2009年08月30日
正道を知る。「五悪」「五善」「五美」
正道を知る。「五悪」「五善」「五美」
今日は、日本が大きな選択をする日であります。
日々読む、先人の教示の中に、「五悪」「五膳」「五美」があった。
「五悪」
盗賊より悪質な五つの問題がある。
一、仕事がよく出来て、心険しいもの
二、行が偏向して、しかも頑固なもの
三、言うことが実は偽で、しかも口が達者なもの
四、くだらぬことばかり覚えて、しかも博識である
五、悪勢力に附(つ)いて、しかもよく恩を売るもの
(荀子・宥座)
こんな人と関わると、大やけどを受けそうな気がする。しかし、人間うまい話のつい乗ってしまう。自分の欲が、見識を誤らせる。ご注意を!
「五美」
人を恵んで厭味(いやみ)なく、
労して怨みず、
欲して貪(むさぼ)らず、
泰(ゆた)かで驕らず、
威あって猛(たけ)からず―と。
(論語・堯日)
人は誠に、こんな生き方をしなければと思います。自信、実力が有る方が、謙虚に対処する姿には、尊敬の念、敬慕の思いを持つものです。良き先輩の生き方を学びたいと思う。
「五善」
人として常に何が善かを問い、
親しい仲を問い、
礼儀を尽くすことを問い、
政治の要を問い、
患難を問う。
(左伝・襄公)
人の生き方、豊かさを常に考える五つの教示と思います。日々の行動・生活で、どう実践するかが、人間性(徳)を研く場であると思います。
安岡正篤先生の教示に、「正道を知る」があった。
・正道を知る
正道の手段を聞かねければ、思いの外のことに遭って不覚をとる。人間の学問でもその通りであります。どれだけ才覚があっても、独学独習でやっておると、得てして自分免許になり勝ちで、思いの外の失敗をしでかすものであります。これは正道を知らぬからで、やはり、人間はどうしても本筋の師匠について、本格の修業をしなければならない。
(以上、「安岡正篤一日一言」)
人間、自信を得ることはとても大事ですが、「五悪」になっては困ります。
やはり、人間として「五美」で徳を高め、「五善」で学問を深め、人間力を磨くことを日々忘れずに過そことが、「正道」に近づける方法であると思います。
今日は、選択する政治家の人間性が問われる選挙の日であり、政党と政党ががっぷり四つに組んだ政権選択を決断する選挙と思います。特に、小選挙区では、政策と政治家の人間力が問われます。今後の4年間を託す値する人物は誰か、しっかり考えて投票をしたいと思います。
*参考資料:渡邊五郎三郎編著「安岡正篤 一日一言」
<「日本国憲法」前 文> (日本人の進む道)
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=41227650&comm_id=4166620
~「日本国憲法」全文を読もう~
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4166620
■衆院選投票 原則午後8時まで
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=945283&media_id=2
今日は、日本が大きな選択をする日であります。
日々読む、先人の教示の中に、「五悪」「五膳」「五美」があった。
「五悪」
盗賊より悪質な五つの問題がある。
一、仕事がよく出来て、心険しいもの
二、行が偏向して、しかも頑固なもの
三、言うことが実は偽で、しかも口が達者なもの
四、くだらぬことばかり覚えて、しかも博識である
五、悪勢力に附(つ)いて、しかもよく恩を売るもの
(荀子・宥座)
こんな人と関わると、大やけどを受けそうな気がする。しかし、人間うまい話のつい乗ってしまう。自分の欲が、見識を誤らせる。ご注意を!
「五美」
人を恵んで厭味(いやみ)なく、
労して怨みず、
欲して貪(むさぼ)らず、
泰(ゆた)かで驕らず、
威あって猛(たけ)からず―と。
(論語・堯日)
人は誠に、こんな生き方をしなければと思います。自信、実力が有る方が、謙虚に対処する姿には、尊敬の念、敬慕の思いを持つものです。良き先輩の生き方を学びたいと思う。
「五善」
人として常に何が善かを問い、
親しい仲を問い、
礼儀を尽くすことを問い、
政治の要を問い、
患難を問う。
(左伝・襄公)
人の生き方、豊かさを常に考える五つの教示と思います。日々の行動・生活で、どう実践するかが、人間性(徳)を研く場であると思います。
安岡正篤先生の教示に、「正道を知る」があった。
・正道を知る
正道の手段を聞かねければ、思いの外のことに遭って不覚をとる。人間の学問でもその通りであります。どれだけ才覚があっても、独学独習でやっておると、得てして自分免許になり勝ちで、思いの外の失敗をしでかすものであります。これは正道を知らぬからで、やはり、人間はどうしても本筋の師匠について、本格の修業をしなければならない。
(以上、「安岡正篤一日一言」)
人間、自信を得ることはとても大事ですが、「五悪」になっては困ります。
やはり、人間として「五美」で徳を高め、「五善」で学問を深め、人間力を磨くことを日々忘れずに過そことが、「正道」に近づける方法であると思います。
今日は、選択する政治家の人間性が問われる選挙の日であり、政党と政党ががっぷり四つに組んだ政権選択を決断する選挙と思います。特に、小選挙区では、政策と政治家の人間力が問われます。今後の4年間を託す値する人物は誰か、しっかり考えて投票をしたいと思います。
*参考資料:渡邊五郎三郎編著「安岡正篤 一日一言」
<「日本国憲法」前 文> (日本人の進む道)
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~「日本国憲法」全文を読もう~
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■衆院選投票 原則午後8時まで
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2009年08月26日
ベンジャミンの「十三徳」~ベンジャミン・フランクリン~
ベンジャミンの「十三徳」~ベンジャミン・フランクリン~
第一、 節制
飽くほどに食うなかれ。酔うまで飲むなかれ。
第二、 沈黙
自他に益なきことを語るなかれ。駄弁を弄するなかれ。
第三、 規律
物はすべて所を定めて置くべし。仕事はすべて時を定めてなすべし。
第四、 決断
なすべきことをなさんと決心すべし、決心したることは必ず実行すべし。
第五、 節約
自他に益なきことに金銭を費やすなかれ。すなわち、浪費するなかれ。
第六、 勤勉
時間を空費するなかれ。つねに何か益あることに従うべし。無用の行いはすべて絶つべし。
第七、 誠実
詐(いつわ)りを用いて人を害するなかれ。心事は無邪気に公正に保つべし。口に出すこともまた然(しか)るべし。
第八、 正義
他人の利益を傷つけ、あるいは与うべきを与えずして人に損害を及ぼすべからず。
第九、 中庸
極端を避くべし。たとえ不法を受け、憤りに値すとも、激怒を慎むべし。
第十、 清潔
身体、衣服、住居に不潔を黙認すべからず。
第十一、平静
小事、日常茶飯事、または避けがたき出来事の平静を失うなかれ。
第十二、純潔
性交はもっぱら健康ないし子孫のためにのみ行い、これに耽(ふけ)りて頭脳を鈍らせ、身体を弱め、また自他の平安ないし信用を傷つけるがごときことあるべからず。
第十三、謙譲
イエスおよびソクラテスに見習うべし。
人間というものは、自分のことを他人に語りたくてうずうずしているものである。その時、語る方法が見当たらなければ人は過ぎたる寡黙になり、逆にあえて語ろうとすると、ことごとく自慢話、もしくは自己弁護になってしまう。
(以上、「名言の智恵、人生の智恵」より)
賢人の智恵は、すばらしいと思います。
今日一日、「十三徳」を心に置き、過したいと思います。
第一、 節制
飽くほどに食うなかれ。酔うまで飲むなかれ。
第二、 沈黙
自他に益なきことを語るなかれ。駄弁を弄するなかれ。
第三、 規律
物はすべて所を定めて置くべし。仕事はすべて時を定めてなすべし。
第四、 決断
なすべきことをなさんと決心すべし、決心したることは必ず実行すべし。
第五、 節約
自他に益なきことに金銭を費やすなかれ。すなわち、浪費するなかれ。
第六、 勤勉
時間を空費するなかれ。つねに何か益あることに従うべし。無用の行いはすべて絶つべし。
第七、 誠実
詐(いつわ)りを用いて人を害するなかれ。心事は無邪気に公正に保つべし。口に出すこともまた然(しか)るべし。
第八、 正義
他人の利益を傷つけ、あるいは与うべきを与えずして人に損害を及ぼすべからず。
第九、 中庸
極端を避くべし。たとえ不法を受け、憤りに値すとも、激怒を慎むべし。
第十、 清潔
身体、衣服、住居に不潔を黙認すべからず。
第十一、平静
小事、日常茶飯事、または避けがたき出来事の平静を失うなかれ。
第十二、純潔
性交はもっぱら健康ないし子孫のためにのみ行い、これに耽(ふけ)りて頭脳を鈍らせ、身体を弱め、また自他の平安ないし信用を傷つけるがごときことあるべからず。
第十三、謙譲
イエスおよびソクラテスに見習うべし。
人間というものは、自分のことを他人に語りたくてうずうずしているものである。その時、語る方法が見当たらなければ人は過ぎたる寡黙になり、逆にあえて語ろうとすると、ことごとく自慢話、もしくは自己弁護になってしまう。
(以上、「名言の智恵、人生の智恵」より)
賢人の智恵は、すばらしいと思います。
今日一日、「十三徳」を心に置き、過したいと思います。
2009年08月25日
(初秋)「しばらくは風を疑うきりぎりす」、早朝の思考
(初秋)「しばらくは風を疑うきりぎりす」、早朝の思考
今朝は、九州もヒンヤリとした空気で目覚めました。昼の暑さを思うと、朝のさわやかさはとても好きな初秋の気候です。
さて、俳人の黛まどかさんの「知っておきたいこの一句」の句集に、次の一句がありました。
「しばらくは 風を疑う きりぎりす」(橘 閒石)
(解説から)
秋風の中で生まれ出た一匹のきりぎりす。歩くことも鳴くこともまだおぼつかない生まれたたてのきりぎりすが、この世ではじめて出合った風に、しばし身をとどめています。まるで、風の声を聞いているかのように。
人生は風のようなものだ――といった人がいました。風がどこからやってきて、どこへ消えていくのか、それを確認できたひとはいません。命もまた同じです。私たちがどこからきて、どこへ旅立っていくのかを知っている人はいないのです。(中略)
人は、日々の仕事に追われ、右往左往しているが、早朝の静けさは、そのこと忘れる時間と思います。この句の「きりぎりす」は、生まれた立てですが、人の早朝も似たようなものと思います。
「今日何が起こるのか」、「どんな出来事に遭遇するか」、「どんな危険に瀕するのか」、・・・
先週の土曜日、「もし数分前にその交差点に通っていたら、・・・」、命は無かったと思える大事故に遭遇しました。
天は、まだしなければいけない「使命」を持たせて、日々の仕事に就かせているのではないかと思います。偶然の出会い、久々の再会、色々な人との関わり合いの中で、自分の心を育てて行きます。
一日アッと言う間に過ぎる時間、早朝のちょっとした時間は、朝の空気をゆっくり感じるような一人の居場所があると良いなと思います。
*参考資料:黛まどか編著「知っておきたいこの一句」
今朝は、九州もヒンヤリとした空気で目覚めました。昼の暑さを思うと、朝のさわやかさはとても好きな初秋の気候です。
さて、俳人の黛まどかさんの「知っておきたいこの一句」の句集に、次の一句がありました。
「しばらくは 風を疑う きりぎりす」(橘 閒石)
(解説から)
秋風の中で生まれ出た一匹のきりぎりす。歩くことも鳴くこともまだおぼつかない生まれたたてのきりぎりすが、この世ではじめて出合った風に、しばし身をとどめています。まるで、風の声を聞いているかのように。
人生は風のようなものだ――といった人がいました。風がどこからやってきて、どこへ消えていくのか、それを確認できたひとはいません。命もまた同じです。私たちがどこからきて、どこへ旅立っていくのかを知っている人はいないのです。(中略)
人は、日々の仕事に追われ、右往左往しているが、早朝の静けさは、そのこと忘れる時間と思います。この句の「きりぎりす」は、生まれた立てですが、人の早朝も似たようなものと思います。
「今日何が起こるのか」、「どんな出来事に遭遇するか」、「どんな危険に瀕するのか」、・・・
先週の土曜日、「もし数分前にその交差点に通っていたら、・・・」、命は無かったと思える大事故に遭遇しました。
天は、まだしなければいけない「使命」を持たせて、日々の仕事に就かせているのではないかと思います。偶然の出会い、久々の再会、色々な人との関わり合いの中で、自分の心を育てて行きます。
一日アッと言う間に過ぎる時間、早朝のちょっとした時間は、朝の空気をゆっくり感じるような一人の居場所があると良いなと思います。
*参考資料:黛まどか編著「知っておきたいこの一句」
2009年08月21日
少年と老人の心得 ~言志四録~
少年と老人の心得 ~言志四録~
(現代語訳)
少年の時は当(まさ)に老成の工夫を著(あらわ)すべし。老成の時は当に少年の志気を存すべし。
(意訳)
少年の時には、熟達した人のように念入りに考え、十分に工夫するのがいい。年をとってからは、若者の意気込みを失わないようにするがいい。
*若いのに志気を失っているのを「若朽(じゃくきゅう)」という。
(感想)
「少年老いやすく学なりがたし」も教示もありますが、やはり事を起こすときは、しっかり熟慮して行動を起すべきと思います。また、老いても志を持ち、後世の育成につながる仕事に関わる事も必要と思います。二つの仕事に必要な資質は、「克己心」があります。
この克己は、自分の邪心に打ち勝つ工夫で、「ここだ」という一呼吸の瞬間であり、それ(克己の工夫=チャレンジ)を積み重ねながら、一生を築いて行く事と思います。
「苦中に、楽あり」、一日一日の克己の積み重ねが大事と思います。
*参考資料:佐藤一斎「言志四録」
(現代語訳)
少年の時は当(まさ)に老成の工夫を著(あらわ)すべし。老成の時は当に少年の志気を存すべし。
(意訳)
少年の時には、熟達した人のように念入りに考え、十分に工夫するのがいい。年をとってからは、若者の意気込みを失わないようにするがいい。
*若いのに志気を失っているのを「若朽(じゃくきゅう)」という。
(感想)
「少年老いやすく学なりがたし」も教示もありますが、やはり事を起こすときは、しっかり熟慮して行動を起すべきと思います。また、老いても志を持ち、後世の育成につながる仕事に関わる事も必要と思います。二つの仕事に必要な資質は、「克己心」があります。
この克己は、自分の邪心に打ち勝つ工夫で、「ここだ」という一呼吸の瞬間であり、それ(克己の工夫=チャレンジ)を積み重ねながら、一生を築いて行く事と思います。
「苦中に、楽あり」、一日一日の克己の積み重ねが大事と思います。
*参考資料:佐藤一斎「言志四録」
2009年08月16日
(言葉の力)五木寛之著「人間の覚悟」の心に響く言葉
(言葉の力)五木寛之著「人間の覚悟」の心に響く言葉
週間新潮の広告に、五木寛之氏の著書「人間の覚悟」の広報が掲載されていた。中身はまだ読んでいませんが、その中の言葉が少し紹介されていました。
国最後まで国民を守りはしない。
統計や数字より自分の感覚が大切。
人生から決して鬱は取り去れない。
「夢」の多くはむくわれないもの。
死を見つめて、一日を充実させる。
権利と、保障されることとは違う。
信じる、疑う、両方を握り締める。
知識や情報を減らし智恵を深める。
努力しても老いにアンチなどない。
善行も、愛も多くはむくわれない。
人間関係はただ相手に尽くすこと。
人間の縁は密着しすぎると難しい。
永遠の友は思い出の中にだけいる。
人脈は自分で作れるものではない。
失うと分かったものしか愛せない。
友人も恋人も夫婦もいずれ別れる。
人の面倒を見ずには生きられない。
苦しみも悲しみも自分で引き受ける。
世の混沌を脱出する方法などない。
(以上、週間新潮5月2日号より)
広報の冒頭に、次のような言葉で本が紹介されていた。
「社会に出るとき、生きる厳しさを知ったとき、必要なのは浅薄な知識や、世渡りのテクニックではな。『覚悟』である」(中略)
五木寛之氏の言葉に、惹かれる一人として、お盆休みに妻の実家にあった週間新潮の「人間の覚悟」の見出しの言葉に惹かれ、借りてきました。
論語の中にもある、多くの教示が現代語で書かれているという気がします。
>人脈は自分で作れるものではない
異業種交流会を主催して12年目になりますが、人脈づくりは自分とその周りの人との係わり合い、更に私の行動を見ている人たちの支援によって、少しづつ、少しづつ広がってきました。上記の言葉に、非常に共感します。
>知識や情報を減らし智恵を深める。
真理を究める良識こそ大事と思っています。
>人間の縁は密着しすぎると難しい
「君子は、淡交なり」、密接な交流は互いにキツイと思う。
これまで、五木寛之氏の著書を数冊読んできました。その中でも、興味があった「他力(TARIKI)」のコミュニティ(ミクシィ)を作っています。ご興味があれば、ご参加下さい。
・「他力(TARIKI)」五木寛之
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4176735
お盆休暇のUターンの日ですが、多くの思い出を持って帰宅されることを願っています。
*参考資料:五木寛之著「人間の覚悟」(新潮新書)
週間新潮の広告に、五木寛之氏の著書「人間の覚悟」の広報が掲載されていた。中身はまだ読んでいませんが、その中の言葉が少し紹介されていました。
国最後まで国民を守りはしない。
統計や数字より自分の感覚が大切。
人生から決して鬱は取り去れない。
「夢」の多くはむくわれないもの。
死を見つめて、一日を充実させる。
権利と、保障されることとは違う。
信じる、疑う、両方を握り締める。
知識や情報を減らし智恵を深める。
努力しても老いにアンチなどない。
善行も、愛も多くはむくわれない。
人間関係はただ相手に尽くすこと。
人間の縁は密着しすぎると難しい。
永遠の友は思い出の中にだけいる。
人脈は自分で作れるものではない。
失うと分かったものしか愛せない。
友人も恋人も夫婦もいずれ別れる。
人の面倒を見ずには生きられない。
苦しみも悲しみも自分で引き受ける。
世の混沌を脱出する方法などない。
(以上、週間新潮5月2日号より)
広報の冒頭に、次のような言葉で本が紹介されていた。
「社会に出るとき、生きる厳しさを知ったとき、必要なのは浅薄な知識や、世渡りのテクニックではな。『覚悟』である」(中略)
五木寛之氏の言葉に、惹かれる一人として、お盆休みに妻の実家にあった週間新潮の「人間の覚悟」の見出しの言葉に惹かれ、借りてきました。
論語の中にもある、多くの教示が現代語で書かれているという気がします。
>人脈は自分で作れるものではない
異業種交流会を主催して12年目になりますが、人脈づくりは自分とその周りの人との係わり合い、更に私の行動を見ている人たちの支援によって、少しづつ、少しづつ広がってきました。上記の言葉に、非常に共感します。
>知識や情報を減らし智恵を深める。
真理を究める良識こそ大事と思っています。
>人間の縁は密着しすぎると難しい
「君子は、淡交なり」、密接な交流は互いにキツイと思う。
これまで、五木寛之氏の著書を数冊読んできました。その中でも、興味があった「他力(TARIKI)」のコミュニティ(ミクシィ)を作っています。ご興味があれば、ご参加下さい。
・「他力(TARIKI)」五木寛之
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4176735
お盆休暇のUターンの日ですが、多くの思い出を持って帰宅されることを願っています。
*参考資料:五木寛之著「人間の覚悟」(新潮新書)
2009年08月15日
自分を社会役立てるための上昇志向(勝海舟)
自分を社会役立てるための上昇志向(勝海舟)
童門冬二氏の著者に「勝海舟の人生訓」なる文庫本があります。その中で、「自分の能力に付加価値を生み出せ」というテーマで書かれた一節に次の部分がありました。
(以下、本文より抜粋より)
自分を社会に役立てる
この態度は、人生に対して大変積極性があるといえる。しかし、それがただ、「自己能力に付加価値を生む」ということであれば、それは、そのへんにうようよいる、「出世亡者」になってしまう。
勝は違った。彼は、決して単なる出世亡者ではなかった。もちろん、勝に上昇志向がなかったとはいえない。彼も、出世主義者の一人であったことは事実である。しかし、勝は、「世の中に役に立つ人間として、出世していく」ということを念願していた。
彼にとっては、「社会に役立つこと」が先であって、「出世や名声、あるいは富」は、その社会に役立つことを成しとげたことによって、付加的に、自然についていくる、ということである。ここが、普通の人間と彼が違ったゆえんだ。
彼は常にこの、「自分の価値観におけ主と従の関係」を守り抜いてきた。つまり、価値観の中で、主とすべきもの、従とすべきもののけじめを、はっきり貫いていたのである。だからこそ、彼の行動が、彼を見抜く人間によって支持されたのだ。単なる出世主義者であったなら、多くの先達達は、決して彼を支えなかった。(中略)
勝海舟の「志」が、何処にあるか、何処を目指していたか、更に、価値の重要度を何処に置くかで、周りからの支持の様相が変わるという教えと思います。
勝は、剣術の師匠である島田虎之助から、「剣術もいいけれど、これからは洋学の世界だ」に触発され、たちまち洋学者に変じ、新しいオランダ学を専攻した。しかし、学問は学ぶだけではなんもならない。それを社会に役立ててこそ意味があるとして、勝は「(その当時の)最大の課題は、海防である」と、砲術の学び、製造にも着手した。
勝は、剣術からスタートし、その剣術を製品(完成)とせず、原料として考え、これにオランダ語を付加し、オランダ語から砲術製作という実際面の付加価値を生み、さらに、そのハード(モノ)の分野に止まらず、ソフト(ヒト)の世界までおし広げた。
勝は、砲術製作にはびこっていた悪習(賄賂)を、厳として退けた。そのことが、彼の名を高め幕臣に知られて、さらに(当時の)総理大臣である阿部正弘にも登用される契機になった。
この勝を生み出すた原動力は、やはり貧乏である中でも、自己資本としての体力を尽くし、これに知力を投入して、まさに獅子奮迅の努力をした。そのベースとなった価値観は、「世の中に役に立つ人間として、出世していく」だと思います。
昨今の出世主義は、名声、富貴が先の目的になったいることが多い。幕末にもそのような志向の族も居たのでしょうが、勝海舟はそうではなかったことで、大きな業績を残し、現代に至るまでの名声も残しました。
勝海舟は、自分の人生そのもので「人生の目標を何処に置くか」、とても大切なことを後世の私たちに示しているように思います。
童門冬二氏の著者に「勝海舟の人生訓」なる文庫本があります。その中で、「自分の能力に付加価値を生み出せ」というテーマで書かれた一節に次の部分がありました。
(以下、本文より抜粋より)
自分を社会に役立てる
この態度は、人生に対して大変積極性があるといえる。しかし、それがただ、「自己能力に付加価値を生む」ということであれば、それは、そのへんにうようよいる、「出世亡者」になってしまう。
勝は違った。彼は、決して単なる出世亡者ではなかった。もちろん、勝に上昇志向がなかったとはいえない。彼も、出世主義者の一人であったことは事実である。しかし、勝は、「世の中に役に立つ人間として、出世していく」ということを念願していた。
彼にとっては、「社会に役立つこと」が先であって、「出世や名声、あるいは富」は、その社会に役立つことを成しとげたことによって、付加的に、自然についていくる、ということである。ここが、普通の人間と彼が違ったゆえんだ。
彼は常にこの、「自分の価値観におけ主と従の関係」を守り抜いてきた。つまり、価値観の中で、主とすべきもの、従とすべきもののけじめを、はっきり貫いていたのである。だからこそ、彼の行動が、彼を見抜く人間によって支持されたのだ。単なる出世主義者であったなら、多くの先達達は、決して彼を支えなかった。(中略)
勝海舟の「志」が、何処にあるか、何処を目指していたか、更に、価値の重要度を何処に置くかで、周りからの支持の様相が変わるという教えと思います。
勝は、剣術の師匠である島田虎之助から、「剣術もいいけれど、これからは洋学の世界だ」に触発され、たちまち洋学者に変じ、新しいオランダ学を専攻した。しかし、学問は学ぶだけではなんもならない。それを社会に役立ててこそ意味があるとして、勝は「(その当時の)最大の課題は、海防である」と、砲術の学び、製造にも着手した。
勝は、剣術からスタートし、その剣術を製品(完成)とせず、原料として考え、これにオランダ語を付加し、オランダ語から砲術製作という実際面の付加価値を生み、さらに、そのハード(モノ)の分野に止まらず、ソフト(ヒト)の世界までおし広げた。
勝は、砲術製作にはびこっていた悪習(賄賂)を、厳として退けた。そのことが、彼の名を高め幕臣に知られて、さらに(当時の)総理大臣である阿部正弘にも登用される契機になった。
この勝を生み出すた原動力は、やはり貧乏である中でも、自己資本としての体力を尽くし、これに知力を投入して、まさに獅子奮迅の努力をした。そのベースとなった価値観は、「世の中に役に立つ人間として、出世していく」だと思います。
昨今の出世主義は、名声、富貴が先の目的になったいることが多い。幕末にもそのような志向の族も居たのでしょうが、勝海舟はそうではなかったことで、大きな業績を残し、現代に至るまでの名声も残しました。
勝海舟は、自分の人生そのもので「人生の目標を何処に置くか」、とても大切なことを後世の私たちに示しているように思います。
2009年08月13日
(盆休み)午前は肥後藩の医療学校、午後は病院長と意見交換
(盆休み)午前は肥後藩の医療学校、午後は病院長と意見交換
~偶然は、すべて必然の「一期一会」、二度とないチャンス~
・偶然は必然
昨日は、午後に県庁に用があり、事務官と打ち合わせが終わり、ロビーに下りて夕方からのインタビューの人を待っていると、3年ぶりに旧友とぱったり合い、その後には私の建築設計の図面の書き方を若いとき指導してくれた方と会ったり、そこ20分くらいの間でした。
実は、県庁との打ち合わせ予定は午前中だったのですが、一緒に行く一人が都合悪くなり、16時からの打ち合わせになったのは、偶然の出会いになりました。不思議な
もので、出会うべき時は、まとめて機会が来るのだと思います。
<午前中、江戸後期の肥後藩(細川藩)の改革を学ぶ>
・日本初の藩政医療学校「再春館」
今日から、熊本の田舎でもでも、お盆の夏休みで街中も車は少なくなっています。私も休みなのですが、妻は仕事と言うことでしたから、数日前の約束ができ、横井小楠への文化事業助成金の申請に、推薦状が要るるので県の文化協会副会長の所へ出かけました。
内容をお読みいただき、署名捺印をもらうだけなので、15分程度で終わったのですが、それから横井小楠のことから話は始まり、熊本を極貧の藩から雄藩に作り変えた「宝暦の改革」、同時期できた医療専門学校「再春館」のこと、熊本の超優良企業の一つ「科学及び血清療法研究所」の生い立ちに、横井小楠の功績をまとめた医師であり歴史研究家が関わったこと、・・・・・、約1時間、歴史の講義を受けたようなものです。
・米百票は、外からの刺激で顕彰が再燃
なぜか最後の話題が「米百票」のことになったのですが、推薦状を書いてもらった方は、県の元職員で、歴史文化面で造詣が深く、合うと色々お話をしてもらうのですが、教育印会の次長時代、時の福島知事から「米百票」という教えを知っているかと聞かれ、知らなかったの勉強を始め、資料があまり無く、ついに長岡まで出かけて調べられたそうです。 行って見ると、逆に当地に人が驚き、「われわれが、小林虎三郎の『米百票』の精神を忘れている」と語られ、長岡で顕彰活動が再燃したと聞きました。意外に郷土の偉人を知らないと言うのは、私たちの「横井小楠」顕彰がつい最近盛り上がったことの似ていると思います。
小泉首相が、「米百票」のことを取り上げたの一気に広がりましたが、昨年、熊本で藩校サミットがあり、次期開催地の長岡の人とゆっくり語ったのですが、幕末・明治の顕彰は、これからが始まりですと語っておられたのが印象に残りました。
・坂本龍馬と横井小楠
歴史の顕彰の盛り上がりは、やはり何かきっかけが必要なのだろうと思います。来年の大がドラマは、「坂本龍馬」ですが、横井小楠に学ぶために三度熊本へ足運んだ坂本龍馬の思いから、維新回天の思想の根幹を成したと言われる小楠思想が、注目されると良いなと期待をしています。
<午後、19年指導を受ける老医師との意見交換>
・私の医療・福祉施設の仕事の縁
私の本業は建築設計の仕事なのですが、意外に医療・福祉分野の施設が多いのは、妻の実家の在る地域の総合病院と事務所開設当初からご縁ができ、理事長との色々な意見交換、施設管理、医療用語、医療の仕組み、などの話を少しづつ聞いてきたことが、実績につながって来たのですが、お盆休み初日、何時もお家に居られるので、お中元を持って出かけました。
・話題は多種多様、エンドレスに語る
毎回、日常の話題から始まり、医療環境の変化、国の医療・福祉政策の問題点、選挙のこと、ばら撒き予算、田舎ですから特に地域との連携の必要性、100名近いスタッフをどうリーダーシップするのか、会議の工夫、職員の意識改革、等々話が尽きず、今日もアッと言う間の一時間半過ぎていました。
年齢は、約20才私が後輩ですが、一昨年、昨年と約1年半、自宅リフォームのことで、合う機会が増え、色々なことを語りました。建築の打ち合わせは、始めの10分、後の2~3時間、時には食事を挟み6時間近く一所にいて、色々意見を交わしたことも有りました。
・異業種交流は、私の話ネタの基
ふと振り返ると、これまで1200名を越える方と色々語って来ました。その多種多様な職能と話題、自分とし続けて論語をベースとする中国古典の勉強、公開講座を中心とする現代の社会勉強、そこで考え続けたことが、老医師の語りかえるテーマにも着いて行く事ができた要因と思います。
・思いを語るときは、後に用を入れない
今日、老医師は少々腰痛がひどく、治療のため話が中断しましたが、それが無ければ多分夕方まで続いていたと思います。
師の一人から、「人と語りたいと思った時は、後に用を入れたらいけない」と指導を受け、今日はお盆休み、老医師も休養で用が無いと思い、アポ無しで出かけたのですが、中身の濃い話ができて良かったと思います。
・幕末の志士たちの「一期一会」の考え方
昔の志士たちは、学ぶつもりで門戸を叩き語るときは、時を惜しむように昼夜を問わず語り続けたと言います。現代の人たちは、「会議」と「人と思いを語る」が同じような考えで会うから、学問的な深み(成長)につながらないように感じます。
会議・宴会等は別して、「この人に会いたい」、「この人と語りたい」と思ったときは、その後に用を要れずに「一期一会」のチャンスと思い、二度とない機会として相手と自分の根競べくらいに語ると、一気に親近感を増すものと思います。
・現代の便利さが、「一期一会」の緊張感を薄れさせる
幕末の交通は、とにかく歩くしかありません。二度と会えないかもしれない「チャンス」と志士たちは、時をとても大事に惜しむように、語り続けたのかもしれません。現代は、電話、メール、更に車・飛行機と便利な道具かあり過ぎて、出会いの重要性を軽視しているように思います。
冒頭の会えそうだけど会えない身近な友人たちです。偶然の出会いは、すべて必然の「一期一会」、二度とないチャンスとも思い、互いの心と知識をぶつけ合う真剣勝負でもあります。お盆の休暇、「一期一会」の素敵な出会いが有ること願っています。
今日の報告が、だらだらと長くなりました。最後までお読みいただき感謝します。
~偶然は、すべて必然の「一期一会」、二度とないチャンス~
・偶然は必然
昨日は、午後に県庁に用があり、事務官と打ち合わせが終わり、ロビーに下りて夕方からのインタビューの人を待っていると、3年ぶりに旧友とぱったり合い、その後には私の建築設計の図面の書き方を若いとき指導してくれた方と会ったり、そこ20分くらいの間でした。
実は、県庁との打ち合わせ予定は午前中だったのですが、一緒に行く一人が都合悪くなり、16時からの打ち合わせになったのは、偶然の出会いになりました。不思議な
もので、出会うべき時は、まとめて機会が来るのだと思います。
<午前中、江戸後期の肥後藩(細川藩)の改革を学ぶ>
・日本初の藩政医療学校「再春館」
今日から、熊本の田舎でもでも、お盆の夏休みで街中も車は少なくなっています。私も休みなのですが、妻は仕事と言うことでしたから、数日前の約束ができ、横井小楠への文化事業助成金の申請に、推薦状が要るるので県の文化協会副会長の所へ出かけました。
内容をお読みいただき、署名捺印をもらうだけなので、15分程度で終わったのですが、それから横井小楠のことから話は始まり、熊本を極貧の藩から雄藩に作り変えた「宝暦の改革」、同時期できた医療専門学校「再春館」のこと、熊本の超優良企業の一つ「科学及び血清療法研究所」の生い立ちに、横井小楠の功績をまとめた医師であり歴史研究家が関わったこと、・・・・・、約1時間、歴史の講義を受けたようなものです。
・米百票は、外からの刺激で顕彰が再燃
なぜか最後の話題が「米百票」のことになったのですが、推薦状を書いてもらった方は、県の元職員で、歴史文化面で造詣が深く、合うと色々お話をしてもらうのですが、教育印会の次長時代、時の福島知事から「米百票」という教えを知っているかと聞かれ、知らなかったの勉強を始め、資料があまり無く、ついに長岡まで出かけて調べられたそうです。 行って見ると、逆に当地に人が驚き、「われわれが、小林虎三郎の『米百票』の精神を忘れている」と語られ、長岡で顕彰活動が再燃したと聞きました。意外に郷土の偉人を知らないと言うのは、私たちの「横井小楠」顕彰がつい最近盛り上がったことの似ていると思います。
小泉首相が、「米百票」のことを取り上げたの一気に広がりましたが、昨年、熊本で藩校サミットがあり、次期開催地の長岡の人とゆっくり語ったのですが、幕末・明治の顕彰は、これからが始まりですと語っておられたのが印象に残りました。
・坂本龍馬と横井小楠
歴史の顕彰の盛り上がりは、やはり何かきっかけが必要なのだろうと思います。来年の大がドラマは、「坂本龍馬」ですが、横井小楠に学ぶために三度熊本へ足運んだ坂本龍馬の思いから、維新回天の思想の根幹を成したと言われる小楠思想が、注目されると良いなと期待をしています。
<午後、19年指導を受ける老医師との意見交換>
・私の医療・福祉施設の仕事の縁
私の本業は建築設計の仕事なのですが、意外に医療・福祉分野の施設が多いのは、妻の実家の在る地域の総合病院と事務所開設当初からご縁ができ、理事長との色々な意見交換、施設管理、医療用語、医療の仕組み、などの話を少しづつ聞いてきたことが、実績につながって来たのですが、お盆休み初日、何時もお家に居られるので、お中元を持って出かけました。
・話題は多種多様、エンドレスに語る
毎回、日常の話題から始まり、医療環境の変化、国の医療・福祉政策の問題点、選挙のこと、ばら撒き予算、田舎ですから特に地域との連携の必要性、100名近いスタッフをどうリーダーシップするのか、会議の工夫、職員の意識改革、等々話が尽きず、今日もアッと言う間の一時間半過ぎていました。
年齢は、約20才私が後輩ですが、一昨年、昨年と約1年半、自宅リフォームのことで、合う機会が増え、色々なことを語りました。建築の打ち合わせは、始めの10分、後の2~3時間、時には食事を挟み6時間近く一所にいて、色々意見を交わしたことも有りました。
・異業種交流は、私の話ネタの基
ふと振り返ると、これまで1200名を越える方と色々語って来ました。その多種多様な職能と話題、自分とし続けて論語をベースとする中国古典の勉強、公開講座を中心とする現代の社会勉強、そこで考え続けたことが、老医師の語りかえるテーマにも着いて行く事ができた要因と思います。
・思いを語るときは、後に用を入れない
今日、老医師は少々腰痛がひどく、治療のため話が中断しましたが、それが無ければ多分夕方まで続いていたと思います。
師の一人から、「人と語りたいと思った時は、後に用を入れたらいけない」と指導を受け、今日はお盆休み、老医師も休養で用が無いと思い、アポ無しで出かけたのですが、中身の濃い話ができて良かったと思います。
・幕末の志士たちの「一期一会」の考え方
昔の志士たちは、学ぶつもりで門戸を叩き語るときは、時を惜しむように昼夜を問わず語り続けたと言います。現代の人たちは、「会議」と「人と思いを語る」が同じような考えで会うから、学問的な深み(成長)につながらないように感じます。
会議・宴会等は別して、「この人に会いたい」、「この人と語りたい」と思ったときは、その後に用を要れずに「一期一会」のチャンスと思い、二度とない機会として相手と自分の根競べくらいに語ると、一気に親近感を増すものと思います。
・現代の便利さが、「一期一会」の緊張感を薄れさせる
幕末の交通は、とにかく歩くしかありません。二度と会えないかもしれない「チャンス」と志士たちは、時をとても大事に惜しむように、語り続けたのかもしれません。現代は、電話、メール、更に車・飛行機と便利な道具かあり過ぎて、出会いの重要性を軽視しているように思います。
冒頭の会えそうだけど会えない身近な友人たちです。偶然の出会いは、すべて必然の「一期一会」、二度とないチャンスとも思い、互いの心と知識をぶつけ合う真剣勝負でもあります。お盆の休暇、「一期一会」の素敵な出会いが有ること願っています。
今日の報告が、だらだらと長くなりました。最後までお読みいただき感謝します。
2009年08月11日
貧しいなかに風情あり。人の値打ちは後半生で。
貧しいなかに風情あり。人の値打ちは後半生で。
みすぼらしいあばら屋も庭先を掃き清め、貧しい娘もきちんと髪をとかしていれば、あでやかとはいえないにしても、それなりに風情がある。
男も同じだ。たとえ失意のドン底につき落とされても、ヤケを起こして投げやりのなってはならない。
(解説)
立派な人物は、失意のドン底につき落とされても、ヤケなど起こさない。ちゃんと立ち直ってこそ、「君子」といえる。
(感想)
苦中に活あり。ドン底でも希望を持って、前向きに考える事が大事。色々な不遇の出来事が重なることがあります。それは、自分を天が鍛錬していると思うと、やる気も出てくるものです。天は、自分に越えれない事はさせない。次のステップのために、今があると考えことが大事と思う。
人の値打ちは後半生で
芸妓でも、晩年身を固めて貞節な妻になれば、むかしの浮いた暮らしは少しも負い目にならない。
貞節な妻でも、白髪になって操を破れば、それまでの苦労が水の泡になる。
ことわざにも、「人の値打ちは後半生できまる」とあるが、まったくそのとおりだ。
(解説)
『書経』に、「初メアラザルコト靡(ナ)シ。克(ヨ)ク終ワリアルコト鮮(スク)ナシ」ということばがある。初めは誰でもうまくいくが、それを終わりまで持続させる者は少ないという意味だ。晩節を全うすることはむずかしい。だからこそ、後半生の生き方で、その人の値打ちがきまってくるのである。
(感想)
誰でも行動は起こせるが、継続がむずかしい。世界企業と言われた会社が、30年後には存在しない。これは、一人の人生のあってもそうです。
時の寵児も、時期が来たらただの人だった。良くある話しですが、「事業」よりも、「持業」と説くのは、人生もまた持続性がなかれば、晩年に花も咲かない。志を持ち、地道にコツコツと自分の道を築くことが大事なように思います。
*参考資料:守屋洋訳編「菜根譚」
みすぼらしいあばら屋も庭先を掃き清め、貧しい娘もきちんと髪をとかしていれば、あでやかとはいえないにしても、それなりに風情がある。
男も同じだ。たとえ失意のドン底につき落とされても、ヤケを起こして投げやりのなってはならない。
(解説)
立派な人物は、失意のドン底につき落とされても、ヤケなど起こさない。ちゃんと立ち直ってこそ、「君子」といえる。
(感想)
苦中に活あり。ドン底でも希望を持って、前向きに考える事が大事。色々な不遇の出来事が重なることがあります。それは、自分を天が鍛錬していると思うと、やる気も出てくるものです。天は、自分に越えれない事はさせない。次のステップのために、今があると考えことが大事と思う。
人の値打ちは後半生で
芸妓でも、晩年身を固めて貞節な妻になれば、むかしの浮いた暮らしは少しも負い目にならない。
貞節な妻でも、白髪になって操を破れば、それまでの苦労が水の泡になる。
ことわざにも、「人の値打ちは後半生できまる」とあるが、まったくそのとおりだ。
(解説)
『書経』に、「初メアラザルコト靡(ナ)シ。克(ヨ)ク終ワリアルコト鮮(スク)ナシ」ということばがある。初めは誰でもうまくいくが、それを終わりまで持続させる者は少ないという意味だ。晩節を全うすることはむずかしい。だからこそ、後半生の生き方で、その人の値打ちがきまってくるのである。
(感想)
誰でも行動は起こせるが、継続がむずかしい。世界企業と言われた会社が、30年後には存在しない。これは、一人の人生のあってもそうです。
時の寵児も、時期が来たらただの人だった。良くある話しですが、「事業」よりも、「持業」と説くのは、人生もまた持続性がなかれば、晩年に花も咲かない。志を持ち、地道にコツコツと自分の道を築くことが大事なように思います。
*参考資料:守屋洋訳編「菜根譚」
2009年08月08日
『人間のつとめ』 民主教育について(尾崎行雄語録より)
『人間のつとめ』 民主教育について(尾崎行雄語録より)
政治家尾崎行雄翁は、戦前・戦後に活躍した政治家で「憲政の神様」と呼ばれ、その論説を世の人々を魅了したと言われる。志を高く掲げ、街頭演説をし続けた生き方を現代の政治家に見習ってほしいものです。
その尾崎行雄語録から、民主教育のついて述べた部分を紹介します。この文章が、本当に戦前の言葉か疑うような、視点の高さを感じます。
『人間のつとめ』
たとえ自分の利益になっても、害になっても、とにかく正邪を判別する良心があれば、自分の見聞した事実を公にして、世の誤りを正すことが人間のつとめである。
・・・利害損得のみに執着する日本人の封建思想を叩き直して、正邪善悪に基づいて行動する人間をつくることが、民主教育の目的であり、教育者の使命である。
世界中から尊敬せられ、愛せられる日本人をつくるためには、まず教育家の魂から、つくりなおしてかからねばならぬとすれば、前途道遠しの嘆なきを得ない。しかし、日本人の心に根強くこびりついている利害損得本意の封建思想を叩き出して、正邪善悪本意の真の民主主義精神をしっかり教え込むというような大事業は、たとえどんな立派な教育家があったところで、とても少数の専門教育家が学校で生徒を教えるくらいで成し遂げられるような、なまやさしい仕事ではない。・・・日本人全体が教師となり、同時に生徒になった気で、たがいに教え、教えられつつして、向上していくより外はない。
『はきちがえた民主主義』
民主主義は個人の自由権利を尊重する。しかし、いかに個人の自由権利を尊重すればとて、他人の自由権利をおかしてまで、個人の自由権利を主張していいはずはない。真に自分の自由権利の尊さを自覚した人なら、他人の自由権利の尊さを思うべきだ。もし、自分の自由権利を主張するために、他人の自由権利は踏みにじってもかまわぬというようなことが許されるなら、民主主義社会の自由は全体として失われる。社会が全体として自由を失えば、その社会の一員である個人の自由もまた、失われるのは理の当然である。
近頃、民主主義をはきちがえて、自分の、または少数団体の欲望を満たすために、他の多数の迷惑を顧みず、わがまま勝手を振る舞う心得違いのものがだいぶ増えたようだ。こうゆう不心得ものに、正邪善悪の物差しを教え込むことが、民主教育教育の一大使命である。
(以上、尾崎行雄『わが遺言』(昭和26年)、『尾崎咢堂全集第十巻』345頁より)
>世界中から尊敬せられ、愛せられる日本人をつくるためには、まず教育家の魂から、つくりなおしてかからねばならぬとすれば、前途道遠しの嘆なきを得ない。
60年前の言葉です。教師たちが起こす、色々な事件・事故、60年経った今、ますますひどくなっているように感じます。、
>真に自分の自由権利の尊さを自覚した人なら、他人の自由権利の尊さを思うべきだ。
相手を思いやる心をもって、教育に当たれば、自ずと生徒はその師の生き方から、学ぶことができると思う。良い生徒を作りたければ、教師自らを高める努力が必要と思う。
「君子の道は身を修めるにあり」(横井小楠語録)
先人の教示ですが、自分育てる学問「道」を求めることを、教師たちに実践して欲しいと願います。
政治家尾崎行雄翁は、戦前・戦後に活躍した政治家で「憲政の神様」と呼ばれ、その論説を世の人々を魅了したと言われる。志を高く掲げ、街頭演説をし続けた生き方を現代の政治家に見習ってほしいものです。
その尾崎行雄語録から、民主教育のついて述べた部分を紹介します。この文章が、本当に戦前の言葉か疑うような、視点の高さを感じます。
『人間のつとめ』
たとえ自分の利益になっても、害になっても、とにかく正邪を判別する良心があれば、自分の見聞した事実を公にして、世の誤りを正すことが人間のつとめである。
・・・利害損得のみに執着する日本人の封建思想を叩き直して、正邪善悪に基づいて行動する人間をつくることが、民主教育の目的であり、教育者の使命である。
世界中から尊敬せられ、愛せられる日本人をつくるためには、まず教育家の魂から、つくりなおしてかからねばならぬとすれば、前途道遠しの嘆なきを得ない。しかし、日本人の心に根強くこびりついている利害損得本意の封建思想を叩き出して、正邪善悪本意の真の民主主義精神をしっかり教え込むというような大事業は、たとえどんな立派な教育家があったところで、とても少数の専門教育家が学校で生徒を教えるくらいで成し遂げられるような、なまやさしい仕事ではない。・・・日本人全体が教師となり、同時に生徒になった気で、たがいに教え、教えられつつして、向上していくより外はない。
『はきちがえた民主主義』
民主主義は個人の自由権利を尊重する。しかし、いかに個人の自由権利を尊重すればとて、他人の自由権利をおかしてまで、個人の自由権利を主張していいはずはない。真に自分の自由権利の尊さを自覚した人なら、他人の自由権利の尊さを思うべきだ。もし、自分の自由権利を主張するために、他人の自由権利は踏みにじってもかまわぬというようなことが許されるなら、民主主義社会の自由は全体として失われる。社会が全体として自由を失えば、その社会の一員である個人の自由もまた、失われるのは理の当然である。
近頃、民主主義をはきちがえて、自分の、または少数団体の欲望を満たすために、他の多数の迷惑を顧みず、わがまま勝手を振る舞う心得違いのものがだいぶ増えたようだ。こうゆう不心得ものに、正邪善悪の物差しを教え込むことが、民主教育教育の一大使命である。
(以上、尾崎行雄『わが遺言』(昭和26年)、『尾崎咢堂全集第十巻』345頁より)
>世界中から尊敬せられ、愛せられる日本人をつくるためには、まず教育家の魂から、つくりなおしてかからねばならぬとすれば、前途道遠しの嘆なきを得ない。
60年前の言葉です。教師たちが起こす、色々な事件・事故、60年経った今、ますますひどくなっているように感じます。、
>真に自分の自由権利の尊さを自覚した人なら、他人の自由権利の尊さを思うべきだ。
相手を思いやる心をもって、教育に当たれば、自ずと生徒はその師の生き方から、学ぶことができると思う。良い生徒を作りたければ、教師自らを高める努力が必要と思う。
「君子の道は身を修めるにあり」(横井小楠語録)
先人の教示ですが、自分育てる学問「道」を求めることを、教師たちに実践して欲しいと願います。
2009年08月02日
暑中お見舞い申し上げます。
暑中お見舞い申し上げます。 2009年08月02日
暑くなりました。みなさまいかがお過ごしでしょうか。
今年は、長い梅雨で九州・山口では大きな水害となりました。被災された皆様にはお悔やみと励ましを申し上げたいと思います。
さて、今月は選挙月間で、昨日、地元の大太鼓フェスティバルにも、候補者が挨拶をして回っていました。国民の判断が問われる選挙になっています。
私の方は、マイペースでやっていて、建築も社会活動の続けています。子供が高校3年になり、受験準備でも色々時間を取られています。
また、社会活動の指導を受けている先生の勧めで、11年間続けてきた異業種交流会の活動と、インターネットを利用した仲間作りの活動をまとめた本の製作中です。まだ原稿校正の段階ですが、11年色々な工夫を続け、今に至った経緯や苦労話、講師探しのエピソードと、ブログで反響を呼んで文等、盛りだくさんの本になっています。
異業種交流会に登場して頂いた先生・講師の方に、一稿づつチェックが必要ですから、まだまだ時間はかかりますが、今秋には完成できるように頑張っています。完成した折には、ご笑覧頂ければ幸いです。
今年の予定は、9月と11月に異業種交流会を計画しています。
また、横井小楠生誕200年記念事業実行委員会に参加していますので、10月、11月に講演会、歴史ウォークラリー、国際シンポジウムをの準備が進んでいます。後日、詳しい内容が決ったらお知らせします。沢山の参加をお待ちしています。
これからが暑さ本番です。お身体をご自愛頂きますように願います。いつか再会できることを楽しみにしています。
盛夏
ノグチ Emeil:aande@lime.ocn.ne.jp
暑くなりました。みなさまいかがお過ごしでしょうか。
今年は、長い梅雨で九州・山口では大きな水害となりました。被災された皆様にはお悔やみと励ましを申し上げたいと思います。
さて、今月は選挙月間で、昨日、地元の大太鼓フェスティバルにも、候補者が挨拶をして回っていました。国民の判断が問われる選挙になっています。
私の方は、マイペースでやっていて、建築も社会活動の続けています。子供が高校3年になり、受験準備でも色々時間を取られています。
また、社会活動の指導を受けている先生の勧めで、11年間続けてきた異業種交流会の活動と、インターネットを利用した仲間作りの活動をまとめた本の製作中です。まだ原稿校正の段階ですが、11年色々な工夫を続け、今に至った経緯や苦労話、講師探しのエピソードと、ブログで反響を呼んで文等、盛りだくさんの本になっています。
異業種交流会に登場して頂いた先生・講師の方に、一稿づつチェックが必要ですから、まだまだ時間はかかりますが、今秋には完成できるように頑張っています。完成した折には、ご笑覧頂ければ幸いです。
今年の予定は、9月と11月に異業種交流会を計画しています。
また、横井小楠生誕200年記念事業実行委員会に参加していますので、10月、11月に講演会、歴史ウォークラリー、国際シンポジウムをの準備が進んでいます。後日、詳しい内容が決ったらお知らせします。沢山の参加をお待ちしています。
これからが暑さ本番です。お身体をご自愛頂きますように願います。いつか再会できることを楽しみにしています。
盛夏
ノグチ Emeil:aande@lime.ocn.ne.jp
2009年08月02日
松尾芭蕉の「商人訓」から三方良しの近江商人が始まった
松尾芭蕉の「商人訓」から三方良しの近江商人が始まった
~近江商人は芭蕉の教導訓示によってできた~
今朝は、歴史の人物から人間を育てる話題を一つ
俳人の松尾芭蕉は、どうして東北を回り俳句を作り続けたか?
色々な説があります。隠密、隠遁者、商売、調査、・・・
今日は、ベンチャー企業家として松尾芭蕉論です。
作家の童門冬二氏の著書「勝海舟の人生訓」の一節から、
勝海舟の友人に、塚本定次氏がいました。事業で成功し、たいへんな金持ちだったそうです。あるとき、塚本はこんなことを勝に語った。
「土地をたくさんもっておりますが、使い道の無い荒地もけっこうあります。最初は、近所の人たちにただで貸そうかと思いましたが、それではあまり智恵がありません。そこで、この土地に桜は楓をたくさん植えてみました。木が育てば、春は桜、秋は紅葉です。付近の人達が、吉野の桜も見に行けず、また京都の紅葉も見に行くこともできないで、年中汗を流し苦労するばかりですので、こういう人達に、花見や紅葉狩をしてもらおうと思います。そう思って植えた木なのですが、今は大変大きく育って、一つの公園ができました。無形の楽しみというのは人間にとって、とても大切なものでえると思います。いかがでしょうか?」
勝は、この行為にひどく感心した。(中略)
この塚本氏が、「芭蕉は近江商人の始祖だ」と語っていたそうで、同じ本の一節から、
「松尾芭蕉は、大変な俳人ではありますが、同時に大変な商才に長(た)けた人でもあります。今、近江商人は有名で、その商法が注目されていますけれども、もともと近江商人の商法というのは、芭蕉翁が指導したもので、いまだに芭蕉翁の商法が守られているのです。」
勝は、塚本のこの言葉を聞いて、こう語っている。
「長年、芭蕉という男が、ただ俳句がうまいというだけで、これほど人々の間に名が通っている、ということに疑問をもってきた。しかし、塚本が言ったことで、長年の疑問が氷解した」(中略)
芭蕉の近江商人の商法とは、6つの行動パターンがあると言う。
一、バイタリティに富んでいること
二、優れた情報力を備えていること
三、柔軟な発想と思考力をもっていること
四、情に左右されない合理精神をもっていること
五、優れた決断力をもっていること
六、果てしない上昇志向をもっていること
と分析する。後に、江戸、大阪等で大店となっても「座して流動する(行商)」という考え方を捨てなかった。(中略)
(以上、「勝海舟の人生訓」)
今日の文章に、加える解説はありません。
ただ、現在の商魂が問われる中、日本が考え出し、培ってきた商法(商道)が、色々な事件・不祥事で問われています。
今日は、芭蕉の句を思い出し、さらに近江商人の「三方良し」の理念を噛みしめたいと思います。
「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」(松尾芭蕉)
*参考資料:童門冬二氏著「勝海舟の人生訓」
~近江商人は芭蕉の教導訓示によってできた~
今朝は、歴史の人物から人間を育てる話題を一つ
俳人の松尾芭蕉は、どうして東北を回り俳句を作り続けたか?
色々な説があります。隠密、隠遁者、商売、調査、・・・
今日は、ベンチャー企業家として松尾芭蕉論です。
作家の童門冬二氏の著書「勝海舟の人生訓」の一節から、
勝海舟の友人に、塚本定次氏がいました。事業で成功し、たいへんな金持ちだったそうです。あるとき、塚本はこんなことを勝に語った。
「土地をたくさんもっておりますが、使い道の無い荒地もけっこうあります。最初は、近所の人たちにただで貸そうかと思いましたが、それではあまり智恵がありません。そこで、この土地に桜は楓をたくさん植えてみました。木が育てば、春は桜、秋は紅葉です。付近の人達が、吉野の桜も見に行けず、また京都の紅葉も見に行くこともできないで、年中汗を流し苦労するばかりですので、こういう人達に、花見や紅葉狩をしてもらおうと思います。そう思って植えた木なのですが、今は大変大きく育って、一つの公園ができました。無形の楽しみというのは人間にとって、とても大切なものでえると思います。いかがでしょうか?」
勝は、この行為にひどく感心した。(中略)
この塚本氏が、「芭蕉は近江商人の始祖だ」と語っていたそうで、同じ本の一節から、
「松尾芭蕉は、大変な俳人ではありますが、同時に大変な商才に長(た)けた人でもあります。今、近江商人は有名で、その商法が注目されていますけれども、もともと近江商人の商法というのは、芭蕉翁が指導したもので、いまだに芭蕉翁の商法が守られているのです。」
勝は、塚本のこの言葉を聞いて、こう語っている。
「長年、芭蕉という男が、ただ俳句がうまいというだけで、これほど人々の間に名が通っている、ということに疑問をもってきた。しかし、塚本が言ったことで、長年の疑問が氷解した」(中略)
芭蕉の近江商人の商法とは、6つの行動パターンがあると言う。
一、バイタリティに富んでいること
二、優れた情報力を備えていること
三、柔軟な発想と思考力をもっていること
四、情に左右されない合理精神をもっていること
五、優れた決断力をもっていること
六、果てしない上昇志向をもっていること
と分析する。後に、江戸、大阪等で大店となっても「座して流動する(行商)」という考え方を捨てなかった。(中略)
(以上、「勝海舟の人生訓」)
今日の文章に、加える解説はありません。
ただ、現在の商魂が問われる中、日本が考え出し、培ってきた商法(商道)が、色々な事件・不祥事で問われています。
今日は、芭蕉の句を思い出し、さらに近江商人の「三方良し」の理念を噛みしめたいと思います。
「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」(松尾芭蕉)
*参考資料:童門冬二氏著「勝海舟の人生訓」
2009年08月01日
(近江商人の魂)芭蕉はベンチャー経営者の始祖?
(近江商人の魂)芭蕉はベンチャー経営者の始祖?
~近江商人は芭蕉の教導訓示によってできた~
今朝は、歴史の人物から人間を育てる話題を一つ
俳人の松尾芭蕉は、どうして東北を回り俳句を作り続けたか?
色々な説があります。隠密、隠遁者、商売、調査、・・・
今日は、ベンチャー企業家として松尾芭蕉論です。
作家の童門冬二氏の著書「勝海舟の人生訓」の一節から、
勝海舟の友人に、塚本定次氏がいました。事業で成功し、たいへんな金持ちだったそうです。あるとき、塚本はこんなことを勝に語った。
「土地をたくさんもっておりますが、使い道の無い荒地もけっこうあります。最初は、近所の人たちにただで貸そうかと思いましたが、それではあまり智恵がありません。そこで、この土地に桜は楓をたくさん植えてみました。木が育てば、春は桜、秋は紅葉です。付近の人達が、吉野の桜も見に行けず、また京都の紅葉も見に行くこともできないで、年中汗を流し苦労するばかりですので、こういう人達に、花見や紅葉狩をしてもらおうと思います。そう思って植えた木なのですが、今は大変大きく育って、一つの公園ができました。無形の楽しみというのは人間にとって、とても大切なものでえると思います。いかがでしょうか?」
勝は、この行為にひどく感心した。(中略)
この塚本氏が、「芭蕉は近江商人の始祖だ」と語っていたそうで、同じ本の一節から、
「松尾芭蕉は、大変な俳人ではありますが、同時に大変な商才に長(た)けた人でもあります。今、近江商人は有名で、その商法が注目されていますけれども、もともと近江商人の商法というのは、芭蕉翁が指導したもので、いまだに芭蕉翁の商法が守られているのです。」
勝は、塚本のこの言葉を聞いて、こう語っている。
「長年、芭蕉という男が、ただ俳句がうまいというだけで、これほど人々の間に名が通っている、ということに疑問をもってきた。しかし、塚本が言ったことで、長年の疑問が氷解した」(中略)
芭蕉の近江商人の商法とは、6つの行動パターンがあると言う。
一、バイタリティに富んでいること
二、優れた情報力を備えていること
三、柔軟な発想と思考力をもっていること
四、情に左右されない合理精神をもっていること
五、優れた決断力をもっていること
六、果てしない上昇志向をもっていること
と分析する。後に、江戸、大阪等で大店となっても「座して流動する(行商)」という考え方を捨てなかった。(中略)
(以上、「勝海舟の人生訓」)
今日の文章に、加える解説はありません。
ただ、現在の商魂が問われる中、日本が考え出し、培ってきた商法(商道)が、色々な事件・不祥事で問われています。
今日は、芭蕉の句を思い出し、さらに近江商人の「三方良し」の理念を噛みしめたいと思います。
「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」(松尾芭蕉)
*参考資料:童門冬二氏著「勝海舟の人生訓」
~近江商人は芭蕉の教導訓示によってできた~
今朝は、歴史の人物から人間を育てる話題を一つ
俳人の松尾芭蕉は、どうして東北を回り俳句を作り続けたか?
色々な説があります。隠密、隠遁者、商売、調査、・・・
今日は、ベンチャー企業家として松尾芭蕉論です。
作家の童門冬二氏の著書「勝海舟の人生訓」の一節から、
勝海舟の友人に、塚本定次氏がいました。事業で成功し、たいへんな金持ちだったそうです。あるとき、塚本はこんなことを勝に語った。
「土地をたくさんもっておりますが、使い道の無い荒地もけっこうあります。最初は、近所の人たちにただで貸そうかと思いましたが、それではあまり智恵がありません。そこで、この土地に桜は楓をたくさん植えてみました。木が育てば、春は桜、秋は紅葉です。付近の人達が、吉野の桜も見に行けず、また京都の紅葉も見に行くこともできないで、年中汗を流し苦労するばかりですので、こういう人達に、花見や紅葉狩をしてもらおうと思います。そう思って植えた木なのですが、今は大変大きく育って、一つの公園ができました。無形の楽しみというのは人間にとって、とても大切なものでえると思います。いかがでしょうか?」
勝は、この行為にひどく感心した。(中略)
この塚本氏が、「芭蕉は近江商人の始祖だ」と語っていたそうで、同じ本の一節から、
「松尾芭蕉は、大変な俳人ではありますが、同時に大変な商才に長(た)けた人でもあります。今、近江商人は有名で、その商法が注目されていますけれども、もともと近江商人の商法というのは、芭蕉翁が指導したもので、いまだに芭蕉翁の商法が守られているのです。」
勝は、塚本のこの言葉を聞いて、こう語っている。
「長年、芭蕉という男が、ただ俳句がうまいというだけで、これほど人々の間に名が通っている、ということに疑問をもってきた。しかし、塚本が言ったことで、長年の疑問が氷解した」(中略)
芭蕉の近江商人の商法とは、6つの行動パターンがあると言う。
一、バイタリティに富んでいること
二、優れた情報力を備えていること
三、柔軟な発想と思考力をもっていること
四、情に左右されない合理精神をもっていること
五、優れた決断力をもっていること
六、果てしない上昇志向をもっていること
と分析する。後に、江戸、大阪等で大店となっても「座して流動する(行商)」という考え方を捨てなかった。(中略)
(以上、「勝海舟の人生訓」)
今日の文章に、加える解説はありません。
ただ、現在の商魂が問われる中、日本が考え出し、培ってきた商法(商道)が、色々な事件・不祥事で問われています。
今日は、芭蕉の句を思い出し、さらに近江商人の「三方良し」の理念を噛みしめたいと思います。
「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」(松尾芭蕉)
*参考資料:童門冬二氏著「勝海舟の人生訓」