2011年01月13日
「先憂後楽」社会変化(兆候)をどう見るか、リーダーの責任大
「先憂後楽」社会変化(兆候)をどう見るか、リーダーの責任は大きい
「天下の憂いに先だって憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」(文章軌範)
「先憂後楽」
上記の言葉は、はじめ深い意味はわからなかった。年を重ね、色々な事象、出来事、事件を検証し、物事には事前に兆候があることが多いと思います。
・水俣病問題と患者拡大
熊本の水俣病は、戦後からこれまで続く大変な問題(憂い)である。ネコの奇妙な動き、曲がった背骨の魚、・・・、その兆候はあった。その変化に気付いた(憂い)人が、たくさんいた。しかし、企業も、県も経済優先で、地域住民を抑える行動に出た。その結果が、未だに解決しない水俣病(憂い)となって、続いています。
当初の変化に気付き、対処した企業が、国内にもある。第2、第3の水俣病の兆候は、色々な化学工場周辺の河川で起きた。チッソほど、量が無かった性もあるかもしれない。しかし、垂れ流しをしなかった、止めたところは、住民被害をおこしていない。
・足尾鉱毒事件の教訓が生かされない日本
明治時代、水俣病と同じような企業の河川汚染があった。足尾鉱毒事件、これは古河市兵衛が、足尾の銅山開発で、精錬した重金属を渡良瀬川に垂れ流し、農作物の汚染、加えて村を遊水地へ政治的に追い込み、廃村にさせた事件である。解決(裁判)まで、80年以上をかけた。政治的な解決はしたが、130年以上も経ったいまでも、足尾の山は、自然に植物が生えることができず、植林ボランティアが、苗と土を背負い、山の再生に取組んでいる。
・水俣病発見者の予見が的中
さて、水俣病にもどすが、現在水俣病の未認定の患者は、5千人とも1万人とも言われる。熊本大学で、最初の水俣病の水銀被害を訴えた医師の武内教授は、水俣沖の不知火海の魚は、鹿児島沿岸も、天草沿岸の猟師も取りに来ている、その人にも被害があるのではないかと、当初からしてしていた。県・国は、この意見を無視した。
目先の問題ばかりに対処して、鳥瞰的な視野が無かった。現在の患者申請の範囲を考えると、武内教授の見識(憂い)が、みごとに当たっています。
・鍋島藩主の訓示
年始に、佐賀県庁の友人から年賀状を頂いた。鍋島藩の藩主の理念が紹介されていた。その言葉が、「先憂後楽」の意味の次の言葉である。
~ 先天下之憂而憂、後天下之楽而楽 ~
天下の憂いに先だって憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ
政治家は、身の回りの変化(兆候)を、どう見るか゛先憂後楽゛の視点を持ち、行動することがと必要と思います。
この言葉は、宋代の范仲淹(はんちゅうえん)という政治家が書いたもの。「岳陽楼記」(がくようろうき)の文章に出てくる。范仲淹は、この文書を次のように結んでいる。
「廟堂の高きにおいては即ち民を憂い、江湖の遠きに処りては即ち君を憂う。これ進むもまた憂い、退くもまた憂う。然らば即ち何れの時にも楽しまんや。それ必ず天下の憂いに先立って憂い、天下の楽しみの後れて楽しむと曰(い)わんや」
これは范仲淹自身の決意表明であったわけだが,現代のリーダーにも同じことが望まれる。いつの時代でも、人々は「先憂後楽」型のリーダーが現れるのを待っているのです。
*参考資料:守屋洋著「中国古典 一日一話」
「天下の憂いに先だって憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」(文章軌範)
「先憂後楽」
上記の言葉は、はじめ深い意味はわからなかった。年を重ね、色々な事象、出来事、事件を検証し、物事には事前に兆候があることが多いと思います。
・水俣病問題と患者拡大
熊本の水俣病は、戦後からこれまで続く大変な問題(憂い)である。ネコの奇妙な動き、曲がった背骨の魚、・・・、その兆候はあった。その変化に気付いた(憂い)人が、たくさんいた。しかし、企業も、県も経済優先で、地域住民を抑える行動に出た。その結果が、未だに解決しない水俣病(憂い)となって、続いています。
当初の変化に気付き、対処した企業が、国内にもある。第2、第3の水俣病の兆候は、色々な化学工場周辺の河川で起きた。チッソほど、量が無かった性もあるかもしれない。しかし、垂れ流しをしなかった、止めたところは、住民被害をおこしていない。
・足尾鉱毒事件の教訓が生かされない日本
明治時代、水俣病と同じような企業の河川汚染があった。足尾鉱毒事件、これは古河市兵衛が、足尾の銅山開発で、精錬した重金属を渡良瀬川に垂れ流し、農作物の汚染、加えて村を遊水地へ政治的に追い込み、廃村にさせた事件である。解決(裁判)まで、80年以上をかけた。政治的な解決はしたが、130年以上も経ったいまでも、足尾の山は、自然に植物が生えることができず、植林ボランティアが、苗と土を背負い、山の再生に取組んでいる。
・水俣病発見者の予見が的中
さて、水俣病にもどすが、現在水俣病の未認定の患者は、5千人とも1万人とも言われる。熊本大学で、最初の水俣病の水銀被害を訴えた医師の武内教授は、水俣沖の不知火海の魚は、鹿児島沿岸も、天草沿岸の猟師も取りに来ている、その人にも被害があるのではないかと、当初からしてしていた。県・国は、この意見を無視した。
目先の問題ばかりに対処して、鳥瞰的な視野が無かった。現在の患者申請の範囲を考えると、武内教授の見識(憂い)が、みごとに当たっています。
・鍋島藩主の訓示
年始に、佐賀県庁の友人から年賀状を頂いた。鍋島藩の藩主の理念が紹介されていた。その言葉が、「先憂後楽」の意味の次の言葉である。
~ 先天下之憂而憂、後天下之楽而楽 ~
天下の憂いに先だって憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ
政治家は、身の回りの変化(兆候)を、どう見るか゛先憂後楽゛の視点を持ち、行動することがと必要と思います。
この言葉は、宋代の范仲淹(はんちゅうえん)という政治家が書いたもの。「岳陽楼記」(がくようろうき)の文章に出てくる。范仲淹は、この文書を次のように結んでいる。
「廟堂の高きにおいては即ち民を憂い、江湖の遠きに処りては即ち君を憂う。これ進むもまた憂い、退くもまた憂う。然らば即ち何れの時にも楽しまんや。それ必ず天下の憂いに先立って憂い、天下の楽しみの後れて楽しむと曰(い)わんや」
これは范仲淹自身の決意表明であったわけだが,現代のリーダーにも同じことが望まれる。いつの時代でも、人々は「先憂後楽」型のリーダーが現れるのを待っているのです。
*参考資料:守屋洋著「中国古典 一日一話」
自ら矜(ほこ)らず、故に長たり(老子二十二章)〜いばっている人は孤立する〜
「事上磨錬」(じじょうまれん)という言葉〜陽明学〜
<平和な世の中>お辞儀は無抵抗を示す姿、握手は武器を確認する行為だった。〜境野勝悟『老子・荘子の言葉100選』〜
常を知らざれば、妄(みだり)に作(な)して凶なり。〜『老子』十六章〜
「人は誰もが、大河の一滴である」〜五木寛之著『死の教科書ー心が晴れる48のヒントー』〜
本来"リベラリズム"で大事なのが人間の心なのです。〜宇沢弘文著『人間の経済学』〜
「事上磨錬」(じじょうまれん)という言葉〜陽明学〜
<平和な世の中>お辞儀は無抵抗を示す姿、握手は武器を確認する行為だった。〜境野勝悟『老子・荘子の言葉100選』〜
常を知らざれば、妄(みだり)に作(な)して凶なり。〜『老子』十六章〜
「人は誰もが、大河の一滴である」〜五木寛之著『死の教科書ー心が晴れる48のヒントー』〜
本来"リベラリズム"で大事なのが人間の心なのです。〜宇沢弘文著『人間の経済学』〜
Posted by ノグチ(noguchi) at 10:30│Comments(0)
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