2013年08月18日

〈共生の生き方〉寄り添い手を握ると、気持ちが和らいで行く。

〈共生の生き方〉寄り添い手を握ると、気持ちが和らいで行く。

おはようございます。朝ウォーキングは、清々しい風が吹き、気持ち良く歩けました。

今朝の熊本日日新聞の本の書評ページに、作家の柳田邦男氏が、自分の書いた『言葉が立ち上がる時』の思いを綴っていた。末尾に次の言葉がありました。

「人は独りでは生きられない。他者あっての自分です。人の痛みを完全に理解するのは無理でも、黙って手を握り、肩を抱くことで、命は支えられる。震災後の日本では、こうした身体的コミュニケーションが見直されるべきでしょう」

死の淵に追い詰められた経験、命の瀬戸際をさ迷うと、悲観や絶望、失意を抱かないものは居ない。しかし、周りにいる人は絶望の全容は分からなくても、悲しみに少しの時間だが寄り添うことは出来ると思う。そばにいて、寄り添い手を握ると、気持ちが和らいで行く。

今日は、新聞の話題ばかりですが、本日の熊本日日新聞のコラム「私を語る」シリーズで、自立の店「ひまわり」代表の立石邦子さんの「支え合う喜びを」22日目の文に、自閉症の息子さんを地域の小学校へ入学させる時のことが書かれていた。

個性的な行動をする子どもに対して、ある保護者が「本来ならそのような子は擁護学校に行くべきではないでしょうか。出来ないのであれば、娘とその子の席を離してもらいたいにです」と発言し、教室がざわつき、そして静かになったとありました。すると、その自閉症の子どもの母親が、

「私が明石徹之の母です。徹之には自閉症という障害があります。現在の医療では治すことができません。地域の中で生活をしながら一つ一つ学習をして行くしかないのです。ハンディを持って生まれた子どもに人生を考えるとき、少しくらい子育てが大変でも、みんなが当たり前に生活している地域に中で経験を積んで、社会のルールや人との付き合い方など自立に必要なことを学習させていきたいと願っています。
徹之は周り状況を認知することが苦手で模倣もしにくい子です。できる限り普通の環境の中で人間らしく成長させてやりたいと親として切実に願っています。どうかクラスの一員として徹之がいることを許してください」

と思いを語った。教室は、どこからともなく拍手が起こったとありました。
(以上、熊日新聞「支え合う喜びを」より転載)

自閉症と分かるまで、徹之くんの母はそうとう悩み苦しんだと思います。子どもの将来を考え、地域の人たちにすがる思いで、一般の小学校へ入学させたのだと思います。拍手は、大変な子育てに取り組む家族に、地域の住民、学校PTAが協力をするとの意識表示と思います。

普通のように見える人も、色々な悩みを持っています。思いを打ち明けられたとき、理解ではできなくとも、うなづきながら話を聞くだけでも本人の気持ちが和らぐものです。忙しい時こそ、気持ちにゆとりを持って、人と接しないとと思います。

今日は一日、宇土市地蔵祭り中学サッカー大会の会場にいます。大会2日目、トーナメントなので、試合も応援もヒートアップすると思います。暑いですが、水分補給しながら、中学生の熱戦を観戦したいと思います。


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Posted by ノグチ(noguchi) at 09:11│Comments(0)故事、名言、訓示、スピーチ
 
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