2013年08月15日

不遇か不遇でないかは本人の自覚しだい。「人の心の価値は公平」

不遇か不遇でないかは本人の自覚しだい。「人の心の価値は公平」

社会には、様々な職業が存在する。いつの時代も、それは変わらない。歴史に残る職業の多くは、政治に関わる分野が多いのでずが、江戸期は武士社会が中心。江戸前期の岡山藩の武士・熊沢蕃山は、儒学者でもあった。日本の陽明学者の始祖・中江藤樹に師事した人です。

蕃山は、藩主とホットライン持つ家臣として信頼も厚かったが、儒家(陽明学者)としての発言等々から、幕府から警戒され、自ら役職から退いた。これを後世の人は、不遇の生涯と言っている知識人も多い。陽明学の解説本『論語より陽明学』(長尾剛著)に、以下の内容の文があった。

(以下、本より抜粋)

例えば、ずっと後年の人物で、水戸学者の藤田幽谷に、こんな追悼の言葉があります。
「熊沢蕃山は君主の器であったのに、天より与えられた身分は一介の武士に過ぎなかった。だから彼は、十分に才能を発揮できなかったのだ」と。
幽谷言葉は正しい。だが、彼は陽明学の真髄をわかっておらぬ。
陽明学は、朱子学的上下関係の虚偽を見抜き、「人の心の価値は公平だ」との真実を訴える学問である。君主であっても陪臣であっても、民であっても、誰もが、自らの心を磨き他者を愛することで「聖人」への道を歩める。「君主でないから不遇であった」などと嘆くのは、陽明学にあっては大いなる誤りである。
(以上、『論語より陽明学』から)

熊沢蕃山は、陽明学を深めることで「人の心の価値は公平だ」との公然と語っていれば、いずれは、朱子学の上下関係を重んじる徳川幕府からすれば、危険分子となる。熊沢蕃山は、心の学問と言われる「陽明学」を深めることに晩年費やしたのではないか?

その真意は蕃山しかわかりませんが、晩年の生活は不遇に思えますが、「陽明学に生きた人生」として、彼は己の人生に満足していなではないか。人生は二度とない、己れの進む道、特に晩年は自分の心の成長に費やす時間として使いたいものです。

人生、不遇かそうでないか、要は本人の心次第と思います。私の時間も、後が短くなりました。日々を大切に生き抜きたいと思います。  


Posted by ノグチ(noguchi) at 22:17Comments(0)故事、名言、訓示、スピーチ