2021年07月31日
「死は前よりしも来たらず、かねてうしろに迫れり」〜徒然草〜
「死は前よりしも来たらず、かねてうしろに迫れり」〜徒然草〜
もう5年何過ぎましたが、真夜中に起きた大地震、熊本地震の「本震」の揺れは凄かった。一瞬「あっ、私はこれで死ぬのか?」と思いながら揺れに耐えた。
冒頭の言葉は、五木寛之さんの著書『死の教科書』にある一節にあった。
(以下、本より)
人間は否応なく死に向かって一日一日歩いている存在です。『徒然草』の「死は前よりしも来たらず、かねてうしろに迫れり」という言葉のように、こちらが気づかぬうちに背後から忍び寄り、不意に訪れることもあります。
(以上、本より転載)
今日は、天草市の本渡まで来ました。
もう20年近くなりますが、旧本渡市から苓北へ向かう道路で深夜に大変な事故があった。
大型トラックが厚い鉄板を積載していた。ロープが緩み、一枚がカーブで車体からはみ出したのを知らずに走っていた。仕事帰りの女性が運転する乗用車が対向車としてカーブですれ違った。すれ違いざまに、乗用車のウインドガラスとも削ぎ取るように鉄板がぶつかった。
実はそのコースを、その事故の半年前まで、建築の打ち合わせのため、週に2度、女性が運転する時間に走っていたのです。そのニュースを見て、背筋が寒くなったことを思い出します。
ほんとに死は突然に訪れる。"覚悟する"とよく言いますが、毎朝起きて、覚悟して生きなければならない、とこの文を読み思いました。
もう5年何過ぎましたが、真夜中に起きた大地震、熊本地震の「本震」の揺れは凄かった。一瞬「あっ、私はこれで死ぬのか?」と思いながら揺れに耐えた。
冒頭の言葉は、五木寛之さんの著書『死の教科書』にある一節にあった。
(以下、本より)
人間は否応なく死に向かって一日一日歩いている存在です。『徒然草』の「死は前よりしも来たらず、かねてうしろに迫れり」という言葉のように、こちらが気づかぬうちに背後から忍び寄り、不意に訪れることもあります。
(以上、本より転載)
今日は、天草市の本渡まで来ました。
もう20年近くなりますが、旧本渡市から苓北へ向かう道路で深夜に大変な事故があった。
大型トラックが厚い鉄板を積載していた。ロープが緩み、一枚がカーブで車体からはみ出したのを知らずに走っていた。仕事帰りの女性が運転する乗用車が対向車としてカーブですれ違った。すれ違いざまに、乗用車のウインドガラスとも削ぎ取るように鉄板がぶつかった。
実はそのコースを、その事故の半年前まで、建築の打ち合わせのため、週に2度、女性が運転する時間に走っていたのです。そのニュースを見て、背筋が寒くなったことを思い出します。
ほんとに死は突然に訪れる。"覚悟する"とよく言いますが、毎朝起きて、覚悟して生きなければならない、とこの文を読み思いました。
2021年07月30日
怒ると相手にうつる。〜喜怒哀楽は伝染する〜
怒ると相手にうつる。〜喜怒哀楽は伝染する〜
オリンピックとか、ドラマとか、周りでも、誰かが泣いているを見て、自分も泣く。これを「もらい泣き」と言います。
養老孟司著『養老先生のさかさま人間学』に、冒頭のことが解説されていた。
本の内容を要約すると、
怒る、悲しむ、楽しむ、
不思議なことに、この三つの感情は他人にうつります。伝染する。
怒ると同じ。相手が怒っているとよくけんかになります。これもうつるわけですが、どっちが先に起こったか、最後には分からなくなるのが普通です。
(以上、本より)
"怒る"に付随する感情に、
怒鳴る
見下げる
恨む
邪魔する
いじめる
嫌がる
相手の何かに"怒る"と付随していろいろな、負の行動が始まる。
中国の諺に、「陰口は、自らに返る」今の訓示があるそうだ。
また「尽心」の本来の意味は、人に心を尽くすのではなく、自らの心を育てることを尽くすということと知った。
「尽心」の教えからすると、人に「怒る」ことは、実は自らに怒ることになる。
人に怒ると、自らの心が鎮まらないから、自らの心を痛めることになる。
怒るに付随する行為は、自らの心を痛めていることになるのではないか。
人への怒りは、相手は伝わり、その反動から、実は自らの心を痛めている。
養老先生のさかさま人間学
なかなか、生き方のヒントが、詰まっているように思います。
人に嫌がらせをすると、自らの心を痛めていることになる。
人間誰でも陥る感情、気をつけねば!
オリンピックとか、ドラマとか、周りでも、誰かが泣いているを見て、自分も泣く。これを「もらい泣き」と言います。
養老孟司著『養老先生のさかさま人間学』に、冒頭のことが解説されていた。
本の内容を要約すると、
怒る、悲しむ、楽しむ、
不思議なことに、この三つの感情は他人にうつります。伝染する。
怒ると同じ。相手が怒っているとよくけんかになります。これもうつるわけですが、どっちが先に起こったか、最後には分からなくなるのが普通です。
(以上、本より)
"怒る"に付随する感情に、
怒鳴る
見下げる
恨む
邪魔する
いじめる
嫌がる
相手の何かに"怒る"と付随していろいろな、負の行動が始まる。
中国の諺に、「陰口は、自らに返る」今の訓示があるそうだ。
また「尽心」の本来の意味は、人に心を尽くすのではなく、自らの心を育てることを尽くすということと知った。
「尽心」の教えからすると、人に「怒る」ことは、実は自らに怒ることになる。
人に怒ると、自らの心が鎮まらないから、自らの心を痛めることになる。
怒るに付随する行為は、自らの心を痛めていることになるのではないか。
人への怒りは、相手は伝わり、その反動から、実は自らの心を痛めている。
養老先生のさかさま人間学
なかなか、生き方のヒントが、詰まっているように思います。
人に嫌がらせをすると、自らの心を痛めていることになる。
人間誰でも陥る感情、気をつけねば!
2021年07月24日
<チャンスは前髪>人生を変えるタイミングは、思考して準備万端で向かうには、間に合わない。
<チャンスは前髪>人生を変えるタイミングは、思考して準備万端で向かうには、間に合わない。
あなたの優先順位は何が基準ですか?
先駆者の思考と行動力(実践力)とは?
以下の二つの姿は、
まずやる人。
まず考える人。
あなたはどちらですか?
猪突猛進。
準備万端。
あなたは、どちら派ですか?
新しい発想は、世界の情報中から見つかります。日本の夜は、ブラジルの昼。インドの朝は、アメリカの夜。
情報から気づく発見・発明の閃きは誰でもあります。
その時に、どう動くか?
本『覚悟の磨き方』に以下の言葉を見つけました。
(以下、本より)
先駆者の思考
「何が得られるか」は後。「自分たちがやる意味」が先です。
群れから抜け出したかったら、
考え方の順番を思い切って変えてみることです。
(以上、『覚悟の磨き方』より)
人生を変えるタイミングは、試行して準備万端で向かうには、間に合わない。
その瞬間(場面・場所)に、こちらが合わせられるか?
チャンスは前髪をつかむこと、後ろ髪で 間に合わない!。
そこが、先駆者になれるか、ならないか、の差となる。
あなたの優先順位は何が基準ですか?
先駆者の思考と行動力(実践力)とは?
以下の二つの姿は、
まずやる人。
まず考える人。
あなたはどちらですか?
猪突猛進。
準備万端。
あなたは、どちら派ですか?
新しい発想は、世界の情報中から見つかります。日本の夜は、ブラジルの昼。インドの朝は、アメリカの夜。
情報から気づく発見・発明の閃きは誰でもあります。
その時に、どう動くか?
本『覚悟の磨き方』に以下の言葉を見つけました。
(以下、本より)
先駆者の思考
「何が得られるか」は後。「自分たちがやる意味」が先です。
群れから抜け出したかったら、
考え方の順番を思い切って変えてみることです。
(以上、『覚悟の磨き方』より)
人生を変えるタイミングは、試行して準備万端で向かうには、間に合わない。
その瞬間(場面・場所)に、こちらが合わせられるか?
チャンスは前髪をつかむこと、後ろ髪で 間に合わない!。
そこが、先駆者になれるか、ならないか、の差となる。
2021年07月23日
<自分を褒める>評価というのは、所詮、他人が勝手にする「レッテル貼り」。
<自分を褒める>評価というのは、所詮、他人が勝手にする「レッテル貼り」。
オリンピックが始まった。
"期待"という評価がある?
中には、「期待値」なる言葉を使う人も。
期待値=評価
とも読めます。人は、評価・評判は気にするものです。
善の教えに、以下の言葉があります。
「善悪難定(ぜんあくさだめがたし)」〜善の教え〜
他人と比べて自分をはかるのではなく、自分の心のうちに評価を問いかけていく。
(以下、『禅、比べない生活』より)
まわりからの評価というのは相対的で、絶対ではありませんから、時や場所が変われば、またその評価も変わる、ということです。
道元禅師は、「善悪は時なり」ともいいました。
(以上、本より)
要は、まわりからの評価としては成果が上がっていなくても、自分がその仕事に懸命に打ち込めたということなら、おおいに自分を評価してよし、なのです。
有森さんの「自分を褒めたいと思います」は有名ですが、自らを褒めて生きたいですね。
オリンピックのアスリート、自ら出せる全力です、悔いないプレーをしてほしいですね。
オリンピックが始まった。
"期待"という評価がある?
中には、「期待値」なる言葉を使う人も。
期待値=評価
とも読めます。人は、評価・評判は気にするものです。
善の教えに、以下の言葉があります。
「善悪難定(ぜんあくさだめがたし)」〜善の教え〜
他人と比べて自分をはかるのではなく、自分の心のうちに評価を問いかけていく。
(以下、『禅、比べない生活』より)
まわりからの評価というのは相対的で、絶対ではありませんから、時や場所が変われば、またその評価も変わる、ということです。
道元禅師は、「善悪は時なり」ともいいました。
(以上、本より)
要は、まわりからの評価としては成果が上がっていなくても、自分がその仕事に懸命に打ち込めたということなら、おおいに自分を評価してよし、なのです。
有森さんの「自分を褒めたいと思います」は有名ですが、自らを褒めて生きたいですね。
オリンピックのアスリート、自ら出せる全力です、悔いないプレーをしてほしいですね。
Posted by ノグチ(noguchi) at
07:21
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2021年07月15日
人脈の基本は尊敬である。〜曽野綾子〜
人脈の基本は尊敬である。〜曽野綾子〜
日本人は、初めて出会う人に頭を下げる。礼儀であり、常識(良識)である。
朝、父母、兄弟、祖父母に、「おはようございます」という家庭は、どれだけ日本に残っているのか?
毎朝、学校前に立っていると、登校班次第で、「おはようございます」の挨拶がない。
無いグループには、こちらから「おはようございます」というと返ってくるのが普通だが、それでも無言で横断歩道を渡る登校班も・・・
人間は、まず先輩、先人を敬うことから、始まると学びました。
曽野綾子の著書『中年以後』にある一節です。
(以下、本より)
人間の基本は尊敬である。私と友人でなくなった人がいるとすれば、それは私の人格が相手を失望させ、私が相手に対する尊敬を失った時である。そして尊敬を持たない相手は人脈の中に入らない。
(以上、『中年以後』より)
人は礼から始まる。孔子先生の訓示では無いですが、近き人にも挨拶を。
なんかのコミュニケーションの本は、"日々の挨拶"なのでないかと思いました。
日本人は、初めて出会う人に頭を下げる。礼儀であり、常識(良識)である。
朝、父母、兄弟、祖父母に、「おはようございます」という家庭は、どれだけ日本に残っているのか?
毎朝、学校前に立っていると、登校班次第で、「おはようございます」の挨拶がない。
無いグループには、こちらから「おはようございます」というと返ってくるのが普通だが、それでも無言で横断歩道を渡る登校班も・・・
人間は、まず先輩、先人を敬うことから、始まると学びました。
曽野綾子の著書『中年以後』にある一節です。
(以下、本より)
人間の基本は尊敬である。私と友人でなくなった人がいるとすれば、それは私の人格が相手を失望させ、私が相手に対する尊敬を失った時である。そして尊敬を持たない相手は人脈の中に入らない。
(以上、『中年以後』より)
人は礼から始まる。孔子先生の訓示では無いですが、近き人にも挨拶を。
なんかのコミュニケーションの本は、"日々の挨拶"なのでないかと思いました。
2021年07月12日
今朝の言葉「学ぶことは思い出すこと」〜吉田松陰思想の超訳〜
今朝の言葉「学ぶことは思い出すこと」〜吉田松陰思想の超訳〜
本『覚悟の磨き方』のテーマ「知」の一節から、
(以下、本より転載)
学ぶことは思い出すこと
思いやるとかやさしさは、
持つものてはなく、思い出すものです。
人を喜ばせようとするのは、善意ではなく、本能です。
「本来の人間らしさ」を取り戻すために、私は学びます。
(以上、『超訳 吉田松陰、覚悟の磨き方』より)
この言葉の解説はないのですが、これを読んで皆さんで感じてもらえると良いと思います。
本『覚悟の磨き方』のテーマ「知」の一節から、
(以下、本より転載)
学ぶことは思い出すこと
思いやるとかやさしさは、
持つものてはなく、思い出すものです。
人を喜ばせようとするのは、善意ではなく、本能です。
「本来の人間らしさ」を取り戻すために、私は学びます。
(以上、『超訳 吉田松陰、覚悟の磨き方』より)
この言葉の解説はないのですが、これを読んで皆さんで感じてもらえると良いと思います。
2021年07月11日
自らを誇示するのは小人。能ある鷹は爪を隠すが君子だか、ここぞという時務が来たら動く。(易経より)
自らを誇示するのは小人。能ある鷹は爪を隠すが君子だか、ここぞという時務が来たら動く。(易経より)
「君子は器を身に蔵し、時を待ち動く。何の不利かこれあらん」〜『易経』〜
解説を読むと、
(以下『中国古典百言百話 大学・中庸』より)
「器」とは、この場合、能力や差異のをさしている。ふだんからそれを磨いて、しっかり身につけておく。しかも、やたら見せびらかさない。そして、チャンス到来と見でとるや、さっと行動に移る。だから、有利に戦いを進め、あざやかに勝利をかちとることができる。そういう生き方を心がけるのが君子なのだという。
(以上、本より)
易経で言わんとすることは、
1.ふだんから実力をたくわえておく。
2.チャンスと見たら逃さない。
だと思うが、私はもう一つあると思う。
3.日ごろから色気(秘めたる意志)を出さない。
それこそ『中庸』の最初の章に、「尚絅」の考え方が語られている。
これは、服に例えているのですが、
麻布の粗末な上着を着て、下には絹をまとっているが、見えないようにしている。しかし、ちょっとした場では、チラッと覗かせる。
の意味ですが、要は、実力は気づかせるものであって、日常的に"私は能力がある、戦いには強い"と誇示していると価値は下がる、と。
熊本市に在る「尚絅高校」の校名には、そんな意味が含まれています。
冒頭の言葉の「時務」の意味は、チャンスもありますが、やらなければいけない役割の意味もある。
世の中には、"私が一番の人"を誇示する人は多いが、どれだけの実績を残しているかは、後の人が評価するもの。そのような宣伝(まやかし)に騙されてはいけない。
「尚絅」の志を持つ人に、会えるように自らも力を付ける努力をしなければと、朝から学びました。
「君子は器を身に蔵し、時を待ち動く。何の不利かこれあらん」〜『易経』〜
解説を読むと、
(以下『中国古典百言百話 大学・中庸』より)
「器」とは、この場合、能力や差異のをさしている。ふだんからそれを磨いて、しっかり身につけておく。しかも、やたら見せびらかさない。そして、チャンス到来と見でとるや、さっと行動に移る。だから、有利に戦いを進め、あざやかに勝利をかちとることができる。そういう生き方を心がけるのが君子なのだという。
(以上、本より)
易経で言わんとすることは、
1.ふだんから実力をたくわえておく。
2.チャンスと見たら逃さない。
だと思うが、私はもう一つあると思う。
3.日ごろから色気(秘めたる意志)を出さない。
それこそ『中庸』の最初の章に、「尚絅」の考え方が語られている。
これは、服に例えているのですが、
麻布の粗末な上着を着て、下には絹をまとっているが、見えないようにしている。しかし、ちょっとした場では、チラッと覗かせる。
の意味ですが、要は、実力は気づかせるものであって、日常的に"私は能力がある、戦いには強い"と誇示していると価値は下がる、と。
熊本市に在る「尚絅高校」の校名には、そんな意味が含まれています。
冒頭の言葉の「時務」の意味は、チャンスもありますが、やらなければいけない役割の意味もある。
世の中には、"私が一番の人"を誇示する人は多いが、どれだけの実績を残しているかは、後の人が評価するもの。そのような宣伝(まやかし)に騙されてはいけない。
「尚絅」の志を持つ人に、会えるように自らも力を付ける努力をしなければと、朝から学びました。
2021年07月09日
「百工あれば百念あり。一つに統(す)ぶるが匠長が器量なり」〜西岡常一(宮大工・法隆寺棟梁)〜
「百工あれば百念あり。一つに統(す)ぶるが匠長が器量なり」〜西岡常一(宮大工・法隆寺棟梁)〜
建築現場は、多くの職人の技で成り立っています。
建築士が、最近取り上げられていますが、設計は絵であり模型でしかありません。建築現場は、"原寸"の世界で、ネジや金具は、原寸でも見えない寸法が問われる世界です。
宮大工は、全てが手作りの大工や職人の技が問われる現場で、大工も様様に性格があるように、木々にも育った場所や気候で癖がある。
西岡家の家訓に以下があるそうです。
「木の癖組みは工人等の心組み」
工人とは、職人の意味なのですが、棟梁は職人と手を組み、心を一つにして、癖のある木を組み上げて、寺を建て、五重塔を作る、でしょうか。
>工人等の心組み
いい言葉だなぁ、と40年建築現場に立ち続けたものとして、学ぶことが多いです。
事務所を開設して間もないころ、年配の大工からの言葉は、すべてが学びになりました。建築士も現場で育ててもらうように思います。
西岡常一氏の言葉から、仕事は、やはり現場、現物、本人と真剣に対峙することから、学び成長があるのだと思いました。
*参考資料:岬龍一郎著『いい言葉は、いい仕事をつくる』
建築現場は、多くの職人の技で成り立っています。
建築士が、最近取り上げられていますが、設計は絵であり模型でしかありません。建築現場は、"原寸"の世界で、ネジや金具は、原寸でも見えない寸法が問われる世界です。
宮大工は、全てが手作りの大工や職人の技が問われる現場で、大工も様様に性格があるように、木々にも育った場所や気候で癖がある。
西岡家の家訓に以下があるそうです。
「木の癖組みは工人等の心組み」
工人とは、職人の意味なのですが、棟梁は職人と手を組み、心を一つにして、癖のある木を組み上げて、寺を建て、五重塔を作る、でしょうか。
>工人等の心組み
いい言葉だなぁ、と40年建築現場に立ち続けたものとして、学ぶことが多いです。
事務所を開設して間もないころ、年配の大工からの言葉は、すべてが学びになりました。建築士も現場で育ててもらうように思います。
西岡常一氏の言葉から、仕事は、やはり現場、現物、本人と真剣に対峙することから、学び成長があるのだと思いました。
*参考資料:岬龍一郎著『いい言葉は、いい仕事をつくる』