2010年05月31日
苦労のうちに楽しみを(菜根譚)
苦労のうちに楽しみを(菜根譚)
人間は精一杯仕事をして、今日の自分には何も言うことがない、よくやったと、自己評価したときに、心の平静を得ることができる。
菜根譚に次に一節がある
(現代語訳)
静中は真静にあらず。動処に静にし得来たりて、わずかにこれ性天の真境なり。
楽処の楽は真楽にあらず。苦中に楽しみ得来たりて、わずかに心体の真機を見る。
(意訳)
環境を静かにして、ようやく心の静けさを保つというようではまだまだ。活発な活動の中でなお心の静けさを保ってこそ、道を体得した者といえよう。
楽しい場所で心を楽しませるというのではまだまだ。苦労の中に楽しみを見出してこそ、心の不思議な働きを生かした者といえよう。
(以上、「名言の知恵 人生の知恵」)
自己評価は、人生にとても大切なことです。人里離れて、自分を省みることは誰でもできますが、あくまでも社会の中で生活しながら、自分を分析し、日々修正をして行くことが大事を思います。
楽をするばかりでは、成長が出来ない。日々軽い緊張感をもって、人と接するなかに、仕事の達成感をを得、一日の充実を感じるものです。
>苦労の中に楽しみを見出してこそ
人生の機微を知ることができるのかもしれません。
*参考資料:矢沢永一編著「名言の知恵 人生の知恵」
人間は精一杯仕事をして、今日の自分には何も言うことがない、よくやったと、自己評価したときに、心の平静を得ることができる。
菜根譚に次に一節がある
(現代語訳)
静中は真静にあらず。動処に静にし得来たりて、わずかにこれ性天の真境なり。
楽処の楽は真楽にあらず。苦中に楽しみ得来たりて、わずかに心体の真機を見る。
(意訳)
環境を静かにして、ようやく心の静けさを保つというようではまだまだ。活発な活動の中でなお心の静けさを保ってこそ、道を体得した者といえよう。
楽しい場所で心を楽しませるというのではまだまだ。苦労の中に楽しみを見出してこそ、心の不思議な働きを生かした者といえよう。
(以上、「名言の知恵 人生の知恵」)
自己評価は、人生にとても大切なことです。人里離れて、自分を省みることは誰でもできますが、あくまでも社会の中で生活しながら、自分を分析し、日々修正をして行くことが大事を思います。
楽をするばかりでは、成長が出来ない。日々軽い緊張感をもって、人と接するなかに、仕事の達成感をを得、一日の充実を感じるものです。
>苦労の中に楽しみを見出してこそ
人生の機微を知ることができるのかもしれません。
*参考資料:矢沢永一編著「名言の知恵 人生の知恵」
2010年05月30日
「親父の役割」とは何か、何をすべきか
「親父の役割」とは何か、何をすべきか
久々に、安岡正篤先生の語録を集めた「安岡正篤 一日一言」の中に、自分を振り返るような言葉がありました。文を抜粋すると、
「親父の役割」
人間はやはり、良心・霊性・魂にひびかなければ、何事も真の解決はできないのであります。
然(しか)もそういう純な心は二つ三つの幼児の頃から、子どもは本能的に鋭敏に受け取ることができる。だから子どもは、言説で教えるよりも、情的に感じ取らせることの方が大事なのです。親父は千語万語を費やして説教するよりも、黙って子どもに見せることであります。(中略)
>親父は千語万語を費やして説教するよりも、黙って子どもに見せる
教育は、率先垂範。
リーダーシップも、率先垂範。
やはり、目から入る印象は大きいのだと思います。
行動して見せる、そして語ることが大事と思います。
「三つ子の魂、百まで」の言葉ではないですが、教育は家庭に在り、そして多くの役割は、父親が負う部分が多々あることを知らされます。
最近の幼児虐待の事件をニュースで聞く中で、千語万語の言葉(説教)よりも、黙って親が行動で示すことの方が、子どもを自然に感化し、人の道へ導く最良の方法と、昭和の儒学者・安岡正篤先生が語った言葉を、今日は紹介しました。
*参考資料:安岡正泰編:「安岡正篤 一日一言」
久々に、安岡正篤先生の語録を集めた「安岡正篤 一日一言」の中に、自分を振り返るような言葉がありました。文を抜粋すると、
「親父の役割」
人間はやはり、良心・霊性・魂にひびかなければ、何事も真の解決はできないのであります。
然(しか)もそういう純な心は二つ三つの幼児の頃から、子どもは本能的に鋭敏に受け取ることができる。だから子どもは、言説で教えるよりも、情的に感じ取らせることの方が大事なのです。親父は千語万語を費やして説教するよりも、黙って子どもに見せることであります。(中略)
>親父は千語万語を費やして説教するよりも、黙って子どもに見せる
教育は、率先垂範。
リーダーシップも、率先垂範。
やはり、目から入る印象は大きいのだと思います。
行動して見せる、そして語ることが大事と思います。
「三つ子の魂、百まで」の言葉ではないですが、教育は家庭に在り、そして多くの役割は、父親が負う部分が多々あることを知らされます。
最近の幼児虐待の事件をニュースで聞く中で、千語万語の言葉(説教)よりも、黙って親が行動で示すことの方が、子どもを自然に感化し、人の道へ導く最良の方法と、昭和の儒学者・安岡正篤先生が語った言葉を、今日は紹介しました。
*参考資料:安岡正泰編:「安岡正篤 一日一言」
2010年05月28日
やむにやまれぬ大和魂(やまとだましい)
やむにやまれぬ大和魂(やまとだましい)
幕末の志士たちを教育した長州の吉田松陰は、安政の大獄に巻き込まれ30才でこの世を去った。松陰亡きあと、日本は大きく展開する。蛤御門で長州志士が暴走し、久坂玄瑞以下多くの志士が命を落とした。
おかげで、長州はみかどへ大砲を放った逆族(朝敵)となり、長州征伐が行われた。第2次長州征伐の時、高杉新作が立ち上がり、長州藩の実権を握り、それをきっかけに日本が大きく開国、さらに徳川幕府の政権返上へと大きく動き出す。
吉田松陰は、何度も投獄されたが、その純粋な精神は、若い志士たちへの教育に力を注がせた。明治政府の重鎮、木戸孝允もその一人でした。長州の志士たちは、時代にほんろうされて、命を早く落とした者、薩長連合後は、帝と連携することで、明治政府樹立へ中心となり、明治の政府では多くの要職を務める人材を輩出した。
松陰は、亡くなって以後の想像したかは分らないが、次の言葉を残しています。
「死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし。生きて大業のみ込みあらば、いつでも生くべし」(「留魂録」)
現代語に訳すると「死んで志が伝えられるなら、死ねばよい。生きて国のために尽くせるなら、生きるべきである」
長州は、伊藤博文をはじめ、明治以来、多くの政治家を輩出して来た。吉田松陰の理念が、脈々とつながっているように思います。
吉田松陰の辞世のくと言われるのが、次の一句です。
「かくすれば かくなるものとしりながら やむにやまれぬ大和魂」
短く太く生きるのもよし、細く長く生きるのもよし、人それぞれに目標を定め、生きぬきたいものです。
*参考資料:「戦いの哲学 勝利の条件」
幕末の志士たちを教育した長州の吉田松陰は、安政の大獄に巻き込まれ30才でこの世を去った。松陰亡きあと、日本は大きく展開する。蛤御門で長州志士が暴走し、久坂玄瑞以下多くの志士が命を落とした。
おかげで、長州はみかどへ大砲を放った逆族(朝敵)となり、長州征伐が行われた。第2次長州征伐の時、高杉新作が立ち上がり、長州藩の実権を握り、それをきっかけに日本が大きく開国、さらに徳川幕府の政権返上へと大きく動き出す。
吉田松陰は、何度も投獄されたが、その純粋な精神は、若い志士たちへの教育に力を注がせた。明治政府の重鎮、木戸孝允もその一人でした。長州の志士たちは、時代にほんろうされて、命を早く落とした者、薩長連合後は、帝と連携することで、明治政府樹立へ中心となり、明治の政府では多くの要職を務める人材を輩出した。
松陰は、亡くなって以後の想像したかは分らないが、次の言葉を残しています。
「死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし。生きて大業のみ込みあらば、いつでも生くべし」(「留魂録」)
現代語に訳すると「死んで志が伝えられるなら、死ねばよい。生きて国のために尽くせるなら、生きるべきである」
長州は、伊藤博文をはじめ、明治以来、多くの政治家を輩出して来た。吉田松陰の理念が、脈々とつながっているように思います。
吉田松陰の辞世のくと言われるのが、次の一句です。
「かくすれば かくなるものとしりながら やむにやまれぬ大和魂」
短く太く生きるのもよし、細く長く生きるのもよし、人それぞれに目標を定め、生きぬきたいものです。
*参考資料:「戦いの哲学 勝利の条件」
2010年05月27日
「道縁無窮」、孔子はどんな人だったのでしょうか?
「道縁無窮」、孔子はどんな人だったのでしょうか?
孔子先生は、どんな人だったのでしょうか。孔子自ら、論語の中で語っています。下記の一節です。
「憤を発しては食を忘れ、楽しんでは以て憂いを忘れ、老いの将に至らんとするを知らざるのみ」
意味は、「(孔子先生は、)道を求めて得られないときには、自分にたいしていきどおり起こして食事を忘れ、道を会得して楽しんでいるときは心配事も忘れ、そこまで老いが迫っているのも気づかないような人だ」
宇土論語教室の塾長が「道縁無窮」という言葉を使われます。
「道縁」とは、人の道を学ぶ師友の縁。
「無窮」とは、限りないとは、無限とかの意味です。
論語を学び、人の道を求める学問で出会う人は、とても多く、その縁は限りなく続くという意味だそうです。
良心、良識、あるいは中庸とか、人の心の到達点を表現しますが、人間、様々な要因から、私欲が沸き上がり、周りへ様々な影響を与えます。
独り、自分のことを考える時間は、とても重要ですが、考え進む方向が、正しい人の道かはなかなか判断が着かないことも多々あります。人は、悩み、考えて成長するといいます。無関心、無感動では、人の成長は無いと思います。
自分を振り返り、人の道に合っているか、常に考え、「合点」したときは、われを忘れて喜び、勇んで良いのではなかと思います。
>道を会得して楽しんでいるときは心配事も忘れ
そんな心境に、いつか辿り着きたいものです。
*参考資用:「仮名論語」
孔子先生は、どんな人だったのでしょうか。孔子自ら、論語の中で語っています。下記の一節です。
「憤を発しては食を忘れ、楽しんでは以て憂いを忘れ、老いの将に至らんとするを知らざるのみ」
意味は、「(孔子先生は、)道を求めて得られないときには、自分にたいしていきどおり起こして食事を忘れ、道を会得して楽しんでいるときは心配事も忘れ、そこまで老いが迫っているのも気づかないような人だ」
宇土論語教室の塾長が「道縁無窮」という言葉を使われます。
「道縁」とは、人の道を学ぶ師友の縁。
「無窮」とは、限りないとは、無限とかの意味です。
論語を学び、人の道を求める学問で出会う人は、とても多く、その縁は限りなく続くという意味だそうです。
良心、良識、あるいは中庸とか、人の心の到達点を表現しますが、人間、様々な要因から、私欲が沸き上がり、周りへ様々な影響を与えます。
独り、自分のことを考える時間は、とても重要ですが、考え進む方向が、正しい人の道かはなかなか判断が着かないことも多々あります。人は、悩み、考えて成長するといいます。無関心、無感動では、人の成長は無いと思います。
自分を振り返り、人の道に合っているか、常に考え、「合点」したときは、われを忘れて喜び、勇んで良いのではなかと思います。
>道を会得して楽しんでいるときは心配事も忘れ
そんな心境に、いつか辿り着きたいものです。
*参考資用:「仮名論語」
2010年05月26日
海の将軍「小西行長」は、豊臣秀吉幕府の外務大臣だった
海の将軍「小西行長」は、豊臣秀吉幕府の外務大臣だった
5月23日に、宇土の文化を考える市民の会の総会があり、今年は宇土市教育部長の髙木恭二氏が、「小西行長の見直し(顕彰)が始まる」という内容の講演を行った。
小西行長は、豊臣秀吉幕府の要職を務め、海の将軍として西日本に大きな権力を持ち、朝鮮出兵時には、加藤清正と共に先陣を切り、平城(ピョンヤン)へ入城を果たした。秀吉没後、明との外交交渉(停戦調停)の時は、日本の代表として小西行長が当たり、様々な難題を片付け、朝鮮から引き上げることになった。
23日の講演の最後に、講師にお礼を挨拶をするように、宇土市民会館長から指示があったので、講演を聞き洩らさないように真剣に聞きました。そこで分かったことがあります。
私は、故事や名言が好きで、色々な本を漁ったいる中で、小西行長の遺訓があるとことを知りました。ただ、その言葉の意味を理解できずにいました。次の言葉です。
「唐土(もろこし)日本に隠れなき行長ほどの者が、たとえ言い置く儀億万ありとも、いまは首に座に居て白状すべきや」
意味は、「日本のみならず、中国まで名の知れた私だ。言いたいことは山ほどある。だが、死ぬときは黙って死ぬものだ」です。
これは死ぬ前の言葉ですが、この「中国(明)まで名の知れた」の意味が分からなかったのですが、高木氏の講演の中で、「小西は、豊臣秀吉幕府の外務大臣だった」で、疑問がパーっと解け、なるほどと腑に落ちました。
海から堀を引き、海の将軍として東アジアと交易ができるように宇土城をかまえ、さらにキリシタン大名としても知られる小西行長は、関ヶ原の戦いで豊臣側の首謀者として首を切られますが、その名声は遠くイタリアまで届き、亡くなって7年後には、ローマで小西行長のオペラが演じられました。
徳川幕府時代は、小西行長の名声を抑えるために細川藩が、小西行長の゛悪政゛を庶民に「刷り込み」、小西行長公は悪い殿さまとして記憶させました。
昨年から始まった小西行長顕彰で新しい史実がどんどん見つかり、素晴らしい統治を宇土(熊本県南)で行っていたことが分かりました。
朝鮮出兵時にも、小西行長の担当して朝鮮の領地では、宇土と同じような統治にやり方で行い、他の武将たちに先駆けて、朝鮮の領民とうまくやっていたことも分かりました。
小西行長顕彰はこれからですが、歴史の掘り起こしは、新しい史実の発見はもちろんですが、当時の武将たちの夢のスケールの大きさにも感服させられます。秀吉の「明を領土」にの夢に加担し、明と外交交渉した小西行長の胆力の大きさ、世界観の広さにも驚きます。
これから少しづつ、小西行長顕彰が進むことは、宇土や堺の人たちに、大きな期待を持たせ、対馬、朝鮮、さらにはイタリアまで、交流の夢を広げることができるように思います。
5月23日に、宇土の文化を考える市民の会の総会があり、今年は宇土市教育部長の髙木恭二氏が、「小西行長の見直し(顕彰)が始まる」という内容の講演を行った。
小西行長は、豊臣秀吉幕府の要職を務め、海の将軍として西日本に大きな権力を持ち、朝鮮出兵時には、加藤清正と共に先陣を切り、平城(ピョンヤン)へ入城を果たした。秀吉没後、明との外交交渉(停戦調停)の時は、日本の代表として小西行長が当たり、様々な難題を片付け、朝鮮から引き上げることになった。
23日の講演の最後に、講師にお礼を挨拶をするように、宇土市民会館長から指示があったので、講演を聞き洩らさないように真剣に聞きました。そこで分かったことがあります。
私は、故事や名言が好きで、色々な本を漁ったいる中で、小西行長の遺訓があるとことを知りました。ただ、その言葉の意味を理解できずにいました。次の言葉です。
「唐土(もろこし)日本に隠れなき行長ほどの者が、たとえ言い置く儀億万ありとも、いまは首に座に居て白状すべきや」
意味は、「日本のみならず、中国まで名の知れた私だ。言いたいことは山ほどある。だが、死ぬときは黙って死ぬものだ」です。
これは死ぬ前の言葉ですが、この「中国(明)まで名の知れた」の意味が分からなかったのですが、高木氏の講演の中で、「小西は、豊臣秀吉幕府の外務大臣だった」で、疑問がパーっと解け、なるほどと腑に落ちました。
海から堀を引き、海の将軍として東アジアと交易ができるように宇土城をかまえ、さらにキリシタン大名としても知られる小西行長は、関ヶ原の戦いで豊臣側の首謀者として首を切られますが、その名声は遠くイタリアまで届き、亡くなって7年後には、ローマで小西行長のオペラが演じられました。
徳川幕府時代は、小西行長の名声を抑えるために細川藩が、小西行長の゛悪政゛を庶民に「刷り込み」、小西行長公は悪い殿さまとして記憶させました。
昨年から始まった小西行長顕彰で新しい史実がどんどん見つかり、素晴らしい統治を宇土(熊本県南)で行っていたことが分かりました。
朝鮮出兵時にも、小西行長の担当して朝鮮の領地では、宇土と同じような統治にやり方で行い、他の武将たちに先駆けて、朝鮮の領民とうまくやっていたことも分かりました。
小西行長顕彰はこれからですが、歴史の掘り起こしは、新しい史実の発見はもちろんですが、当時の武将たちの夢のスケールの大きさにも感服させられます。秀吉の「明を領土」にの夢に加担し、明と外交交渉した小西行長の胆力の大きさ、世界観の広さにも驚きます。
これから少しづつ、小西行長顕彰が進むことは、宇土や堺の人たちに、大きな期待を持たせ、対馬、朝鮮、さらにはイタリアまで、交流の夢を広げることができるように思います。
2010年05月25日
新幹線開通後の熊本県央地域を考える学習会、九州の地政学。
新幹線開通後の熊本県央地域を考える学習会、九州の地政学。
・9月から九州新幹線の試験走行実験開始
昨日午前中、宇土市民会館の大会議室がブルーの作業服姿の人たちでいっぱいになった。集まったのは、JRの技術者たちで、もうじき始まる九州新幹線の試験走行の会議でした。たまたま、宇土市民会館に用があり寄ったとき、会議が終わり、会場から出て来ているときでした。たくさんの鉄道技術者が、宇土を中心に来ているのだなと思いました。
・有志11人が集まり、新幹線開通後の地域振興を議論
また昨夜、宇土市や宇城市の中堅(30代~50代)の有志11人が集まり、新幹線開通後の地域振興の事を議論する会がありました。職業は、バラバラですが、熊本県央地域の発展を願う気持ちの有る人ばかりで、約2時間、色々な意見を出し合い、どんどん話が広がりました。
・環境活動家が呼びかけ人
この会を呼びかけたのは、宇土市に住む環境活動家の上村剛さんと私、もう一人が耕作放棄地に植林をすすめているボランティの代表の3名で、知人友人をたよりに集まってもらいました。
まず新幹線のことに詳しい方から、新幹線が来て地域はどのように発展して行くかを紹介してもらいました。
議論の中で気づいたのは、宇城地域は、天草~延岡の九州を横断する横軸と、国道3号線が九州の縦断するように縦軸が重なる最も重要な位置に在ることです。
・県央地域の新駅の必要性は?
松橋ICから、九州各地がほぼ約2時間で行ける交通の要所であり、さまざまな物流のが交差する位置になることを改めて確認で来ました。もし、松橋IC近くに、新幹線駅が出来るのであれば、その利用価値はとても大きいと思います。JRの試算では、平均利用数は、八代駅より多く、県内では熊本市の次に多い利用者とありました。
・地政学の視点で、九州中央地域を検証
最近興味有る言葉に「地政学」があります。地域を政治的な視点で見る学問ですが、これに何故興味を持ったかといいますと、平成19・20年度に熊本県上益城郡山都町馬見原地区の商店街の景観整備事業に関わったことがきっかけでした。
この時、馬見原の郷土史家の方から、むろまち時代から現代までの馬見原の栄枯盛衰を聞かされました。馬見原地区は、阿蘇-馬見原-椎葉-人吉の縦軸、御船-矢部-馬見原-高千穂-延岡の横軸が交差する物流と人材交流の要所でした。大正初期には、150戸程度の商店街に、造り酒屋16軒、独自の銀行、独自の発電所まで持つとても反映した商店街でした。
これは、古来から大正以前までは、関西から瀬戸内の海路を通り、延岡から陸路になり、熊本へ人・モノが運ばれました。しかし、鉄道が開通し、国道3号線が全線開通、トラック輸送が中心なると、馬見原を通過する物流の流れはだんだん少なくなって行きました。これは、宮崎-熊本の物流のことです。
現代の九州の地政学を考えると、宇城地域を通過する人とモノの数は、日々増加しています。そこへ、縦軸に新しく新幹線が通り、交通体系が大きく変化します。
・鹿児島県阿久根駅前商店街の衰退
経済の振興に、交通は切り離せない要素と思います。仕組みが変われば、地域に大きな変化が起こります。
今、政治的混乱でニュース報道の多い「阿久根市」は、新幹線のルートからはずれました。新幹線開通後、2年も経たないうちに、駅前商店街がシャッター通り化がどんどん進んだそうです。人の流れが大きく変わり、過疎化が進んでいると言います。
・県境を越えた人材交流の必要性
自分の足下ばかりに目を向けるのでなく、熊本県、九州中央へ視点を拡げ、更に南九州の発展の展望を考えるには、地域を越えた人材の交流が今後必要と思います。昨日は、宇城地域の人たちでしたが、今後は、天草-宇城-上益城-延岡の横軸の地域おこし団体との交流を進める必要があると思います。
初めて開催された新幹線開通後の熊本県央地区の地域振興の学習会は、示唆に富み、有意義な集まりになりました。会議に集まった人たちからは、「郷土が大好き、熊本・九州に思いを持つ方に集まってもらいたいですね」と意見が出ていました。
<ミクシィ・コミュ>
・地域政策会議「うき」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4976600
熊本県央地域の「宇土市・宇城市・下益城・上益城」地域を拠点にする「熊本を元気にしたい」地域リーダーの有志たちが集い、議論し、連携して、政策(まちづくり)の議論するネット上の会議です。
・9月から九州新幹線の試験走行実験開始
昨日午前中、宇土市民会館の大会議室がブルーの作業服姿の人たちでいっぱいになった。集まったのは、JRの技術者たちで、もうじき始まる九州新幹線の試験走行の会議でした。たまたま、宇土市民会館に用があり寄ったとき、会議が終わり、会場から出て来ているときでした。たくさんの鉄道技術者が、宇土を中心に来ているのだなと思いました。
・有志11人が集まり、新幹線開通後の地域振興を議論
また昨夜、宇土市や宇城市の中堅(30代~50代)の有志11人が集まり、新幹線開通後の地域振興の事を議論する会がありました。職業は、バラバラですが、熊本県央地域の発展を願う気持ちの有る人ばかりで、約2時間、色々な意見を出し合い、どんどん話が広がりました。
・環境活動家が呼びかけ人
この会を呼びかけたのは、宇土市に住む環境活動家の上村剛さんと私、もう一人が耕作放棄地に植林をすすめているボランティの代表の3名で、知人友人をたよりに集まってもらいました。
まず新幹線のことに詳しい方から、新幹線が来て地域はどのように発展して行くかを紹介してもらいました。
議論の中で気づいたのは、宇城地域は、天草~延岡の九州を横断する横軸と、国道3号線が九州の縦断するように縦軸が重なる最も重要な位置に在ることです。
・県央地域の新駅の必要性は?
松橋ICから、九州各地がほぼ約2時間で行ける交通の要所であり、さまざまな物流のが交差する位置になることを改めて確認で来ました。もし、松橋IC近くに、新幹線駅が出来るのであれば、その利用価値はとても大きいと思います。JRの試算では、平均利用数は、八代駅より多く、県内では熊本市の次に多い利用者とありました。
・地政学の視点で、九州中央地域を検証
最近興味有る言葉に「地政学」があります。地域を政治的な視点で見る学問ですが、これに何故興味を持ったかといいますと、平成19・20年度に熊本県上益城郡山都町馬見原地区の商店街の景観整備事業に関わったことがきっかけでした。
この時、馬見原の郷土史家の方から、むろまち時代から現代までの馬見原の栄枯盛衰を聞かされました。馬見原地区は、阿蘇-馬見原-椎葉-人吉の縦軸、御船-矢部-馬見原-高千穂-延岡の横軸が交差する物流と人材交流の要所でした。大正初期には、150戸程度の商店街に、造り酒屋16軒、独自の銀行、独自の発電所まで持つとても反映した商店街でした。
これは、古来から大正以前までは、関西から瀬戸内の海路を通り、延岡から陸路になり、熊本へ人・モノが運ばれました。しかし、鉄道が開通し、国道3号線が全線開通、トラック輸送が中心なると、馬見原を通過する物流の流れはだんだん少なくなって行きました。これは、宮崎-熊本の物流のことです。
現代の九州の地政学を考えると、宇城地域を通過する人とモノの数は、日々増加しています。そこへ、縦軸に新しく新幹線が通り、交通体系が大きく変化します。
・鹿児島県阿久根駅前商店街の衰退
経済の振興に、交通は切り離せない要素と思います。仕組みが変われば、地域に大きな変化が起こります。
今、政治的混乱でニュース報道の多い「阿久根市」は、新幹線のルートからはずれました。新幹線開通後、2年も経たないうちに、駅前商店街がシャッター通り化がどんどん進んだそうです。人の流れが大きく変わり、過疎化が進んでいると言います。
・県境を越えた人材交流の必要性
自分の足下ばかりに目を向けるのでなく、熊本県、九州中央へ視点を拡げ、更に南九州の発展の展望を考えるには、地域を越えた人材の交流が今後必要と思います。昨日は、宇城地域の人たちでしたが、今後は、天草-宇城-上益城-延岡の横軸の地域おこし団体との交流を進める必要があると思います。
初めて開催された新幹線開通後の熊本県央地区の地域振興の学習会は、示唆に富み、有意義な集まりになりました。会議に集まった人たちからは、「郷土が大好き、熊本・九州に思いを持つ方に集まってもらいたいですね」と意見が出ていました。
<ミクシィ・コミュ>
・地域政策会議「うき」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4976600
熊本県央地域の「宇土市・宇城市・下益城・上益城」地域を拠点にする「熊本を元気にしたい」地域リーダーの有志たちが集い、議論し、連携して、政策(まちづくり)の議論するネット上の会議です。
2010年05月23日
(30代は蓄積期)10代神童、20代天才、30代ただの人
(30代は蓄積期)10代神童、20代天才、30代ただの人
成功者のエピソードでは、20代前半時代は、失敗、成功と有為転変の話題が豊富だが、20代後半から30代にかけては、あまり目立たない時期があるという。
また、事業創業者の創業時期をみると、20代5割、30代4割、40代1割と、後半になるとほとんど居ないのが現実です。
・人生の転機は、3度ある
また人生の転機は、3度あるという識者もいます。
第一は、学生から職業人になる就職期
第二は、就職して三年ぐらい経つと、自分の特性と職場の状況が理解でき悩む時期
第三は、三十代前半から半ばになると、自分のしたい仕事と経営陣の考えの違い、中間管理職前の多忙と、過程変化の時期
また、人生の区切り(節)が、20年に一度あるという人も居るし、人生の目標は10年ごとに見直すと説く人もいます。それぞれの人生観で、振り返る内容が異なるからだと思います。
私は、5年ごとに何か試みをしてきました。また10年ごとに、大きな事業の息吹が起こっています。今年は、独立して20年になるのですが、どんな変化を起こすかまだまだ兆しはないですが、出会う方々に少し変化が起きているように感じます。
・仕事をしていない人にチャンスはない
ただ、しっかり仕事をしていない人にチャンスはないとよく言います。
「タイミングとは熟したリンゴが落ちるとき、チャンスとはそのとき樹の下に居合わせること」
ただ棚からぼた餅を待っている怠惰な生活をしている人には、女神は微笑まないという先人の教えと思います。
・30代は、人生勉強と子育て始まり
30代は、人生勉強の時期と、子育て期の始まりが同居する時期ですが、たゆまず前向きに勉強を欠かさない事が、人生の後半期に生きてきます。人生3回り目(25~36才)が一番大事、その時期に何をしかたで後半生が決ると言った指導者もいます。
慣れと多忙と、30代は単調な生活になりますが、その時期だからこそ、人に出会い、気付き、視野を広げることが必要と思います。
>10代神童、20代天才、30代ただの人
30代は、多様な経験の蓄積時期で、近々訪れるチャンスを見つけるために自分を鍛える時期と思います。くさらず、さわがず、自分を鍛えている時期と思います。
*参考資料:田辺昇一著「心に革命を起こせ」
成功者のエピソードでは、20代前半時代は、失敗、成功と有為転変の話題が豊富だが、20代後半から30代にかけては、あまり目立たない時期があるという。
また、事業創業者の創業時期をみると、20代5割、30代4割、40代1割と、後半になるとほとんど居ないのが現実です。
・人生の転機は、3度ある
また人生の転機は、3度あるという識者もいます。
第一は、学生から職業人になる就職期
第二は、就職して三年ぐらい経つと、自分の特性と職場の状況が理解でき悩む時期
第三は、三十代前半から半ばになると、自分のしたい仕事と経営陣の考えの違い、中間管理職前の多忙と、過程変化の時期
また、人生の区切り(節)が、20年に一度あるという人も居るし、人生の目標は10年ごとに見直すと説く人もいます。それぞれの人生観で、振り返る内容が異なるからだと思います。
私は、5年ごとに何か試みをしてきました。また10年ごとに、大きな事業の息吹が起こっています。今年は、独立して20年になるのですが、どんな変化を起こすかまだまだ兆しはないですが、出会う方々に少し変化が起きているように感じます。
・仕事をしていない人にチャンスはない
ただ、しっかり仕事をしていない人にチャンスはないとよく言います。
「タイミングとは熟したリンゴが落ちるとき、チャンスとはそのとき樹の下に居合わせること」
ただ棚からぼた餅を待っている怠惰な生活をしている人には、女神は微笑まないという先人の教えと思います。
・30代は、人生勉強と子育て始まり
30代は、人生勉強の時期と、子育て期の始まりが同居する時期ですが、たゆまず前向きに勉強を欠かさない事が、人生の後半期に生きてきます。人生3回り目(25~36才)が一番大事、その時期に何をしかたで後半生が決ると言った指導者もいます。
慣れと多忙と、30代は単調な生活になりますが、その時期だからこそ、人に出会い、気付き、視野を広げることが必要と思います。
>10代神童、20代天才、30代ただの人
30代は、多様な経験の蓄積時期で、近々訪れるチャンスを見つけるために自分を鍛える時期と思います。くさらず、さわがず、自分を鍛えている時期と思います。
*参考資料:田辺昇一著「心に革命を起こせ」
2010年05月23日
夏の到来「ホタル」が我が家の周りで飛び始めました

夏の到来「ホタル」が我が家の周りで飛び始めました
我が家は、熊本市の南部に位置する宇土市の西地区の宇土半島の中腹にあります。5月後半から3週間ほど、家の周りをホタルが飛ぶ自然環境(田舎)にあり、数日前からちらほら見かけていたのですが、今日の雨がきっかけで、家の周辺が川ということもあり、30匹ほどが、小雨の中を飛び回っています。たぶん明日の雨が上がると、夜は相当のホタルの乱舞が見えると思います。

*我が家の周りで飛ぶホタルは「ゲンジボタル」です。
昭和終り頃から、農薬の使用が減り、少なくなっていた家の周りのホタルが復活し、徐々に増え続けています。日本各地にホタルの名所はあると思いますが、我が家は山から流れ来た小川が合流する位置に在り、また家が一軒(高齢化で隣の家が無人)みないもので、ホタルが飛ぶ時期は、街灯を消して、川に面するベランダに出て、ほのかに光る蛍の明りを眺めたりします。
子供たちは小さい時は、じーちゃんとホタル取りをして、ホタル籠にいっぱいホタルを入れて、楽しんでいましたが、子どもたちも成長し取るものもいなくなりました。でも時期が来て、ホタルの飛ぶ気候になると、ちゃんと毎年家の周りを飛んでくれます。これは、何年も、何十年も、いや何千年も飛んでいるのだと思います。
人間は、山を拓き、田畑を作り、どんどん自然を壊して来ました。
最近、我が家のタケノコの竹林に、イノシシが出るようになりました。これは、狩猟する人が放した数匹のイノシシが増え続け、山の食料が無く、タケノコや山間の農産品を食べ被害が出るようになりました。みんな人間の仕業が、自分たちに禍として降りかかって来ます。
明治の公害「足尾鉱毒事件」を、国会で糾弾し続けた田中正造は、「山を荒らし続けた文明は、続かない」と言葉を残しています。
植林した杉や桧の管理がなおざりになり、ますます荒れる里山が現実です。地方に残る若者が無い。その最大の原因は、「職が無い」からです。民主党政権もマニフェストに、コンクリートから人へ、命を守る、組織から当事者への政治に謡われています。
地方の景観は、観光資源の最大の呼び物と思います。この里山、農地、川の在る風景こそ、日本の原風景と思います。地方を活性化し、自然を保全できる経済の仕組みづくりが必要な時期にあると思います。
今日は、ホタルから地方の活性化の話を発展しましたが、実際「ホタルの乱舞」を見れない都市の人々が、時間をつくり、自然と触れることこそ、環境保全の第一歩につながると思います。
都市と田舎(地方)の交流から、次に世代の日本の在り方が生まれて来るように思います。
*ホタル観賞スポット情報
http://www.rurubu.com/season/summer/hotaru/
2010年05月22日
大人の寺子屋 「住吉地域学教室」第16回
大人の寺子屋 「住吉地域学教室」第16回
旧「大宅の牧場」現場ウッチングと「馬頭観音」周りの清掃作業
住吉地域学教室 代表世話人 高川実玄
ご 案 内
住吉中校区の歴史を学ぶ「住吉地域学教室」を実施しています。これまで15回のの学習会・現場ウォッチングを開催して来ました。地域の色々な歴史を学び、先人たちの苦労や功績を学び、後世に伝えてことが大事と活動を続けています。
今回は、4年前に見つけた宇土半島が牧場だったころ(約200年前)に建立された、馬門石でできた「馬頭観音」周りの草刈りと掃除をします。もし前回の「馬頭観音探し」の現場ウォッチングに参加できなかった方は、ぜひご参加いただけばと思います。
宇土半島山間部に、幕末まで約800年近く軍用馬の放牧場(大宅の牧)がありました。当時の空掘跡も一部まだ残り、藩制時代の牧場の様子も見ることもできます。草木が繁る中の在りますので、服装は長そで、長ズボンでの参加をお願いします。
清掃後には、馬頭観音に水と線香を手向け、お参りもしたいと思っています。幕末まで在った牧場を地域に知ってもらいうことで、網津地区の歴史に関心を持って頂けるように、不定期ですが今後も「住吉地域学教室」の活動を続けて行きます。
大人の寺子屋「住吉地域学教室」は、世話人も参加者と一緒に学習しながら進めて行く会です。たくさんのご参加をお待ちしています。よろしくお願い致します。
記
2010年 6月6日(日)16:00~18:00
学 習 会 旧「大宅の牧」現場ウッチングと「馬頭観音」周りの清掃作業
場 所 大宅の牧場(宇土市住吉町小部田地区の山間部)
集合場所 15:45まで、網津小学校校門前に集合して車で移動
参 加 費 無 料 (*当日参加も可能です)
準備用品 草刈り鎌、軍手、携帯用蚊取り線香、水筒、他
服 装 長そでシャツ・長ズボン・長靴
主 催 大人の寺子屋「住吉地域学教室」
代表世話人 高川実玄
顧 問 坂田 巌 谷口久米蔵
世話人 小田文弘 中山泰男 本田 修 山本太郎
事務局 野口修一
後 援 宇土市教育委員会、網津振興会、網津小PTA、縁川小PTA、住吉中PTA
お申し込み・問い合わせ先
事務局 〒869-0465熊本県宇土市網引町1374 野口宅内(野口携帯090-3666-7682)
Tel 0964-24-3570 Fax 0964-24-3570 Email:aande@lime.ocn.ne.jp
*申し込みは、前日までに事務局か、浄蓮寺までご連絡下さい。
(宇土市住吉中学校区内の歴史の調査と年配者からの聞き取りを続けています。)
旧「大宅の牧場」現場ウッチングと「馬頭観音」周りの清掃作業
住吉地域学教室 代表世話人 高川実玄
ご 案 内
住吉中校区の歴史を学ぶ「住吉地域学教室」を実施しています。これまで15回のの学習会・現場ウォッチングを開催して来ました。地域の色々な歴史を学び、先人たちの苦労や功績を学び、後世に伝えてことが大事と活動を続けています。
今回は、4年前に見つけた宇土半島が牧場だったころ(約200年前)に建立された、馬門石でできた「馬頭観音」周りの草刈りと掃除をします。もし前回の「馬頭観音探し」の現場ウォッチングに参加できなかった方は、ぜひご参加いただけばと思います。
宇土半島山間部に、幕末まで約800年近く軍用馬の放牧場(大宅の牧)がありました。当時の空掘跡も一部まだ残り、藩制時代の牧場の様子も見ることもできます。草木が繁る中の在りますので、服装は長そで、長ズボンでの参加をお願いします。
清掃後には、馬頭観音に水と線香を手向け、お参りもしたいと思っています。幕末まで在った牧場を地域に知ってもらいうことで、網津地区の歴史に関心を持って頂けるように、不定期ですが今後も「住吉地域学教室」の活動を続けて行きます。
大人の寺子屋「住吉地域学教室」は、世話人も参加者と一緒に学習しながら進めて行く会です。たくさんのご参加をお待ちしています。よろしくお願い致します。
記
2010年 6月6日(日)16:00~18:00
学 習 会 旧「大宅の牧」現場ウッチングと「馬頭観音」周りの清掃作業
場 所 大宅の牧場(宇土市住吉町小部田地区の山間部)
集合場所 15:45まで、網津小学校校門前に集合して車で移動
参 加 費 無 料 (*当日参加も可能です)
準備用品 草刈り鎌、軍手、携帯用蚊取り線香、水筒、他
服 装 長そでシャツ・長ズボン・長靴
主 催 大人の寺子屋「住吉地域学教室」
代表世話人 高川実玄
顧 問 坂田 巌 谷口久米蔵
世話人 小田文弘 中山泰男 本田 修 山本太郎
事務局 野口修一
後 援 宇土市教育委員会、網津振興会、網津小PTA、縁川小PTA、住吉中PTA
お申し込み・問い合わせ先
事務局 〒869-0465熊本県宇土市網引町1374 野口宅内(野口携帯090-3666-7682)
Tel 0964-24-3570 Fax 0964-24-3570 Email:aande@lime.ocn.ne.jp
*申し込みは、前日までに事務局か、浄蓮寺までご連絡下さい。
(宇土市住吉中学校区内の歴史の調査と年配者からの聞き取りを続けています。)
2010年05月20日
「腹が立ったら四つ数えよ」、裏切られたときの考え方
「腹が立ったら四つ数えよ」、裏切られたときの考え方
信用していた人に裏切られたら、怒り心頭に達する人もいる。
多くの人と付き合えば、多くの思い、多くの個性、多くの望み(私欲)と出会います。
トラブルの多くは、裏切りから始まるものです。
人間関係から発する犯罪や事件の多くが、リベンジ(復讐)がらみであることから、人間がいかに裏切りにムカつくかを表している。
刑務所には、「カッとして何かをやった人」がたくさん収監されています。
裏切られた時は、「それほどつらかったのか」と理解するゆとりが大事と思う。
作家のマーク・トウェインは、怒りの感情を制御するのにつぎの方法を語っている。
「腹が立ったら四つ数えよ」
確かに怒りは、瞬時におこり、いきなり沸騰する。その感情のままに、言葉を発すると自分でも思いがけない言葉が出て来るもの。「四つ数える」ゆとりがあれば、人間以外に出来事を冷静に分析することができる。
「待てよ?」、「大変だったのだろう」、「いずれ分かることか」、・・・
一時の感情で物事を決すると、後での始末が大変になることも多々あるものです。
裏切られそうなことは、うすうす分かるものです。冷静さを保つ時間「腹が立ったら四つ数えよ」を持つのも方法の一つと思います。
裏切られたら「いい勉強になった」と喜ぶようにすると、人間が鍛えられるものです。
裏切った方も、決して楽しくはないのだろう・・・・
裏切られたら、「自分が裏切らなくて良かった」と思うと、違った視点で出来事を見れる。
カッ!となった時は、無言を決め込む。
カッ!となった時は、四つ数える。
世には色々な人がいます。全部と付き合い続けることはできない。
人生、多難な経験した人ほど、人間が練れてくる。
*参考資料:川北義則著「いまはダメでも、きっとうまくいく」
信用していた人に裏切られたら、怒り心頭に達する人もいる。
多くの人と付き合えば、多くの思い、多くの個性、多くの望み(私欲)と出会います。
トラブルの多くは、裏切りから始まるものです。
人間関係から発する犯罪や事件の多くが、リベンジ(復讐)がらみであることから、人間がいかに裏切りにムカつくかを表している。
刑務所には、「カッとして何かをやった人」がたくさん収監されています。
裏切られた時は、「それほどつらかったのか」と理解するゆとりが大事と思う。
作家のマーク・トウェインは、怒りの感情を制御するのにつぎの方法を語っている。
「腹が立ったら四つ数えよ」
確かに怒りは、瞬時におこり、いきなり沸騰する。その感情のままに、言葉を発すると自分でも思いがけない言葉が出て来るもの。「四つ数える」ゆとりがあれば、人間以外に出来事を冷静に分析することができる。
「待てよ?」、「大変だったのだろう」、「いずれ分かることか」、・・・
一時の感情で物事を決すると、後での始末が大変になることも多々あるものです。
裏切られそうなことは、うすうす分かるものです。冷静さを保つ時間「腹が立ったら四つ数えよ」を持つのも方法の一つと思います。
裏切られたら「いい勉強になった」と喜ぶようにすると、人間が鍛えられるものです。
裏切った方も、決して楽しくはないのだろう・・・・
裏切られたら、「自分が裏切らなくて良かった」と思うと、違った視点で出来事を見れる。
カッ!となった時は、無言を決め込む。
カッ!となった時は、四つ数える。
世には色々な人がいます。全部と付き合い続けることはできない。
人生、多難な経験した人ほど、人間が練れてくる。
*参考資料:川北義則著「いまはダメでも、きっとうまくいく」
2010年05月19日
(住吉地域学教室)「大宅の牧場と馬頭観音」現場ウッチング
大人の寺子屋 「住吉地域学教室」第16回
旧「大宅の牧場」現場ウッチングと「馬頭観音」周りの清掃作業
住吉地域学教室 代表世話人 高川実玄
ご 案 内
住吉中校区の歴史を学ぶ「住吉地域学教室」を実施しています。これまで15回のの学習会・現場ウォッチングを開催して来ました。地域の色々な歴史を学び、先人たちの苦労や功績を学び、後世に伝えてことが大事と活動を続けています。
今回は、4年前に見つけた宇土半島が牧場だったころ(約200年前)に建立された、馬門石でできた「馬頭観音」周りの草刈りと掃除をします。もし前回の「馬頭観音探し」の現場ウォッチングに参加できなかった方は、ぜひご参加いただけばと思います。
宇土半島山間部に、幕末まで約800年近く軍用馬の放牧場(大宅の牧)がありました。当時の空掘跡も一部まだ残り、藩制時代の牧場の様子も見ることもできます。草木が繁る中の在りますので、服装は長そで、長ズボンでの参加をお願いします。
清掃後には、馬頭観音に水と線香を手向け、お参りもしたいと思っています。幕末まで在った牧場を地域に知ってもらいうことで、網津地区の歴史に関心を持って頂けるように、不定期ですが今後も「住吉地域学教室」の活動を続けて行きます。
大人の寺子屋「住吉地域学教室」は、世話人も参加者と一緒に学習しながら進めて行く会です。たくさんのご参加をお待ちしています。よろしくお願い致します。
記
2010年 6月6日(日)16:00~18:00
学 習 会 旧「大宅の牧」現場ウッチングと「馬頭観音」周りの清掃作業
場 所 大宅の牧場(宇土市住吉町小部田地区の山間部)
集合場所 15:45まで、網津小学校校門前に集合して車で移動
参 加 費 無 料 (*当日参加も可能です)
準備用品 草刈り鎌、軍手、携帯用蚊取り線香、水筒、他
服 装 長そでシャツ・長ズボン・長靴
主 催 大人の寺子屋「住吉地域学教室」
代表世話人 高川実玄
顧 問 坂田 巌 谷口久米蔵
世話人 小田文弘 中山泰男 本田 修 山本太郎
事務局 野口修一
後 援 宇土市教育委員会、網津振興会、網津小PTA、縁川小PTA、住吉中PTA
お申し込み・問い合わせ先
事務局 〒869-0465熊本県宇土市網引町1374 野口宅内(野口携帯090-3666-7682)
Tel 0964-24-3570 Fax 0964-24-3570 Email:aande@lime.ocn.ne.jp
*申し込みは、前日までに事務局か、浄蓮寺までご連絡下さい。
(宇土市住吉中学校区内の歴史の調査と年配者からの聞き取りを続けています。)
旧「大宅の牧場」現場ウッチングと「馬頭観音」周りの清掃作業
住吉地域学教室 代表世話人 高川実玄
ご 案 内
住吉中校区の歴史を学ぶ「住吉地域学教室」を実施しています。これまで15回のの学習会・現場ウォッチングを開催して来ました。地域の色々な歴史を学び、先人たちの苦労や功績を学び、後世に伝えてことが大事と活動を続けています。
今回は、4年前に見つけた宇土半島が牧場だったころ(約200年前)に建立された、馬門石でできた「馬頭観音」周りの草刈りと掃除をします。もし前回の「馬頭観音探し」の現場ウォッチングに参加できなかった方は、ぜひご参加いただけばと思います。
宇土半島山間部に、幕末まで約800年近く軍用馬の放牧場(大宅の牧)がありました。当時の空掘跡も一部まだ残り、藩制時代の牧場の様子も見ることもできます。草木が繁る中の在りますので、服装は長そで、長ズボンでの参加をお願いします。
清掃後には、馬頭観音に水と線香を手向け、お参りもしたいと思っています。幕末まで在った牧場を地域に知ってもらいうことで、網津地区の歴史に関心を持って頂けるように、不定期ですが今後も「住吉地域学教室」の活動を続けて行きます。
大人の寺子屋「住吉地域学教室」は、世話人も参加者と一緒に学習しながら進めて行く会です。たくさんのご参加をお待ちしています。よろしくお願い致します。
記
2010年 6月6日(日)16:00~18:00
学 習 会 旧「大宅の牧」現場ウッチングと「馬頭観音」周りの清掃作業
場 所 大宅の牧場(宇土市住吉町小部田地区の山間部)
集合場所 15:45まで、網津小学校校門前に集合して車で移動
参 加 費 無 料 (*当日参加も可能です)
準備用品 草刈り鎌、軍手、携帯用蚊取り線香、水筒、他
服 装 長そでシャツ・長ズボン・長靴
主 催 大人の寺子屋「住吉地域学教室」
代表世話人 高川実玄
顧 問 坂田 巌 谷口久米蔵
世話人 小田文弘 中山泰男 本田 修 山本太郎
事務局 野口修一
後 援 宇土市教育委員会、網津振興会、網津小PTA、縁川小PTA、住吉中PTA
お申し込み・問い合わせ先
事務局 〒869-0465熊本県宇土市網引町1374 野口宅内(野口携帯090-3666-7682)
Tel 0964-24-3570 Fax 0964-24-3570 Email:aande@lime.ocn.ne.jp
*申し込みは、前日までに事務局か、浄蓮寺までご連絡下さい。
(宇土市住吉中学校区内の歴史の調査と年配者からの聞き取りを続けています。)
2010年05月19日
異業種交流「夏の会」、坂本龍馬と熊本。宇土のまちづくり提言
異業種交流「夏の会」、坂本龍馬と熊本。宇土のまちづくり提言、他
久々に6月26日夕方から、異業種交流会「夏の会」を開催します。1997年に始めた「なかまづくり」の集まりは、紆余曲折しながら続き、今回41回目になりました。
今回は、熊本の偉人で、幕末の思想家横井小楠の研究者が、坂本龍馬について語ります。
・5月16日の「龍馬伝」
横井小楠と坂本龍馬の関係は、5月16日の「龍馬伝」で初顔合わせがありましたが、実は勝海舟と横井小楠の縁の中で、縁が深まって行きます。龍馬は、海軍伝習所の維持のため勝の使いで、福井藩へ金を融通つけてもらいに出かけ、小楠と国際情勢について長い時間語っています。その後、4度面談(3度が熊本で)しています。
・横井小楠研究家の徳永洋氏との出会い
その横井小楠を学生時代に知り、仕事のかたわら、横井小楠の関わる遺品、資料を30年近く集め続けた方が、横井小楠研究家の徳永洋氏です。徳永氏とは、坂本龍馬ファンの九州の集まり「九州龍馬社中」で会ったのが最初ですが、その時には、西郷隆盛の顕彰会の代表との会えて、幕末を愛する人がたくさん居ることを知りました。
・友人と二人で始めたなかまづくり
さて、異業種交流会は、友人と二人で始めたなかまづくりですが、同業集の研修会を開催するようになって13年、異業種交流会を開催するようになって12年になりました。出合った方々は、1,300名を越え、色々な多様な人的ネットワークが広がっています。
・横井小楠記念館の坂本龍馬の絵は、徳永氏の私蔵品
そのネットワークの一人が、徳永洋氏です。徳永氏は、日銀勤務で色々なところへ転勤しながらも、小楠や幕末にゆかりのある地域に出かけては、遺品や書簡を探し歩きました。横井小楠記念館「四時軒」に展示して有る坂本龍馬の絵(全身像の掛け軸)は、徳永氏の私蔵品で、幕末の貴重な資料となっています。
そんな深い龍馬、海舟、小楠の交友関係から、熊本との縁は深く、明治になっててもその親族が交流した事実もあり、遺品や資料から、当時の龍馬の思いや、行動について徳永氏に語っていただきます。
・出合った方々と連携し、色々な事業や提案
私は、この異業種交流で出合った方々と連携し、仕事やまちづくりで色々な事業や提案をして来ました。地元でやった「車椅子探検隊」は、市街地のバリアフリー状況を調べ提言にまとめ、マスコミを読んで発表会しました。
それがきっかけになり、市が年間2億円の予算を付け、公共施設のバリアフリー化、市街地の道路の段差解消をやりました。また、子育てシンポジムでの議論から、医療費無料が3才から10才まで拡大しました。
・アメリカへ建材購入、北京の国際シンポジウム
仕事では、異業種仲間の紹介で、家一軒分の建材を購入にアメリカのロスアンジェルスに出かけ、1年後その建材を使い、阿蘇にアメリカン調の大きな家を建てました。
また、東京の先輩から誘われて、北京で開催された環境共生社会を目指す企業家が集まる国際シンポジウムの報告者として参加しました。
・築400年の寺の改修、街並修景事業で景観賞
また、建築の分野では、400年前に寺の本堂を改修したり、介護医療施設も手がけてきました。本当に、小さな住宅から特殊なビルや医療施設もやりました。
5月9日に「熊本県景観賞」受賞の記念式典があったのですが、それは熊本県上益城郡山都町の馬見原地区商店街の街並修景事業で「白壁のまちづくり」を手がけました。その26軒の改修も含めた事業が、景観大賞の評価を得ることができました。
そのきっかけは、私の異業種交流会の初期に出合った建築士の先輩からの強引な協力要請の電話が始まりでした。
・出会いと、その後の人生
人は出会いで人生が決ると思っています。
その出会いを偶然と思うか、必然と思うかで、その後の人生が変わるように思います。人は、何かの導きの中で生きていると思います。私は、33歳の時に、横井小楠検証活動を本格化させた高宗昭敏先生と出会います。その縁の広がりの中で、徳永洋氏と出会うのですが、やはりこれは必然の出会いと思い、今回初めて徳永氏に講演をお願しました。
快く返事と頂き、講演のテーマが「坂本龍馬の愛した熊本」です。龍馬と熊本、龍馬の周りの方々との熊本、そして現代の熊本の人と坂本龍馬の関係も含め、まだ知らない龍馬の人物像が浮かび上がることと思います。
・交流会に参加する九州の多彩な仲間
英雄「龍馬」は、どんな人物だったから、新たな発見・気付きも含め、私もとても楽しみな異業種交流会「夏の会」になると思っています。日程は、末尾に添付しています。興味有る方は、ぜひご参加ください。インターネットが縁で、私の異業種交流会に参加した方々は、熊本を中心に、九州一円から参加してもらっています。
今回は、会場が40名程度の広さなので、早めに申し込みをお願します。みなさんとの再会をとても楽しみに、リピーター含めお待ちしています。
<6月26日異業種交流会「夏の会」>
熊本交通センターホテル 開会19:00
http://noguchi.otemo-yan.net/e310586.html
講演テーマが「坂本龍馬が愛した熊本」です。不知火龍馬会のメンバーが、何人か集まります。九州に方が参加しやすいように、高速バスの発着場があるホテルで開催します。こちらにもぜひ、ご参加頂ければ幸いです。講演後、講師を囲んで交流会もあります。
・心養塾(こころを育てる)
http://shinyojuku.exblog.jp/
・(携帯論語)「心を育てることば」
http://keitairongo.otemo-yan.net/
久々に6月26日夕方から、異業種交流会「夏の会」を開催します。1997年に始めた「なかまづくり」の集まりは、紆余曲折しながら続き、今回41回目になりました。
今回は、熊本の偉人で、幕末の思想家横井小楠の研究者が、坂本龍馬について語ります。
・5月16日の「龍馬伝」
横井小楠と坂本龍馬の関係は、5月16日の「龍馬伝」で初顔合わせがありましたが、実は勝海舟と横井小楠の縁の中で、縁が深まって行きます。龍馬は、海軍伝習所の維持のため勝の使いで、福井藩へ金を融通つけてもらいに出かけ、小楠と国際情勢について長い時間語っています。その後、4度面談(3度が熊本で)しています。
・横井小楠研究家の徳永洋氏との出会い
その横井小楠を学生時代に知り、仕事のかたわら、横井小楠の関わる遺品、資料を30年近く集め続けた方が、横井小楠研究家の徳永洋氏です。徳永氏とは、坂本龍馬ファンの九州の集まり「九州龍馬社中」で会ったのが最初ですが、その時には、西郷隆盛の顕彰会の代表との会えて、幕末を愛する人がたくさん居ることを知りました。
・友人と二人で始めたなかまづくり
さて、異業種交流会は、友人と二人で始めたなかまづくりですが、同業集の研修会を開催するようになって13年、異業種交流会を開催するようになって12年になりました。出合った方々は、1,300名を越え、色々な多様な人的ネットワークが広がっています。
・横井小楠記念館の坂本龍馬の絵は、徳永氏の私蔵品
そのネットワークの一人が、徳永洋氏です。徳永氏は、日銀勤務で色々なところへ転勤しながらも、小楠や幕末にゆかりのある地域に出かけては、遺品や書簡を探し歩きました。横井小楠記念館「四時軒」に展示して有る坂本龍馬の絵(全身像の掛け軸)は、徳永氏の私蔵品で、幕末の貴重な資料となっています。
そんな深い龍馬、海舟、小楠の交友関係から、熊本との縁は深く、明治になっててもその親族が交流した事実もあり、遺品や資料から、当時の龍馬の思いや、行動について徳永氏に語っていただきます。
・出合った方々と連携し、色々な事業や提案
私は、この異業種交流で出合った方々と連携し、仕事やまちづくりで色々な事業や提案をして来ました。地元でやった「車椅子探検隊」は、市街地のバリアフリー状況を調べ提言にまとめ、マスコミを読んで発表会しました。
それがきっかけになり、市が年間2億円の予算を付け、公共施設のバリアフリー化、市街地の道路の段差解消をやりました。また、子育てシンポジムでの議論から、医療費無料が3才から10才まで拡大しました。
・アメリカへ建材購入、北京の国際シンポジウム
仕事では、異業種仲間の紹介で、家一軒分の建材を購入にアメリカのロスアンジェルスに出かけ、1年後その建材を使い、阿蘇にアメリカン調の大きな家を建てました。
また、東京の先輩から誘われて、北京で開催された環境共生社会を目指す企業家が集まる国際シンポジウムの報告者として参加しました。
・築400年の寺の改修、街並修景事業で景観賞
また、建築の分野では、400年前に寺の本堂を改修したり、介護医療施設も手がけてきました。本当に、小さな住宅から特殊なビルや医療施設もやりました。
5月9日に「熊本県景観賞」受賞の記念式典があったのですが、それは熊本県上益城郡山都町の馬見原地区商店街の街並修景事業で「白壁のまちづくり」を手がけました。その26軒の改修も含めた事業が、景観大賞の評価を得ることができました。
そのきっかけは、私の異業種交流会の初期に出合った建築士の先輩からの強引な協力要請の電話が始まりでした。
・出会いと、その後の人生
人は出会いで人生が決ると思っています。
その出会いを偶然と思うか、必然と思うかで、その後の人生が変わるように思います。人は、何かの導きの中で生きていると思います。私は、33歳の時に、横井小楠検証活動を本格化させた高宗昭敏先生と出会います。その縁の広がりの中で、徳永洋氏と出会うのですが、やはりこれは必然の出会いと思い、今回初めて徳永氏に講演をお願しました。
快く返事と頂き、講演のテーマが「坂本龍馬の愛した熊本」です。龍馬と熊本、龍馬の周りの方々との熊本、そして現代の熊本の人と坂本龍馬の関係も含め、まだ知らない龍馬の人物像が浮かび上がることと思います。
・交流会に参加する九州の多彩な仲間
英雄「龍馬」は、どんな人物だったから、新たな発見・気付きも含め、私もとても楽しみな異業種交流会「夏の会」になると思っています。日程は、末尾に添付しています。興味有る方は、ぜひご参加ください。インターネットが縁で、私の異業種交流会に参加した方々は、熊本を中心に、九州一円から参加してもらっています。
今回は、会場が40名程度の広さなので、早めに申し込みをお願します。みなさんとの再会をとても楽しみに、リピーター含めお待ちしています。
<6月26日異業種交流会「夏の会」>
熊本交通センターホテル 開会19:00
http://noguchi.otemo-yan.net/e310586.html
講演テーマが「坂本龍馬が愛した熊本」です。不知火龍馬会のメンバーが、何人か集まります。九州に方が参加しやすいように、高速バスの発着場があるホテルで開催します。こちらにもぜひ、ご参加頂ければ幸いです。講演後、講師を囲んで交流会もあります。
・心養塾(こころを育てる)
http://shinyojuku.exblog.jp/
・(携帯論語)「心を育てることば」
http://keitairongo.otemo-yan.net/
2010年05月18日
人のやったことは、まだ人のやれることの百分の一にすぎない
人のやったことは、まだ人のやれることの百分の一にすぎない
「人のやったことは、まだ人のやれることの百分の一にすぎない」-豊田佐吉-
日々工夫という訓示を先輩がよく言う。
どうする事が日々工夫か?
豊田の創業者、豊田佐吉の創意工夫を表したのが冒頭の言葉です。
普通の人にも創意工夫が必要です。
家事にも、工夫一つで時短や労働軽減が可能です。
ビジネスマンに化学者や発明家のような発明・考案を要求するものではない。日々の仕事の中に、自分なりの創意工夫を盛り込むことです。
それが、いま叫ばれている能力開発の中心となっています。
・フェアトレードとKAIZEN(改善)
5月9日に熊本市で開催された、フェアトレードシンポジウムにケニアから、アクセサリーの作業所の代表が来て発表してました。その施設は、身体障害者だけの工房で、120名の方が、4つの部門で働いているそうです。
今、職員に求めることは仕事の効率です。その合言葉が、「KAIZEN(改善)」ということで、日本の考え方を入れて、職場の改善と意欲を高めることにつなげていると言います。
何処の国でも、人間の向上心が最も大事と思っているようです。
そこで重要なのが、問題をいつも心の中で暖めている期間です。
早急に求めては、良き答は出てこない。
出てきた方法をやって見て、即評価するのではなく、その工夫を長い目で見て行くことも必要と思います。
考え方は常識や既成概念や事実にとらわれず、自由に開放的に考えること。
>人のやったことは、まだ人のやれることの百分の一にすぎない
アイデアは、人を模倣して、その中から新たな工夫で、更に良い成果を出す。
「先輩の仕事を越えてこそ本物と言える」と。
何かを発見しよう、かにか工夫しようする精神的態度こそ最も大事な資質(個性)と思います。
*参考資料:田辺昇一著「心に革命を起こせ」
・心養塾(こころを育てる)
http://shinyojuku.exblog.jp/
「人のやったことは、まだ人のやれることの百分の一にすぎない」-豊田佐吉-
日々工夫という訓示を先輩がよく言う。
どうする事が日々工夫か?
豊田の創業者、豊田佐吉の創意工夫を表したのが冒頭の言葉です。
普通の人にも創意工夫が必要です。
家事にも、工夫一つで時短や労働軽減が可能です。
ビジネスマンに化学者や発明家のような発明・考案を要求するものではない。日々の仕事の中に、自分なりの創意工夫を盛り込むことです。
それが、いま叫ばれている能力開発の中心となっています。
・フェアトレードとKAIZEN(改善)
5月9日に熊本市で開催された、フェアトレードシンポジウムにケニアから、アクセサリーの作業所の代表が来て発表してました。その施設は、身体障害者だけの工房で、120名の方が、4つの部門で働いているそうです。
今、職員に求めることは仕事の効率です。その合言葉が、「KAIZEN(改善)」ということで、日本の考え方を入れて、職場の改善と意欲を高めることにつなげていると言います。
何処の国でも、人間の向上心が最も大事と思っているようです。
そこで重要なのが、問題をいつも心の中で暖めている期間です。
早急に求めては、良き答は出てこない。
出てきた方法をやって見て、即評価するのではなく、その工夫を長い目で見て行くことも必要と思います。
考え方は常識や既成概念や事実にとらわれず、自由に開放的に考えること。
>人のやったことは、まだ人のやれることの百分の一にすぎない
アイデアは、人を模倣して、その中から新たな工夫で、更に良い成果を出す。
「先輩の仕事を越えてこそ本物と言える」と。
何かを発見しよう、かにか工夫しようする精神的態度こそ最も大事な資質(個性)と思います。
*参考資料:田辺昇一著「心に革命を起こせ」
・心養塾(こころを育てる)
http://shinyojuku.exblog.jp/
2010年05月17日
複眼でものを見つづけた坂本龍馬
複眼でものを見つづけた龍馬
複眼で発見した第三の道。
複眼の思想というのは、トンボの目でものを見るということである。
坂本龍馬は、その複眼の思想を持ち続けた人間だった。
一、片方の目と手で大政奉還を推進しながら、片方の目と手では武力倒幕を推し進める。
二、片方の目と手で、薩摩や長州などの反幕雄藩と密接にコミットしながら、片方の目と手で、幕府かとも深くコミットするというようなこと。
龍馬は、Aでもなければ、Bでもない 第三の道 の発見ある。
時代の風を読み、社会の流れを多様な視点から、検証できた。龍馬は、常に一流に会うことに心がけた。
*参考資料:「坂本龍馬に学ぶ」
複眼で発見した第三の道。
複眼の思想というのは、トンボの目でものを見るということである。
坂本龍馬は、その複眼の思想を持ち続けた人間だった。
一、片方の目と手で大政奉還を推進しながら、片方の目と手では武力倒幕を推し進める。
二、片方の目と手で、薩摩や長州などの反幕雄藩と密接にコミットしながら、片方の目と手で、幕府かとも深くコミットするというようなこと。
龍馬は、Aでもなければ、Bでもない 第三の道 の発見ある。
時代の風を読み、社会の流れを多様な視点から、検証できた。龍馬は、常に一流に会うことに心がけた。
*参考資料:「坂本龍馬に学ぶ」
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2010年05月17日
模倣は創造への踏み台
模倣は創造への踏み台
(トリ・モリスン)
もし本当に読みたい本があたなにあるとしたら、それはまだ書かれていない。だからあなたが書くべきなのだ。
(井深大)
まねをして楽をしたものは、その後に苦しむことになる。
(羽生善治)
「まね」から「理解」へのステップが創造力をつちかう基礎である。
先人が残した記録(知識・技術)からしか、学ぶことはできないが、そこの踏みとどまっている間は、発展がない。これまでにない記録を越える記録(創造)をしてこそ、進歩があると思います。
「まね」から「理解」 → そして「創造」してこそ自分の存在を示せる。
想像の基本は、自分で考える、なぜと問うことから始まる
*参考資料:岬龍一郎著「いい言葉は、いい仕事をつくる」
(トリ・モリスン)
もし本当に読みたい本があたなにあるとしたら、それはまだ書かれていない。だからあなたが書くべきなのだ。
(井深大)
まねをして楽をしたものは、その後に苦しむことになる。
(羽生善治)
「まね」から「理解」へのステップが創造力をつちかう基礎である。
先人が残した記録(知識・技術)からしか、学ぶことはできないが、そこの踏みとどまっている間は、発展がない。これまでにない記録を越える記録(創造)をしてこそ、進歩があると思います。
「まね」から「理解」 → そして「創造」してこそ自分の存在を示せる。
想像の基本は、自分で考える、なぜと問うことから始まる
*参考資料:岬龍一郎著「いい言葉は、いい仕事をつくる」
2010年05月16日
自信は成功の第一義なり(エマーソン)
自信は成功の第一義なり(エマーソン)
人間は、誰でも良い面を持っている。
逆に良い面に気づかず、悪い面、弱い面ばかりを気にする人も多い。
ですから、自分を信頼し、自分に自信を持つこが、すべての始まりである。
ある工業高校の校長の理念に、「人は神が与えた名である。技術者とは人が与えた名である。技術者である前に人間であらねばならない」
出来るだけ一流のものに接すること、そして、小さなことも良い、マスターすることが、自信につながる。
人間は、誰でも良い面を持っている。
逆に良い面に気づかず、悪い面、弱い面ばかりを気にする人も多い。
ですから、自分を信頼し、自分に自信を持つこが、すべての始まりである。
ある工業高校の校長の理念に、「人は神が与えた名である。技術者とは人が与えた名である。技術者である前に人間であらねばならない」
出来るだけ一流のものに接すること、そして、小さなことも良い、マスターすることが、自信につながる。
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2010年05月16日
「不知火龍馬会 心得」(素心規)
「不知火龍馬会 心得」(素心規)
一、禍か福か、福か禍か、人間の私心でわかるものではない。長い目で見て、正義を守り、陰徳を積もう。
二、窮困に処するほど快活にしよう。窮すれば通ずる、また通ぜしめるのが、自然と人生の心理であり教をである。
三、乱世ほど余裕が大切である。余裕は心を養うより生ずる。風雅も却(かえ)ってこの処に存する。
四、世俗の交は心を痛めることが少なくない。良き師友を得て、素心の交を心がけよう。
五、世事に忙しい間にも、寸暇を偸(ぬす)んで、書を読み道を学び、心胸を開拓しよう。
六、租国と同胞の為に相共に感激を以(もっ)て微力(びりょく)を尽そう。
(以上、「不知火龍馬会 心得」)
「不知火龍馬会」活動再開の交流会報告
5月14日、熊本県央地区、坂本龍馬ファンの集い「不知火龍馬会」の集まりを、久々に開催しました。4年前に、立ち上げを済ませて以来、何もやって無かったのですが、仲間の一人が、地域の自治体の市議会へ挑戦しました。結果は、当選に至りませんでしたが、その労をねぎらうために、仲間4人と新加入者3人+地元市長も参加して、約3時間、様々な地域問題、或いは国内で起こっている出来事について語りました。
・不知火龍馬会と発会の経緯
年齢は、30代、40代、50代と幅広く、多様な分野で、独立独歩も活動をやられ、今回の集まりに興味を持ち、飛び入り参加の方が、「会費無し、志を持ち、龍馬が好き」が条件で、不知火龍馬会のメンバーが了解すれば、即会員になれる会です。ただし、私利私欲の強い方は、ご遠慮いただくこと。ぐらいがでしょうが、決まりです。
不知火龍馬会の名称の意味は、熊本県央には、宇土市、宇城市、美里町、上天草市、天草市、八代市北部、上益城郡、等があります。熊本県央龍馬会では、なかなか全国に説明するのには良いですが、個性的でないので、和歌の時代から全国に知られた、「不知火海」を名前にしようと、発会メンバーの発案で、不知火龍馬会としました。
・メンバーが一気に倍に
今回、メンバーが一気に10名で、域外の賛同者が他に、5名ほどいますので、計15名の不知火龍馬会になりました。また、全国の「龍馬会」は、認証されたものだけでも125有り、全国の龍馬会ともご縁が当初からあり、今回、「不知火龍馬会」の顧問に、宇土市長の元松茂樹氏が顧問として会員になってもらいました。自動的に、全国龍馬会の顧問にもなってもらうことになりました。
・地域の問題は、地域の有志で解決
地域の問題は、地域の有志が中心に解決をしていく、地方分権。地域内のそれぞれの地区が、自分たちで問題を解決する地域内分権の流れを、不知火龍馬会のメンバーは、独立独歩で活動し、年に1、2度集まって語る会ですが、「地域を元気に!」の共通意識を持ち、熊本県央地域で活動をしていこうと思います。
今後、色々なことを企画し、地域外へも呼びかけをしますので、興味と時間が許せば、ぜひご参加頂ければ幸いです。
参加資格に、地域、年齢、国籍の制限はありません。興味在る方は、一度集まりに参加してみませんか?
6月26日異業種交流会「夏の会」の講演テーマが「坂本龍馬が愛した熊本」ですので、不知火龍馬会のメンバーが、何人か集まります。九州に方が参加しやすいように、高速バスの発着場があるホテルで開催します。こちらにもぜひ、ご参加頂ければ幸いです。
・6月26日異業種交流会「夏の会」
熊本交通センターホテル 開会19:00
http://noguchi.otemo-yan.net/e310586.html
一、禍か福か、福か禍か、人間の私心でわかるものではない。長い目で見て、正義を守り、陰徳を積もう。
二、窮困に処するほど快活にしよう。窮すれば通ずる、また通ぜしめるのが、自然と人生の心理であり教をである。
三、乱世ほど余裕が大切である。余裕は心を養うより生ずる。風雅も却(かえ)ってこの処に存する。
四、世俗の交は心を痛めることが少なくない。良き師友を得て、素心の交を心がけよう。
五、世事に忙しい間にも、寸暇を偸(ぬす)んで、書を読み道を学び、心胸を開拓しよう。
六、租国と同胞の為に相共に感激を以(もっ)て微力(びりょく)を尽そう。
(以上、「不知火龍馬会 心得」)
「不知火龍馬会」活動再開の交流会報告
5月14日、熊本県央地区、坂本龍馬ファンの集い「不知火龍馬会」の集まりを、久々に開催しました。4年前に、立ち上げを済ませて以来、何もやって無かったのですが、仲間の一人が、地域の自治体の市議会へ挑戦しました。結果は、当選に至りませんでしたが、その労をねぎらうために、仲間4人と新加入者3人+地元市長も参加して、約3時間、様々な地域問題、或いは国内で起こっている出来事について語りました。
・不知火龍馬会と発会の経緯
年齢は、30代、40代、50代と幅広く、多様な分野で、独立独歩も活動をやられ、今回の集まりに興味を持ち、飛び入り参加の方が、「会費無し、志を持ち、龍馬が好き」が条件で、不知火龍馬会のメンバーが了解すれば、即会員になれる会です。ただし、私利私欲の強い方は、ご遠慮いただくこと。ぐらいがでしょうが、決まりです。
不知火龍馬会の名称の意味は、熊本県央には、宇土市、宇城市、美里町、上天草市、天草市、八代市北部、上益城郡、等があります。熊本県央龍馬会では、なかなか全国に説明するのには良いですが、個性的でないので、和歌の時代から全国に知られた、「不知火海」を名前にしようと、発会メンバーの発案で、不知火龍馬会としました。
・メンバーが一気に倍に
今回、メンバーが一気に10名で、域外の賛同者が他に、5名ほどいますので、計15名の不知火龍馬会になりました。また、全国の「龍馬会」は、認証されたものだけでも125有り、全国の龍馬会ともご縁が当初からあり、今回、「不知火龍馬会」の顧問に、宇土市長の元松茂樹氏が顧問として会員になってもらいました。自動的に、全国龍馬会の顧問にもなってもらうことになりました。
・地域の問題は、地域の有志で解決
地域の問題は、地域の有志が中心に解決をしていく、地方分権。地域内のそれぞれの地区が、自分たちで問題を解決する地域内分権の流れを、不知火龍馬会のメンバーは、独立独歩で活動し、年に1、2度集まって語る会ですが、「地域を元気に!」の共通意識を持ち、熊本県央地域で活動をしていこうと思います。
今後、色々なことを企画し、地域外へも呼びかけをしますので、興味と時間が許せば、ぜひご参加頂ければ幸いです。
参加資格に、地域、年齢、国籍の制限はありません。興味在る方は、一度集まりに参加してみませんか?
6月26日異業種交流会「夏の会」の講演テーマが「坂本龍馬が愛した熊本」ですので、不知火龍馬会のメンバーが、何人か集まります。九州に方が参加しやすいように、高速バスの発着場があるホテルで開催します。こちらにもぜひ、ご参加頂ければ幸いです。
・6月26日異業種交流会「夏の会」
熊本交通センターホテル 開会19:00
http://noguchi.otemo-yan.net/e310586.html
2010年05月12日
「米百票の精神」目先の事に捉われない、国家百年の大計
「米百票の精神」目先の事に捉われない、国家百年の大計
(長岡・北陸戦争)
明治維新時に、北陸戦争で焦土と化した長岡を窮地を好くべく、支藩から百表の米が送られました。
時のリーダー、小林虎三郎は、「目先の事に捉われない、国家百年の大計。ひもじい今だからこそ、学校を建て、子供たちを教育するのだ」と説いたを言われます。
(人材育成)
教育こそ、国の礎を作る、の理念があればこそ、藩士、住民を説得し、米を金に換え学校を作った。江戸末期の学者佐久間象山は、政治は吉田松陰、教育は小林虎三郎と高く評価していた。
長岡には、日本初の人材育成に奨学金を出す「育英制度」を創設され、その育英制度から多くの人材が育った。太平洋戦争を指揮した山本五十六は、長岡の出身でこの育英制度で育った人材です。
*出典:「米百票の精神」(小林虎三郎)
(長岡・北陸戦争)
明治維新時に、北陸戦争で焦土と化した長岡を窮地を好くべく、支藩から百表の米が送られました。
時のリーダー、小林虎三郎は、「目先の事に捉われない、国家百年の大計。ひもじい今だからこそ、学校を建て、子供たちを教育するのだ」と説いたを言われます。
(人材育成)
教育こそ、国の礎を作る、の理念があればこそ、藩士、住民を説得し、米を金に換え学校を作った。江戸末期の学者佐久間象山は、政治は吉田松陰、教育は小林虎三郎と高く評価していた。
長岡には、日本初の人材育成に奨学金を出す「育英制度」を創設され、その育英制度から多くの人材が育った。太平洋戦争を指揮した山本五十六は、長岡の出身でこの育英制度で育った人材です。
*出典:「米百票の精神」(小林虎三郎)
2010年05月11日
民主主義は平等を目指した反面、賎民を多く作った
民主主義は平等を目指した反面、賎民を多く作った
(田辺聖子)
民主主義はすべての人を平等にしたが、精神のオトナや貴族を増やさないで、むしろ賎民を多く作った気がする。
(感想)
世界の貧困地域が、ますます広がっています。南北格差、なくならない紛争地域、世界の人々が「経済優先」に走り続けた結果ではないかと感じています。互いの国が、存続し、相手意を思いやる思想の広がりを訴えるリーダーが登場しないといけないと思います。
経済至上主義、グローバルスタンダート、勝ち組、等々と弱肉強食が世にはばかる。真のリーダーは、弱者が安心して暮らせる社会を目指す。
(田辺聖子)
民主主義はすべての人を平等にしたが、精神のオトナや貴族を増やさないで、むしろ賎民を多く作った気がする。
(感想)
世界の貧困地域が、ますます広がっています。南北格差、なくならない紛争地域、世界の人々が「経済優先」に走り続けた結果ではないかと感じています。互いの国が、存続し、相手意を思いやる思想の広がりを訴えるリーダーが登場しないといけないと思います。
経済至上主義、グローバルスタンダート、勝ち組、等々と弱肉強食が世にはばかる。真のリーダーは、弱者が安心して暮らせる社会を目指す。
2010年05月10日
<連休は?>「一生の楽しきころのソーダ水」(富安風生作)
<連休は?>「一生の楽しきころのソーダ水」(富安風生作)
今年の連休は、春の家族の変化と入院もあり、色々後片付けのウィークになりました。
29日は、地元地域おこしグループ「独ごつの会」主催行事に合わせて開催されたジュニア(小1~3年)のサッカー大会に協力して、一日が過ぎました。
1日は、昼食時に地元地域の男女共同参画社会づくりを推進するグループ「熊本県つばさの会」の集まりに参加してから、福岡へ娘の迎えを兼ねて、福岡市で開催されるNHK大河ドラマ「龍馬伝」のオフ会に参加するため車を走らせました。
・「龍馬伝」オフ会
「龍馬伝」のオフ会には、福岡市を中心に、20代から50代の男女22名が参加しました。幹事は女性で、福岡の熱き「龍馬ファン」が集まり、アッという間の2時間でした。若い人たちは、2次会でさらに盛り上がったようです。私は、1次会を終え、山口から高速バスで帰ってくる子どもを乗せて、深夜に熊本の自宅に帰りました。
・九州龍馬社中
実は、同じ日の5月1~2日まで、九州にある坂本龍馬のファンの集い「龍馬会」の集まり「九州龍馬社中」が、五島であったのですが、家族の入院等で船で渡った一泊ができず、今回は参加できませんでした。
2日は、午前中家は片付け、午後は入院した家族を見舞いに行き、夜は親類の家の退院祝いに参加しました。
3日は、夜の祖父の食事を妹にお願いして、宮崎の子どもところへ、用事のため行きました。
・鵜戸神宮
4日は、妻と大学1年を連れ、断崖絶壁を波が掘ってできたドーム状の穴に、古代に建立された「鵜戸神宮」を参拝に出かけました。昼食前後に用があり、神社に着いたのは午後5時半でした。それでも駐車場は、他県からの観光客で満杯状態、向かう途中の帰宅側渋滞が、昼の賑わいを想像させました。
「鵜戸神宮」は、縁結びの神? かどうかしりませんが、宮崎との言うこともあり、若いカップル、グループが多く、好天の気候、青い太平洋、打ち寄せる波の音と、5月でなければかき氷、サイダー、コーラでしょうか、おじさんにはビールがに合う場所と思いました。
私は、1年半ぶりの「鵜戸神宮」、大学生の子供は初めて訪れた場所で、奇怪なほら穴に大きな社、訪問が絶えない宮崎の観光地と一つと思いました。
私には「夏は、宮崎」のイメージがあるのですが、ふと思い出した一句を今日のタイトルにしました。私は、俳人の黛まどかさんが編集した「知っておきたい この一句」を時々開くのですが、好天で暑かった連休、出かけた「鵜戸神宮」と青い海に、一句です。
「一生の楽しきころのソーダ水」(富安風生)
これは、富安風生が67才の時の句ですが、句の情景は、青春を謳歌するまぶしいばかりの若者の姿を想像させます。
実は、その状況を遠くから見つめる柔らかい老人(富安風生)のまなざしからこの句が生まれています。
富安風生は、明治18年生まれで、大正8年に高山虚子に出会い「ホトトギス」に投句。以来、虚子を支える側近として最後までつづけ、「ホトトギス」を代表する作家になりました。
今では言えば、ソーダ水はさしずめコーラか、レモンスカッシュでしょうか。若者が青春を謳歌する気持ちは、大正時代も今も変わらないと思います。
・一生の楽しきころ
みなさんにとって今回のゴールデン・ウィークは、「一生の楽しきころ」になったでしょうか? そして、そこで渇きを潤した飲み物は何だったでしょうか?
そんな思い出が出来た連休だったら、少しご紹介いただければありがたいです。
・風呂上がりの生ビール
この春、我が家は、子どもが高校を卒業し、二人とも大学生になり、夫婦と老夫婦、その一人は入院の状況ですが、新たな生活の形が見え始めたゴールデン・ウィークとなりました。
ちなみに、私の渇きを取った飲み物は、鵜戸神宮参拝の夜、風呂上がりに飲んだ生ビールでした。やはり、年をとったかもしれません。
みなさんはいかがだったでしょうか?
だらだらと、書いてしまいました。ご照覧頂き感謝します。
*参考資料:黛まどか編「知っておきたい この一句」
今年の連休は、春の家族の変化と入院もあり、色々後片付けのウィークになりました。
29日は、地元地域おこしグループ「独ごつの会」主催行事に合わせて開催されたジュニア(小1~3年)のサッカー大会に協力して、一日が過ぎました。
1日は、昼食時に地元地域の男女共同参画社会づくりを推進するグループ「熊本県つばさの会」の集まりに参加してから、福岡へ娘の迎えを兼ねて、福岡市で開催されるNHK大河ドラマ「龍馬伝」のオフ会に参加するため車を走らせました。
・「龍馬伝」オフ会
「龍馬伝」のオフ会には、福岡市を中心に、20代から50代の男女22名が参加しました。幹事は女性で、福岡の熱き「龍馬ファン」が集まり、アッという間の2時間でした。若い人たちは、2次会でさらに盛り上がったようです。私は、1次会を終え、山口から高速バスで帰ってくる子どもを乗せて、深夜に熊本の自宅に帰りました。
・九州龍馬社中
実は、同じ日の5月1~2日まで、九州にある坂本龍馬のファンの集い「龍馬会」の集まり「九州龍馬社中」が、五島であったのですが、家族の入院等で船で渡った一泊ができず、今回は参加できませんでした。
2日は、午前中家は片付け、午後は入院した家族を見舞いに行き、夜は親類の家の退院祝いに参加しました。
3日は、夜の祖父の食事を妹にお願いして、宮崎の子どもところへ、用事のため行きました。
・鵜戸神宮
4日は、妻と大学1年を連れ、断崖絶壁を波が掘ってできたドーム状の穴に、古代に建立された「鵜戸神宮」を参拝に出かけました。昼食前後に用があり、神社に着いたのは午後5時半でした。それでも駐車場は、他県からの観光客で満杯状態、向かう途中の帰宅側渋滞が、昼の賑わいを想像させました。
「鵜戸神宮」は、縁結びの神? かどうかしりませんが、宮崎との言うこともあり、若いカップル、グループが多く、好天の気候、青い太平洋、打ち寄せる波の音と、5月でなければかき氷、サイダー、コーラでしょうか、おじさんにはビールがに合う場所と思いました。
私は、1年半ぶりの「鵜戸神宮」、大学生の子供は初めて訪れた場所で、奇怪なほら穴に大きな社、訪問が絶えない宮崎の観光地と一つと思いました。
私には「夏は、宮崎」のイメージがあるのですが、ふと思い出した一句を今日のタイトルにしました。私は、俳人の黛まどかさんが編集した「知っておきたい この一句」を時々開くのですが、好天で暑かった連休、出かけた「鵜戸神宮」と青い海に、一句です。
「一生の楽しきころのソーダ水」(富安風生)
これは、富安風生が67才の時の句ですが、句の情景は、青春を謳歌するまぶしいばかりの若者の姿を想像させます。
実は、その状況を遠くから見つめる柔らかい老人(富安風生)のまなざしからこの句が生まれています。
富安風生は、明治18年生まれで、大正8年に高山虚子に出会い「ホトトギス」に投句。以来、虚子を支える側近として最後までつづけ、「ホトトギス」を代表する作家になりました。
今では言えば、ソーダ水はさしずめコーラか、レモンスカッシュでしょうか。若者が青春を謳歌する気持ちは、大正時代も今も変わらないと思います。
・一生の楽しきころ
みなさんにとって今回のゴールデン・ウィークは、「一生の楽しきころ」になったでしょうか? そして、そこで渇きを潤した飲み物は何だったでしょうか?
そんな思い出が出来た連休だったら、少しご紹介いただければありがたいです。
・風呂上がりの生ビール
この春、我が家は、子どもが高校を卒業し、二人とも大学生になり、夫婦と老夫婦、その一人は入院の状況ですが、新たな生活の形が見え始めたゴールデン・ウィークとなりました。
ちなみに、私の渇きを取った飲み物は、鵜戸神宮参拝の夜、風呂上がりに飲んだ生ビールでした。やはり、年をとったかもしれません。
みなさんはいかがだったでしょうか?
だらだらと、書いてしまいました。ご照覧頂き感謝します。
*参考資料:黛まどか編「知っておきたい この一句」