2023年07月11日

悪口は必ず相手の耳に入り、いつかどこかで反撃される。〜史記〜

悪口は必ず相手の耳に入り、いつかどこかで反撃される。〜史記〜

今朝は、ウォーキングできるのに、昨夜遅くまで夜鍋談義の飲み会だったので、早起きができず、朝の散歩はお休みでした。やはり、そんな日もあります。そんな時の言い訳ではないですが、私のウォーキングは、週休3日制ですと。

歩かない日は、朝の読書なのですが、

冒頭のことばは、

「漢字の交わり断ちても悪声を出さず」

意味は、

かりに交友関係を断つことがあっても、「あいつはひどい奴だ」といったたぐいの非難めいたことはいっさい口にしない、これが君子の交わり、と。

詳しく解説すると、

① そんな相手を友人に持ったということは、自分に人間を見る眼がなかったからであり、それをみずから吹聴することになる。

② 悪口は必ず相手の耳に入り、いつかどこかで反撃され、一つもプラスにならない。

中国の近代の名宰相の周恩来氏は、この点には徹底した態度で、さまざまな政変にも振り回されず、自らの地位を全うしたと言われる。毛沢東との立ち位置、役割を存在感を持って生き抜いた人と知りました。

自らを守るためにも、人との交友をやめても、悪口は言わない。

このことを忘れてはならない、と朝から学びました。

*参考資料:守屋洋訳編『中国古典一日一言』  


Posted by ノグチ(noguchi) at 06:41Comments(0)偉人故事、名言、スピーチ、等

2023年07月09日

<和光同塵>しぶとく生きる雑草の精神、どんな乱世でも生き抜いていく。〜『老子』〜

<和光同塵>しぶとく生きる雑草の精神、どんな乱世でも生き抜いていく。〜『老子』〜

「道」は、人の道。

「光」は、才能・知識。

才能を包みかくして世俗と同調する。

要するに、才能をひけらかし、「おれが、おれが」とでしゃばっているようでは、先が無い。

人の道とは、

老子は、万物の根源に「道」の存在を認め、その「道」から万物がうみだされてくると考えた。

「和光同塵」は、(人の)道のあり方を説明している。

孔子の教えに、『中庸』があります。
中庸は、さまざまな争い事や、権利行使の中で、真ん中、中間点ではなくて、その時々の事象(事件)での収束点(納得点)のことと、私は理解しています。

『中庸』の冒頭の文にも、知識や才能は、下に煌びやか(知識・才能)絹の服を着て、上着に粗末な麻の服を着て、ほんとに時折り、下の煌びやか布を、チラッと見せるくらいが良い。

つまり、才能や知識は、必要ない時には出さない。どうしても語る(判断する)ときに、見解とともに見せるが良い、と。

「和光同塵」とは、奥の深い人の教えだと思います。

*参考資料:守屋洋編著『中国古典一日一言』より