2020年01月13日

孔子の教え、三善・三悪シリーズ①「益者三友、損者三友」〜友人の選択で人生が変える〜

孔子の教え、三善・三悪シリーズ①「益者三友、損者三友」〜友人の選択で人生が変える〜

枕元にある『仮名論語』を開くと、「季氏十六」の章に以下の言葉を見つけ、三善・三悪シリーズのひとつについて紹介します。有名な訓示「益者三友、損者三友」です。

(以下、『仮名論語』季氏十六より)

孔子曰わく、益者(えきしゃ)三友。損者(そんしゃ)三友。直(なお)きを友とし、諒(まこと)を友とし、多聞(たぶん)を友とするは、益なり。
便辟(べんへき)を友とし、善柔(ぜんじゅう)を友とし、便佞(べんねい)を友とするは損なり。

【直訳】
孔子先生が言われた、「交わって益する友に三種類がある。素直で正直な人を友とし、誠実な人を友とし、知識の豊かな人を友とするのが益である。体裁ぶる人を友とし、人ざわりがよくて誠実のない人を友とし、口先ばかりで調子のよい人を友とするのは損だ」

みなさんの周りにはいろいろな方々が存在します。私は、10年くらいお付き合い(人の分析)をしてからしか一緒に仕事をしないようにしています。現在、設計事務所の運営仲間たちは、20年以上お付き合いをしている人たちばかりです。

まちづくり活動でも、地域活動また似たようなことが言えるのでは、人の分析(評価)を好きな人たちが多い。果たして私はどんな批評を受けているのか?

例えば、「子を見れば親が分かる」とも逆に「親を見れば子がわかる」とも・・・、これは人物評価で取り巻く人(友達)がどんな人達かで、その人を評価する古典的ですが、人の評価があります。それが、孔子先生の訓示「益者三友、損者三友」とも言えます。

年始から、孔子の教えに、3つの善悪を並べて語る場面が多いのですが、季氏十六章に5つの三善・三悪シリーズがありますので、ご紹介します。

2500年以上前の中国古典『論語』には、現代にも通じる人間関係の教えがたくさんあります。60代になり、人の分析もまた役割なのかも知れないと思うこの頃ですし、自分もまた批評されていることも忘れてはならない。

*[原文]
孔子曰、
益者三友、
損者三友。
友直、友諒、
友多聞、益矣、
友便辟、
友善柔、
友便佞、損矣。
  


Posted by ノグチ(noguchi) at 03:42Comments(0)孔子の教え

2020年01月06日

<中国故事>「天が、越を我が国にくださったのです。情けは無用ですぞ」〜呉王夫差のの家臣・伍子胥(ごししょ)〜

権力(地位)闘争に情けは無用。<中国故事>「天が、越を我が国にくださったのです。情けは無用ですぞ」〜呉王夫差のの家臣・伍子胥(ごししょ)〜

大陸の権力闘争は凄まじい。しかし、その中身は国家を安定させ、民を安心させることにつながる。現代でも参考になることも多いのです。

四字熟語の「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」がありますが、その意味は歴史に起因しています。

呉王の夫差が、越王勾践(こうせん)を打ち負かす状況になった時に、"和議"を申し入れてきた。夫差の家臣の伍子胥は、
「天が、越をわが国にくださったのです。情けは無用ですぞ」
と突っぱねた。

しかし、さらに勾践は、美女と財宝を差し出して和議を画策してきた、伍子胥は、
「いま、とどめをささなければ、必ず後悔する日が参りますぞ。生かしておけば、いずれ我が国の憂いとなりましょう」
の反対を押し切り、降伏を受け入れた。

 許され(降伏し)た勾践は、それからというもの、常に干した肝(きも)を傍において苦さを味わいながら、「これ勾践よ、会稽(かいけい)の恥を忘れるでないぞ」と自分に言い聞かせながら、復讐の念を新たにした。こうして二十年、国力の充実した越はつい呉を打ち破って雪辱をはたしたという。

夫差は、家臣の進言に耳を傾けず、最後のツメの段階で情けをかけたことがあだとなり、逆に息を吹き返した相手にしてやられる羽目におちいったのである。
(以上、『中国人の発想 80の知恵』を引用)

復讐する気持ちを失わないために、乾いた肝の苦さを味わい、毎晩割った薪の上で復讐を誓いを立てた、勾践の史実によるものと言われますが、中国の権力闘争は凄まじい!

しかし人間、国が違えど、権力(地位)闘争にぶち当たった時は、夫差の緩さでなく、勾践の"雅人嘗胆"の闘争心が必要だなぁ、と思います。

「臥薪嘗胆」は、自らの力で復讐を果たす生き方は、今の日本には無い"大陸感覚"では無いかと思いました。

地位はあれど、叩かれたことを忘れず、復讐を誓い、雅人嘗胆の志には、恐れ入る中国人の発想と思います。

中国故事が大好きで、中国古典輪読会で学ぶものとして、「臥薪嘗胆」の大陸感覚は、これからの中国との国交には、欠かせない感覚と思います。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 21:46Comments(0)故事、名言、訓示、スピーチ

2020年01月03日

「悲観論者はあらゆるチャンスに困難を見いだす。楽観論者はあらゆる困難にチャンスを見いだす」(ウィンストン・チャーチル)

「悲観論者はあらゆるチャンスに困難を見いだす。楽観論者はあらゆる困難にチャンスを見いだす」(ウィンストン・チャーチル)

自らの"いいところ"を探す

夢を実現し、成功を手に入れ、しあわせになり得るすべての要素を持ちながらも、いつも憂鬱そうにしている人がいる一方で、何度も不運や困難と直面しながらも、人生に喜びを見出している人たちがいるのはなぜでしょうか。
(以上、『ハーバードの人生を変える授業』から)

冒頭の言葉は、第二次世界大戦当時のイギリス首相ウィンストン・チャーチルの言葉ですが、ヨーロッパでナチスドイツが戦線拡大している時、イギリスはアメリカの参戦を画策していた。その状況下で、日本が真珠湾攻撃をして、アメリカの参戦が確実になった時、ある歴史書のチャーチル首相の言葉「これで寝れる」と。
ヨーロッパでは、アメリカのノルマンディ上陸作戦からヨーロッパ戦線は大きく転換した。ところが太平洋戦争は、日本の進撃が早く、インド洋でイギリス自慢の戦艦が3隻も日本に撃沈され、日本を巻き込んだが、日本の強さにチャーチルは落胆したとの史実もある。

冒頭の言葉は、第二次世界大戦の経験があった時期の言葉かは別として、当時の政治指導者は、戦争に翻弄されて、日々一喜一憂の生活だったのだろうと思います。

本の一節に、

「幸福というものは人生における客観的な出来事で決まるのでなく、出来事をどう解釈するかという主観的な心の働きによって決まるもの」

また、どのような状況でもそこによい部分を見つけられる人たちがいます。他人の成功を自らのことのように、挫折をチャンスに、人生を楽観的に生きれる人たち。

最高の出来事が起こるのではありません。起こった出来事を最高のものにできる人がいるのです。

上記の感覚で、過去の出来事を捉え直すと、自らが歩いてきた人生も違った見方が出てくるのではと思います。

坂本龍馬のように"常に前のめり"の生き方をするには、失敗をくよくよ悩むより、今できることに取り組んで行く。それこそが楽観論者ではないかと思ます。

最後までお読みいただきありがとうございます。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 10:05Comments(0)偉人