2014年04月05日

<行き詰まり>君子固(もと)より窮す、小人窮すればここに濫す。

<行き詰まり>君子固(もと)より窮す、小人窮すればここに濫す。

おはようございます。そろそろ、朝ウォーキングに出かけます。昨日読んだ本『四書五経の名言録』から、考えたことを書きます。

孔子が、窮地に追い込まれたことがある。敵対する領主(国主)へ教示するために移動する途中に、その国と敵対する領主の王が、孔子の行き道を阻んだ。孔子の高弟の子路がその境地に陥った状況を問うた。

「君子もまた窮することはあるか?」

その問いに孔子の回答が、

「君子固より窮す、小人窮すればここに濫す」

ただ、孔子はそう言ったが、慌てず、騒がず、いつもと同じように、淡々としていたといわれます。私どもも、できればそうありたいものです。要は、孔子は窮地に陥っても動揺せず、淡々と状況を分析し、打開策を見出す。

話は変わるが、『易経』に厳しい状況に対応する心得がある。その教示が、

「窮すれば則ち変ず、変ずれば則ち通ず」

人生には、何度もはないかもしれませんが、平穏無事の人生の方にも、1、2度は必ず窮地に追い込まれる事態が起こる。

その時どう動くか?

行き詰まった時、社会的な敗者の状況に陥ったら、最悪“逃避(自殺)”もありますが、人間逃げがなければ、必ず手を差し伸べる人が出てくる。

私の師は、50代に衆議院議員選挙に出た、それも2度。みごと落選したが、元の拠点だった関東(職場)へ逃げ帰らず、熊本で世話になった方々に、お礼の挨拶を指定いる内に、次の活動テーマを得た(させられた)。

なんとその師は、その活動記録をまとめて出版したら、熊日の出版賞をいただくことになりました。人生には、いくつもステージがあると気づかされます。

人間、逆境に追い込まれても、“逃げない”ことがとても重要と思います。また、人生、長ければ良い面はありますが、問題は長いほど原因究明の質問(疑問)が、少なくるように思います。

前知事の潮谷義子さんは、「命に頭を垂れる」と講話の中でよく語られました。これからは、年長者が謙虚になり、次世代のため、苦しくても再起できることを、しっかり伝えて欲しいと思います。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 04:45Comments(0)