが活発になる。これは、大人にもいえる「歩く生活が、地域を元気に」とは、すぐにはわかりませんが、人が歩くことで、地域力が上がることは間違いないようの感じています。
私も歩き始めて1年が過ぎ、毎朝会う人、週に1度合う人、それぞれですが、確実にコミュニケーションする人が増えています。金沢の「歩育のすすめ」は、現代社会に広げる意義はあるように思います。
おはようございます。今日から、日常業務の人も多いと思います。我が家も同様で、今朝はウォーキングはお休みしました。
さて歩くことに関して、ユニークな調査をした教育関係団体を見つけました。幼児期の歩く時間と友達の多さ、交友関係の発達等、家の中の遊びが中心の現代社会に、一石を投じる研究のような気がしています。以下、ネットニュースより、抜粋。
〜Yahooニュースより〜
石川県内の園児約千人を対象にした調査で、「ボールキャッチが上手な子は、後片付けをよくする」「立ち幅跳びで遠くに跳べる子は、集中力がある」などの相関が確認された。(略)
集計の結果、「一日の歩行数の多さ」と、「友達の数が多い」ことに相関が確認された。平下教授によると、歩行数が多い幼児は外で遊ぶ機会が多い傾向にある。このため、活発に遊ぶ中で人との付き合い方を身に付け、社交性が養われると考えられる。平下教授は「友達の多い子どもに育てるには、3歳までによく外遊びをさせることが大切。自律神経が発達して強い体が作られ、活発な子どもになる」と指摘する。(略)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130816-00050290-hokkoku-l17
一度検索いただき、本文をお読みいただけると、社会変化が子どもの保育を変えてきていることを気づかされます。東日本大震災の福島第一原発事故で、原発事故で汚染された地域の子どもは、外で遊べない。上記の研究結果から、放射能汚染の影響は、育児に多大な影響を与えていると、心が痛みます。
大人のウォーキングに関しても、よく歩く人は地域の人と顔を合わせ挨拶します。よって知り合いが増え、地域状況を知り、人との交友が生まれ、コミュニケーションが活発になる。これは、大人にもいえる「歩く生活が、地域を元気に」とは、すぐにはわかりませんが、人が歩くことで、地域力が上がることは間違いないようの感じています。
私も歩き始めて1年が過ぎ、毎朝会う人、週に1度合う人、それぞれですが、確実にコミュニケーションする人が増えています。金沢の「歩育のすすめ」は、現代社会に広げる意義はあるように思います。
2013年08月15日
不遇か不遇でないかは本人の自覚しだい。「人の心の価値は公平」
不遇か不遇でないかは本人の自覚しだい。「人の心の価値は公平」
社会には、様々な職業が存在する。いつの時代も、それは変わらない。歴史に残る職業の多くは、政治に関わる分野が多いのでずが、江戸期は武士社会が中心。江戸前期の岡山藩の武士・熊沢蕃山は、儒学者でもあった。日本の陽明学者の始祖・中江藤樹に師事した人です。
蕃山は、藩主とホットライン持つ家臣として信頼も厚かったが、儒家(陽明学者)としての発言等々から、幕府から警戒され、自ら役職から退いた。これを後世の人は、不遇の生涯と言っている知識人も多い。陽明学の解説本『論語より陽明学』(長尾剛著)に、以下の内容の文があった。
(以下、本より抜粋)
例えば、ずっと後年の人物で、水戸学者の藤田幽谷に、こんな追悼の言葉があります。
「熊沢蕃山は君主の器であったのに、天より与えられた身分は一介の武士に過ぎなかった。だから彼は、十分に才能を発揮できなかったのだ」と。
幽谷言葉は正しい。だが、彼は陽明学の真髄をわかっておらぬ。
陽明学は、朱子学的上下関係の虚偽を見抜き、「人の心の価値は公平だ」との真実を訴える学問である。君主であっても陪臣であっても、民であっても、誰もが、自らの心を磨き他者を愛することで「聖人」への道を歩める。「君主でないから不遇であった」などと嘆くのは、陽明学にあっては大いなる誤りである。
(以上、『論語より陽明学』から)
熊沢蕃山は、陽明学を深めることで「人の心の価値は公平だ」との公然と語っていれば、いずれは、朱子学の上下関係を重んじる徳川幕府からすれば、危険分子となる。熊沢蕃山は、心の学問と言われる「陽明学」を深めることに晩年費やしたのではないか?
その真意は蕃山しかわかりませんが、晩年の生活は不遇に思えますが、「陽明学に生きた人生」として、彼は己の人生に満足していなではないか。人生は二度とない、己れの進む道、特に晩年は自分の心の成長に費やす時間として使いたいものです。
人生、不遇かそうでないか、要は本人の心次第と思います。私の時間も、後が短くなりました。日々を大切に生き抜きたいと思います。
社会には、様々な職業が存在する。いつの時代も、それは変わらない。歴史に残る職業の多くは、政治に関わる分野が多いのでずが、江戸期は武士社会が中心。江戸前期の岡山藩の武士・熊沢蕃山は、儒学者でもあった。日本の陽明学者の始祖・中江藤樹に師事した人です。
蕃山は、藩主とホットライン持つ家臣として信頼も厚かったが、儒家(陽明学者)としての発言等々から、幕府から警戒され、自ら役職から退いた。これを後世の人は、不遇の生涯と言っている知識人も多い。陽明学の解説本『論語より陽明学』(長尾剛著)に、以下の内容の文があった。
(以下、本より抜粋)
例えば、ずっと後年の人物で、水戸学者の藤田幽谷に、こんな追悼の言葉があります。
「熊沢蕃山は君主の器であったのに、天より与えられた身分は一介の武士に過ぎなかった。だから彼は、十分に才能を発揮できなかったのだ」と。
幽谷言葉は正しい。だが、彼は陽明学の真髄をわかっておらぬ。
陽明学は、朱子学的上下関係の虚偽を見抜き、「人の心の価値は公平だ」との真実を訴える学問である。君主であっても陪臣であっても、民であっても、誰もが、自らの心を磨き他者を愛することで「聖人」への道を歩める。「君主でないから不遇であった」などと嘆くのは、陽明学にあっては大いなる誤りである。
(以上、『論語より陽明学』から)
熊沢蕃山は、陽明学を深めることで「人の心の価値は公平だ」との公然と語っていれば、いずれは、朱子学の上下関係を重んじる徳川幕府からすれば、危険分子となる。熊沢蕃山は、心の学問と言われる「陽明学」を深めることに晩年費やしたのではないか?
その真意は蕃山しかわかりませんが、晩年の生活は不遇に思えますが、「陽明学に生きた人生」として、彼は己の人生に満足していなではないか。人生は二度とない、己れの進む道、特に晩年は自分の心の成長に費やす時間として使いたいものです。
人生、不遇かそうでないか、要は本人の心次第と思います。私の時間も、後が短くなりました。日々を大切に生き抜きたいと思います。
2013年08月14日
流言蜚語(りゅうげんひご)、トップとのホットラインは妬まれる。
流言蜚語(りゅうげんひご)、トップとのホットラインは妬まれる。
朝ウォーキングを終えて、ここ数日の悩みの種、熊本の郷土史からの原稿依頼だが、なかなかまとまらず、やっと午前中に送れました。テーマは、田中正造、足尾鉱毒事件、水俣病、福島第一原発事故、についてなやみなやみ書き上げました。
今日は予定はなく、お盆の挨拶と施設に居る両親を見に行くことぐらいで、決まった時間があるわけでなく、今はゆっくり甲子園を観戦中です。明日は終戦記念日、作家の野末陳平氏がまとめた「四字熟語366日」の8月15日言葉が、
「流言蜚語(りゅうげんひご)」
〈解説から抜粋〉
早い話がデマのこと。確たる証拠がまったくないのにいかにも真実らしく世間に広がる噂。
本に、終戦の玉音放送後、子どもたちの間で、いろいろな噂話しが広がったと著者が書いていた。しかし、しょせん子どもの噂話ですから、時が過ぎれば消えてしまいます。
しかし、これに利害が絡めば、消える話ではなくて真実を追求する動きなる。長尾剛著『論語より陽明学』に、江戸前期の儒家・熊沢蕃山と藩主との関係が紹介されていた。
利害が絡む噂話も、トップと新人との密な関係となれば、さらにエスカレートするものです。岡山藩の名君・池田光正公は、陽明学者の中江藤樹に師事した熊沢蕃山を登用し、政治について蕃山の意見を採用することが多くなった。
これには、古参の藩士たちは”嫉妬の嵐”になった。いろいろな噂話含め蕃山は悩んだ。師の中江藤樹に送った手紙でグチをこぼした。それに対して藤樹は「君に悩みはしょせんは”意”なのだ」と諭した。そして、
「意・必・固・我に陥っては、たちまちに学問は役に立たなくなる。ひたすら自分の心を、自分で信じることだ。そうなれば、周囲の声は気にならなくなる」
と、蕃山にアドバイスした。
上記の本の解説の一説を転載します。
(以下、転載)
人は時として周囲から、嫉妬や”あらぬ疑い”で、嫌な思いをさせられる。そうなれば周囲を恨めしく思い、周囲を憎みたくなる。
しかしそんな時、自分の心の隅に「周りのバカなヤツらは俺の言いなりになるべきなのに!」といったエゴが、うごめいているかも知れない。そんな不遜気持ちが、周囲の嫉妬をかき立てているのかもしれない。
陽明学の基本は「万物一体の仁」、すなわち「自分も他人も、同様に大切にする心」です。そうしたエゴを消さねばなりません。藤樹は蕃山に、そんな意味のアドバイスを送ったのであります。
(以上、『論語より陽明学』より)
〉ひたすら自分の心を、自分で信じることだ。
周りの意見を求める心のゆとりを持つこと、声を出す時期、場所、場面(時)で、常に自分の心の声(良心)と対話しながら言動に努める。単なる噂話に動揺することなく、自分を信じていれば、周りの噂話(誹謗・中傷)は、馬耳東風と気にならなくなる。
蕃山は、国を支えるのは民の生活、自然と共生することが基本。木があれば水を吸う。大雨がふっても、水があふれて田畑が潰される心配がなくなる。民の生活が安定する。民を守り、自然を愛する。それが蕃山の「万物の一体の仁」、陽明学教えは、正しき政治の道に近づくことになる。
池田光正公は、熊沢蕃山と協力し、350年前に庶民のための世界初の学校「閑谷学校」を作り、一般庶民の教育に力を入れた。
朝ウォーキングを終えて、ここ数日の悩みの種、熊本の郷土史からの原稿依頼だが、なかなかまとまらず、やっと午前中に送れました。テーマは、田中正造、足尾鉱毒事件、水俣病、福島第一原発事故、についてなやみなやみ書き上げました。
今日は予定はなく、お盆の挨拶と施設に居る両親を見に行くことぐらいで、決まった時間があるわけでなく、今はゆっくり甲子園を観戦中です。明日は終戦記念日、作家の野末陳平氏がまとめた「四字熟語366日」の8月15日言葉が、
「流言蜚語(りゅうげんひご)」
〈解説から抜粋〉
早い話がデマのこと。確たる証拠がまったくないのにいかにも真実らしく世間に広がる噂。
本に、終戦の玉音放送後、子どもたちの間で、いろいろな噂話しが広がったと著者が書いていた。しかし、しょせん子どもの噂話ですから、時が過ぎれば消えてしまいます。
しかし、これに利害が絡めば、消える話ではなくて真実を追求する動きなる。長尾剛著『論語より陽明学』に、江戸前期の儒家・熊沢蕃山と藩主との関係が紹介されていた。
利害が絡む噂話も、トップと新人との密な関係となれば、さらにエスカレートするものです。岡山藩の名君・池田光正公は、陽明学者の中江藤樹に師事した熊沢蕃山を登用し、政治について蕃山の意見を採用することが多くなった。
これには、古参の藩士たちは”嫉妬の嵐”になった。いろいろな噂話含め蕃山は悩んだ。師の中江藤樹に送った手紙でグチをこぼした。それに対して藤樹は「君に悩みはしょせんは”意”なのだ」と諭した。そして、
「意・必・固・我に陥っては、たちまちに学問は役に立たなくなる。ひたすら自分の心を、自分で信じることだ。そうなれば、周囲の声は気にならなくなる」
と、蕃山にアドバイスした。
上記の本の解説の一説を転載します。
(以下、転載)
人は時として周囲から、嫉妬や”あらぬ疑い”で、嫌な思いをさせられる。そうなれば周囲を恨めしく思い、周囲を憎みたくなる。
しかしそんな時、自分の心の隅に「周りのバカなヤツらは俺の言いなりになるべきなのに!」といったエゴが、うごめいているかも知れない。そんな不遜気持ちが、周囲の嫉妬をかき立てているのかもしれない。
陽明学の基本は「万物一体の仁」、すなわち「自分も他人も、同様に大切にする心」です。そうしたエゴを消さねばなりません。藤樹は蕃山に、そんな意味のアドバイスを送ったのであります。
(以上、『論語より陽明学』より)
〉ひたすら自分の心を、自分で信じることだ。
周りの意見を求める心のゆとりを持つこと、声を出す時期、場所、場面(時)で、常に自分の心の声(良心)と対話しながら言動に努める。単なる噂話に動揺することなく、自分を信じていれば、周りの噂話(誹謗・中傷)は、馬耳東風と気にならなくなる。
蕃山は、国を支えるのは民の生活、自然と共生することが基本。木があれば水を吸う。大雨がふっても、水があふれて田畑が潰される心配がなくなる。民の生活が安定する。民を守り、自然を愛する。それが蕃山の「万物の一体の仁」、陽明学教えは、正しき政治の道に近づくことになる。
池田光正公は、熊沢蕃山と協力し、350年前に庶民のための世界初の学校「閑谷学校」を作り、一般庶民の教育に力を入れた。
2013年08月13日
女子の方には失礼な訓示も多い故事。小人(と女子)は近づけば不孫、遠ざければ怨む。
女子の方には失礼な訓示も多い故事。小人(と女子)は近づけば不孫、遠ざければ怨む。
論語は、男尊女卑が強いと言われる。確かに、女子への対応は厳しい意見がある。孔子先生も、女子との付き合い辛かったのだろうか。似たような訓示が、 中国古典『呻吟語』にもあります。
「小人を処するには、遠ざけず近づけざる間に在り」
『論語』には、次の訓示がある。現代語で読むと、
「女子と小人とは養い難しとなす。これを近づくれば不孫、これを遠ざくれば恨む」
とある。上記の言葉は、現代でも十分通用する孔子の体験からの言葉だろう。呻吟語を書いた呂新吾は、次のようにも語っている。
「マムシが好きだからといって、手を出して撫でたりすれば、たちまちその毒にやられる。虎が嫌いだからと言って、下手なぐりかかれば、たちまちかみ殺されてしまう」
要は、マムシも虎も、そっとしておくにかぎる。「さわらぬ神にたたりなし」でしょうか。世の中には色々な人がいるが、我田引水ばかりでは、人は付いて来れない。相互の利益、相互の不利益を考えながら、事を進めるためには、常に利害を考えることが必要だが、一般人(小人)は、自分のことが優先されて、結局物別れなることも多い。
「世は、理で動かず、利で動く」
人とのお付き合いも、分析と支援を両方手に乗せ、その折々に判断し、自己責任で行動するしかありません。良き言動ができるように務めたいと思います。
論語は、男尊女卑が強いと言われる。確かに、女子への対応は厳しい意見がある。孔子先生も、女子との付き合い辛かったのだろうか。似たような訓示が、 中国古典『呻吟語』にもあります。
「小人を処するには、遠ざけず近づけざる間に在り」
『論語』には、次の訓示がある。現代語で読むと、
「女子と小人とは養い難しとなす。これを近づくれば不孫、これを遠ざくれば恨む」
とある。上記の言葉は、現代でも十分通用する孔子の体験からの言葉だろう。呻吟語を書いた呂新吾は、次のようにも語っている。
「マムシが好きだからといって、手を出して撫でたりすれば、たちまちその毒にやられる。虎が嫌いだからと言って、下手なぐりかかれば、たちまちかみ殺されてしまう」
要は、マムシも虎も、そっとしておくにかぎる。「さわらぬ神にたたりなし」でしょうか。世の中には色々な人がいるが、我田引水ばかりでは、人は付いて来れない。相互の利益、相互の不利益を考えながら、事を進めるためには、常に利害を考えることが必要だが、一般人(小人)は、自分のことが優先されて、結局物別れなることも多い。
「世は、理で動かず、利で動く」
人とのお付き合いも、分析と支援を両方手に乗せ、その折々に判断し、自己責任で行動するしかありません。良き言動ができるように務めたいと思います。
2013年08月13日
政治の目標は国民の生活の安定「民に蔵して府庫に蔵せず」
政治の目標は国民の生活の安定「民に蔵して府庫に蔵せず」
昨日の新聞に、消費税増税時期が話題になっていたが、今が時期か政府内でもいまだに議論が続いているようです。また日曜日の新聞に佐賀県武雄市の私立図書館の盛況が報じられていた。この二つの話題が「民に蔵して府庫に蔵せず」に叶っているか考えてみる。
そもそも冒頭の訓示は、中国古典の『韓非子』の一節ですが、現代にも通じる政治の規範と思います。武雄市室図書館は民間委託で、1割の経費を削減し、来客は倍増、満足度83%を越える反響に、来客が多すぎて、もう増築計画が持ち上がっている。
本当に、日本政府内の無駄は省かれたのか?
無駄の切り捨て、民主党の蓮舫議員の「仕分け作業」が懐かしく思えます。自民党も、経費削減の検討実施が、早々に必要と思います。韓非子の「府庫に蔵せず」をやって、民間活力を導き出す。規制緩和をしなければならないほど、地方経済の足かせ(さまざまな規制)を簡素化し、地方は地方の資源を活用して、行政の経費を削減しつつ、税収の増加を図る工夫が必要と思います。
『韓非子』の上記の訓示の全文は、
「聖人の治は民に蔵して府庫に藏せず」
消費税増税は「府庫に蔵す」になる。府庫に税金を集める前に、「民に蔵する」経費削減示すことが必要ではないか。
現代は、情報機器に発達により、国民の要望の情報収集は容易になってきた。これからの時代、一人の国会議員が居るだけで、5千万円から1億円必要とも言われる歳費・維持費(関係費を含めればその3倍とも)。国会議員が、小手先の歳費削減ではなく、国会議員の定員を2割から3割近削減を目指し、さらに均衡ある一票の格差是正も含め、早急に断行するべきではないかと強く思います。
その計画を示せば、今もつづく官僚の天下りも、強硬に遮断することを国民が支持すると思います。武雄市立図書館の発想を、国政・国会議員の改革にも使って欲しいと願います。
朝から口説くなりました。今日は、親類や友人の初盆のお参りです。旧盆の行事には、地域の人と人の交流の歴史から色々な示唆をいただきます。まだ、空は曇っていますが、これから暑くなりそうな予報です。夏休みで規制されている方、高校野球、クーラー、ビールでしょうか? しっかり、田舎で英気を養って、残暑厳しい都会での生活を乗り切るエネルギーを蓄えて欲しいと願います。
昨日の新聞に、消費税増税時期が話題になっていたが、今が時期か政府内でもいまだに議論が続いているようです。また日曜日の新聞に佐賀県武雄市の私立図書館の盛況が報じられていた。この二つの話題が「民に蔵して府庫に蔵せず」に叶っているか考えてみる。
そもそも冒頭の訓示は、中国古典の『韓非子』の一節ですが、現代にも通じる政治の規範と思います。武雄市室図書館は民間委託で、1割の経費を削減し、来客は倍増、満足度83%を越える反響に、来客が多すぎて、もう増築計画が持ち上がっている。
本当に、日本政府内の無駄は省かれたのか?
無駄の切り捨て、民主党の蓮舫議員の「仕分け作業」が懐かしく思えます。自民党も、経費削減の検討実施が、早々に必要と思います。韓非子の「府庫に蔵せず」をやって、民間活力を導き出す。規制緩和をしなければならないほど、地方経済の足かせ(さまざまな規制)を簡素化し、地方は地方の資源を活用して、行政の経費を削減しつつ、税収の増加を図る工夫が必要と思います。
『韓非子』の上記の訓示の全文は、
「聖人の治は民に蔵して府庫に藏せず」
消費税増税は「府庫に蔵す」になる。府庫に税金を集める前に、「民に蔵する」経費削減示すことが必要ではないか。
現代は、情報機器に発達により、国民の要望の情報収集は容易になってきた。これからの時代、一人の国会議員が居るだけで、5千万円から1億円必要とも言われる歳費・維持費(関係費を含めればその3倍とも)。国会議員が、小手先の歳費削減ではなく、国会議員の定員を2割から3割近削減を目指し、さらに均衡ある一票の格差是正も含め、早急に断行するべきではないかと強く思います。
その計画を示せば、今もつづく官僚の天下りも、強硬に遮断することを国民が支持すると思います。武雄市立図書館の発想を、国政・国会議員の改革にも使って欲しいと願います。
朝から口説くなりました。今日は、親類や友人の初盆のお参りです。旧盆の行事には、地域の人と人の交流の歴史から色々な示唆をいただきます。まだ、空は曇っていますが、これから暑くなりそうな予報です。夏休みで規制されている方、高校野球、クーラー、ビールでしょうか? しっかり、田舎で英気を養って、残暑厳しい都会での生活を乗り切るエネルギーを蓄えて欲しいと願います。
2013年08月12日
知識の山分け、勇気の山分け。
知識の山分け、勇気の山分け。
日本で初めて自動製麺機を考案し、量産した発明者は、高等教育を一切受けていない、有明海に臨む古瀬村に生まれた正木さんでした。
正木さんは、青々とした麦畑を見て「自動的に麺が出てくる機械を作ったら、人のためになるだろうなあ」と考えた。明治9年初めての試作機を作った。それから足かけ8年、改良を繰り返し、32才の時、やっと、あとからあとからと麺が出てくる製麺機を作り上げた。
柔らかいウドンの麺を、鉄の意志で大量生産出来るようにした。この正木輝郷さんが、2つのことを訓示している。
一つが「金の山分けより、知恵の山分け」
二つ目が「上の人の勇気をみんなで山分けして、その勇気を大きくしようよ。そうすれば商売は繁盛するからね」
二つを実行して、商売が大きくなったら、最後に金の山分けをしよう。と言うのが、2つの訓示の落ちであります。
現代は、すぐ結果を求める。私などは、建築の修行時代、初め3月は、無休だった。サッカーのコーチの謝礼で、食いつないだ。3月後、事務所が決まったが、初めての給与は、小遣い程度の3万円だった。結婚するときに、やっと7万円になったが、もちろん足りないので、先輩事務所で、夜の図面の手伝いでもらうアルバイト料と併せて、当時の人並の収入なったが、同級生の大卒の給与には、程遠かった。
最近、仕事を紹介する機会があった。私は、常に誰にも頼らず仕事場を探して生きて来た。人からの紹介の仕事は、金にならないような仕事も懸命にやって来た。そのおかげで、県の賞も頂けた。私の先生が、金になるか、成らないかだったら、金にならない困難な方を選べと。
でも生活は、実際厳しいが、素晴らしい仲間は、県内だけでなく、県外にも増えてきています。自分を後押ししてくれる人の数が、いかに多いか?
自分の力だけで、今が在ると思った瞬間に、上り詰めた実績は一瞬にして消え去る。それが日本の人物評価と、勉強すればするぼど、硬すぎる地元人評価になっている。このままでは、先行きが不透明で、名言が薄れていかが、言葉の意味と重さを、忘れないでほしい。
明日も朝ウォーキングやる予定ですが、日々の仕事の中で、ラジオから心を響かせるような話題がないか?
明日も、ラジオ放送を楽しみに歩きます。
日本で初めて自動製麺機を考案し、量産した発明者は、高等教育を一切受けていない、有明海に臨む古瀬村に生まれた正木さんでした。
正木さんは、青々とした麦畑を見て「自動的に麺が出てくる機械を作ったら、人のためになるだろうなあ」と考えた。明治9年初めての試作機を作った。それから足かけ8年、改良を繰り返し、32才の時、やっと、あとからあとからと麺が出てくる製麺機を作り上げた。
柔らかいウドンの麺を、鉄の意志で大量生産出来るようにした。この正木輝郷さんが、2つのことを訓示している。
一つが「金の山分けより、知恵の山分け」
二つ目が「上の人の勇気をみんなで山分けして、その勇気を大きくしようよ。そうすれば商売は繁盛するからね」
二つを実行して、商売が大きくなったら、最後に金の山分けをしよう。と言うのが、2つの訓示の落ちであります。
現代は、すぐ結果を求める。私などは、建築の修行時代、初め3月は、無休だった。サッカーのコーチの謝礼で、食いつないだ。3月後、事務所が決まったが、初めての給与は、小遣い程度の3万円だった。結婚するときに、やっと7万円になったが、もちろん足りないので、先輩事務所で、夜の図面の手伝いでもらうアルバイト料と併せて、当時の人並の収入なったが、同級生の大卒の給与には、程遠かった。
最近、仕事を紹介する機会があった。私は、常に誰にも頼らず仕事場を探して生きて来た。人からの紹介の仕事は、金にならないような仕事も懸命にやって来た。そのおかげで、県の賞も頂けた。私の先生が、金になるか、成らないかだったら、金にならない困難な方を選べと。
でも生活は、実際厳しいが、素晴らしい仲間は、県内だけでなく、県外にも増えてきています。自分を後押ししてくれる人の数が、いかに多いか?
自分の力だけで、今が在ると思った瞬間に、上り詰めた実績は一瞬にして消え去る。それが日本の人物評価と、勉強すればするぼど、硬すぎる地元人評価になっている。このままでは、先行きが不透明で、名言が薄れていかが、言葉の意味と重さを、忘れないでほしい。
明日も朝ウォーキングやる予定ですが、日々の仕事の中で、ラジオから心を響かせるような話題がないか?
明日も、ラジオ放送を楽しみに歩きます。
2013年08月12日
幸せの青い鳥は逃げ足が早い。(故事)久安を恃むことなかれ!
幸せの青い鳥は逃げ足が早い。(故事)久安を恃むことなかれ!
底の丸い容器に水を満杯にすると転ぶ。そんな器があるとすると、水を自分の心と見たてれば、慢心、自惚れ、驕り、いろいろ表現はあるが、現在の状況は、長く続かない状況教示は数え切れぬほどある。平安時代にも語られた「奢れるものは永からず」、いい時代は長くは続かない。
丸底の水入れは、満杯になると覆る。人の心も似たようなもの、良い教示ではなかろうか。
どの時代、どの世界にも、人が世に出る時、新人の時期がある。初めは、懸命に能力を習得し、活かし、功績を残ことに努力をする。しかし、実績ができ、仲間もでき、ある程度の存在になると、新人時代の努力を怠る。すると、後から出てきた行動力ある人材の後になっていることも多い。
「久安恃むことなかれ」
は、説明の必要ない訓示とは思うが、意味は、いまの幸せがいつまで続くことを期待してはいけない。常に発想を変えて、社会の変化に合わせて、新人(アマチュア)の気持ちを忘れずに、努力をし続けることが大事。
さて現代の大人物も、はじめは新人でした。日々の機会を大事に、コツコツ経験を積み上げ、今の実績・地位にあるとおもいます。平家の栄華は、長く続かなかった。「うたかたの夢」、常にアマチュアであれ! と先人たちも反省の意味含め訓示している。初めての世界(分野・場)に踏み込む初心を忘れず、前向きの志向を持ち続けたいと思います。
上記の訓示も、新しい世界へ一歩踏み出すことがなければ、その意味を成さない。一歩踏み出す勇気を持って、新しい世界(困難)に飛び込む、そこから新たな自分を創造することができる。青い鳥を捕まえるには、まず一歩踏み出すこと、「始めないと、始まらない」が、アマチュアの基となる。
今日は、旧盆前の一日、お世話になった方々への挨拶と、熊本県央地域の男女共同参画共同参画社会づくり活動仲間の今年度の活動について語る会議をやります。暑い一日、外回りになるので、冷たい飲み物持参で、動き回りたいと思います。
底の丸い容器に水を満杯にすると転ぶ。そんな器があるとすると、水を自分の心と見たてれば、慢心、自惚れ、驕り、いろいろ表現はあるが、現在の状況は、長く続かない状況教示は数え切れぬほどある。平安時代にも語られた「奢れるものは永からず」、いい時代は長くは続かない。
丸底の水入れは、満杯になると覆る。人の心も似たようなもの、良い教示ではなかろうか。
どの時代、どの世界にも、人が世に出る時、新人の時期がある。初めは、懸命に能力を習得し、活かし、功績を残ことに努力をする。しかし、実績ができ、仲間もでき、ある程度の存在になると、新人時代の努力を怠る。すると、後から出てきた行動力ある人材の後になっていることも多い。
「久安恃むことなかれ」
は、説明の必要ない訓示とは思うが、意味は、いまの幸せがいつまで続くことを期待してはいけない。常に発想を変えて、社会の変化に合わせて、新人(アマチュア)の気持ちを忘れずに、努力をし続けることが大事。
さて現代の大人物も、はじめは新人でした。日々の機会を大事に、コツコツ経験を積み上げ、今の実績・地位にあるとおもいます。平家の栄華は、長く続かなかった。「うたかたの夢」、常にアマチュアであれ! と先人たちも反省の意味含め訓示している。初めての世界(分野・場)に踏み込む初心を忘れず、前向きの志向を持ち続けたいと思います。
上記の訓示も、新しい世界へ一歩踏み出すことがなければ、その意味を成さない。一歩踏み出す勇気を持って、新しい世界(困難)に飛び込む、そこから新たな自分を創造することができる。青い鳥を捕まえるには、まず一歩踏み出すこと、「始めないと、始まらない」が、アマチュアの基となる。
今日は、旧盆前の一日、お世話になった方々への挨拶と、熊本県央地域の男女共同参画共同参画社会づくり活動仲間の今年度の活動について語る会議をやります。暑い一日、外回りになるので、冷たい飲み物持参で、動き回りたいと思います。