2022年06月30日
発展する未来を拓くのは、建設的な議論から始まる。(易経より)
発展する未来を拓くのは、建設的な議論から始まる。(易経より)
史上一番早い梅雨明けで、毎日真夏の猛暑となった。体調完了が、今年はとても大事と思います。
今朝の教えは、『易経一日一言』より、
言語を慎み、飲食を節す。
言語を慎んで徳を養い、飲食を節して体を養う。
言語も飲食も、量と質を考えなくてはならない。暴言は人間関係を損ない、暴飲暴食は健康を損なう。
2日前、地域の巡回パトロールで同乗した学校の管理職の方との会話から、
「最近、食べても太らずに、逆に痩せて来て心配」とのことを語られるので、「それは摂生の良さでは?」と聞くと、「そうではなく、けっこう食べてはいるのですが、周りの方のようには、腰回りの太くならず、貫禄なくて」と。
以前にも学校に赴任しておられた頃も、そんなに太った人でなく、スリムなイメージなので、やはり食に対する節度が、身につかれているのだと思います。
それとは別に、今地域で道路延伸問題で、通過地区との意見が擦り合わず、足踏み状態になっている。その会議の中で、私の住む地域のついて「(過疎化で)家も建たないだろう、道の延期は必要なかろう」の言葉が出て、さすがに私も「なんば言いよるですか!」と一喝する言葉を出してしまった。どうも、この方は、前回(外部不在)の時にも同じ意味の言葉を、発しておられることを聞いていたので、"またか!"と、残念になった。
道路延伸は、上部地域の悲願なのは、誰でも知っていること、なのに何故、このような発言になるのか?
今日の易経の教えにあるように、
>暴言は人間関係を損なう。
もし、悲願である道路延伸が、今回の意見の食い違いから、頓挫去ることになると、「家も建たないだろう」の言葉は、巷に広がり、残っていく。地域の関係不和が起こりそうで危惧します。
なんでも反対をする発言を続ける人をよく目にします。総理がかわれ、言わないと思いきや、常に反論と非難する言葉には、呆れてしまいます。
やはり、解決に向けての建設的な議論が、未来を拓くと思うのですが、世の中とは上手くいかないものです。
発展する未来を拓くのは、建設的な議論から始まる。
史上一番早い梅雨明けで、毎日真夏の猛暑となった。体調完了が、今年はとても大事と思います。
今朝の教えは、『易経一日一言』より、
言語を慎み、飲食を節す。
言語を慎んで徳を養い、飲食を節して体を養う。
言語も飲食も、量と質を考えなくてはならない。暴言は人間関係を損ない、暴飲暴食は健康を損なう。
2日前、地域の巡回パトロールで同乗した学校の管理職の方との会話から、
「最近、食べても太らずに、逆に痩せて来て心配」とのことを語られるので、「それは摂生の良さでは?」と聞くと、「そうではなく、けっこう食べてはいるのですが、周りの方のようには、腰回りの太くならず、貫禄なくて」と。
以前にも学校に赴任しておられた頃も、そんなに太った人でなく、スリムなイメージなので、やはり食に対する節度が、身につかれているのだと思います。
それとは別に、今地域で道路延伸問題で、通過地区との意見が擦り合わず、足踏み状態になっている。その会議の中で、私の住む地域のついて「(過疎化で)家も建たないだろう、道の延期は必要なかろう」の言葉が出て、さすがに私も「なんば言いよるですか!」と一喝する言葉を出してしまった。どうも、この方は、前回(外部不在)の時にも同じ意味の言葉を、発しておられることを聞いていたので、"またか!"と、残念になった。
道路延伸は、上部地域の悲願なのは、誰でも知っていること、なのに何故、このような発言になるのか?
今日の易経の教えにあるように、
>暴言は人間関係を損なう。
もし、悲願である道路延伸が、今回の意見の食い違いから、頓挫去ることになると、「家も建たないだろう」の言葉は、巷に広がり、残っていく。地域の関係不和が起こりそうで危惧します。
なんでも反対をする発言を続ける人をよく目にします。総理がかわれ、言わないと思いきや、常に反論と非難する言葉には、呆れてしまいます。
やはり、解決に向けての建設的な議論が、未来を拓くと思うのですが、世の中とは上手くいかないものです。
発展する未来を拓くのは、建設的な議論から始まる。
2022年06月20日
<事を成すにはタイミング大事>助けを求めて吉(水雷屯)〜『易経』〜
<事を成すにはタイミング大事>助けを求めて吉(水雷屯)〜『易経』〜
〜勝海舟のしたたかさと準備の凄さを知る〜
新しきことにチャレンジする時は、未知数なところがある。しかし、事を成すには、自らの力量を過信せず、知識不足、経験不足、配慮(人間関係)不足を自覚して、その穴埋めをどうにかしないと、目的は実現しない。
そんな時のやり方について、『易経』に、その助言を見つけた。『易経一日一言』6月20日の教えです。
(以下、本より)
馬に乗りて班如(はんじょ)たり。婚媾(こんこう)を求めて往けば、吉として利(よ)ろしからざるなし。〜水雷屯(すいらいちゅん)〜
【意味】
何とかしなければと馬に乗ったものの、自らの力不足を知って、地位が下の英傑に助けを求めるのは吉である。
これは新しい物事の始め、まだ新たな改革を行う時は新しい知識や方法が必要であることを教えている。
(以上、本より転載)
何事も独力で行おうとする人がよく居ます。確かに自力は大事ですが、物事には達成のタイミングがあり、遅すぎると周りに先を越される。事を成す事を優先して、力量ある後輩や外部の知恵を仰ぐ勇気も必要です。
その事を『易経』は、示唆しています。
•語句の補足
「班如(はんじょ)」とは引き返すこと。「婚媾(こんこう)」は婚姻を意味するが、ここでは下位の人に助けを乞うという意味。
目的達成するのに、いつ誰に協力してもらうか。それは、事なき時から、常々、人材の発掘をしていないと、いざという時に、協力は得られない。歴史を振り返ると、
•勝海舟の準備の凄さ
明治の元勲の一人・勝海舟は、真夜中の江戸市中を回り、そば屋や門番、あるいは夜廻り同心たち、夜の女たちとも交流を持っていたとも言われています。それは、西郷隆盛との江戸無血開城ができなかったら、江戸市民をどう逃れさせるか、常に頭に置き、平時から備えていた。
その交渉相手の西郷隆盛の訓示の一つが、
「無事は有事の如く、有事は無事の如く」
これもまた、事が起きた時への対処を説いています。
無事=平時から、最悪のことを想定して準備を怠らない。
有事=危機が起きたら、日頃の準備通りに淡々と事を為す。
先人たちの心構えに感服する。
果たして令和の我々は、難局に対する対応はどうか?朝から考えました。
今日から雨が続くようです。宮沢賢治ではないですが、"雨にも負けず"に頑張ります。
〜勝海舟のしたたかさと準備の凄さを知る〜
新しきことにチャレンジする時は、未知数なところがある。しかし、事を成すには、自らの力量を過信せず、知識不足、経験不足、配慮(人間関係)不足を自覚して、その穴埋めをどうにかしないと、目的は実現しない。
そんな時のやり方について、『易経』に、その助言を見つけた。『易経一日一言』6月20日の教えです。
(以下、本より)
馬に乗りて班如(はんじょ)たり。婚媾(こんこう)を求めて往けば、吉として利(よ)ろしからざるなし。〜水雷屯(すいらいちゅん)〜
【意味】
何とかしなければと馬に乗ったものの、自らの力不足を知って、地位が下の英傑に助けを求めるのは吉である。
これは新しい物事の始め、まだ新たな改革を行う時は新しい知識や方法が必要であることを教えている。
(以上、本より転載)
何事も独力で行おうとする人がよく居ます。確かに自力は大事ですが、物事には達成のタイミングがあり、遅すぎると周りに先を越される。事を成す事を優先して、力量ある後輩や外部の知恵を仰ぐ勇気も必要です。
その事を『易経』は、示唆しています。
•語句の補足
「班如(はんじょ)」とは引き返すこと。「婚媾(こんこう)」は婚姻を意味するが、ここでは下位の人に助けを乞うという意味。
目的達成するのに、いつ誰に協力してもらうか。それは、事なき時から、常々、人材の発掘をしていないと、いざという時に、協力は得られない。歴史を振り返ると、
•勝海舟の準備の凄さ
明治の元勲の一人・勝海舟は、真夜中の江戸市中を回り、そば屋や門番、あるいは夜廻り同心たち、夜の女たちとも交流を持っていたとも言われています。それは、西郷隆盛との江戸無血開城ができなかったら、江戸市民をどう逃れさせるか、常に頭に置き、平時から備えていた。
その交渉相手の西郷隆盛の訓示の一つが、
「無事は有事の如く、有事は無事の如く」
これもまた、事が起きた時への対処を説いています。
無事=平時から、最悪のことを想定して準備を怠らない。
有事=危機が起きたら、日頃の準備通りに淡々と事を為す。
先人たちの心構えに感服する。
果たして令和の我々は、難局に対する対応はどうか?朝から考えました。
今日から雨が続くようです。宮沢賢治ではないですが、"雨にも負けず"に頑張ります。
2022年06月15日
「心の鏡を磨く」自らの明徳を昭(あき)らかにす。〜易経〜
「心の鏡を磨く」自らの明徳を昭(あき)らかにす。〜易経〜
朝から2500年以上前の中国古典の『易経』の教えから、学びました。
日本人の学問のルーツの一つは、やはり中国からの外来文化に影響を受けていることは間違いないのですが、日本人自身が培った知識と重なり、独特の思想が日本にあると思っています。
『易経』の教えを卦(か)というのですが、
「当たるも八卦」の卦(け)の元となったのが易経の卦(か)です。今朝の訓示は、
火地晋(かちしん)の卦
自らの明徳を昭(あき)らかにす。
の意味は、太陽が昇るように前進して、明徳を明らかになっていく時を説く。
幕末の熊本の儒家で政治家の横井小楠も「明徳を明らかにし」の言葉をよく使っていました。
『易経一日一言』の6月5日の訓示が、冒頭の言葉なのですが、
「自ら」とあるのは、自分の心を明るく保つのは自分自身であって、人に頼ることではないの意味。
明徳は"私欲"に囚われていると曇ってしまう。だから、自分の心の鏡が曇らないように、日々、自分で意識して磨かなければならない。
中国古典の『大学』に、個人として何を為すべきか、その優先順位の教えがある。
「修身、斉家、治国、平天下」
国を治めるには、まず地域の安泰。
地域を安泰にするには、まず家庭の安寧。
家庭の安寧には、自らを鍛え高める。
自らを高めるには、学び体験し反省する鍛錬が必要。
そうしないと明徳は備わらない、という先人の教えです。
テレビニュースを見ていて、順番を間違えているなぁ、と思う事件や出来事が起こります。
まずは、自らの欲を抑える、周りの安寧を考えることが、先だよね!と、朝から学びました。
「心の鏡を磨く」の修身こそが、第一番に為すべきとのようです。朝から、長々と書きました。お読みいただきありがとうございます。
朝から2500年以上前の中国古典の『易経』の教えから、学びました。
日本人の学問のルーツの一つは、やはり中国からの外来文化に影響を受けていることは間違いないのですが、日本人自身が培った知識と重なり、独特の思想が日本にあると思っています。
『易経』の教えを卦(か)というのですが、
「当たるも八卦」の卦(け)の元となったのが易経の卦(か)です。今朝の訓示は、
火地晋(かちしん)の卦
自らの明徳を昭(あき)らかにす。
の意味は、太陽が昇るように前進して、明徳を明らかになっていく時を説く。
幕末の熊本の儒家で政治家の横井小楠も「明徳を明らかにし」の言葉をよく使っていました。
『易経一日一言』の6月5日の訓示が、冒頭の言葉なのですが、
「自ら」とあるのは、自分の心を明るく保つのは自分自身であって、人に頼ることではないの意味。
明徳は"私欲"に囚われていると曇ってしまう。だから、自分の心の鏡が曇らないように、日々、自分で意識して磨かなければならない。
中国古典の『大学』に、個人として何を為すべきか、その優先順位の教えがある。
「修身、斉家、治国、平天下」
国を治めるには、まず地域の安泰。
地域を安泰にするには、まず家庭の安寧。
家庭の安寧には、自らを鍛え高める。
自らを高めるには、学び体験し反省する鍛錬が必要。
そうしないと明徳は備わらない、という先人の教えです。
テレビニュースを見ていて、順番を間違えているなぁ、と思う事件や出来事が起こります。
まずは、自らの欲を抑える、周りの安寧を考えることが、先だよね!と、朝から学びました。
「心の鏡を磨く」の修身こそが、第一番に為すべきとのようです。朝から、長々と書きました。お読みいただきありがとうございます。