2013年02月25日

毎日30分早歩き、糖尿病にも効果。地方ほど公共交通利用へ転換

毎日30分の早歩き、糖尿病にも効果。地方ほど公共交通利用へ転換

おはようございます。月曜日、慌ただしい週の始まりか?、そんな予感もあり、早朝ウォーキングはお休みして、朝読書です。

さて、昨夜寝る前に書いた日記の内容を後押しする話題が、今朝のwebニュースにありました。健康維持のいい話です。

2型糖尿病の進行防止に、早足ウォーキングが有効あり。

私の朝のウォーキングスタイルは、7キロを1時間10分を目標に歩きます。最近は、時計を確認せずとも、予定時間で往復出来るようになりました。

そのウォーキングの効果はどうかと思っていたら、中高年の健康維持に効果ありは、昨日のNHKのニュースで。糖尿病の方も、死亡率を下げる効果があると、証明するデータが発表された。

昨日は、東京シティマラソンに、3万5千人が参加したようですが、健康維持は自助努力。毎日30分の早歩きか、それに相当する運動をやる意味は、後半生の健康に大きく影響する。

私のウォーキングの目標は、月に200キロ以上、その中に1日20キロ以上も入れることにしています。3月は、9日と10日に、計50キロを歩きます。

健康維持、楽しみながら続けることが大事と思います。今年目標は、日本縦断と同じ距離、述べ2500キロを目指しています。ウォーキングは、楽しみながらやることが大事と思います。


ー産経web ニュースよりー
>毎日30分以上の早歩きに相当する運動をしている2型糖尿病の患者は、ほとんど運動しない患者に比べて死亡の危険性がほぼ半分だった
>40~70歳の患者約1700人を8年間追跡。脳卒中発症のリスクも半減した。効果は年齢や性別に関係なく、食事療法や薬に比べ軽視されがちな運動の重要性を示した。
>運動量が多いグループは、少ないグループに比べ、死亡リスクが51%、脳卒中の発症リスクは45%、それぞれ低かった。

http://sankei.jp.msn.com/smp/life/news/130225/bdy13022500220000-s.htm
  


Posted by ノグチ(noguchi) at 08:03Comments(0)意見・異見

2013年02月24日

認知症にならないために歩く、足は第二の心臓!

認知症にならないために歩く、足は第二の心臓!

今朝、テレビニュースで、足が痛くなった高齢者が歩かなくなった。主治医から、痛くても一日30分、週に3日歩くことを勧められた。

その老人、初めは痛みがあったが、3月が経ち、半年が経ち、1年が経つころには、痛みはあるが歩けるようになった。続けているうちに、痛み無く歩けるようになった。

この結果、足のふくろはぎには、血管が塞がれた部分に、血液のバイパスから、細いですが毛細管も増えるそうだ。これは、驚いた。

数日前のテレビニュースで、歩かない習慣が、歩けない足になる。これを、ロコモティブシンドロームに陥る。これは悪巡回に陥り、歩けない。高齢者は、躁うつ病になったり、認知症になったりする。

昔の人は、日々歩いた。私の周りに、車を運転する老人と、車を運転できない(免許が無い)老人がいます。両方80代ですが、運転免許を持たない方は、役職はないですが、社会的には現役です。

妻との話しで、大都市は車が必要ないが、公共交通を使い日々歩く。田舎は、公共交通が無い(成立しない)ので、自家用車、私の親父さんは、40代後半から、常に車利用でした。

晩年は、車が運転出来ないなくなっから出歩かない。車に頼り切った生活、足が弱り、介護保険を使うようになった。デイサービスは、送迎付き、ヘルパーが転倒しないように、ケガの無いように、送迎は2人体制、人件費の嵩む後半生になった。

ならば、定年後はなるべくなら、自家用車を利用せずに、とにかく、歩くことと、公共交通をたくさん利用して、「歩く」「歩く」、何かに付けて歩く。

これは、車社会へのアンチテーゼになるように思います。健康のために、暇なときほど歩き、公共交通を使えば、介護保険料アップを抑えることができないか?

歩かない、足が弱る、引きこもり、躁うつ病、認知症、介護、入院、入所、益々歩かない。車いす、寝たきり、介護ランク5になる。ますます、介護保険料が上がる。矛盾だらけの介護保険政策のように思います。

私は、車利用を限りなく少なくして、何かにつけて歩く。足は第二の心臓!、認知症にならないために歩くことを始めて良かったな、と思います。
  


Posted by ノグチ(noguchi) at 23:04Comments(0)私の意見

2013年02月24日

偏差値から人間教育へ、世の心ある­生徒や保護者は求めていた。

偏差値から人間教育へ、世の心ある­生徒や保護者は求めていた。

おはようございます。昨日は、2­つの講演会を聴きました。

道州制論議と自伐林業の話

道州制論議は、高学歴の方々で、­公的役職の方ばかりの登場人物で­した。言葉巧みに、地方分権と中­央集権の改革を説明されたが、な­かなか私のような学歴のない人間­には、字面的な意味は分かるが、­実際の体験が無い分、心を動かさ­れない。

それとは違って、自伐林業と木の­駅プロジェクトの活動は、私自身­が山の下草刈り、間伐の作業、等­々を見て体験しているから、納得­出来るし、日銭の問題も絡み、ス­ッと理解ができた。

土佐の森方式のリーダーの中嶋氏­は、「国、営林署のやり方では日­本林業の発展はない。机上の理論­(偏差値的)では、林業家は減る­ばかり、ドイツ型林業に帰ると、­中山間地の過疎問題も解決する」­と強調した。

心動かされ、実践の言葉には、会­場の全員をその気にさせるものが­あった。正に、実学の講演会を体­験した気がしました。

幕末の政治思想家の横井小楠は、­「役人(官僚)の話しは、一度聞­けばもういい。だが、百姓や漁師­、商人の話は、何度聞いても面白­い。一人一人の工夫があり、興味­が尽きない」と語ったそうです。

座学も確かに必要ですが、新しい­事にチャレンジするには、勇気や­気合が必要ですし、それに賛同す­る仲間や指導者が増えることが必­要です。

偏差値教育(座学)から、少しず­つ自ら行動を起こす人間教育(実­学)に、社会が関心を持ち始めて­いるように思います。

ー産経web ニュースよりー
>大阪における一私立高校の入試­改革という小さなできごとである­。しかし、その意味するところは­、全国の高校教育界への衝撃とな­る大きなできごとである。

>すなわち、世の心ある生徒や保­護者は求めていたのである。偏差­値教育ではなくて、志を養う人間­教育を。しかし、それに応える高­校がほとんどなかったのだ。

>そこに登場したのである。人間­教育をするという高校が。だから­多く集まったのである。彼らの志­はきっと花開くであろう。

>『論語』子張篇に曰(いわ)く­「博(ひろ)く学びて、篤(あつ­)く志(こころざ)す」と。

http://sankei.jp.msn.com/smp/life/news/130224/edc13022403030000-s.htm

  


Posted by ノグチ(noguchi) at 06:59Comments(0)意見・異見

2013年02月23日

〈自分の観察〉目の前の利益にとらわれると自失の人生を送る

〈自分の観察〉目の前の利益にとらわれると自失の人生を送る

常に前へ、上へと目指す人は、周りがよく見えない。逆に言えば、猪突猛進の状況にならないと実現出来ないこともあることも事実。

しかし、時々は泰然と自分の状況を、観察し分析するかとも忘れてはならない。

中国古典の『荘子』の一節がある。

「利を見て而(しこう)して、その真を忘る」

荘子が、所有の栗園を散歩していたら、一羽の見慣れないカササギが、舞い込んで来て栗の木にとまった。荘子は、してやったりと、弓をかまえた。

ところが、カササギはまったく気づかず、動かない。近寄ると、前にいるカマキリをジーッと狙っている。

さらに近寄ると、カマキリは、木かげのセミを狙っているではないか。狙われているいるセミは、自分が狙われているのも知らず、楽しそうに鳴いている。

荘子 ⇒ カササギ ⇒ カマキリ ⇒ セミ

セミを狙っているカマキリは、カササギに狙っていることをわからない。カササギは荘子に狙っていることがわからない。

人も同様で、利益という目標に夢中になっていると、心が奪われ、本来の心である「友情」と「愛情」を忘れて、自失の人生を送ることになる。

時々は、立ち止まり、ゆったりとした心で、自分を前から、後ろから、横から、斜めから、検証するとことを忘れてはならない。先人の教示は、心洗われるものがあります。

※参考資料:境野勝悟訳著『老子・荘子の言葉100選』より
  


Posted by ノグチ(noguchi) at 10:07Comments(0)老子・荘子の言葉」

2013年02月23日

〈神山町の理想〉徳島空港から車で80分、山の町にIT企業集う

〈神山町の理想〉徳島空港から車で80分、山の町にIT企業が集う

徳島県の山の町で有名なのは、「葉っぱビジネス」で成長をつづける上勝町があります。お年寄りが、IT ツールを使いこなして、東京の築地市場に、料理の飾り(色どり)に使う゛葉っぱ ゛を出荷しています。

今日の話題は、同じ様な山の町の取り組みです。徳島県神山町は、2011年のテレビのデジタル化で、視聴が厳しい地域で、県が276億円をかけて光ファイバーを整備した。

その前から、この神山町は町へ職業人を呼び寄せている。例えば、町に居なかったパン焼き職人を全国に呼びかけて、来てくれた。以来、ウェブ技術者、映像製作者も招いた。やがて、菓子職人が来たり、平成10年秋に、最初のIT 企業が進出した。そして光ファイバー回線整備で加速している。

この呼び寄せ事業で、08~10年に、20代、30代の夫婦ら約70人が移住した。さらに、IT企業が地元雇用で、20代30代を4人採用して、事業も拡大している。

この中心的な役割をしているのが、NPO法人「グリーンバレー」で、空き家を利用した町おこし事業「ワーク・イン・レジデンス」です。

町と協力して、補助金で若い家族を誘うのではなく、町の理想像を描き「そのために必要なのはこんな職業人」とネットで、逆指名する。その第一号が、パン焼き職人でした。

自然豊かで、ゆったりした環境が、新しい発想を生み出す。都市の喧騒から隔絶されながら整備されたネット環境を、日本マイクロソフト社も2度視察し、「ここは新しいワークスタイルの可能性がある」と評価している。

NPO 理事長の大南信也氏は、「四国霊場でもっとも厳しい焼山寺を訪ねる遍路さんを暖かくもてなす伝統が、事業に生かされている」と語る。

国頼りではなく、「我々の地域は、こんな未来を目指す」と、全国に職業人を呼び寄せる、逆転の発想が必要なのかもしれません。

私は約20年、色々なことを知るために、県内だけでなく、九州、関西、関東へ出向いた。これからは、色々な人が私の住む地域に集まって来るような場所に出来るといいなと思います。

  


Posted by ノグチ(noguchi) at 08:30Comments(0)意見・異見

2013年02月22日

〈人事〉人に会うことをいやがるなー握髪吐哺(あくはつとほ)ー

〈人事の鍵〉人に会うことをいやがるなー握髪吐哺(あくはつとほ)ー

自分の仕事をすることは当たり前だが、その仕事を成就するには、多くの人材の手助けが必要です。自分の仕事ばかりに、集中していると、人と会う時間が無い。人にばかりに会っていると、自分の仕事ができず評価は下がる。いかにすべきか?

古い時代も、やはり役職は多忙だった。中国の古代の周王朝の二代目の武王の弟の周公旦は、父の文王と兄を支えて、周王朝を盛り立てた。

周公旦が治めなければならない(担当地域の)魯の国だが、都の仕事があり出向くことができないので、子どもの伯禽(はくきん)を赴任させることにした。その時の訓示が素晴らしい、以下が『十八史略』の一節の訳文です。

「私は、決して低い身分ではない。それでも、人が訪ねてくれば、髪を洗っているときなら何度でも髪を握ってしぼり。食事中なら何度でも口中のものを吐き出して、そのつど直ちに会っている。それでもなお、人材を見落としはしないだろうかと心配でならないのだ」

トップの最大の仕事は、人材の適材適所と、人材発掘であることは、今も昔も変わらない。賢人を掘り起し、必要な部署に配置する。組織の良し悪しは、「人」と言われる。人事は、トップの責任と思います。

周公旦は、№2としての役割は、人といかにたくさんと会うか、寸暇を惜しんで働き続けたからこそ、周王朝の隆盛につながったと思います。

「握髪吐哺」は、活動を起こす人の訓示として、常に人に会うことをいやがるようではいけないの教えと思っています。

参考資料:中国古典百言百話「十八史略」  


Posted by ノグチ(noguchi) at 16:15Comments(0)故事、名言、訓示、スピーチ

2013年02月22日

<一病息災>病を持ちながら幸せを感じる医療~パッチアダムス~

<一病息災>病を持ちながら幸せを感じる医療~パッチアダムス~

おはようございます。今朝も、寒い朝でした。ウォーキング中に、いつも聞くNHKのラジオ放送で、医療に関する話を、それぞれの専門医がされる。今日はは、治らない病気の話でした。

治らない病気とどう向き合うか?

がん治療で、最近注目されるのが、緩和ケアについて取り組みが進んでいます。今朝の話題は、その緩和ケアではなくて、完治の望めない病と、末期までどう付き合うか、闘病の考え方も含めて、色々な話がありました。

中で関心を持ったのは、アメリカの医師で、社会活動家のパッチアダムス医師の言葉(考え方)でした。

「病気を持っても、幸せか」あるいは「幸せな気持ちを感じらながら、病気と付き合う」とも受け取られる言葉でした。

日本の諺に、「一病息災」と言う言葉があります。完治しない病を持ち、どうその病と付き合いながら、人生を生きるか。

乳がんの女性が、一例として紹介されました。その女性は、乳がんと告知され、抗がん剤を使い治療する中で、様々な副作用に苦しんだ。死と向き合いなが、色々な思いを担当医師と語っても答えが出ずに、セカンドオピニオンとして、ラジオの放送の医師に相談した。

がんは完治の難しい病、女性患者と語る中で、抗がん剤を使わず、ホルモン治療に変えて、残りの人生を楽しむ生き方を選んばれたそうです。それから7年を、充実した人生歩かれたと、紹介されました。

完治の難しい病になった時、治療に全精力、全人生をかけると、完治の見込みがなくなれば、生きる意味が無くなり、失望感だけを持って死を迎えることになります。

人は、いつか必ず死が訪れます。ならば、限られた人生を、楽しく充実した生き方をした方が、はるかに生きる意味を、関わる人たちにも与えることができると思います。

先人の知恵「一病息災」を思い出し、残された時間を充実して行く方が、後世の人にも大きな思いを伝えると思います。私は、そちらの道を選びたいなと思っています。

私の数珠は、がんを告知され、余命3月と分かったお坊さんの遺品ですが、その方は、告知の日に一夜一人過ごされ、11首の辞世の句を残し、翌日から、自分の死後の準備をされました。寺の改修、跡継ぎの準備、葬儀の写真、体調のよい時に、様々な仲間とがんを告げずに、顔を合わせて、告知後1年経って亡くなりました。
 葬儀の時に、奥様が紹介されました。「夫は、丸1年家族もお仲間とも、楽しい時間が過ごせたと語っていました」と。

私も50代後半にさしかかりました。昨日の尊厳死ではないですが、完治の望めない病と向き合う心構えも必要な年に近づいていることを、忘れてはならないと思います。
  


Posted by ノグチ(noguchi) at 08:27Comments(0)私の意見

2013年02月21日

九州初、フットパス事業の2年間の活動発表は中身が濃かった

九州初、フットパス事業の2年間の活動発表は中身が濃かった

午前中のフットパス体験、10人ごとにフットパスガイドが同行し、主要な場所での解説は、地域の物語、施設の詳しい歴史的意味、植物の季節での変化、本人さんは「雑学」と言われたが、これがなかなか面白かった。後でうかがえば、20年のキャリアをもつ、歴女でした。

地域活性には、地域の市民活動のリーダーが登場して来ると言いますが、タイミングよく、必要な方が、必要な時に、登場するものだなと思います。

この九州初のフットパスの動きは、15年来の知人の気づきが有ったことを知りました。BE-PALという雑誌をたまたま買ったら、イギリスの「フットパス」の動きが紹介されていた。そく日本の状況を調べて、北海道の集まりに参加され、活動が始まった。

以来2年、アッという間に九州初のフットパス事業が、地域に認知され(リーダーの努力から)広がって行きました。

11月9~10日に、フットパス全国大会が、本日開催された美里町で、開催されます。行動こそが、活性化の真髄だなと思います。とても、有意義なフットパス体験と講演会でした。この経験をどう活かすか、仲間づくりも含め、これからが本番です。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 19:15Comments(0)地域活動、まちづくり

2013年02月21日

〈快晴〉美里フットパス発表会参加、ロコモティブシンドローム

〈快晴ウォーキング〉美里フットパス発表会参加、ロコモティブシンドローム

今朝は、快晴でとても星がよく見えました。けっこ冷えていました。

昨日の朝のニュースで「ロコモ(ロコモティブシンドローム)」について、報じていた。???、たまたま妻がいて、福祉の仕事をしているので、ロコモ?、とは何かとたずねると、日本の現代病と言われるもので、年齢より遥かに脚力が弱る、特にバランス力が低下する体力減退の症状を言うそうです。

例えば、片足で立ったまま、靴下をはけるか?、

また、片足でドレだけ、立って入れるか?

腰周り、腹筋、背筋等のバランスを保つ「姿勢筋」言われる、筋力の低下が問題で、この部分を鍛えておかないと、60代から10年刻みで、10%割合で、一般的健康年齢低下する。

また、若い世代も、都市部の方はけっこ歩きますが、地方は若い時期から車を多用するので、脚力が低下していて、片足で長く立てない人が増えていると、報じていました。

最近、歩いていますが、無理せず脚力低下を防止するのには、大いに役に立つと感じています。「ロコモ」に陥らないように、バス停を2つ、駅1つ手前で降りて、歩くのもよいかもしれません。

地方の方は、たまには車を遣わずに、ウォーキングで通勤も必要と思います。70代後半に、松葉杖、車いす生活に、陥らないように、姿勢筋の強化を心がけましょう。

・フットパス体験
今日は、美里町商工会が主催する、「美里フットパス」発表会と、フットパス体験に参加します。天気は晴天、緑の風景を見ながら、参加者と語りながら、心の休養をして来ます。
  


Posted by ノグチ(noguchi) at 07:35Comments(0)地域活動、まちづくり

2013年02月21日

〈快晴〉美里フットパス発表会参加、ロコモティブシンドローム

〈快晴ウォーキング〉美里フットパス発表会参加、ロコモティブシンドローム

今朝は、快晴でとても星がよく見えました。けっこ冷えていました。

昨日の朝のニュースで「ロコモ(ロコモティブシンドローム)」について、報じていた。???、たまたま妻がいて、福祉の仕事をしているので、ロコモ?、とは何かとたずねると、日本の現代病と言われるもので、年齢より遥かに脚力が弱る、特にバランス力が低下する体力減退の症状を言うそうです。

例えば、片足で立ったまま、靴下をはけるか?、

また、片足でドレだけ、立って入れるか?

腰周り、腹筋、背筋等のバランスを保つ「姿勢筋」言われる、筋力の低下が問題で、この部分を鍛えておかないと、60代から10年刻みで、10%割合で、一般的健康年齢低下する。

また、若い世代も、都市部の方はけっこ歩きますが、地方は若い時期から車を多用するので、脚力が低下していて、片足で長く立てない人が増えていると、報じていました。

最近、歩いていますが、無理せず脚力低下を防止するのには、大いに役に立つと感じています。「ロコモ」に陥らないように、バス停を2つ、駅1つ手前で降りて、歩くのもよいかもしれません。

地方の方は、たまには車を遣わずに、ウォーキングで通勤も必要と思います。70代後半に、松葉杖、車いす生活に、陥らないように、姿勢筋の強化を心がけましょう。

・フットパス体験
今日は、美里町商工会が主催する、「美里フットパス」発表会と、フットパス体験に参加します。天気は晴天、緑の風景を見ながら、参加者と語りながら、心の休養をして来ます。
  


Posted by ノグチ(noguchi) at 07:35Comments(0)地域活動、まちづくり

2013年02月20日

政治はおしゃべりではない、実行である(十八史略)

政治はおしゃべりではない、実行である(十八史略)

事を起こすには、言葉に出さないと始まらない。ただ、日ごろから夢を語る人は多いが、実現した話は少ない。有言実行は、なかなか難しい。

これは、リーダーの古からの課題でもあります。中国の前漢時代の魯の儒者申公が漢の第七代天子、武帝から国家の治乱興亡についてたずねられたときにこたえた言葉があります。

「治をなすは多言にあらず。力行いかんを顧みるのみ」

(意味)政治とはおしゃべりをすることではない、力のかぎり実行することです。

古代から、リーダーの要素は、有言実行はなかなか難しい、初めはやっているが、地位が安定していくと、当初の言動が鈍くなって行くものです。役を退くまで、知行合一の実行を、周りは求めていることを忘れてはならない。
 言動が一致しなくなったら、地位を退く時期が来たと心得ることが大事と思います。
  


Posted by ノグチ(noguchi) at 08:59Comments(0)故事、名言、訓示、スピーチ

2013年02月20日

〈ネット選挙解禁〉若者たち、女­性たちに、地方議会に挑戦を

〈ネット選挙解禁〉若者たち、女­性たちに、地方議会に挑戦を

おはようございます。6日ぶりの­早朝ウォーキングは、寒かったで­すが、やはり気持ちがシャキッと­なって、良いものです。

非正規労働者35.2%、3年連­続増加と報道があった。規制緩和­か、労働者の正規雇用対策か、小­泉首相の改革から10年、国も会­社も、働く環境の改善をどうする­か、国民の生活の向上を念頭に、­これからの10年を考える年にし­ないといけない。

ネット選挙の解禁が、話題になっ­ているが、地方議会の対応はこれ­から。

3年前に、地元の市長選挙で、イ­ンターネット利用の候補者情報の­発信が、話題になった。いわゆる­、チェーンメールでの広報活動だ­が、慌てたのは旧態然のどぶ板選­挙の古老たちだった。

今朝の地元紙に、町議会と村議会­の選挙候補が、まず女性が誰もい­ない、30代が1人、他は60代­中心の様相です。平成の大合併後­、女性と若者の政治参画が、遠の­いた気がします。

Facebookやツィッターは­、私に取っては東日本大震災の緊­急支援活動で、大いに力を発揮し­ました。その活動を支えたのほ、­20代、30代の若者たちでした­。特に、女性の活動が活発で、メ­ール仲間たちの協力、連携は、3­日間の呼びかけで、1日に170­人を越える仕分け作業に駆けつけ­てくれた。

非正規労働者の多くが、20代、­30代と思われます。政治は、厳­しい環境にある人びとを助けるの­が最大の目的と思います。特に、­子育てで一時休職した女性の雇用­対策が、日本は立ち遅れていると­思います。これから、地方議会に­、女性と若者が、参画する必要が­あると考えています。

今回のネット選挙の解禁は、旧態­然の選挙を変える効果があるし、­若者たちが政治に参画する機会を­作ると思います。国会の論争にあ­わせて、地方でも若者たち、特に­女性の市民運動から、地方議会に­挑戦する人が出てほしいと思いま­す。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 07:56Comments(1)意見・異見

2013年02月19日

田中正造没後100年、公害の原点「足尾鉱毒」から政治を学ぶ

田中正造没後100年、公害の原点「足尾鉱毒」から政治を学ぶ

「真の文明は山を荒らさず 川を荒らさず 村を破らず 人を殺さざるべし」

おはようございます。今朝は、冷たい雨が降っています。5時前に目がさめたのですが、ウォーキングは休んで、昨日送られて来た、明治の大政治家「田中正造」の資料(栃木新聞、東京新聞)を読んでいます。

明治は、日本が列強に追いつくため、極端な殖産工業の推進を図り、その反面で自然破壊もやり、その最大の公害が「足尾鉱毒事件」で、古河市兵衛と政治家が行った理不尽なやり方で、3つの村を廃村に追い込み、村民の生きる権利を踏みにじった。政治が、無抵抗の住民を、強権的なやり方で、生活権までも奪った事件。

それに対して、政治の主権は国民に在ると、住民の生存権を議会で訴え、さらには天皇へ直訴までやった無私の政治家が、田中正造です。

私は、10年ほど前に、熊本の田中正造研究会に参加するようになった。 以来、真の政治家とは、田中正造のような、私利私欲の無い、国民のために命がけで、行動し続けてた人ではないか。

今年は、田中正造の没後100年、地元の栃木県だけでなく、東京新聞、熊本日日新聞の年始の社説にも、田中正造のことが紹介された。

冒頭の詩は、田中正造が文明のあり方を訓示した言葉です。また、政治家の信条の自戒の言葉もあります。

「世をいとい そしりを忌みて何かせん  身を捨ててこそ 楽しかりけれ」

日本は、公害を何度も出しながら、文明の便利さだけを追いかけて来て、また原発事故を起こした。足尾鉱毒事件、水俣病の教訓は、全く活かされていない。政治の責任は、大きいと思います。

中国の大気汚染、韓国、日本に影響を及ぼし始めた。中国も同じ過ちを犯すようで、心配でなりません。中国の政治家に、田中正造のような人物いるのか?

田中正造は、政治の大切さ、国民の責任も言及しています。政治への無関心が、社会を歪めると指摘しています。

「天の監督を仰がざれば凡人堕落 国民監督を怠れば治者盗を為す」

意味は、政治家が正義や道徳を忘れて政治を行えば、国民はその本質を失い堕落する。そうさせないために、国民は政治家を絶えず監視しなければならない。監視を怠れば政治家は国民をだまし、盗みをなす、との訓示です。

要は、白紙委任では、政治が邪まな考えの族で、捻じ曲がってしまう。意識ある人々が、しっかりと政治を監視することが大事と、自ら行動で示しました。

田中正造が亡くなって100年、平成の公害「福島第一原発事故」を、日本人はまた起こした。現代の国会で、田中正造のように、原発事故の問題を追求する政治家がいない。現在、避難されている人たちにの生活の復旧を急ぐ言葉も少ないように感じます。今、日本の国政が、問われていると思います。
  


Posted by ノグチ(noguchi) at 06:17Comments(0)意見・異見

2013年02月18日

イベントでは地域活性化は持続できない、日常の仕事作りが大事

イベントでは地域活性化は持続できない、日常の仕事作りが大事

地域活性化と健康増進に、マラソン大会が効果を出していると思います。

昨日、総務省は徳島県神山町に出向き「車座ふるさとトーク」なる、聞き取り調査を始めた。

神山町は移住者が多く、その成功には、町の助成でインターネット環境を整備した共有の作業スペースを開設した事例が紹介された。地元住民からは、

「仕事をつくるのが最も大切だ」

また、移住者からは、

「環境さえあれば地方でもクリエイティブな仕事ができる」

と強調した。地方であれ、都市と同様な情報環境と新産業支援がなければ、仕事は成立しない。マラソン大会は、テレビやラジオを、一日賑わしはするが、根本的な地域活性化には、程遠い活動にも見えて来ます。

土曜日、長崎ランタンフェスティバルで、夕食を何処でするか、スマホで検索して、庶民的なハンバーグを見つけ店に行くと、年配のシェフが自ら、手際良く、大きな鉄板でハンバーグを焼いていました。丁度、一組出たところで、上手く坐れたのですが、常連さんとシェフとの会話に、耳を傾けてみると、どうも今月で店を閉じるようで した。店を始めて35年、現在の店の場所に来て25年のようだが、話の内容は、

「何かある(ランタンフェスティバルの土日)時だけは人は多いが、日ごろは、人通りも少なく、閑散としている街になった。この店みたいに、地元和牛の質の良い肉でやって来た店は、現在のランチ500円には対応できない。現在の味を下げて生き残れる財力が無いし、常連客はそれを望まない。年も取ったし止めることにした」と。

他にも、近々アメリカ産の牛肉が輸入解禁になれば、益々ファーストフードの店が増えると、小さな店舗の地元和牛を売りにしているステーキ店は、太刀打ちできなくなる。

それと、いい肉は、単価の高い料亭等に流れ、その単価でないと、こっちにも売ってくれなくなる。米国産では、客が満足せず、長崎市街地も開発で、ビジネス環境が変わってきて、日常の客が減った、等々。

私は、幸運にも美味しいハンバーグを食べれたが、次回来るときに、その店は無くなっているのだろう。こんなところにも、グローバル化に翻弄される地方経済があるのかと思いました。

これからのイベントは、一過性、一日だけの催しではなく、それ自体が、日常の仕事作りにつながる可能性がなければ、意味を成さないことに、地域住民もそろそろ気づかないといけない、ような気がしています。
  


Posted by ノグチ(noguchi) at 19:58Comments(0)意見・異見

2013年02月18日

就職難の新しい言葉『孤立無業者』、ぞっとする響き、対策必要

就職難の新しい言葉『孤立無業者』、ぞっとする響きがある、強力な対策必要

以前は、アルバイター、フリーター、はまだ仕事をする意思のある若者像の言葉だった。さらに、ニートから、パラサイトシングル、悪い言葉のイメージの引きこもり、今日の紙面の見出しは、「孤立無業者」。

こんな言葉が有るんだと思いました。その数が162万人で、5年で4割増となっているとある。

・労働の規制緩和、勝ち組、負け組
終身雇用が崩された、小泉政権の規制緩和。労働者の派遣法が成立し、さらに規制緩和が進み、尊かった労働が、労働市場になり、労働を単価設定して、売り買いする社会になった。また「勝ち組なる」ことばも広がっている。

勝ち組、勝っている方から見れば
気分は良いが、負け組の方がはるかに人数が多い。これが本当の社会のあり方が、疑問を持つ人も多いと思います。

私は、孤立はしていないが、個人事業なので、仕事がない時は、無業者状態になる。その経験は、バブル崩壊後数年と、消費税が3%から5%上がった直後、全く仕事が無くなり、無業者状態に陥ったことがある。どちらも、バブルの貯金、消費税アップ時の多忙で稼いだお金で、どうにか乗り切った。

その厳しい状況下の仕事を支えたのは、やはり仲間たちの支援だったり、多様な方々との出会いから、今年で23年目の建築設計事務所がつながって来た。無業者状態を改善したのは、孤立ではなく、常に人と会うことを続けた結果だと振り返ります。

国の政策、地方の政策に、孤立感を無くして、人との触れ合い、地域とのつながりを再構築できる仕組み作りが必要と思います。

・バーミンガムの奇跡
1980年代のイギリスは、アメリカや日本の隆盛で、一時期極端な社会不安から、地域が荒れて、様々な犯罪もだが、孤立無業者が増え始め、1990年代になると、大都市中心部から貧困層以外は、居なくなり、更にまちが荒れて行った。

そこで、有志が地域防犯に乗り出したが、でもなかなか改善ができなかった。そこで、行政と大学が協力し、市民と協働まちづくり始まった。その大きな対策が、無業者状態の人たちの職業訓練と、孤立状態の人を、地域の人たちと触れ合わせる市民活動だった。

その代表的都市が、イギリスのバーミンガム市です。「バーミンガムの奇跡」と言われる改革は、NPO団体が中心となり、市街地の買春女性たちに職業訓練し、地域の治安を改善し、街に花を植えて、綺麗にしていきました。大学がその評価を統計化して、企業誘致に協力し、郊外に出ていったオフィスや店舗がまちに戻り、大企業も集まるようになった。

・日本の状態を懸念
社会の治安を回復させるには、孤立無業者状態の人たちを、地域とのつながりを持たせて、職業訓練をして、働ける環境を行政、大学、地域が、一緒になり取り組まないと、今の状態はさらに悪化して行くと、懸念しています。

・コウノトリのゆりかごは、良き先例
先週行った「コウノトリのゆりかご」の5年の研修で、乳幼児の遺棄事件を無くすため、先進国のドイツには、には、望まない妊娠、育てられない子どもを、養子縁組で養育する活動をしているNPO が、ドイツ国内に80団体があるそうです。

5年前、賛否両論が浴びせられた「コウノトリのゆりかご」は熊本で始まった動きは、昨年、関東地方にNPO が運営する、妊娠した女性たちで、赤ちゃんを育てられない女性と、生まれた赤ちゃんを養子にする夫婦をつなぐ、活動を生み、1年で40人を越える赤ちゃんが、新しい夫婦の下で、育てられています。

国と地方が、すでに活動している孤立無業者対策のNPO と協力して、孤立状態を早く解消する活動を協力に支援し、職業訓練を始めれば、バーミンガムの奇跡ではないですが、日本の未来社会を明るく出来るように思います。

長々と書きました。今日は、大学のレポート評価作業で、一日デスクワークです。外歩きが好きな私には、少々我慢の一日になりそうです。


〈告知〉ブログ紹介
野口修一(宇土市議)の活動日記
http://noguchi.otemo-yan.net/  


Posted by ノグチ(noguchi) at 11:14Comments(0)私の意見

2013年02月18日

昨日、熊本市、人吉市は、マラソ­ン大会で大賑わいでした。

昨日、熊本市、人吉市は、マラソ­ン大会で大賑わいでした。

今朝は、雨音で目がさめました。­金曜、土曜と雲仙と長崎に出向き­ましたが、とても良い天気で、「­雨男」にしては珍しいと、家族か­ら褒められました。

昨日は、熊本市、人吉市は、マラ­ソンで大勢の方々が、日ごろの練­習の成果を出されたことと思いま­す。龍馬会の仲間も熊本城マラソ­ンに出て、3時間30分台で完走­しました。テレビに、走者だけで­なく、ボランティアにも、友人、­知人の顔が見れて、マラソンは、­多くの支援のお陰で開催されてい­ると思います。

今朝の朝刊の「読者文芸」の川柳­の欄に、

〈川柳〉

「晩酌のうまい日こそがいい日な­り」

さぞや、完走された方は、汗を流­したあとの晩酌は、うまかったこ­とと思います。応援の方たちも、­寒い中でしたから、帰宅後に鍋で­もつつきながら、マラソン談議が­弾んだと思います。

「みそしるを熱くしたてる冬の朝­」

遠路から、熊本市、人吉市に来ら­れた方は、温泉の朝風呂浴びて、­朝食の美味しいご飯を食べて、故­郷へ帰って行かれると思いますが­、また来年も参加されることを願­いたいと思います。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 05:32Comments(0)意見・異見

2013年02月17日

〈長崎行きの目的〉シーボルト記念館と幕末ガール「楠本いね」

〈長崎行きの目的〉シーボルト記念館と幕末ガール「楠本いね」

おはようございます。昨夜は、大賑わいの長崎から、深夜に帰宅しました。やっと起きました。

長崎ランタンフェスティバルは、3回目ですが、今回はツアーバスではなくて、車で雲仙から長崎に入りました。何度も長崎には出かけているのですが、今回の目的の一つが、「シーボルト記念館」の訪問でした。

幕末の日本研究の第一人者「シーボルト」を深く知りたくて、昼前に長崎に入り、市街地から少し離れた、シーボルトの旧宅跡とシーボルト記念館を訪ねてみました。

出島にも、シーボルトに関する情報はあるのですが、シーボルトの子どものこと、2度の来日の目的と状況を詳しく知るために、シーボルトがどんな環境で生活し、どんなに人たちと関わったか、日本への影響も含め、いろいろなことが分かりました。

特に、西洋医学を学んだ日本人医師たち、蘭学塾に通った若者たち、さらに シーボルトの妻や子孫たち、その後も含め、特にシーボルトの愛娘「いね」ことも詳しく分かりました。

作家の司馬遼太郎の講演集にあった「蘭学医のポンペ先生」と「シーボルトの娘と幕末の日本人蘭学医師たち」との関わりが、どんなだったか?、とても関心がありました。

シーボルト記念館の配置資料に、とても嬉しいチラシがありました。四国の松山にある〈坊ちゃん劇場〉が、シーボルトの娘の「いね」を取り上げた、日本初の女性産科医の楠本いねの生涯を劇にした『幕末ガール~ドクトルおいね物語』が、現在、坊ちゃん劇場で上演されていること知りました。

この劇が、できれば全国で上演され、シーボルトと言う人物が、日本の幕末、明治維新に大きな影響を与え、さらに日本の明治にも深く関わりを持ったことが、知られれば良いなと思います。

坂本龍馬の活躍の場「長崎」には、明治維新に影響を与えた、たくさんの人物たちの歴史秘話がたくさん見つかる所と、昨日の訪問で更に深まり、また行きたくなりました。
  


Posted by ノグチ(noguchi) at 07:43Comments(0)偉人

2013年02月16日

人が諦める場所で、チャンスが生まれる。

人が諦める場所で、チャンスが生まれる。

おはようございます。久々にゆっくりの朝です。1日中仕事は、頭から離れませんが、日頃の場所から離れると、気分だけでもゆっくりなります。

さて、朝の読書は何処に行ってもやりますので、今朝は、岬龍一郎著『いい言葉は、いい仕事をつくる』に目を通しながら考えるに、

成功は諦めなかったから、実現したと聞くことがよくあります。また、実現するまで、諦めなかったとも言えます。

人間、良い時は一瞬でしかありません。苦悩する日々が、ほとんどを占めるのが現実です。一日三省しながら、心を奮い起こし、前進するしかありません。

「転んだ時にはいつでも何かを拾え」(アメリカの医師 セオドア・アベリー)

転んだら、何かをつかめ。もよく聞きますが、これが窮地に追いやられたときは、目の前のことで周りが見えていません。しかし、心静かにして周りを見ると、以外に道が見えて来ます。「有事は無事の如く」、有事とは緊急事態、無事は日常のことですが、平常時から、常に有事を想定しておくと、転んだ時に、何かを掴むことが可能かもしれません。

思い立つたら行動し、仲間を作って継続する。行動を起こしたら、敵対する人が出てきます。支持者も出てきますが、多くは敵が多いように見えるものです。

「何かを築こうとすれば必ず敵が現れる。敵ができるのは、その人の中にある程度のものが出来ているからだ。だから敵のおらん奴はモノにならんのだ」(陶芸家 加藤藤九郎)

動き回れば、いろいろ言われますが、テーマがしっかりしていれば、怯むことはない。自信を持って対処すれば、自ずと道は開けます。

常に有事を想定し、人が諦める何処に、チャンスが生まれていることを頭に置き、日々を前向きに生きたいものです。
  


Posted by ノグチ(noguchi) at 07:58Comments(0)意見・異見

2013年02月15日

下手な文書と、10年経つと読め­るか?思うようになりません。

下手な文書と、10年経つと読め­るか?、思うようになりません。

ある先輩から、偉人、有名人の言­葉を引用するなと言われました。­でも、私にはオリジナルの知恵が­ありません。ならば、先人の知恵­を頂くのは良いのではないかと思­っています。温故知新、古きを鑑­み、新しきを考える。学のない人­間は、そこからしか気づきが、無­いように感じます。

元週間朝日編集長扇谷正造氏が、

「ただ言われたとおり、なにも考­えずに行動するのは、「仕事をし­ている」のではなく「仕事を流し­ている」にすぎない」

と言っています。日々の仕事に向­き合う姿勢が大事と、訓示してい­ると思います。これは、古い時代­の哲学者ですが、ローマの哲学者­のセネカは、

「運命は志ある者を導き、志なき­者を引きずって行く」

私は、15年前は、人前で話すこ­とができない人間でした。32才­で独立して、どうしても話す、説­明の機会が増えて、「もっと上手­く話したい」思いから、東京の縁­ある方に相談した。そうしたら、

「毎日、本を読んで書きなさい。­君でも、10年続けるとモノにな­るかもしれません」

とありました。以来、本を読み、­拙い文書を書き続けて、10年と­半年になりました。まだまだ、目­標30分の日記が、なかなか実現­していません。本の読み方が、足­りないなと感じています。

ネット書き込み11年目、みなさ­んに感想でも頂ければ幸いです。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 22:28Comments(0)意見・異見

2013年02月12日

悩みは挨拶。高校保護者会代表謝辞のアクセス数が4800を越え

PTA会長の悩みは挨拶。3年前の私の高校保護者会代表謝辞のアクセス数が4800を越えていた。

・小学校PTA会長
実は、地域の役は半強制的に回ってくる。小学校のPTA 会長の要請が.最初に来たときは、全然違う話で呼び出され、「とにかく、受けてくれ!」、これでした。
 その場に偶然?、中学校のPTA 役員もたまたま来た。流石の私も切れた、「このような決め方は、不自然。断ります」とその場を立ち去った。
 でも2年後、深くご縁ある方が、頭を下げてくれば断れない。その2年後、小学校の卒業式の挨拶をしました。

・中学校PTA会長
中学校のPTA会長の話が来たのは、3学期も終りの、卒業式の10日ほど前に、同級生が役員2名を一緒に、夜突然に来た、ピンと来たが、素知らぬ話題を30分ほど続けた。
 結局、口説かれて次々期会長を受けざる負えなくなった。私の地元中学校PTA 会長は副会長を2年しなくてはならないので、3年後に卒業式の挨拶をしました。

・高校保護者会の学年代表
子どもが、私が卒業した高校に入学した。高校同窓会先輩(元校長)から、「野口君、ちったあ母校のために仕事をせな!」、・・・、色々考え、クラス役員決めで、保護者の学級委員を引き受けた。保護者のクラス役員の代表が、学年代表になる仕組み。
 そこで、代表にはなりたくなかったので、学年のクラス役員会で、代表決めで、だんまりを続けて、学年の副代表になりました。

 学年代表は、PTA 総会で、いわゆる執行部になり、表に出ることになる。これは、小中学校でやったので、やりたくなかった。高校の先輩には、「学年の副代表やってます」と報告できた。

・3年時、保護者代表に
 ただ、学年副代表は、広報委員をやるので、結構忙しく、甘く見てしまったが、どうにかやったが、問題は3年になる時、学年代表をする予定だった人が、PTA 会長になり、もう一人の副代表(女性)が、「地区婦人会の役員するので、学年代表はできません」と来た、結局お鉢が私に回って来た。3年時の学年代表になった。

3年時は、進学相談も含め、各学期に学年集会があり、必ず初めに挨拶をしないといけなくなりました。これは覚悟していたのですが、卒業式のことは全く頭に無かった。小学校、中学校は、PTA会長としての挨拶だったので、学年代表の挨拶(謝辞)は全く記憶にも無かった。

・高校の卒業式の謝辞
卒業式まで後1週間前になり、3学年の学年主任から、「野口さん、卒業式の挨拶お願いします」と来た、なんでわたしが、会長じゃないのか?、「それは、会長の挨拶でしょ」とたずねると、「保護者からの謝辞です」と。やっと合点がついた。

高校の卒業式、PTA会長の挨拶は無く、式の最後での私の挨拶(謝辞)だけと、当日の式次第を見て分かった。
 1週間考えた挨拶文を、同窓会長から賛辞を謝恩会で頂き、下級生の保護者から「挨拶文をください」と言われ差し上げた。その文を、翌日(2013/03/02)に「宇土親子論語教室」のブログに掲載しました。

挨拶文は2分ちょっと文ですが、3年間で4800を越えるアクセスがありました。役を受ける人は、やはり挨拶に悩んでいるなと思います。

・PTA会長や保護者代表は頑張っています。
 最後に、子どもを小中高校に通わさせている保護者の皆さんへ一言。

 PTA会長や保護者会代表を受ける人は、好きでやっている人は、誰もいません。ただ、受けたからには、精一杯やらなければと思い、やっていることを知ってほしくて、今日は私の経験を書きました。せひ、子どもの通うPTA 役員を進んでやってほしい。会長をやらない人は、受けてくれた会長を支えてやってください。お願いいたします。


長文をお読み頂き、ありがとうございます。これから、午後セミナー「中小企業の再生・活性化」に参加して、新産業や農商工連携の6次産業化について、勉強してきます。
  


Posted by ノグチ(noguchi) at 10:08Comments(0)