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2014年04月30日

「他はこれ吾にあらず」最後に報いを受けることができるのは行なった人です。



「他はこれ吾にあらず」最後に報いを受けることができるのは行なった人です。

昨日のキッズサッカー大会に、以前の大会の発端となった“まちおこし”の仲間が参加され、開催運営が心豊かな気持ちになりました。

写真のサッカー開催横断幕に「前田史郎メモリアル」の言葉があります。昨日のサッカー交流大会の始まりにつながった「お城祭り」「ふるさと祭り」が5年前まで開催されていました。今回サッカー大会は第7回ですが、5年前に「ふるさと祭り」の共催活動として始まりまった大会は、現在の宇土市長の元松茂樹氏が、まだ市民活動家として、まちおこしグループ「独りごつの会」の主要メンバーとして活躍されていた7年前、サッカー協会キッズ部門の責任者だった私に、

「野口さん、準備等はやりますから、キッズサッカーの大会しませんか?」

とあり、少し狭めの公園広場に2コートに作り、地元地域のサッカースクールや保護者で運営するサッカークラブなど22チームが参加し、和気あいあいの楽しい交流会的サッカー大会として始まりました。

話は、横断幕に戻りますが、お城祭りで裏方から親父バンドのドラマーまで、多種な多様な役をこなし、「地域を元気に!」の思いで、宇土市活性化に努力された方が、今は亡き前田史郎さんです。お城祭り、ふるさと祭り、と続いたまちおこしイベントは、元松氏が4年前に市長に当選され、ふるさと祭りは休止状態になっていました。

しかし今年から、「独りごつの会」の方がボランティアとしてサッカー大会に参加されました。小雨の中、寒い中でしたが、本部席ではお城祭りの思い出話がが出たり、このサッカー大会も7年目になると保護者仲間でき、サッカーの思い出話もできる方も増えてきました。

前田史郎さんはもちろんですが、元松茂樹氏の「地域を元気にしたい」の想いから、市長になられた今でも元松氏は「準備は自分でします」の言葉通り、開催前までの準備は全て独りでされています。コート作りは、各クラブから協力者が集まり前日に作りました。昨日は、祝日でもありますが、市職員のサッカー経験者にも協力いただき、一人のケガもなく無事に終了できました。

前田史郎さん、元松茂樹氏が続けられて来た“まちこし”の想いが、私も含め、サッカーに関わる方々、小学生の保護者たちに伝わり、準備から片付けまでボランティアで参加してくれる方も増え、来年の開催には新たな共催イベントができると良いなと、密かに期待も膨らみます。10年前から始まった「独りごつの会」のまちこしの活動は、小さな活動ですが着実に広がっているように感じます。

私もあまり役に立ちませんが、前田史郎さんたちが始められた“まちこし”の活動に参加し、地域の方々との交流を楽しみたいと思います。

数日前にリサイクルブック店で見つけた『人生の問題が、すっと解決する。名僧の一言』の項に、

“報われない努力”というものはあり得ません!

「自分が苦労して努力をしたことは、結果としてすぐ現れないかもしれませんが、公徳となって必ず自分に返ってきます。逆に、他人のフンドシで相撲を取っていると、そのときはうまく行っても、いつかの日か、しっぺ返しを食らうことになるものです」

また本に、中国へ渡った道元が船にいるとき、椎茸を買いに来たある寺の年老いた典座に法話を聞いた。老いた典座は「明日の食事を作らなければいけませんから帰ります」と。道元は、「食事のしたくは若い僧たちがやるからいいではありまでんか」と促すと、典座は「外国の若い方(道元)よ、“他はこれ吾にあらず”、ですよ」と答えた。

老典座は、「食事のしたくは自分の修行であり、それをどうして他の僧に譲れようか」と言ったのです。たとえ一時自分がラクをできても、最後に報いを受けることができるのは行なった人です。だから、日々の仕事をサボっていてはいけないのです。

作朝から作り始めたリフォームの間取りのスタディ模型はどうにか終わりました。連休の谷の2日間ですが、時間を大切に活動したいと思います。  


2014年04月29日

押すとすぐ押し返してくる人は「弱い人」?(清水の次郎長)

押すとすぐ押し返してくる人は「弱い人」?(清水の次郎長)

昨夜早くに寝て変な時間に目が覚めた。まだ朝まで時間があるので、仕事でもしようか? とおもいます。

さて、昨夜寝る前に読んだ本『人生の問題が、すっと解決する。名僧の一言』に、明治維新後に、「江戸城の無血開城」の交渉役を務めた、幕末一の剣豪の山岡鉄舟の話題が載っていた。

(以下、転載)

幕末、日本一の剣豪とうたわれた山岡鉄舟が、友人の「清水の次郎長」こと山本長五郎に、「出入り(けんか)で負けないひけつ」をたずねたことがあります。
次郎長は、「まずは相手の強さをはかります。刀を抜いて相手と切っ先を合わせたときに、ちょっと押してみるんです。そのときすぐに押し返してくるのは弱い奴です。冷静さを失っているから、即座にぶった切ってしまいます。けれど、押してやると押されるままに引っ込んでいく奴がいる。こんな奴は強い。だから、なりふりかまわず逃げちまいます」と答えました。
次郎長は修羅場にのぞんで誰もが頭に血がのぼる状態のときでも、自分の心に正直になる純真さを持っていたのです。
(以上、本より)

この項の名言は、明治・大正の禅宗の名僧・釈宋演の言葉で、

「丈夫の気負って、小児の心を抱く」

意味は、「丈夫」とは勇気のある男のこと。「勇気のある男の気力を持ちながらも、子どもように純な心を持って行動せよ」ということです。つまり「勇気と純真さを兼備しなさい」と。これは修羅場での立ち回りの極意です。

人は、行き詰まったとき、頭に血がのぼり冷静さを欠き、相手の強さ弱さの見極めはもちろん、自分の得意技が相手に通用するか判断できなくなる。清水の次郎長ではないが、「相手が強い」と察知した瞬間、一目散に退散(退く)する冷静さが命を延ばすことにつながる。

人間、極限になれば冷静さを装っても頭の中はカッカして「のぼせの状態」です。この「のぼせ」を無理に鎮めることはできません。のぼせの状態で考えるしかない。仕事の進退の判断時、「進む」だけでなく、「退く」ことも大切だと考えることです。要は、「こだわりを持たずに自分の心に正直になれるか」です。

清水の次郎長の「押すとすぐ押し返してくるのは弱い人」、百戦錬磨の次郎長だから言える名言で、現代にも通用するか訓示とおもいます。相手の挑発に乗らず、冷静に次の手を打つ。「無血開城」の交渉で、江戸まで迫った新政府軍の大将・西郷隆盛との交渉で、勝海舟は代理として山岡鉄舟を送り、もし決裂したら江戸の住民を全員避難させる方法まで考えていた。

西郷隆盛は、抜いた刀で山岡鉄舟(=勝海舟)の刀(条件)の切っ先を押した。しかし、その挑発に乗らず、押されるままにこちらの条件を了解させて、江戸を明け渡し、住民も江戸の街も守った。西郷も冷静さを持つリーダーであり、山岡鉄舟もまた緻密な交渉のできた代理人だった。

今日は、一日キッズサッカー大会です。今は、「昭和の日」ですが、前は「みどりの日」と言っていました。新緑の中で、子供たちが元気に駆け回る姿は、エネルギー溢れる若さを感じます。宇土市に在る「つづじヶ丘公園」の広場で開催します。お時間のある方は、足を運んでいただければ幸いです。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 04:07Comments(0)故事、名言、訓示、スピーチ

2014年04月26日

「思・念・欲・念・語・笑・悠・楽・喜・怒」多ければ誤る?

「思・念・欲・念・語・笑・悠・楽・喜・怒」多ければ誤る?

朝ウォーキング、朝が早くなったら、朝の挨拶が増えた。ウォーキングもにぎやかになって来ました。

さて朝読書ですが、今朝は意外な喜怒哀楽の多さが、自分の成長を妨げるとある。さてそれは、下記のものです


 【十多の説---道教】(安岡正篤)
 道教の方に十多の説がある。

一、思多ければ神(こころ)怠る
二、念多ければ志散る。
三、欲多ければ智損ず。
四、事多ければ形疲る。
五、語多ければ気傷(やぶ)る。
  べらべらしゃべるのは気が散るものであることは誰もよく気がつく。
六、笑多ければ臓損ず。
  これは一寸意外に思う人が多いであろう。
  笑うことは気持が好いから内臓の為に良いと思えるが、
  此処はくだらぬことにへたへた笑う意味であるから、
  締め括りがない。
  臓は含蓄力であるから、ひきしまらぬのは悪い。
七、愁多ければ心懾(おそ)る。
八、楽多ければ意溢る。
九、喜多ければ志昏し。
十、怒多ければ百脈定まらず。

九など一寸誰も気がつかぬことで、なかなかきびしい。
玩味するとなかなか味がある。

(以上、書籍『安岡正篤一日一語』(致知出版社)より)


>思・念・欲・念・語・笑・悠・楽・喜・怒

十の喜怒哀楽の過ぎたるは、人生を誤る説にへんに納得した。
なかなか、先人の知恵をいただける言葉ではないでしょうか。

過ぎたるは及ばざるがごとし。日々、自分は十の説で、どこが過ぎているか?

昨日、駐車場の整理中に、長い公演時間から、自分の時間に合わせて遅くに会場に着かれた団体があった。

「駐車場は満杯です。すみませんが、別の市駐車場へ移動ください」とお願いすると、「主催者へ連絡した。停めれると聞いたから、どうにか停めさせてくれ」と語気強く要求されたが、「この状況を見てください。申しわけないですが、他の出演者も移動していただいていますので、お願いします」と言うと、「荷物があるから、停めさせてくれ」と言われるので、「荷物運びは手伝いますので、降ろされたら車だけは別の駐車場へ移動お願いします」と。運転手は納得されたが同乗者の一人が、しつこく駐車要求が続き、流石に私も「じゃ、勝手に止めてください」と言って要求場所の障害物をどかしに行くと、いつの間にか会場へ入って消えた。

反省会で、事の内容を説明すると、「アッ、◯◯のグループ、初めてだけんね。でも出演後、大満足だったと言っていた」と説明があった。私は、始めから気持ち良くするような態度なら、その言葉を聞いて気分が良いが、駐車場騒動の様子から少々後味の悪い印象残った。

欲・語・悠・楽・怒

上記の5つが過ぎたグループだったと思います。皆さんの協力で成り立つ、様々な催しなので、少し控えめに5つの要望をしていただけると、すべてが心地よく治まったのにと思いました。相手への厳しい対応は、回り回って必ず自分へ返って来る諺があります。今日は、「十の説」を念頭に置き、過ごしたいと思います。

午前は、建築の打ち合わせ、7月の九州の龍馬会の集いで講師をお願いしている方と打ち合わせ、午後は、企業インターンシップに参加した大学生の発表会に参加予定です。「十の説」から物事を見ると違った気づきがあるのかもしれません。
  


Posted by ノグチ(noguchi) at 07:30Comments(0)安岡正篤語録

2014年04月24日

(スポーツ談義)一人ひとりに合った教育が、これから益々必要。

(スポーツ談義)一人ひとりに合った教育が、これから益々必要。

約1時間半、高校スポーツの指導を30年以上続けている方と、久しぶりに語りました。小学校部活動、地域社会人の健康スポーツの振興、高校の部活動、中学受験の経験者の中高での状況、スポーツと勉強、人間関係を培う能力、学校の部活動に関わる親たちの意識の変化、部活動と民間クラブのあり方、スポーツとコミュニケーション力の関係、さらに話が飛び、古建築の改修まで、延々語りました。

こんなにゆっくり語ったのは、数年ぶりかもしれません。職能や活動分野の違う人との意見交換は、自分の考えを整理ことになると、最後には話がなりました。今日は、相手に私のまとまらない話を聞いてもらい、相手の経験からスポーツ指導の考え方、教育に対する基本的姿勢を聞き、それから広がる話を互いに楽しみながらしていたら、アッと言う間に1時間半が過ぎていました。共通意識持つ友人との語らいは、楽しい時間でした。

2020年の東京オリンピックの期待される選手が、よくテレビで紹介されます。体操、水泳は中学生。陸上、サッカーなどは高校生が、親たちも関心が高まっているのではと思います。

天草での 昼食の時、全国中学陸上で銅メダルに輝いたリレーチームメンバーだった親も一緒だったのですが、「地方の子どもを都市部のスポーツ校に進ませるのはいいが、ケガや故障を覚悟しておかなければならない。我が家は、地元の進学校に進ませた。将来は、田舎で生きるためのスキルを得るため、勉強も重要と思っている」と語った。

勉強だけではコミュニケーション力が付かない。スポーツだけでは将来のスキルアップの基礎勉強が不足する。我が家もそうでしたが、親たちは悩みながら子育てをしているなとつくづく思います。一人ひとりに合った教育が、これから益々必要だなと思います。

これから、少し仕事の事務作業をやり、夕方の防犯パトロールに行きます。今日も、外回りの多い一日のようです。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 17:07Comments(0)教育問題

2014年04月23日

「天高く さえずり飛ぶ 雲雀かな」春の朝ウォーキングは、自然と共に人が生きていることを知らされます。

「天高く さえずり飛ぶ 雲雀かな」春の朝ウォーキングは、自然と共に人が生きていることを知らされます。

家を出る頃はまだ暗いですが、10分も歩けば空が白んで来て、気温も7~8℃くらいでしょうか? 肌寒さはありますが、急ぎ足のウォーキングは20分も歩けば、身体も温まり、40分もすれば汗ばんできます。肌のあたる冷えた空気と、身体から湧き出る温かさ、加えて明るくなった空を高く飛ぶ雲雀のさえずりは、人は自然の中で生きていることを、朝ウォーキングで気づかされます。

自然の動植物は、人間の生活の近くで生きているのではなく、私の地域のように田舎の風景では、人間が自然の中で生かしてもらっていることを再確認します。

昨日、諫早の開門調査を要求する有明海漁連の決起行動を考えるに、広大な海を干拓し、淡水化する自然の人工化作業が、有明海全域の自然環境を変えたと思います。

人類の強行に対し、海の自然が環境を悪化させ、再生実行のシグナルを出しているようにも思えます。利益ばかり追う、市場経済思考の現代社会だが、そろそろ自然と共生し、心豊かな生活を創造することが、明るい未来を作るように思います。

今日の午前は、来月の男女共同参画社会づくり仲間「熊本県つばさの会・宇城支部総会」の準備とお知らせ通信の発送。昼食時は、7月12日に開催予定の「全国龍馬社中・九州ブロック総会」の打ち合わせ会、午後は建築の打ち合わせと続きます。外回りの一日になりそうです。

早朝、鳥のさえずりを聞きながら歩くウォーキングも、いろいろ気づかされるものです。今日も一日に、元気に過ごしましょう。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 06:44Comments(0)私の意見

2014年04月22日

日本人は素晴らしい。でも当たり前のことでは? 恐るべき日本人…中国ネットで賞賛の声。

日本人は素晴らしい。でも当たり前のことでは? 恐るべき日本人…中国ネットで賞賛の声。

昨日の布巾を洗濯中に、ネット検索していたら下記のことを見つけました。日本では、当たり前のことが、中国では驚かれている。民族の違い、家庭教育の違いだろうか。日本人は、神戸震災以来、良識の民族として高く評価されてきているような気がします。


〜以下、ネットニュース転載〜

恐るべき日本人…様々なエピソードに驚愕、中国ネットで賞賛の声

世界の旅行市場の中で、中国の存在感が増している。中国国家統計局によると、2013年に海外旅行者した中国人は延べ9819万人。対前年比で18.0%の高い伸びとなっており、2014年には1億1000万人を突破すると見られている。人民網などが報じた。

海外旅行者が増えるのにともなって、ネット上に発表される中国人の日本旅行記も増えている。実際に訪日した中国人たちの旅行記は好意的なものがほとんどだ。例として最近発表された「恐るべき日本人」と題した文章を紹介しよう。

筆者は日本旅行を経験した中国人で、自身の体験や人から聞いた日本人の礼儀正しさに関する以下のようなエピソードを列挙している。

「阪神淡路大震災の時、ある貸金業者が多くの被災者に無利子・無担保で融資を実施したが、“恐ろしいことに”3年後にはすべて返済された」

「1994年の広島アジア大会の閉会式後、6万人を収容した競技場に紙屑一つ落ちていなかった」

「日本の若者は痰を吐いたり、ゴミをポイ捨てしない。エスカレーターに乗る時には、急ぐ人のために片側を空けている。交差点では必ず青信号になるまで待つ」

「1人でツインルームに泊まった際、日本の友人から『使うベッドは一つだけにすればホテルの手間が省ける』と忠告された」

「ガソリンスタンドでは従業員が車の誘導から給油、会計まですべてやってくれるため、車を降りる必要がない」

「誰もいない道端に無人の販売所があって、ミカンが1カゴ100円で売られている。誰かが盗んでも分からないのに、常に商品が補充され、しかも盗む人がいない」

「レストランやバー、喫茶店、商店、路上などで大声で話している人がいない」

文章は、こうした日本人の礼儀正しさを「恐るべき高度な文明だ!」などと称賛する一方で、「5000年の文明を誇る中国人は、文化大革命後に文明を失った」と中国の現状を嘆いている。(編集 都築)

(以上、ネットニュースより)  


Posted by ノグチ(noguchi) at 14:01Comments(0)新潮流、論文

2014年04月20日

【日曜読書】三国志“魏”時代の5つの人物チェック、なかなか鋭い。

【日曜読書】三国志“魏”時代の5つの人物チェック、なかなか鋭い。

おはようございます。雨の日曜日、目覚めが早く、ゆっくりと朝読書です。読書からの気づきから書きます。

心の動きは、表現に密接に関係ある。

人の表情、行動は、心が決めている。

良からぬことを企てるのも“心”しだい。

陽明学に、抜本即言論がありますが、それは「良からぬことを企てる心を、考える前に抑える(考える前の状態に戻す)考え方です。もともと人間は、良心を持って世に生まれてくる。しかし、なぜ悪人が出てくるのか。古代中国では、心を律するには、(生きる道を学ぶ)学問が必要と先人は気付き、易経から生まれた「論語」が、さらに朱子学、陽明学と進化してきた。

私の浅学の知識・経験でも、人物を冷静に観察すると、以外にその人物の心情に気付くことがあります。

私は、学者ではないので、正論ばかりでは楽しいないので、エピソードや人の生きざまに興味があり、多種多様な著書や雑誌を多読をして来ました。中でも多いのが、人生訓などの古典が多い。その一つ中国古典の『十八史略』の解説書に、面白い一節があります。

〜人間鑑定のチェックリスト〜

「居てはその親しむところを視(み)、富んではその与うるところを視、達してはその挙ぐるところを視、窮してはそのなさざるところを視、貧してはその取らざるとことを視る」

【意味】
・ふだん、だれと親しくしているか見ること。
・財産がある場合、どういう人に与えているか見ること。
・長であるならば、誰を登用したかを見る。
・困っているならば、何をしないで耐えているかを見る。
・貧しいならば、何を取ろうとしないかを見る。

これは、春秋戦国時代の「魏」の訓示ですが、現代にも通じる人物鑑定チェックの方法と思います。

人間、何を欲して生きているか?
人間、周りから評価の効果の狙いは何処か・何をしているか?
人間、厳しい状況下でどんな行動を取るか?

人間社会は、微妙な人間関係(バランス)の上に成り立っている。また日本社会は、様々な思惑が織りなす欲求がぶつかり合いながらも、調和する民族。これを生き抜くには、先人の智慧である古典の「論語」を代表とする四書五経から連なる人生訓、教示、さらに江戸、明治の偉人たちの生き方を、自分の人生に照らし、自己修正を常に行いながら生きるしかないと知らされます。

朝から、気難しい話になりましたが、休日の朝、雨模様なのでウォーキングも休みで、何度か読んだ本を読み返す時間と思っています。

今日は、昼は地元の婦人会総会、夜も地元の体育協会総会に参加です。地域の方々と語ることは、自分の言動の修正に多いに役に立ちます。今日一日、謙虚に人の意見に耳を傾けたいと思います。  


2014年04月17日

心は言葉と表情に現れる。志のある人、志のない人。〜言志四録〜

心は言葉と表情に現れる。志のある人、志のない人。〜言志四録〜

おはようございます。朝ウォーキングの挨拶、明るく気分良くなるように、元気な声で交わす。安岡正篤先哲は、「挨拶は、相手にしているが、実は自分へもしておる」とあった。その時の心情が挨拶に出ることもある。また、人は後ろ姿が大事という人もいます。気持ちを切り替えて、今日も一日元気の過ごしたいと思います。

朝読書で、数日前からまた読んでいる佐藤一斎の訓示録『言志四録』を、渡辺五郎三郎氏による編著『佐藤一斎 一日一言』のはじめの方にある教示を読み、日々気持ちを切り替えることは大事と思います。

(以下、本より転載)

心は言葉と表情に現れる

心の形(あら)わるる所は、尤も言と色とに在り。言を察して色を観れば、賢と不肖と、人痩(かく)す能(あた)わず。

【訳】
人の気持ちが最もよく現れるところは言葉と表情である。言葉の内容を推察して顔色を見れば、その人が賢い人か愚かな人かがわかるもので、人はそれを隠すことはできないものである。
(以上、『佐藤一斎 一日一言』より)


朝の挨拶、毎日交わしていると相手の心情を察することができるもので、上司や部下の心の状況を察して、言葉かけをすることはとても大事と思います。訳の中で、

>賢い人か愚かな人かがわかるもの

から、別の訓示目が停まった。

(以下、転載)

志のある人、志のない人

志有るの士は利刃(りじん)の如し。百邪辟易(ひゃくじゃへきえき)す。志無きの人は鈍刀の如し。童蒙(どうもう)も侮翫(ぶかん)す。

【訳】
志のある者は鋭利な刃のようなもので、多くの魔物も退散してしまう。志のない人は切れない刀のようなもので、子供ですら馬鹿にする。
(以上、『佐藤一斎 一日一言』より)


江戸の賢人の人間分析は鋭いと思います。自分も周りから観察されていることを意識して、言動に気をつけたいと思います。今日の午後は、地域の代表と共に挨拶回りがあります。合う方々に、元気な挨拶を届けたいと思います。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 07:23Comments(0)斉藤一斎「言志四録」

2014年04月16日

「名を成すは常に窮苦の日にあり、事を破るは多く志を得た日に因る」〜『酔古堂剣掃』〜

「名を成すは常に窮苦の日にあり、事を破るは多く志を得た日に因る」〜『酔古堂剣掃』〜

午前は建築の打ち合わせでアッと言う間に終わり、午後は地域づくりの企画作りで夕方がすぐ来た。時の過ぎるのは早いものです。人間、よかったり悪かったりです。実は、昨日は予定をはるかに超える日程消化で良かったと思いきや、古い家の当主としてポカをやっていました。人間、至らないことばかりと思い、反省しきりです。

さて、江戸後期最大の儒家の佐藤一斎の訓示録『言志四録』の365訓が書かれた『佐藤一斎、一日一言』の7月17日の訓示に目が止まった。

タイトルは「敬を以って順境を貫く」でした。江戸言葉は、難しいので現代語訳を紹介します。

(以下、本より転載)


人の人生には、順境もあれば逆境もある。これは栄枯盛衰の理法というものであって、少しもおかしなことでもない。また私が自ら調べてみたところによると、順境のさなかにも逆境があり、逆境のさなかにも順境がある。だから、逆境にあるからといってやけくそになったり、順境にいるからといって怠け心を起こしてはいけない。ただ敬の一字を心に置いて、順境も逆境も終始一貫すればいいのである。
(以上、『佐藤一斎、一日一言』)


人には、苦しい時代が長い。勝海舟は、長い下積みがあった。だから、登り始めたら急上昇したのか?

坂本龍馬は、少年時代は仲間に相手にされず、姉に指導をされた。江戸の千葉道場では、目を見張る成長で他を圧倒しながら、人を惹きつけるものまで備わっていた。

人は苦しみの中で、背水の陣の状況に追い込まれた時に真価が問われる。その厳しさが長いと、普通はめげたり、やげやりになるものです。その状況で、周りへ責任をそらさず、自らに責任を負い、こつこつと自分を高めることを忘れない。

人間、24時間がみな同じです。人のご縁の中で、生きていることを忘れずに、声がかかったら断らない。忙しい時でも、丁寧に対応する。生活が厳しい時でも、敬意を表すことに努める。

冒頭の『酔古堂剣掃』の訓示の原文は、「名を成すは毎(つね)に窮苦に日に在り、事を破るは多く志を得るの日に因る」です。また孟子の訓示にも、「孟子曰く、人の徳慧術知(とくけいじゅっち)ある者は、恒(つね)に疢疾(ちんしつ)に存す 」がある。

意味は、「孟子がいわれた。およそ徳行・技術・才智に秀れた人は、おおむね非常な災患の中にあって〔発奮して努力するので〕、その才能が磨かれたからである」。有史以来、人物(人格者)は、安楽な状況からは登場しない。ライオンは、我が子を谷底へ突き落とす。苦労を買ってまでする必要はないが、苦境にある人は「今、天が自分を成長させている」と思い生きれば、道は拓けると思いたい。だから謙虚に生きることが大事と思います。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 00:09Comments(0)斉藤一斎「言志四録」

2014年04月12日

<準備も大事>与えられた現状一所懸命努力する以外に成功なし。~市村洋文~

<準備も大事>与えられた現状一所懸命努力する以外に成功なし。〜市村洋文〜

朝読書、「朝」をキーワードに雑誌を探したら、今月の『致知』に、企業コンサルタントの市村洋文氏(ファーストビレッジ株式会社代表取締役社長)のインタビュー記事があった。文中に次の言葉があった。

(以下、抜粋)

朝を制するもにはすべてを制す。

どんなに仕事で辛いことがあっても、結果が出なくても所詮は平時の戦い。そう腹を括って、とことんモーレツにに働く人間はいつか必ず成果が出ると思う。(中略)

最近、周囲から「市村さんはなんで成功したんですか」と聞かれることがしばしばあるが、30年間のビジネス人生を振り返って私が出した答えは、
「朝を制するものはすべてを制す」
生活習慣はその人の運を決定する。私は、新入社員の時から毎朝6時出勤していた。これはKOBE証券の社長をしていた時も、そしていまも継続している私の習慣の一つである。(中略)

先輩社員が7時半に出社するまで、「朝日新聞」「毎日新聞」「産経新聞」にすべて目を通し、必要なものはコピーしファイルする。仕事のファックスは、朝一に相手先へ送信した。・・・・
(以上、『致知』より)

素晴らしいと思います。飲み会の次の日が弱い私のには、厳しく聞こえる習慣にも思います。

私は、『朝活』のススメも大事と思いますが、前日の準備が次の日の行動をスムーズにすると思っています。前日の準備を怠れば、朝活どころではありません。人生も日々の仕事も、今日できることは今日やり、明日にゆとりを持たせることも必要な習慣と思います。

今朝は、早くに出るので昨日のうちに、準備を済ませたので朝ウォーキングにも出かけれました。早々に、朝食を済ませて、今日の予定を実施できるようにしたいと思います。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 07:14Comments(0)リーダーの名言

2014年04月11日

<江崎玲於奈氏のメッセージ>チャレンジ精神なしに、よき人生は送れません。

<江崎玲於奈氏のメッセージ>チャレンジ精神なしに、よき人生は送れません。

おはようございます。朝ウォーキングでの挨拶は、地域とのつながりの一歩と思います。

今朝は、雑誌『致知』4月号のノーベル賞受賞の江崎玲於奈氏と筑波大学名誉教授の村上和雄氏との対談録を読み、STAP細胞研究の小保方さんのことを考えました。

江崎氏は、アメリカで半導体トランジスターが誕生し、「科学は必ずしもそれまでの延長線上にはない。研究とは新しい未知のものを見出すものだということを身にしみて感じました」と。

江崎氏は、“エザキダイオードにおけるトンネル効果”で、ノーベル賞を受賞したのですが、最初その研究成果を1957年の日本物理学会で発表したが、なかなかその意義を理解してくれなかった。それを高く評価したのは、アメリカの物理学会誌の読者たちだった。その要望を受けて、ヨーロッパで開催された固体物理学の国際会議で発表した。

翌年、アメリカで2ヶ月間講演旅行をやった時は、エザキダイオード・フィーバーが起きた。いくつもオファーがあり、日本と比べてはるかにオプションが多く、評価が公平なアメリカの研究環境に憧れて、考えた末、ニューヨークに近いIBMのT・Jワトソン中央研究所で働くことを決めたそうです。

ノーベル物理学賞の受賞は、アメリカへ移って13年後こと、知らせは、ニューヨークのラジオ局から「ノーベル賞おめでとう、今のお気持ちは?」でした。その受賞は、日本中が沸きに沸きました。後の歴史は、みなさんご存知と思います。

江崎氏は、IBM勤務時代に若い人に言っていたことは、「考えられないことを考えなさい」だそうです。IBMの社内には、「Think」という標語があちこちに貼ってあった。また、アップル社のスティーブ・ジョブズは、「Think deferent
」つまり、ただ考えるのではなく、違ったことを考えろ。これをうけて江崎氏は、「Think unthinkable」考えられないことを考えなさい、と言い続けたそうです。素晴らしいと思います。

最後に、江崎氏が提唱したノーベル賞を取るための五か条「江崎の黄金律」が紹介されています。

一、いままでの行きがかりにとらわれない。
二、教えはいくら受けてもいいが、大先生にのめりこまない。
三、無用なガラクタ情報に惑わされない。
四、創造力を発揮して自分の主張を貫くには闘うことを避けてはならない。
五、子供のような飽くなき好奇心と初々しい感性を失ってはいけない。

江崎氏は、「誰でもある程度は好奇心や進取の気性を持っているわけですしね。何か私が特別なわけではないと思います」と付け加えている。

この対談を読むと、新奇性に富む発明、発見を認めようとしない日本社会の気質が見えてきます。島国気質とか、保守的とか言われますが、ならばそれを認める国へ、地域へ出向きチャレンジすること必要な生き方と思いました。

今日は、一日打ち合わせで外回りですが、江崎氏の言葉から、新しいことにチャレンジする人を応援するような仕事に関わりたいと思います。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 07:35Comments(0)リーダーの名言

2014年04月10日

浮き沈みに一貴一憂していては身が持たない。悠然と生きる。

浮き沈みに一貴一憂していては身が持たない。悠然と生きる。

おはようございます。朝ウォーキングは、予定時間に起きれず、ショートコースでした。でも、歩くと気分はスカッとします。風呂が溜まる間に、朝読書です。今日は、中国古典の名言集です。守屋洋氏の編著が好きで読んでいます。

今日は、次の三つの言葉です。

一死一生、すなわち交情を知る。
一貧一富、すなわち交態を知る。
一貴一賤、交情すなわち見わる。

偉くなったり金持ちになったりすれば人が集まり、貧乏になったり左遷さされたりすると人は去る。それを薄情だと恨んでもいたしかたない。人のつき合いというものはそんなもの、というのである。・・・、

だから、高いポストに抜擢されたからといって得意になることもないし、左遷されたからといって悲観することもない。人生の浮き沈みに合わせて一喜一憂していては、身が持たないと思います。悠然と、日々の与えられた仕事をこなして行けば、いつか又役が回ってくるものです。投げやりになるのでなく、目の前の問題を誠意を持って取り組むしか、道は開けないと思います。

ただ肝心なのは、私利私欲が多ければ人は集まらない、と先人も語っている。

「桃李言わずして下自ら蹊を成す」

漢の時代の猛将「李広」は、私欲の無い人で、恩賞はことごとく部下に分けてやった。行軍中の泉での水飲みも、部下が飲み終わってから飲んだ。李広の下には、有能な人材が自然に集まって来た。それが、上記の言葉となった。日本にこの史実にあやかった大学が「成蹊大学」ですが、そんなリーダーがはして現代にいるか?

人の縁は、自分の言動を写すものとも言います。

一死一生、一貧一富、一貴一賤。

周りの噂に、一喜一憂せず。誠実に、自分もできることを実践するしかないのだと思います。今日は、建築の仕事を済ませること、午後は今月末のイベント手伝い、与えられた仕事を地道にやりたいと思います。

*参考資料:守屋洋著『中国古典 一日一話』  


Posted by ノグチ(noguchi) at 07:07Comments(0)故事、名言、訓示、スピーチ

2014年04月09日

(白寿の訓示)「少年老い易く学成り難し」「万世の為に太平を開かむと欲す」。

(白寿の訓示)「少年老い易く学成り難し」「万世の為に太平を開かむと欲す」。

おはようございます。朝ウォーキングは、気分を前向きにしてくれます。軽い汗をかき、シャワーで一日が始まります。

今月の『致知』に、99歳の伊与田學氏と渡邊五郎三郎氏の対談が掲載された。述べ10ページに及ぶ対談録は、とても感銘を受ける言葉が続いた。まず、96歳の名言だが、渡邊氏言葉に目が止まった。

「基本はやっぱり明るくものを考えていくということでしょうね。悪く考えるよりも、天から与えられたものだと、明るく明るく考えてほしい。」

人生は苦労の連続、それをどう切り抜けるか、その基本は明るく考えて生きること、至言のように思います。

また『致知』4月号のテーマは、「少年老い易く学成り難し」になっていて、初めの巻頭言に、日本人なら一度は聞いた訓示があった。

「少年老い易く学成り難し、一寸の光陰軽んずべからず、未だ目覚めず池塘春草の夢、階前の梧葉已に秋聲 」

(解説)「歳を取るには早い、理想を成就するのは難しい。わずかな時も無駄にしてはならない。石段の脇に繁るアオギリに葉が秋に訪れでいつしか色づいているように、少年時代を楽しむうち、早くも老境は迫ってくる」。

両氏は、99歳、96歳になりながらも今だに学び続け、同じ学を求める人々と交友を深め、さらなる出会いを求めて講演活動も続けておられます。気持ちに若さに、学ぶところが多く、私のような中年は、足元にも及ばないと痛感します。

両氏の共通の先生が、昭和の東洋哲学者の安岡正篤氏で、「平成」を名付けた方として有名ですが、太平洋戦争の終焉を伝える勅旨の最後に、「万世の為に太平を開かむと欲す」の一文加えられた。

渡邊氏は、「この言葉を自分たちなりに、道義によって世界に貢献あいていくことだと理解して、青年海外協力隊を作った」。後年、政府が受け継ぎ、これが今も続いていて、今日まで4万人を越える日本人が海外へ派遣されました。正に「万世の為に太平を開く」活動と思います。

伊与田氏は、99歳に至るまで幾多の病に苦しんだが、希望を持ち生き続けこられた。対談の末尾に、『中庸』の「患難に素しては患難に行う」とあり、伊与田氏は、

「まぁ病気になったら病気になったで、あまり気を患わさずに対して行く。そうすると気が楽ですね。人生には困難がつきものですが、そういう姿勢で乗り越えて学びを深めていく」。

常に前向きな生き方が、白寿(99歳)の老人とは思えぬ言動が続けられるのだと思います。文中に「『論語』学ぶことは天命を知ることです」ともあった。

今日は朝から論語の話でしたが、午前・午後は小中学校の入学式です。これから学ぶ子供たちが、先人たちの教示を学び、人生の艱難を切り抜ける糧にして欲しいなと思います。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 07:28Comments(0)故事、名言、訓示、スピーチ

2014年04月08日

<新聞週間>新聞を読む習慣を若者たちへ伝える。

<新聞週間>新聞を読む習慣を若者たちへ伝える。

おはようございます。昨夜、建築の事務作業と関心のあるテレビの特番に、夜更かしを久々にしてしまいました。0時を回って、耳に入ったのが「ファミリーホーム」、どこにでもありそうな言葉だが、映像の最初の出てきたのは、顔をぼかした女子中学生が、自分の生い立ちを話ているものだった。

この女生徒は、まだ生まれて間もないころ、養護施設の玄関に置き去りにされて以来、実の親を知らずに過ごしたこと。小学生になり、元教師のある家庭が始めた里親の家(ファミリーホーム)に引き取られ育てられ、現在、中1、小5・4・2の男児とともに、共同生活をしている。生みの親は全て違うが、まるで兄弟にように過ごしていることを公開の場語った映像だった。

つい、最後まで見てしまった。番組冒頭でに、育児放棄や、様々な要因から実の親元で暮らせない子供たちは、全国に約31000人いると紹介があった。小学1年から20歳までしか、ファミリーホームには居れないが、兄弟としての経験は、人生にはとても大事な経験と、心の育成につながると思いました。

〜ファミリーホーム(厚生労働省)〜
>ファミリーホームは、平成20年の児童福祉法改正で「小規模住居型児童養育事業」として実施されたが、それ以前から里親 型のグループホームとして自治体で行われていた事業を法定化したものであり、里親のうち多人数を養育するものを事業形態 とし、相応の措置費を交付できる制度としたものである。・・・・

「新聞週間」
さて、前置きが長くなりました。今日から新聞週間特集記事が掲載れている。内容は、震災直後の新聞関係者の奮闘を讃える話題だった。仙台市の東四郎丸児童館長の小岩孝子さん経験と新聞関係者への敬意を表す言葉が並んでいる。

震災翌日に届けられた新聞で、避難所と化した児童館で昼夜なく働く中で、大きな揺れの後の津波、被害の様子は新聞を見て理解できたと語った。また、地域情報が寸断される中、新聞販売所が独自に地域情報を知らせるミニコミ紙を作り新聞に織り込み始めた。新聞販売所仕事の合間をぬって、自転車を走らせ地域の困りごと、新たな情報載せた。地域のつながりを感じるとても大事な「応援隊」となっていることを紹介。

小岩さんは、「新聞には、生きて行きために必要なヒントがたくさんのっている。見つける気持ちを子供たち持たせたい」と思いが書かれていた。最近、活字離れ、新聞離れが進んでいる聞くが、ネット社会だからこそ、短な話題を知れる地域新聞こそ、これからの地方社会に必要なメディアと思います。

年を取るほどに、新聞が楽しみなっているが、やはり家族が老い、子育てで関わった地域のみなさん、人は社会と関わることが、人間的にも成長をさせてくれると思います。新聞と地域、私の人生に欠かせないものになっています。

今日は、午前中は建築の打ち合わせ、午後は提出書類、溜まった原稿を書きます。天気も回復し、良い一日になるように願っています。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 07:40Comments(0)東日本大震災地域活動、まちづくり

2014年04月05日

<行き詰まり>君子固(もと)より窮す、小人窮すればここに濫す。

<行き詰まり>君子固(もと)より窮す、小人窮すればここに濫す。

おはようございます。そろそろ、朝ウォーキングに出かけます。昨日読んだ本『四書五経の名言録』から、考えたことを書きます。

孔子が、窮地に追い込まれたことがある。敵対する領主(国主)へ教示するために移動する途中に、その国と敵対する領主の王が、孔子の行き道を阻んだ。孔子の高弟の子路がその境地に陥った状況を問うた。

「君子もまた窮することはあるか?」

その問いに孔子の回答が、

「君子固より窮す、小人窮すればここに濫す」

ただ、孔子はそう言ったが、慌てず、騒がず、いつもと同じように、淡々としていたといわれます。私どもも、できればそうありたいものです。要は、孔子は窮地に陥っても動揺せず、淡々と状況を分析し、打開策を見出す。

話は変わるが、『易経』に厳しい状況に対応する心得がある。その教示が、

「窮すれば則ち変ず、変ずれば則ち通ず」

人生には、何度もはないかもしれませんが、平穏無事の人生の方にも、1、2度は必ず窮地に追い込まれる事態が起こる。

その時どう動くか?

行き詰まった時、社会的な敗者の状況に陥ったら、最悪“逃避(自殺)”もありますが、人間逃げがなければ、必ず手を差し伸べる人が出てくる。

私の師は、50代に衆議院議員選挙に出た、それも2度。みごと落選したが、元の拠点だった関東(職場)へ逃げ帰らず、熊本で世話になった方々に、お礼の挨拶を指定いる内に、次の活動テーマを得た(させられた)。

なんとその師は、その活動記録をまとめて出版したら、熊日の出版賞をいただくことになりました。人生には、いくつもステージがあると気づかされます。

人間、逆境に追い込まれても、“逃げない”ことがとても重要と思います。また、人生、長ければ良い面はありますが、問題は長いほど原因究明の質問(疑問)が、少なくるように思います。

前知事の潮谷義子さんは、「命に頭を垂れる」と講話の中でよく語られました。これからは、年長者が謙虚になり、次世代のため、苦しくても再起できることを、しっかり伝えて欲しいと思います。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 04:45Comments(0)

2014年04月02日

水俣病を思い詠まれた天皇皇后両陛下の歌3首に感銘。

水俣病を思い詠まれた天皇皇后両陛下の歌3首に感銘。

おはようございます。約3週間ぶりに早朝ウォーキングを再開しました。気候も良くなり、夜明けが早くなったなと思います。

今朝の朝刊に、昨年開催された「全国豊かな海づくり大会」で、天皇皇后両陛下が詠まれた歌碑が建立された。その3つの歌は、水俣病に苦しむ患者へいたわりの心が滲み出るものでした。

「慰霊碑の先に広がる水俣の海青くして静かなりけり」
「あまたなる人の患いのもととなりし海にむかいて魚放ちけり」
「患いの元知れずして病みをりし人らの苦しみいかばかりなりし」

一昨日も、水俣病の判決が出て、患者に認められた人、認定を受けれなかった人、まだまだ揺れ動く水俣病認定の難しさがあるように思います。その状況を鑑み、両陛下は苦しむ患者のみなさんへ思いを伝えたかったのかもしれません。

蒲島知事は、水俣病認定の判定業務を国へ返そうと訴えているが、国の返事はまだ出ていない。昭和の公害は、平成26年になっても解決の目処が立っていない。豊かな海から発生した水俣病、苦しむ患者の方々へ、安息の日が来るのはいつのことだろうか。

*熊日朝刊の「読者の広場」に投稿された文中から両陛下の歌を引用しました。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 06:39Comments(0)意見・異見

2014年04月01日

桜が日本の誇りであるのと同様、武士道もまた日本の誇りである。(渋沢栄一)

桜が日本の誇りであるのと同様、武士道もまた日本の誇りである。(渋沢栄一)

先週末から、日本列島は桜前線が、南から西へ移動し始めた。日本の春のイメージ『桜』が、平成26年度を始めさせている。

冒頭の言葉は、明治の元勲の一人、渋沢栄一の訓示録『渋沢栄一、巨人の名語録』の一言である。解説に、

「道徳に背くことや義理に欠くことを避け、人の行うべき正しい道を歩むという堅固で変わらない考えの持ち続けるのと同時に、礼儀と恥を知り、弱気を助け強気をくじくという気持ちを併せ持つことといえるだろう。・・・」


東日本大震災の救援物資を、寒い中、整然と順番を待つ日本人の姿には、世界中が感動した、と聞きます。これまた、武士道の良識が、現代の日本人にも確実に人の素養として、脈々と受け継がれていると感じます。

桜の季節に際し、日本人の心「謙譲」という教えを学び、後世へ伝えて行くことがとても大事と思います。社会には、最低限のルールがあります。闘争、論争、討論会等で、意見が交わされますが、良識ある日本人として、桜の下で未来を語れるよう時代を求め、地域を創り出す努力が必要と思いました。

*参考資料:本郷陽二著『渋沢栄一、巨人の名語録」  


Posted by ノグチ(noguchi) at 22:11Comments(0)リーダーの名言

2014年04月01日

桜が日本の誇りであるのと同様、武士道もまた日本の誇りである。(渋沢栄一)

桜が日本の誇りであるのと同様、武士道もまた日本の誇りである。(渋沢栄一)

先週末から、日本列島は桜前線が、南から西へ移動し始めた。日本の春のイメージ『桜』が、平成26年度を始めさせている。

冒頭の言葉は、明治の元勲の一人、渋沢栄一の訓示録『渋沢栄一、巨人の名語録』の一言である。解説に、

「道徳に背くことや義理に欠くことを避け、人の行うべき正しい道を歩むという堅固で変わらない考えの持ち続けるのと同時に、礼儀と恥を知り、弱気を助け強気をくじくという気持ちを併せ持つことといえるだろう。・・・」


東日本大震災の救援物資を、寒い中、整然と順番を待つ日本人の姿には、世界中が感動した、と聞きます。これまた、武士道の良識が、現代の日本人にも確実に人の素養として、脈々と受け継がれていると感じます。

桜の季節に際し、日本人の心「謙譲」という教えを学び、後世へ伝えて行くことがとても大事と思います。社会には、最低限のルールがあります。闘争、論争、討論会等で、意見が交わされますが、良識ある日本人として、桜の下で未来を語れるよう時代を求め、地域を創り出す努力が必要と思いました。

*参考資料:本郷陽二著『渋沢栄一、巨人の名語録」  


Posted by ノグチ(noguchi) at 22:11Comments(0)リーダーの名言

2014年04月01日

遠き未来を思い、今日明日の行動を考える。

遠き未来を思い、今日明日の行動を考える。

「人にして遠きを慮り無ければ、必ず近き憂いあり」

子供論語塾講師の安岡定子さんが、『致知』に論語の言葉を紹介している。紙面の中から少し抜粋をします。


(以下、転載)

人生は一日一日の積み重ねです。遊ぶことなど、自分の欲求を満たすために費やして終わってしまう一日もあれば、将来こうなりたい、という自分の思いに向かって過ごす一日もあるでしょう。同じ一日でも、それをどう積み重ねてゆくかによって行き着く先は違ったものになります。・・・・
(以上、『致知』語り継ぎたい「論語」の言葉、より)


一日一日をどう生きるか、積み重ねれば、10年後、20年後には大きな違いになる。孔子は、国づくりで最も重要なのは人づくりと考え、人間いかにあるべきか、を時続けた人です。


(以上、本より引用)

人生も政治も、今日の続きとして明日があり、明日の続きとして明後日があり、その延長線上に将来が築かれていきます。その将来がいかにあるべきかをしっかり考えながら、一日一日を大切に過ごしていただきたいと思います。
(以上、『致知』より抜粋)


光陰矢の如し、時のすぎるには早いものです。与えられる時間は皆同じです。問題は、時間をどう使うか? 将来(未来)を考えながら、今日のこの瞬間に何をするか、安岡定子さんの言葉から考えた、約束(打ち合わせ)までの待ち時間に読んだ『致知』でした。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 14:51Comments(0)孔子の教え