2008年05月06日

「全盛期には慎重に」「過ぎた幸運は落とし穴」(菜根譚より)

「全盛期には慎重に」「過ぎた幸運は落とし穴」(菜根譚より)

 休日の最終日、菜根譚の教示を2つ紹介します。なにかの参考になれば幸いです。

・全盛期には慎重を期せ

 元気盛んな時代に不摂生をかさねれば、年をとってから病気が出てくる。羽振りのよい時代に無理押しすれば、落ち目になってか報いをうける。
 元気盛んで羽振りのよい時代こそ、いやがうえにも慎重を期さなければならない。

(解説)
 この人生、後で「しまった!」と悔いることのなんと多いことか。ここで語っていることなども、その例に洩(も)れない。長い人生のなかには、一度くらいツキにも恵まれて調子の波に乗るときがやってくる。そんなとき、つい調子に乗りすぎて周りの反発をおさえる事が出来るけれども、いずれ落ち目になったとき、それが表に吹き出してきて、寄ってたかって足を引っ張られることになりかねないのである。

(感想)
 常に、謙虚、倹約、勤勉をモットーに、心を沈め、慎重に行動して行くことが大切なことと思います。と思いながらも、人間は、失敗しながら成長して行くことも重要な経験とも思います。。



・分に過ぎた幸運は人生の落とし穴と心得よ

 分に過ぎた幸運、理由のない授かりものは、神様の誘いの餌か、あるいは、人生の落とし穴だ。よほど志を高くして対処しなければ、たちまちかれらの術中にはまってしまう。

(解説)
 よくテレビドラマなどで、「幸運を祈る」ということばにぶつかることがある。たしかに、成功を手に入れるためには、幸運に恵まれるかどうか無視できない要素である。
 しかし、幸運はあくまでも幸運に過ぎない。今度恵まれたからといって、次もまた恵まれるという保証はなにもないのである。成功を持続させるためには、地道な努力を一歩一歩積み重ねて行く以外にないのである。

(感想)
 西郷隆盛の遺訓の中に「チャンスの意味」を説いた言葉がありました。

「チャンスをつかむ」の本当の意味とは、おのれの努力の積み重ねが徐々に形となっていき、ついに機が熟して、成功のきっかけとなることを指すのです。(西郷南州翁遺訓より)

 日々の努力こそが大事が重要なことを忘れ、「棚からぼた餅」の幸運だけを望んでいては、自分の成長は望めないことを指摘したことばと思います。
 分を過ぎた幸運は、何かの危険信号と思い、「チャンス」と「危機」は背中合わせと心得て、慎重に行動する事が必要と思います。


*参考資料:守屋洋著「新釈 菜根譚」



Posted by ノグチ(noguchi) at 12:07│Comments(0)TrackBack(0)菜根譚

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