2023年12月04日

<自らを鍛える>艱難辛苦は、成長するチャンスと思い立ち向かうこと。〜菜根譚〜

<自らを鍛える>艱難辛苦は、成長するチャンスと思い立ち向かうこと。〜菜根譚〜

今朝は、ゆったりの朝、読書していて、以下の言葉で、気が引き締まりました。

(以下、『菜根譚』より)

横逆困窮は、是れ豪傑を鍛練するの一副の蘆錘(ろすい)なり。能く其の鍛練を受くれば、則ち身心交々益し、其の鍛練を受けざれば、則ち身心交々損す。

【訳文】
ひどい仕打ちを受けたり、困難窮乏の苦労をすることは、すぐれた人物を鍛える天から与えられた、一揃いの金属精錬の設備のようなものである。その試練を受けることができると、身と心の両方とも利益を得ることができるし、受けなければ、身と心の両方とも損害をこうむりだめになってしまう。
(以上、『菜根譚』前編No.128)

>横逆困窮
横暴悪逆の意で、よこしまでひどい仕打ちや無法な扱いを受けること。

>蘆錘(ろすい)
蘆は金属を精錬するための火どこ、ふいご、錘は火を吹きつけて金属を鍛える器具。

>豪傑
豪は才智が十人にすぐれ、傑は百人にすぐれている意。

人間は、のんびり、ゆったり、のほほ〜んと生きていては、後々、損を受ける。鍛えられ、叩かれ、阻害され、苦しみを経験するのは、自らが鍛えられる貴重な経験となる、と教えている。

今、苦境にあることは、自らが鍛えられている期間と思い、腐らず、諦めず、明るい未来を信じて、目の前の与えられた仕事に打ち込んで行けば、新たな道が拓ける時が来る。

人には、必ずチャンスが何度かある。その時のために、常に準備を怠ってはならない、と偉人たちや古(いにしえ)の著書にも書かれている。

横逆困窮は苦しいが、それは天が与えた成長の機会と思い、立ち向かうことが大事と思い、諦めず、やり通すことが大事ですね。私も、何度もそんな時があったような、気がします。これからも、生きている間に、起こった時に、今日の言葉を思い出し、乗り切らねばと思いました。

そろそろ、朝活の準備です。今日も一日、頑張ります。
  


Posted by ノグチ(noguchi) at 06:56Comments(0)菜根譚

2023年06月20日

平々凡々。過ちなく過ごすが、真の功名。他人に怨まれないが、真の恩恵。〜菜根譚〜

平々凡々。過ちなく過ごすが、真の功名。他人に怨まれないが、真の恩恵。〜菜根譚〜

週休3日が私の早朝ウォーキング、今朝はゆっくりの朝です。数日前からまた読み始めた『菜根譚』に、心がほっとなります。

平凡な人間こそが良き人生。

(以下、『菜根譚』No.28より)

 世に処りては必ずしも功を邀(もと)めざれ、過無きは便(すなわ)ち是れ功なり。人と与にしては徳に感ずることを求めざれ、怨みなきは便ち是れ徳なり。

【訳文】
 人間が現実の社会で生きていく時には、必ずしも功名を期待してはいけない。大きな過(あやまち)無く過ごすことができれば、それがそのままとりもなおさず功名である。
 また、他人に対して恩恵を施す時には、その恩恵に感謝されることを求めてはいけない。他人に怨まれるようなことをしなかったならば、それがそのまま恩恵である。
(以上、『菜根譚』より転載)

世には、さまざまなな事件が起こる。

その中でも"怨み"からの発生した事件の多さに驚くが、意外なところに怨みや嫉みが起こる。

それは、身近な人間が、真面目にやり過ぎて、人々から評価が高くなると、それを嫉み(嫉妬)からだんだん怨みに変化して、事件に発展したりすることもある。

本日の菜根譚の訓示は、そのさささな嫉みから起こる怨みの素を取り除くことに効果があると思いました。

過(あやまち)無く過ごす、真の功名。

他人に怨まれないが、真の恩恵。

平々凡々、

平凡な人間こそが良き人生。

毎日を楽しく愉快に過ごしていければ、良いのだと思います。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 05:35Comments(0)菜根譚

2023年05月14日

生き延びてきた人生>有名著名が人生の王道ではない、平凡な生き方の中に道がそなわる。

<生き延びてきた人生>有名著名が人生の王道ではない、平凡な生き方の中に道がそなわる。〜菜根譚・前編No.14〜

昨日、テレビ番組「居間からサイエンス」(録画)に、子どものようロボット「LOVOT」の制作者、林要氏を取り上げたものを見た。
 林氏は、もともとトヨタのF1レース用の車の開発をしていた。その後、ソフトバンクの孫正義氏に憧れて転職、ロボット「Pepper」開発に携わる。しかし、目標とした孫正義氏の背中は、近づくどころか、だんだん遠くに離れて行くのに気づいた。

「孫正義を追いかけても、孫正義氏にはなれない、ならば独自の道を行く」

と独立(リスクを)して、自らのアイデアで、ロボット開発に打ち込んで生まれたのが「LOVOT」でした。小さな子供を育てる感覚を持つロボットの開発に取り組み、大人気商品となっている。

その開発話を聞いていた時、私のような巷の建築士は、大した人生ではないな、と思いました。

そんな昨日の番組視聴から、今朝の読書を、読んで納得したのが、下の言葉です。

(以下、菜根譚より)

人を作りて、甚(なん)の高遠の作業無きも、欲情を擺脱(はいだつ)し得ば、便ち名流に入る。学を為して、甚の増益の功夫無きも、物塁を減除し得ば、便ち聖境に超ゆ。

【訳文】
 平凡な人間と生まれて、特別なにも高尚で遠大な事業をしなくても、ただ名誉や利益にひかれる世俗的な心を払い落とせたなら、それでも名士の仲間に入ることができる。
 学問をなして、特別になにも学識を増す努力をしなくても、ただ外物によって心をわずらわされることを減らし除くことができさえすれば、それでもう聖人の境地に到達できる。
(以上、『菜根譚』前編No.14より)

ソフトバンクの孫正義氏や、「LOVOT」の林要氏とは違いますが、私は22歳から学び始めた建築士の勉強から一級建築士になった30歳までの8年の建築知識をベースに、コツコツと施主(建主)のニーズ(ソフト面)を、私のアイデア(ハード面)で実現してきた歴史しかありませんが、菜根譚を読み、気持ちがホッとします。

この世の中には、何千万人、何億人と人が生きています。それぞれに、生きた歴史があります。その生きてきた(生き延びてきた)歴史こそが、道(人生)なのだから、臆すことなく、これからも自らの考えで、生きれば良いのではと、思いました。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 06:16Comments(0)菜根譚

2023年05月11日

<古い教え>知識や教養は、周りへは光らかしてはならない。〜菜根譚〜

<古い教え>知識や教養は、周りへは光らかしてはならない。〜菜根譚〜

朝読書は、洪自誠著『菜根譚』の解説本から、前編の第3の訓示を読んでみた。

(以下、本より転載)
 君子の心事は、天青く日白く、人をして知らざらしむべからず。君子の才華は、玉韞(たまおさ)め珠蔵(たまかく)し、人をして知り易からしむべからず。

【訳文】
 君子の心のありようは、青天白日のように公明正大であって、常に人にわからないことがないようにさせるべきである。
 一方、君子の才能のすぐれたところは、珠玉を深くつつみ隠しておくように、常に人に知られやすいようにしてはならない。
(以上、『菜根譚』前編No.3)

中国古典の『中庸』には、

知識や教養は、錦の衣の上に質素な麻の服を着て、時折、チラッと見せる(知らせる)くらいに、周りに示す程度が良い、の訓示がある。

知識や教養は、周りへ光らかすものではない、と古代の人たちも語っています。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 06:43Comments(0)菜根譚易経

2021年12月05日

<人生は誰に会うか?>相手を選んで接しているか?

<人生は誰に会うか?>相手を選んで接しているか?

まず、ある程度の年齢になったら、多用、多忙な方も多いと思いますが、相手を選んて会っていますか?

若いころは、むやみやたら?

しかし、数打てば当たるの、"犬も歩けば棒に当たる"では、時間の無駄遣いです。

信頼できる人を通して未知の人物と会うことが必要です。

私の40代からの異業種交流会の人集めは、紹介、紹介、紹介のつながりでやっていました。

誰に紹介されたか?

そこが大事でした。

(以下、『菜根譚』より)

つまらない人達と憎み合うのはやめなさい。小人は小人なりの相手があるものである。りっぱな君子にこびへつらうことはやめなさい。君子はもともと私的なえこひいきなどしないものである。〜『菜根譚』前集No.187〜

江戸時代の庶民の読本『菜根譚』の一節は、すごい!

人生は、誰に会うか?

そこで、後半生の人生が決まると、思います。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 21:51Comments(0)菜根譚

2021年10月20日

<今が、大事>死んだ後には、妻も子ども財産も、何の役に立たない。〜菜根譚〜

<今が、大事>死んだ後には、妻も子ども財産も、何の役に立たない。〜菜根譚〜

平家物語の冒頭の一節に「盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理」がある。

どんなに勢いが盛んな者も必ず衰えるものであるという道理をあらわす。 この世のすべての現象は絶えず変化し、栄えはずっとは続かない、いずれ滅びると述べている。

菜根譚には、以下の訓示もある。

「妻子も珍宝も身を助けず」

【解説】
 樹木は、秋になって落葉してしまって、そうした後に今までの花やうてな、枝や葉などがいたずらに栄えていたことがわかる。これと同様に、人間も、死んで棺のふたをする時になって、そうした後に子供や財宝もその人にとってなんの役にも立たないものであることがわかる。
(以上、『菜根譚』後集No.77)

この訓示は、何を言おうとしているのか?

>盛者必衰

盛りがあるものは、いつか衰える。

人間の人生もいつか終わる。

要は、生きている間に、何をするか?

それを忘れずに、後半生を生きて行くことが大事だと、人生が終わる時に、自らを振り返る時の教えが「妻子も珍宝も身を助けず」ではないかと思った。

今日も、くよくよせず、元気に過ごしたいと思います。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 06:02Comments(0)菜根譚

2021年10月18日

人の心を満足させることはむずかしい。〜菜根譚〜

人の心を満足させることはむずかしい。〜菜根譚〜

最近、怨恨やストーカーから、放火殺人や複数人の殺傷事件が続けてニュースで報じている。人の欲望の腹いせからの恨みによる殺人の恐ろしさに、背筋が寒くなる思いを持つ。

『菜根譚』に、以下の訓示があった。

「人の心を御(ぎょ)し難い」

人の心を制御することが、いかにむずかしいか!

解説文にも、以下の言葉があった。

(以下、本より天才的

古い言葉にも「猛獣を降伏させることはやさしいが、人の心を降伏させることはむずかしい、深い谷を埋めることはやさしいが、人の心を満足させることはむずかしい」と言っている。
(以上、『菜根譚』後集No.64解説より)

猛獣や敵を降伏させることはできるが、自らの心を制御することはむずかしい。

目的を達成することはできるが、進化し膨れる欲望を抑えることはむずかしい。

古い時代にも、同じような人の営みがあったのだろう。自らの心とどう付き合って行くか、いくつになっても悩むことです。

陽明学に、抜本塞源論なる教えがあります。

心が欲する"悪意"の素を断つ。

"悪意=欲"の素ができることを抑え込む意志が大事、と王陽明は考えた。

欲望が表面化(心に留まる)する前に、断ち切ることが必要と説いている。

抜本塞源論は、老若男女の全ての人間に共通する人の欲望を抑える考え方です。

これは、"足るを知る(知足)"の教えよりもきびしい教えと思っています。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 06:41Comments(0)菜根譚

2021年09月13日

家族団らんの中に道は実現している。〜『菜根譚』〜

家族団らんの中に道は実現している。〜『菜根譚』〜

来週の敬老会は、コロナ禍で2年続けて中止となった。高齢者は、ワクチン接種は済めど、"外出は控えて"の大号令が、年始からずっと続いている。

このコロナ禍で、家庭で過ごす時間が多くなった。家庭内で成長はあるのか、子どもの学びはできるか。

『菜根譚』に、以下の訓示学校ある。

(以下、本より)

家族団らんの中に道は実現している。

【訳文】
 家庭の中には一つの真実の仏がおり、日常生活の中にも一つの真実の道がある。すなわち、人間同士が、真心をもって仲よくし、にこやかな顔色にやさしい言葉を使うことにより、父母兄妹の間柄を、からだも気持ちもお互いに通じるようにさせたならば、息をととのえて気を養ったり、心を観察して特別な修行をして悟りを開くことよりもずっとまさっている。
(以上、『菜根譚』前集No.21)

やれ研修だ、やれセミナーだ、としゃかりきに、学ぶ人たちが多いが、足下の家庭に不和があれば、学びどころではない。

老若男女、高齢者も子どもも、和気藹々の家庭にこそ学びがある。

 四書五経の『礼記』に、官僚で学者の謝安が、妻に家庭教育について、「あなたは、子どもに何も教えない」と嫌みを言われた時に、謝安は「私は毎日教えている」と答えたとのこと。
 要は、親の生き方をそのものが、家庭教育そのものの教示と思います。

 かつての"親の背中"を見て育つ、コロナ禍だからこそ、自ら大人たちが、子どもたちに示すチャンスかもしれません。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 06:45Comments(0)菜根譚

2021年09月11日

<世を生きる哲学>長生きの道は一歩ゆずることから。〜『菜根譚』前集No.13〜

<世を生きる哲学>長生きの道は一歩ゆずることから。〜『菜根譚』前集No.13〜

年に一度は読み返す『菜根譚』には、現代にも通じる人間学(哲学)が、たくさん含まれている。

『菜根譚』前集No.13の解説から、

【訳文】
小道のせまい場所では、自分から一歩たちどまりよけて、相手に行かせてやり、またおいしい食べ物は、自分の分を三分ぐらい減らして相手に譲ってやる。このような心がけこそ、この世を生きていく上で、一つの極めて安らかで楽しい方法である。
(以上、『菜根譚』の解説より)

俺が、俺が、の我利我利の視点しかない人は、外目も内も、心が荒んでいる。〜中村天風〜

また、『菜根譚』前集No.17より、

【訳文】
 人を遇する時には、完全なることを求めないで、九分ぐらいに止めて、あと一分は寛大にして見過ごすようにするのがよいことである。
(以上、本より)

司馬遼太郎講演集の一文に、事業の完成期(8〜9割)近づくと、最後に目立ちたい人たちが寄ってくる。

そんな時は、最後まで関わらず、目立ちたい人たちに任せで、その様子を高みの見物をしていると、後々、誰がやってきたか、いずれ伝わるものです。と、司馬遼太郎さんが語っています。

>一歩たちどまりよけて、相手に行かせてやる

>完全なることを求めないで、九分ぐらいに止めて、あと一分は寛大にして見過ごす

ただ注意、引くだけではなく、事業遂行までの地道な活動を知らせる努力があってこそ、高みの見物ができる。

社会活動には、人の生きる「哲学」があると思う。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 23:11Comments(0)菜根譚

2021年09月10日

忙中に閑、閑中に忙の心を。〜菜根譚〜

忙中に閑、閑中に忙の心を。〜菜根譚〜

【訳文】君子は、ひまな時にも、さしせまった時の心がまえが必要であるし、また忙しい時にも、ゆったりとしたひまな時の心のゆとりが必要である。
(以上、『菜根譚』前集No.8より)

忙しい時ほど、時間と心にゆとりを持って行動する。

ひまな時は、心が緩むので、何かと忘れがちになる。だから、準備を怠りがち、忙しい時の手順を忘れてはいけない。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 13:27Comments(0)菜根譚

2021年05月05日

<自らの境遇を楽しむ>仏教の「随縁(ずいえん)」、儒教の「素位(そい)」は、人生に必要な命の浮き袋。〜菜根譚〜

<自らの境遇を楽しむ>仏教の「随縁(ずいえん)」、儒教の「素位(そい)」は、人生に必要な命の浮き袋。〜菜根譚〜

日々の生活に欠かせない仏教、日本の精神的な習慣に根付いた儒教ですが、私は学んだことはほとんどないですが、通夜・葬儀の習慣、親を敬い、兄弟姉妹仲良く、夫婦の役割、上司部下の関係、等々。人のつながりをどうしていくのか?、中国古典には、たくさんの訓示や諺があることを大人になり知りました。

『菜根譚』の末尾の訓示に、大いに感動しました。

「随処に主となる」〜菜根譚後集no.134〜

【現代語の訳文】
 仏教で説く「随縁」と、わが儒教で説く「素位」という、この四字は、人生という広い世界を渡る上で、浮き袋のように欠くことのできない大切なものである。
 思うに、人生の航路は、広々として果てしもないのである。そこでほんの少しでも完全であることを求めようとすると、それに従ってあらゆる欲望のいとぐちが乱れ起きる。それに対して、いま置かれている境遇に従って安らかにしていると、そうすると、どこに行って心の安らぎが得られないことはない。
(以上、『菜根譚』より)

随縁(ずいえん):縁起の理法にしたがう。
素位(そい):それぞれの地位にしたがい、分相応に力を尽くすこと。

また『中庸』第14章に、「君子は其の位に素(したが)いて行い、其の外を願わず。富貴に素いて富貴を行い、貧賤に素い貧賤に行い、伝々」とある。

隣の庭は綺麗に見えるが、その姿を維持するには、大変な苦労があることも知らず、それを求めるのが人間なのだと思います。

さて前置きはそこまで、外の天気が良くなった!、よその田畑の風景に近づくように、我が家の田畑周りの草刈りをしなければ!と思います。

ゴールデンウィークの最終日は、雨の休みではなく、草刈り作業です。今日も草刈りの後のビールを楽しみに、頑張ります。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 14:22Comments(0)菜根譚

2021年05月05日

知足の人生〜菜根譚〜

知足の人生〜菜根譚〜

【現代文】
 お茶は極上の品でなくともよいが、茶つぼにはいつもお茶月たえないようにしておく。酒は芳醇な極上の酒でなくともよいが、酒がめにはいつもお酒月絶えないようにしておく。また、かざりのない琴は絃はなくとも
いつでも弾くことができ、短い笛には穴があいてなくとも、自由に吹いて楽しむことができる。
(以上、『菜根譚』より)

知足とは、足るを知る。

満足をどのレベルにするのか?

極上の茶必要ないが常に茶つぼには茶を欠かせてはならない。

高級なお酒は必要ないが、来客が来た時には、すぐに出せるように酒は用意しておく。

音楽もそこそこの程度にはやっておく。

知足の人生とは、そんなことかもしれないですね。

ゴールデンウィーク最終日は雨ですが、外に出らずに、身近な足下の生活を検証するのも良いかもしれません。

良い休日を!  


Posted by ノグチ(noguchi) at 04:35Comments(0)菜根譚

2020年12月14日

究極に奇異はない。要は、自然体なのです。〜文章も人格も、まだまだ〜

究極に奇異はない。要は、自然体なのです。〜文章も人格も、まだまだ〜

文章なるものに取り組み始めて18年と半年、はじめの頃からすると、少しは成長したかな、と思っているが、先月の新聞への投稿では、新聞社の担当からいろいろアドバイスを受けました。その時"なるほど!"と勉強になりました。

まだまだ文章に関しては、学ぶことがたくさんあるな、と思います。

さて、私の人間力はどうかと思うと、文章は訂正してくださる人がいるから良いのですが、60代になると、注意してくれる人も少なくなって、自己向上に努めていくしかないので、向上心頼りとなります。

40にして立ち、50にして天命を知り、60にして耳従い、70にして矩を超えず。〜孔子〜

60にして周りの意見に従う、の訓示ですが、周りとは誰か?

"ブレずに行動できているか?"

そこに、周りから意見が来るのだと思っています。

日々の行動も常に反省し、自らを検証しつつ、周りへの影響も含め、言動に気をつける。

それが「60にして耳従い、70にして矩を超えず」なのだと思います。孔子先生の言われる人の成長までは、まだまだ遠い道のりと思っています。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 21:18Comments(0)菜根譚

2020年12月14日

天の導きや忠告は、人間の知恵や理屈など、何の利益にもならない。〜天網恢々、疎にして漏らさず〜

天の導きや忠告は、人間の知恵や理屈など、何の利益にもならない。〜天網恢々、疎にして漏らさず〜

頑なに節操を守り、福を求めようとしない人には、天は、正しく導いてくれる。
心がひねくれ、禍いを避けることばかり考える輩には、命を脅やかし、忠告を与える。
天は、神秘的な不思議なはたらきを人に与える。
(以上、『菜根譚』解説より要約)

きつい、厳しいを嫌う人には、その難(きつい状況)を与える。

節度・節約を守る人には、福(安寧)を与える。

「天網恢々、疎にして漏らさず」には、そんな意味があるとは、改めて読み直しして、天は人間の生業を見ているのか、と思いました。

苦労の中に福を見つける。

我慢の中に楽を見つける。

というような生き方をしていると、いつか福が来ると思って頑張ります。
  


Posted by ノグチ(noguchi) at 10:56Comments(0)菜根譚

2020年09月20日

<奢れるものは嫌われる>大人(だいじん)を畏敬する理由と小民を畏敬する理由。〜『菜根譚』No.212〜

<奢れるものは嫌われる>大人(だいじん)を畏敬する理由と小民を畏敬する理由。〜『菜根譚』No.212〜

奢れるものは久しからず、・・・・

誰もが知る日本の古典『平家物語』の一節ですが、この意味を歳を取ると分からなくなるのです。

会議の途中での雑談、それも会議内容に全く関係ない話を、周りに聞こえるように?

会議を軽視し、自らのおごりが滲み出る態度には、周りは興醒めする(飽きれる)ものです。

冒頭訓示の詳細の意味は、以下です。

(以下、菜根譚の訳文より)

徳の高い人に対しては畏敬の心を持たなければいけない。徳の高い人を畏敬すること、その徳化によって勝手気ままなふるまいをする心が起こらなくなる。
一般の人に対してもやはり畏敬の心を持たなければいけない。一般の人も畏敬するようにすれば、その人達とも親しみができ、豪強の名をたのしんでほしいままにするという悪評が立たなくなる。
(以上、菜根譚より)

人間、絶頂の時は自らの姿が見えない。だから、その姿を注意する(釘刺す)人間を周りに付けているかです。

権力が長くなると、耳障りの良い輩が蔓延ってきます。気づかないのが人間、しかし、偉人訓、古典の熟読、徒然草等々の古書を読み返すことをしている人は、身の回りに居る人たちを時折見て、自らの成長に役立つ人間か、そうでないか、反省することが必要です。

そのためには、畏敬:恐れ慎む、謙虚になって自らを観る、等々

私は、その畏敬の念を忘れていないか?

これは、若いから、中年だから、高齢者だから、の年齢は関係ありません。我々は、どれだけ頑張っても、世界の偉人には敵いません。力のない現代人の一人です。

>大人(だいじん)を畏敬する理由と小民を畏敬する理由

大人:徳ある人

小民:一般人

どちらも、現代に必要な人間であることを忘れてはいけない。身の周りの人に、敬意を持って、謙虚に接することの教えと思います。  


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2020年04月09日

くじけず、おごらず(菜根譚)

くじけず、おごらず 

思いどおりにならぬからといって、くよくよするな。思いどおりになったからといっていい気になるな。今の幸せがいつまでも続くと思うな。最初の困難にくじけて逃げ腰になるな。 

(感想)

人生の先輩が、「自分の思い通りにならないのは、95%。自分の境遇を受け入れ、いかに活かしいかに向上させるか。そこが、人生の分かれ目」と、説かれました。人生、あきらめないことが大事と思います。

*出典:菜根譚  


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2020年04月08日

<信用は日常の積み重ね>誘惑に惑わされない、足を引っぱられない 

<信用は日常の積み重ね>誘惑に惑わされない、足を引っぱられない 

出世・名声を望みさえしなければ、利益や地位の甘い誘惑に降り回される恐れはない。人を押しのけようとしなければ、組織のなかで人から足を引っぱられる心配もない。 

(感想)
周りの支持があってこそ、存在感が出るもの。われ先にの思いだけでは、足下がおぼつかない。地位ではなくて、人望を得れるような日常の行動が大事と思う。 

*出典:菜根譚  


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2020年04月07日

広いものを狭くしている 

広いものを狭くしている 

(現代語訳)
歳月は、もともと長いのに、いそがしい人は、それを自分で短くしている。 
世界(世間)は、もともと広いのに、志(こころざし)の低い人は、それを自分で狭くしている。 四季の風景は、のどかなのに、あくせくしている人は、季節を感じるゆとりもない。 

(解説)
中国古典の『詩経』に、「庶民の禍(わざわい)は、運命では起らない」とある。心の持ちようで、広いものも狭くなり、狭いものも広くなる。 

(感想)
あくせくしてばかりでは、我を忘れてしまうのかもしれません。 

*出典:菜根譚  


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2020年04月07日

人たる道を守る 

人たる道を守る 

(現代語訳)
人としてまっとうな生き方ををしていれば、かりにきつい状態なっても、一時のことにすぎない。権力者(時の人)にぶら下がって、得意な時期があっても長続きしない。まっとうな生き方をしている人は、世の中流れに左右されず、いなくなったあとでも慕われる。だから、きびいしい状況でも、まっとうな生き方をした方が、長い目でみると正しいのではないか。 

(解説)
ここで言う、まっとうな生き方は、人から後ろ指をさされないような生き方である。

*出典:菜根譚  


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2014年06月02日

(不争の徳)奈良時代から続く日本精神を忘れずに人付き合いを考える

(不争の徳)奈良時代から続く日本精神を忘れずに人付き合いを考える

おはようございます。今朝のウォーキング、山の空気も湿度が高いような気がしました。昼過ぎから九州は雨になるようで、猛暑に一息つけるかもしれません。

さて、出る杭は打たれる、目立ちすぎると足を引っ張る、上から目線は敬遠される、色々言葉はありますが、どうも日本人は、才能をひけらかすことが嫌がれるように感じます。“自分が一番”と思った瞬間にフッと優越感が、表情に出るのだろう。

日本は、大陸から様々な文化が入ってきました。儒教、仏教を代表に、精神文化も多く入ってきました。中国古典を勉強することは、日本の現代社会の人々の考え方を知ることができるのかもしれません。

江戸期に読まれた世渡り教訓の書『菜根譚』に、謙譲の美徳のすすめの言葉が多くあります。自分の才能を鼻にかけ得意顔をしたり、得意分野ではしゃしゃり出たりすると、「なんだあいつは」となる。謙虚であれば、マイナスイメージを避けることができる。

と言いながらも、実力は時々示すこともしなさいと、反対の訓示があります。要は、たまに実力を示し、日常は周りに任せる。

「立派な指導者は、グループ(国民)を統治しようとする時には、謙虚な態度でへりくだる。指導しようとする時には、自分は後に退いて指導者ぶらない。だから、上に座っていても、関係者(国民)は思いと感じないし、先に立っていても、邪魔だと感じない」

これを『老子』では、「不争の徳」と読んでいる。

「善ク敵ニ勝ツ者ハ与ワズ、善ク人ヲ持ウル者ハコレガ下トナル。コレヲ不争ノ徳ト謂ウ」

解説によると、謙虚であり謙譲であることは、たんなる消極的な、受け身の徳目ではない。むしろそれは、人々の支持を集めるための武器であり、きびしい乱世を生き残るための処世の知恵でもある。

昨日書いた、『三国志』の英雄・劉備玄徳は、勇猛だが謙虚さも持ち合わせた指導者だった。力及ばずだが後輩に任せ、時々指導を加える程度が、信頼されるような気がします。『論語』『孟子』『老子』『菜根譚』等々、古代から中国思想の影響を受けてきた日本人は、グローバル化の現代においても生活文化の面では、奈良時代から続く日本精神を忘れずに、人付き合いをしたが良いのかもしれません。

〈太陽の活動のピークは12年周期?〉
今日も全国的に猛暑が続くようです。24年前とても暑かった。12年前もとても暑い日が続いた。今年は、5月から30℃を超える暑さ。24年前に聞いた話ですが、「太陽の活動がピークになるのが12年周期」だそうです。今年は、その年に当たるので、酷暑の夏になるような気がします。外出する時は、こまめに休憩を取り、水分補給がいつでもできるようにしたがよいと思います。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 07:33Comments(0)菜根譚