2010年06月28日

今日言ったことも明日には変わる(横井小楠)

今日言ったことも明日には変わる(横井小楠)

・幕末の政治思想家「横井小楠」
 幕末、熊本に横井小楠ありと言われるようになったのは、つい最近のことでです。横井小楠を高く評価していたのは、幕臣の勝海舟だった。加えて、福井藩主の松平春嶽公で、財政悪化しでた福井藩の行財政改革を横井小楠に託す。小楠はみごとに殖産興業で社会を活性化させ、福井藩主を幕政の中心「総裁職」に据えることにつながった。

・陽明学者「山田方谷」の行財政改革
 この時の五大老に入った一人が備中松山藩主板倉勝静公もまた、陽明学の大家の山田方谷を松山藩の藩政改革に据え、8年間で雄藩と肩を並べるほど豊かにし、五大老の経費を賄った。山田方谷は、明治天皇に帝王学を指導した二松学舎大学の創始者三島中州の師にあたります。

・発想、常識は、社会情勢で日々変化する
 話が横路にそれましたが、小楠の鋭敏すぎた発想ゆえ、一般人は理解ができず、明治の元勲に一人大久保利通なども、維新後の政府の総裁職に招聘するのですが、「(小楠は、)大したことはない人間だ」と言ったそうだ。海舟からすると、「小楠の価値を理解出来ない大久保に目がないのであって、小楠その人間ではない。普通のものさしではとても計り知れない人間だ」と高く評していた。

・横井小楠は、肥後藩一の秀才
 横井小楠は、国外には出て事がないが、東洋の歴史に精通し、政治の栄枯盛衰、更に西洋史を漢字に約した資料を早い時期に手に入れ、熟読(読解)して、西洋事情に大きく興味持っていたからこそ、勝海舟の米国事情の説明をちょっと聞いただけで、共和制、大統領制、選挙制度を直ぐ理解したのだと思います。

・小楠を高く評価した勝海舟「日本の二傑」の一人
 勝海舟の小楠評価で、性格・能力を特徴づける言葉があります。
小楠曰く「今、私がこういうことを言っているのは、今日そう思っているからだ、しかし、明日になったら何を言うか分からない。今日言ったことと全然逆なことを言うかもしれない。それは、私の考えが、今日と明日では違うからだ」

・今日の自分と、明日の自分は違う
 普通の人がこの言葉を聞くと、優柔不断のように考えますが、日々変わる政治情勢、海外に圧力も相当あった時代、状況変化、当たらしい情報から、日本を常に最良道へ向けることを常に考え続ければ、攘夷から開国、鎖国から貿易、更には平和外交、世界平和へと思考がどんどん進化して行くのは、当たり前のことです。

・変化が無い時、政情変化の時
 二百年以上、同じ身分制度、同じ仕事、同じ行事をし続け固まった「頭(思考)」からは、日々違うことがどんどん出てくる発想には、着いていけない。奇人扱いもされたと思います。しかし、全国にはそれを理解できる人も居ます。

・陽明学者「山田方谷」学問のすすめ
 山田方谷が、長岡藩の若き家老だった河井継之助を指導した時に行った言葉があります。「地域に師が居なかった全国に探せ。全国に居なかったら世界に探せ。世界に居なかったら歴史に探せ」と。要は、自分は変り者と周りから言われ悩むことはない、世界中に3人くらいは似た考えをもつや奴がいる。もし身近に居なければ、歴史に中に存在すると山田方谷は、弟子の河井継之助の訓示しました。

・出る杭は、常に叩かれる
 挑戦者は、常に批判、誹謗の的になる。噂や嫌みで、めげる事がありますが、そんな時こそ偉人の人生を学ぶことだと思います。私は、19年前に地域の社会活動の師から「横井小楠」を知り、また10年前に地元の中国古典の勉強会で「山田方谷」を知り、学問の大切さを痛切に感じました。

・まず、自分を理解する事に努める
 まず、自分とはなんぞや、自分の目指すものは何か、そこを突き詰めることを忘れずに、日々に生活、仕事をすることに意味があると思うようになりました。小楠は小楠らしく、方谷は方谷らしく、海舟は海舟らしく生きました。残念なことに小楠は、明治2年正月暗殺されますが、病弱だったが故に過激な行動が出来ず、62年の生涯を終えることができ、現代へも大きな影響を与えているのだと思います。

・何に成るかよりも、どう生きるか+臨機応変
 人間、何に成るかよりも、どう生きるかに力点をおいて生きることが大事なように感じています。

・常識は常に変化し、臨機応変の対応大事
 冒頭の言葉は、鋭敏故に凶刃に倒れた小楠の言葉です。常識は、文明や世界情勢で、常に変化します。臨機応変(ものごとは機の臨み、変に応じて処理せよ)の柔らな発想で、日々対応すると、周りの微妙な変化に間違いを限りなく出来るのかもしれません。
 逆に、コチコチの石頭の発想では、変化多い時期には手遅れ、後手後手の対応になりますから注意が必要です。

*参考資料:童門冬二著「勝海舟の人生訓」  


Posted by ノグチ(noguchi) at 15:52Comments(0)偉人

2010年06月28日

(育成力)サッカーは、選手の総合力で勝利を勝ち取る時代に

(育成力)サッカーは、選手の総合力で勝利を勝ち取る時代に

■サッカー=アフリカ勢の低迷、スター選手への依存が要因か
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1256283&media_id=52

> ビエラはさらに「サッカーは、1人の選手で勝てるわけではない。たった1人の選手で試合を変えられるなどと期待しないことだ。ほかの選手たちはそう考える責任がある」とコメント。ビッグネームなら1人でも試合の流れを変えられるという考えは誤りだと指摘した。

日本は、FIFAの世界ランキングは中堅組ですが、試合内容は、感動を呼ぶにふさわしい戦いを続けている。

アフリカ勢が、各国に引きつけるスター選手がいるが、選手層の底上げがこれからで、大きな成果を今回残せていないは、そこに原因があると思います。

日本もJリーグが始まる前は、なかなかワールドカップに出場さえできなかったが、Jリーグが始まって10年がたち、世界から声をかけられる選手が、すこしづつ増えて来た気がします。

本田選手、長谷部選手、中村選手等、ヨーロッパで活躍し、その成果を着実にワールドカップの舞台で実績を残しています。

輝くスター選手は大事ですが、地方で小さな子どもたちのサッカーの指導を続ける、地道な活動がもっと重要と思います。


昨日は、私の地元中学校の中学校最後の県大会・全国大会へつながる地区予戦がありましたが、残念ですが2回戦敗退でした。全校生徒150人の小さな学校の校区で、5年前から取り組んだサッカー育成の輪は、昨年は巻選手を生んだ、熊本の小川中学校に決勝で再延長の末、敗れました。2年続けて同じカードだったのですが、今年は、実力の差が大きく3-0の敗退でした。

しかし、熊本の地方でも小さな子どもたちのサッカー教室が広がり、中学校のレベルが格段に上がり、常勝校がいなくなっています。こんな地方の取り組みから、ワールドカップへつながる選手が出ることへ、夢を抱く指導者たちが、だんだん増えていることは、頼もしい限りです。

巻選手も時々、地元へ帰り、サッカーの指導をしています。

世界へ通用する人間、地方の地道な指導の積み重ねからしか、出て来れないように感じています。

  


Posted by ノグチ(noguchi) at 08:01Comments(0)私の意見