2023年09月10日

<六十にして思う>すべては「因」と「縁」によって生じる。準備あるところにチャンスは訪れる。〜禅語より〜

<六十にして思う>すべては「因」と「縁」によって生じる。準備あるところにチャンスは訪れる。〜禅語より〜

「自分にはなかなかチャンスに恵まれない」という人の話を耳にします。実は、チャンスは誰にも平等にもたらされます。ならば、なぜ掴む人と、そうでない多くの人がいるのか?

冒頭の禅語の解説から、

「因」とは、「準備」てす。準備を整えている人は、いざ、チャンス(縁)がめぐってきたとき、確実にそれをうけとめあ、生かすことができます。

他人との「比較」や「競争」ばかりに気を取られてはいけない。

心がかるべきは「因」を万全なものにしておくこと。それは他人との比較や競争とは別次元の作業です。あくまでも個人的な作業なのです。
(以上、『禅、比べない生活』より)

チャンスは、前髪を掴む、後ろ髪では間に合わない、という話を聞いたことがあります。それと大事なのは、本田宗一郎の訓示にもあります。

「人間にとって大事なことは、学歴とかそんなものではない。他人から愛され、協力してもらえるような徳を積むことではないだろか」

と、世界のホンダの創業者も語っています。

徳を積むとは、魅力的な、人を惹きつけるような人間に成れているか?

準備(因)と徳(仁)が縁(チャンス)を掴む、凡人には、なかなかハードルの高い目標ですが、こんな人生訓や言葉を知っているか、知らないかで、晩年の生き方も変わってくるように思います。
  


2023年09月02日

人間、誰と付き合うか、周りは見ていることを忘れてはいない。〜『荀子』〜

人間、誰と付き合うか、周りは見ていることを忘れてはいない。〜『荀子』〜

20年近く、数年に一度は開く本があります。作家の守屋洋編著『中国古典一日一言』です。

6月13日の訓示は、

その子を知らざれば、その友を見よ

という見出しで、『荀子』の教えを説いています。

(以下、文を転載)

 人間は環境の動物だと言われる。環境しだいで、よくもなればわるくもなる。なかでも、大きな影響を受けるのが、人間的な環境である。とくに若いころは、友人の影響が無視できない。妙な連中と付き合っているようなら、注意信号だと受けとってよいだろう。また、親とは口をきかなくなっても、つき合っている友人関係が良好なら、心配する必要はない。
(以上、『中国古典一日一言』より)

私の社会活動の始まりは、33歳の時、最初の出会いが強烈な志士でした。当時60歳の経済学者でしたが、後にわかるのですが、政治家志望の大学教授・高宗昭敏先生でした。

キーワードは「横井小楠」でした。

以来、先生の活動に参加して学んできました。本日、そのご縁から、横井小楠の妻の実家の矢島四姉妹の記念館を訪ねました。

私は、自らの興味から、素晴らしい方々に出会うことができました。今日の防災イベントでも、女性社会活動家に再会しました。

誰と会うか、誰と仲間になるか、誰から誘われるか、

中年になっても、高齢者になっても、"誰と会うか、誰から誘われるか"とても大事な、人生のチャンス(機会)かもしれません。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 19:07Comments(0)私の意見故事、名言、訓示、スピーチ