2011年12月26日

年末年始、佐藤一斎の『重職心得箇条』を学ぶ。〈第三条〉

年末年始、佐藤一斎の『重職心得箇条』を学ぶ。〈第三条〉

 昨日は、全国高校駅伝があり、熊本の九州学院が2年連続3位を獲得した。素晴らしい成果と思います。伝統校の活躍は、毎年素晴らしいと思うが、選手は毎年入れ替わる。やはり、選手一人ひとりの、チャレンジ精神が伝統を支えていると思います。
 今日は、守るものと、変えるものについて、佐藤一斎の教示です。

〈第三条〉
 家々に祖先の法あり、取失うべからず。
 又仕来り仕癖の習いあり、是は時に従て変易あるへし。
 兎角目の付け方間違うて、家法を古式と心得て除け置き、 仕来り仕癖を家法家格などと心得て守株(しゅしゅ)せり。
  時世に連れて動かすべきを動かさざれば、大勢立たぬものなり。

[解説]
 祖先の定めた家法はどの家(藩)にもあり、その伝統は受け継いで大事に守らなければならない。その他に仕来りや習慣があるが、こちらはその時々の状況に応じて改正すべきものは改正してもよい。
  ところがこれを取り違えて、守るべき家法を古めかしいと軽視し、いつでも改正できる仕来りや習慣の方を大事な家法のように守ろうとしたりする。時代の趨勢をよく見極め、その流れに対応して守るべきものは守り、変えるべきは変える。この判断力がなければ、天下の大勢に後れをとるものと心得ておかねばならない。

[感想]
 時代変化に合わせて、物事を判断することは重要だが、人間には知り私欲があり、時として判断を間違うことが多い。わ私は、周りの声に耳を傾け、地域の変化に気を配ることが大事と思います。
 地域性と良く人が言いますが、凡人のわたしさでは、地域的な違いを理解するには、とても時間がかかります。私が、地域の変化や、違いを観察する方法は、一般的な場所のコンビニや本屋に並ぶ、雑誌類を見て回ります。以外に、地域、地域でけっこう並ぶ本が、違うことがあると気づきました。私の時代変化の察知力は、その程度ですが、重職(リーダー)ともなると、そんな簡単な時代感性では足りないと思います。
 地道な変化を数値化し、情報を限りなく集め、分析し、最後は自分の知恵で、進む方向を定めないと、部下は付いていけません。実は、未来の予兆は以外に身近な変化に気づくこととから、始まるとも言われます。
 日々起こる自分の周りの変化に、関心をもち、それは何故かを考えることから、時代感覚を養い、今ある自分の役わりに照らし、何を守り、何を変えるか、試行錯誤しながら、成長するしかありません。私自身、日々の仕事と生活に真剣に向き合うかとから、第三条を考えたいと思います。

*参考資料:坂井昌彦著『佐藤一斎「人の上に立つ人」の勉強』  


Posted by ノグチ(noguchi) at 09:17Comments(0)佐藤一斎「重職心得箇条」

2011年12月25日

年末年始、佐藤一斎の『重職心得箇条』を学ぶ。〈第二条〉

年末年始、佐藤一斎の『重職心得箇条』を学ぶ。〈第二条〉

 久々に、中国古典輪読会に、参加しました。毎月あっているのですが、日曜日は市サッカー協会会長の役目と、私の関わるキッズサッカー教室が重なり、 輪読会に参加できるのは、夏休み、冬休み、春休みにタイミングよく日程が合う時には必ず参加しています。
 今日の論語は、孔子の日常生活を弟子たち克明に観察し、まとめた項でした。その一節に、
「立つに門に中せず。行くに閾(しきい)を履(ふ)まず」 。
ハッとしました。現代でも、子どもが親子ケンカして家出する時、親は「二度と敷居を踏ませない」 とか聞きますが、論語から来ているのではと思いました。先輩方と意見を交わし、良き学びがありました。

 さて、年末年始の重職心得箇条の第二条は、次になります。

〈第二条〉
 大臣の心得は、先ず諸有司の了簡を尽さしめて、是を公平に裁決する所其の職なるべし。
 もし有司の了簡より一層能き了簡有とも、さして害なき事は、有司の議を用るにしかず。
 有司を引立て、気乗り能き様に駆使する事、要務にて候。
 又些少の過失に目つきて、人を容れ用る事ならねば、取るべき人は一人も、これ無き様になるべし。功を以て過を補わしむる事可なり。
 又賢才と云う程のものは無くても、其の藩だけの相応のものは有るべし。人々に択(え)り嫌いなく愛憎の私心を去って、用ゆべし。
 自分流儀のものを取計るのは、水へ水をさす類にて、塩梅を調和するに非ず。平生嫌いな人を能く用いると云う事こそ手際なり。此の工夫あるべし。

[解説]
 まず各部署の役人からできるだけ意見を出させ、検討させ、公平に裁決する。
役人たちの意見を尊重して、やる気を起こさせ気持ちよく働かせるのが、重職の大事な仕事。
 些細なミスを見咎めて、人を使えないなら、誰一人として部下として使える者はいなくなる。チャンスを与えて、ミスを帳消しにする可能性も出てくる。
 賢人は居なくとも、藩の中には十分役に立つ人間は居るもの、選り好み、好き嫌いを捨てて、積極的に採用する。分け隔てなく、嫌いな人間でも部下に登用できるのが、人事の手腕というもの、大事な心得。

[感想]
 組織が硬直するのは、似たような人材が集まったり、自分の好みばかりが集まると、刺激が少なく、発展的な、違う意見出にくくなるような気がします。
 好みとは違うが、力量を認めて、組織に組み入れるようでなければ、活力ある組織にはならないと思います。要は、リーダーの多彩な人材を使う懐の広さが必要な要素と思います。
 私が思うに、組織のトップになって人材を探すようでは間に合わない。若いころから、会社内の同世代は勿論ですが、自分よりも若い世代とも交わり、さらに社外の多彩な分野人たちと交流を持つことも忘れてはならないと思います。
 友とは、20代からの交流の歴史と、私は考えています。挨拶一つから心を込めて、日々のつながりを構築する習慣が、後の人生を豊かにするのかもしれません。

*参考資料:坂井昌彦著『佐藤一斎「人の上に立つ人」の勉強』
  


Posted by ノグチ(noguchi) at 14:04Comments(0)佐藤一斎「重職心得箇条」

2011年12月24日

過去に未練を持たない、未来に気を揉まない

過去に未練を持たない、未来に気を揉まない

 今日は、午前は御船町長と意見を交わし、昼食時間には、建築の見積もり用の図面作り、建設会社に図面渡しをしたのですが、1社明日の予定だったのが、今日に打ち合わせができ、加えて熊本市役所の用事まで済みました。私は、もし明日の予定で今日出来そうな可能性のあるものは、逐次連絡を取り、今日出来るのであれば、今日し終るようにしています。そうすることで、明日に時間のゆとりが生まれます。何か得した気分になります。
 ただ、上手く行かずに、今日の予定が、明日にどうしてもずれることも多々あります。それは、悔やんでも相手のあることなので、合わせるしかありません。

 佐藤一斎の『言志四録』に、次のような教示があります。

(『言志晩録』175条)
心は現在なるを要す。
事未だ来らざるに、迎うべからず。
事既に往けるに、追うべからず。
わずかに追いわずかに迎うとも、すなわちこれ放心なり。

(現代語訳)
 時間は時々刻々とうつりかわるが、自分の心は「現在」に据えておかなければならない。時期が到来していないものを迎えるのことは不可能だし、また過ぎ去って行ってしまったものを追いかけても追いつけない。
 少しでも過去のことに未練を持って追いかけたり、まだやっても来ないものに気を揉んだりするのは、「心の不在」を示すものである。(略)

 今までの事を悔やんでも歴史は変わらない。また未来、どんな幸運、どんな不幸があるか分からないが、それを考えても仕方がない。要は、今目の前の問題に、懸命に取り組むしか、方法が無いし、そこをクリアしないと、次のステップに進めません。現実の積み上げしか、歴史は作れないと思います。

 要は、過去に未練を持たない、未来に気を揉まない事が大事なようです。私は、まだまだその域に至っていませんが、日々の精進しか、そこへ至ることもできません。くよくよせず、明るく元気に生き抜きことが大事と思います。   


Posted by ノグチ(noguchi) at 17:45Comments(0)故事、名言、訓示、スピーチ

2011年12月24日

年末年始、佐藤一斎の『重職心得箇条』を学ぶ。〈第一条〉

年末年始、佐藤一斎の『重職心得箇条』を学ぶ。〈第一条〉

 今日から、長いところは正月休暇のところもあるそうですが、地方はそうはいきません。

 さて、この年末年始で、ブログ上で佐藤一斎の『重職心得箇条』 を書くことで、私自身が学び直しをしようと思い立ちました。
 佐藤一斎は、江戸時代後期の学者で、佐久間象山、横井小楠、中村正直などに大きな影響を与えて、その孫弟子には、吉田松陰、勝海舟、坂本龍馬をはじめ、多くの志士たちに思想的に影響を与えました。
 今日から17日間、小中学校の冬休み期間似合わせて、佐藤一斎の『重職心得箇条』を、紹介してみたいと思います。ぜひ、意見・異見を頂けるとありがたいです。
参考資料は、現代語訳をされた歴史家の坂井昌彦氏の『佐藤一斎「人の上に立つ人」の勉強』から、引用して書きたいと思います。

〈第一条〉
重職と申すは、家国の大事を取計らうべき職にして、この重の字を取失い、軽々しきはあしく候。大事に油断ありては、その職を得ずと申すべく候。
先ず挙動言語より厚重にいたし、威厳を養うべし。
重職は君に代わるべき大臣なれば、大臣重うして百事挙がるべく、物を鎮定する所ありて、人心をしつむ(収攬す:しゅうらんす) べし。かくの如くにして重職の名に叶うべし。
又小事に区々たれば、大事に手抜かりあるもの、瑣末(さまつ)を省く時は、自然と大事抜目あるべからず。かくの如くして大臣の名に叶うべし。
凡そ政事は名を正すより始まる。今先ず重職 大臣の名を正すを本始(ほんし)となすのみ。
(以上転載)

[解説から]
 重職とは、国(藩)の重要な政策全てを立案・運用すべき役職である。
・言動すべてに慎重に、どっしり威厳をみにつける
・小さな問題にとらわれ過ぎると、重要な問題に手抜かりが生じる。
・まず自分の職務を果たす(本分を尽くす)ことから始める。
の3つについて、強い口調で説かれています。
 第一条は、「心に油断なく、軽挙をつつしめ」。要は、自分の言動に威厳をもち、すべて大所高所から物事をとらえることが説かれています。

[感想]
 日々の多忙に追われて、我を見失いがちですが、佐藤一斎の教示は、その点をズバリと抑え、リーダーシップの本質を指摘しています。
 私は、そういう立場ではないですが、国や県のトップの下で、政策立案、その運用を預かる重職のみなさんの大変さはありますが、社会変化に合わせた行政時務を速やかに実行することこそ、リーダーシップの真髄なのかもしれません。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 09:18Comments(0)佐藤一斎「重職心得箇条」

2011年12月22日

防犯パトロールは、軽犯罪の抑止力につながっている

防犯パトロールは、軽犯罪の抑止力につながっている

 今日は、学校は終業式だったようで、子どもたちは、いっぱい両手に荷物を抱えて下校していました。冬休みか!と、思う反面、家々では学校からの報告を家族で、今夜語っているのだろうと、数年前の我が家を思い出します。
 夕方は、今年最後の防犯パトロールでした。子どもが中学校に通って以来、7年目になりました。なかなか皆勤賞はもらえませんが、高校生の駅の様子、不審者の集まりそうな場所とか、パトカーと一緒に月二回地域を巡回しています。軽犯罪の抑止力につながっていると思います。
 大きな犯罪は、小さな犯罪の多いところに発生する確率が高いと、事件検証データーからも、裏付けがあります。地道で、目立つ活動ではないですが、地域を不定期に、回り不審者には、同行の警察官が声を掛けていることが、抑止力につながっていると感じます。
 冬休み、子どもたちが地域で遊び安いように、地域全体で見守っていくことが大事と思います。   


Posted by ノグチ(noguchi) at 19:35Comments(1)宇土の出来事

2011年12月21日

九州龍馬社中の開催準備で御船町長を訪問

九州龍馬社中の開催準備で御船町長を訪問

 今日は、熊本県御船町の山本孝二町長を、不知火龍馬会の会長として、訪問しました。
 今回の訪問は、九州龍馬社中の大会を、3年後の春にやるために、熊本の幕末の志士の代表挌、宮部鼎蔵の出身地である御船町の町長に、開催主旨を説明に、不知火龍馬会の事務局長と一緒に出向き、賛同をいただきました。

 宮部鼎蔵は、長州の吉田松陰と交流があり、吉田松陰の東北視察に同行したほどの仲でした。
 不知火龍馬会は、 熊本県央地域の坂本龍馬を敬慕する仲間たちで、これまでは坂本龍馬の写真の前で、龍馬を偲び酒を飲むくらいの活動でしたが、今年9月23日に鹿児島市で開催された、九州龍馬社中の大会に参加して、3年後に熊本開催が打診され、引き受けて来ました。

 これまで熊本での開催では、横井小楠と坂本龍馬、勝海舟の関係がクローズアップされて来たのですが、今回の企画は龍馬が活躍する前に、志士たちを先導した吉田松陰と宮部鼎蔵を取り上げてみたいと思っています。

 来年と再来年に研究会を開催し、平成26年2月15日の横井小楠の命日に合わせて開催できればと考えています。興味有る方は、ぜひ催しものにご参加ください。   


Posted by ノグチ(noguchi) at 23:49Comments(0)宇土の出来事

2011年12月20日

心の五悪を克服し、心が健やかに過ごすこと

心の五悪を克服し、心が健やかに過ごすこと

 人間、心身の状況が表情に出ると言います。今日の自分は、どんな顔をしているか、時々、鏡を見て表情をチェックしたほうがよい日もたまにありますが、みなさんはいかがでしょうか。

 今朝の読書から、江戸後期の儒家の佐藤一斎の教示を集めた『言志四録』の中にあった。 言志後録219条を現代語訳すると、次の言葉になります。

(以下転載)
 王陽明はその昔、
「心がざわついて落ちつかないと、行動を誤ってしまう。
心がたるんでいると、物の見方が浮ついてくる。
心に不満があると、気力が萎(な)え、いじけてくる。
心が虚ろになれば、顔形までだらしなくなり、
心が驕ると顔色が傲慢になってくる」
と諭している。
自分はこれを読んで思わず恐れ慎み、身が引き締まった。(略)

 年末には、多くの物と人が動く、人の思いも様々だが、またいろいろな事件も起こる時期でもあります。
 年末、王陽明の心の五悪を克服し、心が健やかに過ごすことができれば、よき一年に思えるのかもしれません。

  


Posted by ノグチ(noguchi) at 14:26Comments(0)斉藤一斎「言志四録」

2011年12月20日

年末年始の各分野のリーダーたちのメッセージに期待

年末年始の各分野のリーダーたちのメッセージに期待

 朝の読書は、朝食のままテレビを見ながら、テーブルに何時もある数冊の中から、作家の田辺聖子さんの『女のおっさん箴言集』に、以下の一節があった。

(以下転載)
 日本の男や女、自分でオそトナと思っているけれども、あんがい、まだオトナになりきっていないのが多い。(実はある意味では私自身もそうだけど)プライドや面目、威厳を保つのがオトナとオトナと思われていて、笑いと一ばん遠い地点にいることがオトナだと信じ切っている。
 笑いは、人間の威厳と相反するものと思っている人が多い。職種に関係なくそういう人はいる。
 笑いやユーモアを愛していたって、その人の人間的な偉さには関係ないのに、世の中には威張りたがる人、マジメぶりたがる人が多く、笑ったらソンみたいに思っているから困ってしまう。(『いっしょにお茶を』)

 ジョークと親父ギャグは違う。
 しょうもないギャグは、場が白けてしまう。懲りずやる度胸もさることながら、呆れられたら人望も下がってしまいます。
 それが、リーダーや社長ともなると、親父ギャグでは話にならない。増して、政治家となると、発言が社会問題にもなります。
 昨日の日記に書いたケネディ兄弟、特にジョンF ケネディ大統領の演説の素晴らしいと思います。時々に演説に織り込まれる教養豊かで、ユーモアのあるジョークは、知る人ぞ知る名演説は、感動を与えました。ライターの書いた演説原稿を、何度も何度も、書き直し、読み返した、と言われています。
 日本の政治家は、多忙とは思いますが、その真似事でもして欲しいものです。

 さまざな分野のリーダーたちが、年末年始どんな言葉を語るか、楽しみに聞きたいと思います。感動するような、メッセージを期待しています。
  


Posted by ノグチ(noguchi) at 10:38Comments(0)故事、名言、スピーチ、等

2011年12月19日

いにしえの人たちも悩んだ、自分の売り込み方法とは?

いにしえの人たちも悩んだ、自分の売り込み方法とは?

 人間社会は、いずこも思惑社会と良く聞く、また視線社会でもある。目立ち過ぎると叩かれた。なんとも、この世は住みにくい。
 しかし、その世の中で生きるしか道ないのも現実である。昔の人びとも考えた。
 孔子先生も、哲学者ソクラテスも、考えた。目立たないと知ってもらえない、目立ち過ぎると叩かれる。果たしてどうする?
 人は、だれでも周りから高く評価されたい。特に、浪人生活の長かった孔子先生は、なおさら強かったはずです。
 では、どのように自分の存在感を示すかが、大事思います。今朝の読書『男の器量、男の値打ち』の一節に、二つの教示があった。
 実際的な方法、少々回りくどいようだが、次の二つが大事とあった。

(以下転載)
 第一は、自分に付加価値を付け、仕事上で実績をあげることだ。迂遠なようだが、これが結局は売り込みを成功させる近道なのかもしれない。宣伝よりも品質で勝負というわけだ。
 第二に、ふだんから人間関係に留意し、一人でも多くの理解者(味方)を持つよう努力することだ。なんだかんだ言っても、日本社会は人間関係で動いている。良い理解者を持つことは、その人にとって大きな財産になるのです。(略)

 この二つを、しっかり実践して行けば、いつか道が開ける土壌は、出来て行くと思います。ただ、この二つの実践だけでは、高い評価を受けることは、なかなかできないものです。人生が変わるような出会いが、偉人たちには必ず起こります。その出会いを起こすきっかけは、自分自身から行動を起こさなければ始まりません。

 余談を一つ、紹介します。
 孔子先生の嫌いな人間のタイプが4つあったそうです。それは、
一、他人の失敗を喜ぶ者
二、部下として仕えながら上司の陰口をたたく者
三、ただの乱暴を勇気とはきちがえている者
四、独断を決断と勘違いしている者

 上記の本からの抜粋ですが、人間の生きざま(性格)が、現れた行動と思います。

 紹介した自分の評価を上げる方法は見方変えると「間合いのとり方」であります。4つのタイプは「節度をわきまえる」ことだと思います。
 人間関係は、微妙なバランスで維持されているのだと思います。そのバランスを保つ最も重要な要因は、自分が語る言葉にあります。
 体調を崩す原因は、口から入りますが、人間関係を崩す原因は、自分の口から出る言葉にあります。
 くれぐれも、日々、刻々と変わる周囲に、目配り、気配りを怠らずに、周りの方々と、仲良く、楽しく暮らしたいものです。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 20:22Comments(0)故事、名言、スピーチ、等

2011年12月19日

若さとは、倒れてもカムバッグできる意志の強さ

若さとは、倒れてもカムバッグできる意志の強さ

 今日の会話から、「青春とはな何か?」と話が出た。かつてアメリカ大統領選挙に暗殺されたジョンFケネディ大統領の意志を継ぎ、弟のロバート・ケネディが出馬を決意し、全国遊説をする中で若者によく語ったのが、「若さ(青春)とは」だった。

(要旨は)
゛失敗するのはかまわない。問題はその後だ。若さのある人間は必ずその失敗をはじき返し、カム・バッグすることができる゛ と。
彼の言う若さとは年齢的な若さではない。
「若さとは人生における一定の期間ではなく、心の状態である。それは意志の強さであり、創造力のたくましさであり、勇気であり、快楽よりも冒険を愛する心……そしてきのうの失敗を今日の惨めさの口実にしない弾力性だ」。
この若さを持った人間だけが、これからの世界を変えることができる、とロバート・ケネディは信じていた。なぜなら゛未来は与えられるものではなく勝ち獲るもの゛であるからだ。(略)

 引用が長くなりました。要は、日本の諺にたとえば、七転び八起き、の意味と思います。人間、あきらめない限り、夢は叶う、とロバート・ケネディは、わかいボランティアたちに何度も語った。しかし、皮肉にも、ロバート・ケネディも、凶弾に倒れた。
 ケネディ兄弟の残した多くのメッセージは、今でも語り継がれて、若者たちの行動の支えとなっています。若さ、青春と言う言葉を常に心に秘めて、前向きに生き続けなければならないと思います。

*参考資料:落合信彦著『ケネディからの伝言』  


Posted by ノグチ(noguchi) at 09:11Comments(0)リーダーの名言

2011年12月17日

中国古典の『菜根譚』に、次の一節があった。(現代語訳で)

中国古典の『菜根譚』に、次の一節があった。(現代語訳で)

・相対主義のすすめ

 人情や世相は、あっというまに変わってしまうので、どこに真実があるか見極めがたい。宋代の大学者も、語っている。「昔の我は今日の彼、今日の我はこの先誰になることやら」。いつもこういう見方をしていれば、もやもやした心も、からりと晴れるにちがいない。(略)

(解説から)
 一つの立場、一つの価値観に固執するな、今現在の自分を絶対視するな、より大きな立場に立って物事を視よ、というのであろう。特定の立場に固執すれば、それにとらわれて、心の自由を失ってしまう。(略)

 人は、狩猟・採集文化から、農耕文化に変わり、大航海時代から植民地時代、イギリスから始まった産業革命は工業社会を世界に広げた。
 福島第一原発事故は、科学工業文化から、持続的な生活環境を作っていくための大事件であり、日本社会をグリーンエネルギー政策に、大きく梶を切らせた。この流れを逆戻りさせようとするな、電力各社は配電を人質に、揺戻しを起こすだろうが、決してさせてはならない。
 一昨日、東京では大江健三郎氏たちが中心となり、6000人近い方々が、脱原発を訴えた。是非とも、この動きを日本中に、更には世界に広げていくことが大事と考えています。
 価値観は、明日は誰の考え方か、流転を繰り返して来た。知識ある方々が、今こそ声を上げ、多くの仲間を募り、大きなうねりにしなければならないと思う。   


Posted by ノグチ(noguchi) at 22:57Comments(0)菜根譚

2011年12月16日

『昭和レトロ』宇土市民会館大ホール(740席)を満席に

『昭和レトロ』宇土市民会館大ホール(740席)を満席に

 戦後の昭和20年~40年の歌と踊り、映画の上映の催し『昭和レトロ』は、11月25日に宇土市民会館大ホール(740席)を満席にする大賑わいでした。この企画をした実行委員会の代表は、70代後半の女性で、昨年は隣町の公民館ホール(440席)が超満員の大盛況の勢いで、今年の最大の宇土市民会館の催しになりました。

 今日の昼食は、その反省会で、熊本名物のいきなり団子、おでん、ちらし寿司、餅、きな粉餅、等々、いかな料理ですが、美味しく楽しい昼食会になりました。高齢者パワーに脱帽です。

 この実行委員長とは、12年前に宇土市の市政モニターで御一緒して以来、歴史講座、まちづくり研修会等で、ご一緒する中でご縁ができ、2年前の秋から取り組んだ「宇土市民マニフェスト」のメンバーに加わってもらいました。舞台でのご縁は、昨年の福祉チャリティーショーで、前日に連絡があり「1人どうしても人手が足りない。どうにかしてほしい」と頼まれて出たのがきっかけです。10数名の気さくな高齢者の方々に、乗せられたり、茶化されたりしながら、和気あいあいと楽しくやらせてもらっています。

 この企画は、市民参加型の歌あり踊りあり(約30組)、最後が1時半のレトロ映画(岸壁の母)を上映して、入場料は1000円(当日1500円)、昼の12時半~17時まであり、休憩が2度ある長丁場の企画でしたが、大入り満員の盛況で、大成功でした。ここ2年.宇土市民会館主催の事業は、満席になることがなく、一つの手法と考える機会になりました。

 高齢者は、家に引きこもらず、どんどん外で活動を興すと、地域活性化につながると思いました。子どもは外で遊ぼうではなくて、高齢者は外で活動しようと呼びかけが、これからの時代必要な気がします。みなさまの周りの高齢者は、いかがでしょうか?  


Posted by ノグチ(noguchi) at 14:07Comments(0)宇土の出来事

2011年12月16日

熊本県警剣道部のいじめ自殺問題の新聞記事に思う

熊本県警剣道部のいじめ自殺問題の新聞記事に思う

 おはようございます。冬の気候になり、各地から各地の冬の風景の知らせが届きます。今日は、朝は解体現場に出向き、状況の把握に行きます。

 今朝の地元新聞に、県警の陰湿な事件が記事にあった。熊本県警剣道部のいじめで、22才男子の巡査が自殺したいとのこと、以前から耳に噂を聞いたことはあるが、現実に行われていたとは、落胆の何ものでもない。故意に首筋を気づけたり、あえて話しかけず孤立させた。まるで小学校のいじめ問題を聞いているように感じる。勉強、勉強で、やっと念願の県警に入ったら、また小学校と同様のいじめとは、県警も地に落ちたものと思います。
 高裁判決は、いじめを認定した。熊本県警は、「判決内容を慎重に検討し、適切に対処したい」とコメントした、とあった。一人の若い巡査が、県警内のいじめから自殺に追い込まれたことを考えると、誠意のないコメントだなと、こちらも落胆する。トップの言葉は、若い巡査たちには、どう映ったことだろか。
 日本人は、GDPの数値に翻弄されていると師匠の一人が語っていた。実は、犯罪も、事故もGDPの数値を上げる。今回のいじめは、GDPでは測れない心の問題にあります。
 またもう一人の先生は、「世界では、心の満足度を加えた経済指数採用している先進国が増えている」そうだ。
 数値に表せない心の満足度、例えば、幸福な家族関係、信頼できる友人の存在、子どもが活躍する、地域の優しい言葉かけ、政治家の素晴らしい演説、裁判所の納得できる判決、等々。
 上記は、GDPではなかなか数値で表せない心の満足をもたらします。県警剣道部の厳しさは理解します。確かに熊本県出身者が、剣道日本一にはなっておりますが、何か力の矛先が違っているように感じます。
 今日の記事の末尾のコメントも、県民が読むことを想定し、県警のコメント(メッセージ)は、県警のいじめに対する姿勢を示す良き機会と捉えて、県民に向けた県警の強い意志を示して欲しかったですね。県警内のいじめは、根深く残っているように思える、今回の熊本県警剣道部のいじめ自殺問題と感じています。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 08:53Comments(1)意見・異見

2011年12月15日

中国故事に『人間万事塞翁が馬』という教え

中国故事に『人間万事塞翁が馬』という教え

 中国故事に『人間万事塞翁が馬』という教えがあります。人生には、山もあれば、谷底にはまって動けない時もある、ですから腹を据えて耐えることも大事、出来事に一喜一憂していては、身が持たない、泰然と起こる出来事に対処したいものです。
 塞翁が馬は、古典『淮南子(えなんじ)』に載っている故事。

(以下抜粋)
 昔、北方の砦近くに、一人の老人が住んでいた。ある時、老人が飼っていた馬が、国境を越えて北へ逃げた。近所の人たちは、老人を慰めた。老人は、「いや、いや、これがいつなんどき幸に転じるともかぎらない」と。
 数ヶ月後、老人の馬が駿馬を連れて帰って来た。近所の人たちが、お祝いをしてくれた。老人は、「いや、いや、いつなんどき不幸に転じないともかぎらない」と。
 何ヶ月も経たずに、駿馬が駿馬を産んだ。毎年、駿馬が生まれ、駿馬が増えた。ところが、馬好きの息子が落馬して、足の骨を折ってしまった。近所の人が見舞いに来た。老人は、「いや、いや、これがまた幸に転じないともかぎらない」と。
 その翌年、北から国境を越えて攻めて来た。村の若者は武器を持ち戦い、その多くが戦死した。しかし、老人の息子は足が不自由だったので、戦争にかりだされず、父子ともに無事だった。

 これが塞翁が馬の故事です。人間、良い時、不調の時がある、どう対処するかが大事と思います。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 13:57Comments(0)故事、名言、スピーチ、等

2011年12月14日

自分が見下げている人は自分と同レベルである

自分が見下げている人は自分と同レベルである

今朝の読書から、谷沢永一著『人間の見分け方』 に、次の言葉があった。

自分が見下げている人は自分と同レベルである

解説をしないと、なかなか理解できないですが、要は人間はほっとけば自惚れる。これを修正するには、時々、自分で自分を客観的に見て、世間的にどのくらいか確認するしかない。ても、自分を自分が評価するのは、なかなか難しいのが現実です。谷沢氏は、知人の言葉を引用して次のように分析しています。

(以下転載)
「B君と自分は同じぐらいのレベルだと思ったとき、B 君は君よりも相当上だ。あんなしょうもないヤツた見下げていC君は君と同じレベルだ」 これは名言である。(略)

 昨日、妻から多忙なことは分かるが、少々言葉の配慮が足りないことを、厳しく意見されて、ハッとした。
 人間は、自分しか見えなくなることが多々ある。私の師匠は、「時々、自分を斜め後ろから、うえから、俺は大丈夫か?点検しないたいけない」 と、飲んだ時には語っておられた。これもまた、人生の知恵と思います。
 論語にも、一日三省、の教えがある。多忙な時ほど、自分を振り返る暇を作らなければならないと思います。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 17:01Comments(0)故事、名言、訓示、スピーチ

2011年12月14日

校長が、生徒と正対せず、逃げたら学校は、即荒れる

校長が、生徒と正対せず、逃げたら学校は、即荒れる

 昨日は、本当に特殊な仕事の話を聞かせて頂きました。日本に、4社しかなく、新規参入もできないという仕事でした。その仕事は、私たちの生活を支えるインフラの点検整備をする重要な役割をしています。その代表が女性社長で、話しを進める中、話題が広がり、教育、福祉の話題は、私も関心の高い分野で、若くして地元教育委員長を務めただけあり、問題点を議論する中で、多くの共通点があり、同時期に違う立場で、地元の荒れた中学校の改善に取り組んだのが分かり、力強く思いました。
 校長が、生徒と正対せず、逃げたら学校は、即荒れると、つくづく思いました。高い志を持ち、教育現場にたった若い先生たちが、リーダーの校長が、生徒ではなく、県の教育委員会の動向しか頭にない学校(校長)は、外から見る分は取り繕うことができるが、中身がないから荒れだしたら、崩れるのが早いと思いました。
 やはり先生は、子どもたちを中心に、教育の探究心、一人ひとりの能力に合わせて、教材を提供し、子どもの思いに正対して問題処理を勇気を持って取り組むことが必要と思います。
  


Posted by ノグチ(noguchi) at 11:27Comments(0)意見・異見

2011年12月12日

日本の子どもたちが、古来から日本精神を学んだ『実語教』

日本の子どもたちが、古来から日本精神を学んだ『実語教』

 先週の日曜日に開催された、安岡正篤先哲の教えを学ぶ「関西師友会」 熊本支部の学習会に参加した。
 その時に塾長からいただいた冊子に、感銘を受けた。日本の子どもたちが、古(いにしえ)の時代から学んだ、人となる「智恵の学び」の初め、『実語教』です。
たくさんの教示が詰まっています。

山高きが故に貴からず。樹有るを以て貴しとす。

人肥たるが故に貴からず。智有るを以て貴しとす。

富は是一生の財、身滅すれば即ち共に滅す。智は是万代の財、命終れば即ち随って行く。

千両の小金を積むといえども、一日の学にしかず。

父母は天地の如く、師君は日月の如し。親族はたとえば葦の如し。夫妻はなお瓦の如し。父母には朝夕に孝せよ。師君には昼夜に仕えよ。友と交りて争うことなかれ。

善を見ては速やかに行え。悪を見てはたちまちに避けよ。善を修する者は福を蒙る。

などなど、だくさんの言葉がある。また、この言葉の解説本もあり、日本人の真面目で律義な、人間形成は長い年月をかけ、今に至っていことがわかりました。東北の被災地で、行列に整然と並ぶ姿が、世界の人びとに感動を与えた、と聞きます。先人たちの、師弟教育にかけてきた証が、今の日本人の姿勢と思います。外交、政治は、3流とも揶揄されますが、日本人気質は、健全に脈々とつながっていると信じたいと思います。   


Posted by ノグチ(noguchi) at 06:23Comments(0)故事、名言、訓示、スピーチ

2011年12月11日

こんな人とは出来る限り付き合いを持ちたい

こんな人とは出来る限り付き合いを持ちたい

 谷沢永一氏の『人間の見分け方』の続きを読み、人間分析は昔の人ほどやっていたのに、更に面白く読み進んでいます。

今、読んでいるのは、「こんな人とは出来る限り付き合いを持ちたい」で、始めなタイトルは、(男性が多く読む本と思います。)

「女にもてる男」は世間を動かす力がある
(以下転載)
「女」は「世間というもの」の代表である。つまり、「女にもてる」ということは「世間にもてる」ということてあり、女を動かせるのなら世間を動かせる。(略)

何か、幕末の志士たちの代表の坂本龍馬のことを、語っているように感じます。
 この章をまとめて、箇条書きにしたのが次のものです。

・女は世間の代表。女にもてる男は世間にもてる。女に嫌われるようでは駄目である。
・人を喜ばせる嘘は人間関係で大事である。
・運が良くても将来への展望がない人は頼りにならない。
・「ピンとくるものがある」「ウマが合う」という感覚があったら、必ず付き合いを持ちたい。
・「この人と付き合いたい」と思う人に出会ったら幸せである。
・好きな人、付き合いやすい人には無理がない。頼りにしようと思って付き合うのは無理がある。(略)

 簡単で分かりやすい訓示です。人と語るとき、心休まるような気分になると、時が過ぎるのを忘れてしまう。好意ある、仲間たちと、これからも出会いたいですね。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 00:45Comments(0)故事、名言、訓示、スピーチ

2011年12月08日

生は偶然の連続、「好感の持てる人」には自制心がある

人生は偶然の連続、「好感の持てる人」には自制心がある

 新聞配達の方の頑張りには、頭が下がります。毎日、1軒、1軒、家訪ねることは、地域の見守り役でもあると思います。私は、お粗末な防犯パトロール隊のメンバーだが、日々の各家の情報を共有することは大きな意味があるから、年に1、2度新聞配達のスタッフの慰労と情報交換を兼ねた集まりは、地域の安全、安心に役立つように思います。

 さて、朝の読書は、昨日回ったリサイクルブック店で見つけた、作家の谷沢永一氏の「人間の見分け方」には、うーん、と唸ってしまった。第2項目は、〈男の信用は何に基づくか〉……、「好感の持てる人」には自制心がある。で、始まった文章たが、最後に話の骨子がまとめてあった。

・自制心のある人は欲を抑えられる。ただし、ポジションや境遇で抑えている人もいるから要注意。
・年を取ると、自制心は弱まる。
・信用は本職をしっかりしていることが絶対条件。お金の払いがきれいであることは必要条件。
・どこへ行っても通用する人間などいない。
・世の中はすべて偶然の組み合わせ。誰にでも、どこにでも通用する公式はない。(略)

 たとえ話に、敗戦処理に奔走した白洲次郎氏の活躍を語っている。(以下、抜粋)

 日本の歴史で空前絶後のピンチの時期に生まれ合わせ、吉田茂首相とマッカーサーのパイプ役になった。英語はケンブリッジ仕込み、背も高くロンドン仕立ての背広をピシッと着て、口を開けば教養がほとばしって出てくる。歴史が日本のために用意してくれたような男だ。しかし、だからと言って高度経済成長期に独力で会社を作って成功したかどうかはわからない。世の中のことはすべて組み合わせであり、偶然である。

 と、谷沢氏は分析している。先輩たちは、人との出会いは必然とよく言うが、私たち生きている人間は、まったく明日のことも直ぐ起こることさえ分からない。だから、面白いのかもしれない。全部わかっていたら、味もそっけも無くなると思います。皆さんは、いかがでしょうか。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 09:21Comments(0)故事、名言、訓示、スピーチ

2011年12月07日

土光敏夫氏「わしは行革と心中じゃ」、4条件とは。

土光敏夫氏「わしは行革と心中じゃ」、4条件とは。

 『行政』とは、仕事が自然に増えて行くような仕組みになっている。ですから、常に時代変化に合わせて、検証して改革をしなければならないと、考えて来た。
 『行革の鬼』と言われた人がいた。鈴木善幸首相とタッグを組み、国鉄民営化に取り組んだ、土光敏夫氏だ。経団連会長から、臨調会長に就任し、大ナタを振るい日本の赤字3K(国鉄、コメ、国保)改革、と特殊法人の整理に、高齢を省みず、激務に挑んだ方です。
 
 政府も地方自治体にも、さまざまな審査会、審議会があり、答申がなされるが、数年すると、本棚の隅で埋もれてしまう。識者が改革案をどれだけ出しても、実施されなければ絵に書いた餅でしかない。
 土光敏夫氏は、絵に書いた餅にしないように、先ず鈴木善幸首相に、臨調会長就任の条件を突きつけた。
1、政府は行政改革の答申を必ず実行すること。
2、増税なき財政再建を貫くこと。
3、地方の行政改革も同時に進めること。
 土光氏は、「これを呑まなけば、臨調会長に就任しない」と、膝詰め談判に行くと、鈴木首相はこの条件を、あっさり受け入れ、そこから2人の大改革が始まった。
 国鉄民営化は、大変な抵抗があったが、実施され現在のJRが誕生した。しかし、その時のコメ改革は、その後、改革が上手く行かず、今回のTPPまで問題を引きずって来た。要は、答申を受けた側の実行する能力(決断力)にあると思います。
 次の政権の中曽根内閣に、この臨調答申が引き継がれ、国鉄民営化、電電公社民営化、専売公社民営化が決断され、現在のJR、NT T、JTが誕生した。行政改革は、常にやらなければならない。それは、社会が変化し、市民の要望も常に変わって行くからです。
 
 その後、中曽根内閣は大型間接税導入を告知し、竹下内閣が消費税を導入した。増税なき財政再建も、実施されなかった。国民の要望は、行政改革の大ナタを受け入れなかった。だから、常に行政の検証と見直しを、志ある識者が入れ替わりながら、続けることが必要と考えています。
  


Posted by ノグチ(noguchi) at 05:35Comments(0)偉人