2008年04月14日
物の命を大切にすること「開運のすすめ」
物の命を大切にすること「開運のすすめ」
どのようなことを以って物の命を愛惜すというのであろうか。
およそ人間が人間として価値があるのは、ただこの物を憐れみいたわる惻隠の心があるからこそである。故に仁を求めるものはこの惻隠の心を求め、徳を積むのはこの惻隠の心を積むのである。
周代の礼に「正月には、祭祠に供える犠牲に牝を用いてはいけない。」というのである。また孟子は、庖厨(ほうちゅう)を遠ざける。」といっている。これらはみなわが惻隠の心のそこなわず全うさせようとするわけである。それ故に、我々の先人たちに四不食の戒というものがある。それは、
一、殺す様子を聞いた時にその肉を食わない。
二、殺す様子を見た時にその肉を食わない。
三、自分で飼っているものを食わない。
四、自分に馳走するためにわざわざ殺したものを食わない。
の四つの戒めをいうのである。
学問をするものがいまだ肉を絶つことができなければ、まずこの四戒を守ることから始めて、段々と精進して行くべきである。
このようにして慈悲の心がますます加わっていったならば、不食の戒めの範囲もますますひろくゆきわたるようになる。ただこれだけに止まらない。うごめいている虫も人類もみな同じく天から与えられた物の命である。(絹)糸をつくるために繭を煮、地を掘っては。虫を殺したりする。
こうして我々の食するものの由来うぃ考えてみると、みな他のものを殺して自分を活かしているのである。また手で誤って傷つけたり、足で過って踏み殺したりするのまで数えるとどれほどあるかわからない。これらはみな殺さぬように、つぶさに防ぎたすけてやらねばならない。
また殺さぬように戒めることと、生きものを放ち助けてやることとは互に裏表をなしていて大切なことである。
その表の放生の話をすれば、蟻を救ってやったためにその功徳で科挙の試験の第一番で合格したもの、鹿の子をにがしてやって宰相となったもの、雀を救って三公となったもの、亀をにがしてやって諸侯となったものなどあり、これはみな殷の湯王は四方に張った網の三面を解いて、右に行こうと思えば右に行け、左に行こうと思えば左に行け、天命を用いないものだけがわが網に入れということと同じ仁の心のあらわれである。それであるから、どうして財物・飲食をむさぼる欲深い悪獣のような心をもって自分の欲をほしいままにしてよいはずかない。
善行は窮(きわま)りないものであってすべてを述べつくすことはできない。しかしこれまで挙げた十箇条のことから、広く推しひろめていったならば、そのときはあらゆる徳をそなえることができるのである。
惻隠の心:人をおもいやる心の切なること。惻隠の心が仁の端緒である。
(読 訳)
人間が人間として価値があるのは、ものを憐れみいたわる惻隠の心があるからである。だがら、平生において絶えず物の命をいとおしんで、仏教で言うところの慈悲の心を養っていかなければならない。
我々の食するものの由来を考えれば、みな他の物を殺して自分を活かしているのである。我々の命は他の生き物の、命あっての命なのである。単に人間の命に限定した小さな物差しで考えるなど以ってのほかである。
善行の種類や方法を限りなくあるが、ここの挙げた十箇条を推し進めて行けば、あらゆる徳が身に付き、引いては開運に通じることとなる
(感想)
これまで挙げた善行の進め十箇条を、何度も読み返し、さらに自分の言行を反省し、自分自身を善導することに気を配ることと思います。
みなさまにとって、説き出会い、良き交流が、人生を豊かにして行くと願っています。
*参考資料:開運のすすめ~『陰隲録』に学ぶ~(永渕道彦訳)
<コミュニティ>
・開運のすすめ「陰隲録」に学ぶ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=3058451
開運のすすめ十箇条を掲載しています。ご一読頂ければ幸いです。
・心を育てる言葉
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1186424
先人の色々な訓示・教示を掲載しています。
<以前の日記>
・(金本選手二千本)どんな仕事にも自分の搭をつくろう
・(「人権の環」拡大)聖火リレーの中止求める電話殺到
どのようなことを以って物の命を愛惜すというのであろうか。
およそ人間が人間として価値があるのは、ただこの物を憐れみいたわる惻隠の心があるからこそである。故に仁を求めるものはこの惻隠の心を求め、徳を積むのはこの惻隠の心を積むのである。
周代の礼に「正月には、祭祠に供える犠牲に牝を用いてはいけない。」というのである。また孟子は、庖厨(ほうちゅう)を遠ざける。」といっている。これらはみなわが惻隠の心のそこなわず全うさせようとするわけである。それ故に、我々の先人たちに四不食の戒というものがある。それは、
一、殺す様子を聞いた時にその肉を食わない。
二、殺す様子を見た時にその肉を食わない。
三、自分で飼っているものを食わない。
四、自分に馳走するためにわざわざ殺したものを食わない。
の四つの戒めをいうのである。
学問をするものがいまだ肉を絶つことができなければ、まずこの四戒を守ることから始めて、段々と精進して行くべきである。
このようにして慈悲の心がますます加わっていったならば、不食の戒めの範囲もますますひろくゆきわたるようになる。ただこれだけに止まらない。うごめいている虫も人類もみな同じく天から与えられた物の命である。(絹)糸をつくるために繭を煮、地を掘っては。虫を殺したりする。
こうして我々の食するものの由来うぃ考えてみると、みな他のものを殺して自分を活かしているのである。また手で誤って傷つけたり、足で過って踏み殺したりするのまで数えるとどれほどあるかわからない。これらはみな殺さぬように、つぶさに防ぎたすけてやらねばならない。
また殺さぬように戒めることと、生きものを放ち助けてやることとは互に裏表をなしていて大切なことである。
その表の放生の話をすれば、蟻を救ってやったためにその功徳で科挙の試験の第一番で合格したもの、鹿の子をにがしてやって宰相となったもの、雀を救って三公となったもの、亀をにがしてやって諸侯となったものなどあり、これはみな殷の湯王は四方に張った網の三面を解いて、右に行こうと思えば右に行け、左に行こうと思えば左に行け、天命を用いないものだけがわが網に入れということと同じ仁の心のあらわれである。それであるから、どうして財物・飲食をむさぼる欲深い悪獣のような心をもって自分の欲をほしいままにしてよいはずかない。
善行は窮(きわま)りないものであってすべてを述べつくすことはできない。しかしこれまで挙げた十箇条のことから、広く推しひろめていったならば、そのときはあらゆる徳をそなえることができるのである。
惻隠の心:人をおもいやる心の切なること。惻隠の心が仁の端緒である。
(読 訳)
人間が人間として価値があるのは、ものを憐れみいたわる惻隠の心があるからである。だがら、平生において絶えず物の命をいとおしんで、仏教で言うところの慈悲の心を養っていかなければならない。
我々の食するものの由来を考えれば、みな他の物を殺して自分を活かしているのである。我々の命は他の生き物の、命あっての命なのである。単に人間の命に限定した小さな物差しで考えるなど以ってのほかである。
善行の種類や方法を限りなくあるが、ここの挙げた十箇条を推し進めて行けば、あらゆる徳が身に付き、引いては開運に通じることとなる
(感想)
これまで挙げた善行の進め十箇条を、何度も読み返し、さらに自分の言行を反省し、自分自身を善導することに気を配ることと思います。
みなさまにとって、説き出会い、良き交流が、人生を豊かにして行くと願っています。
*参考資料:開運のすすめ~『陰隲録』に学ぶ~(永渕道彦訳)
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・心を育てる言葉
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名著『陰隲録』から、聖王「舜」の行動からリーダーシップとは
(子への訓示)子供の天啓に望みをかける~名著「陰隲録」を読む
福は己がつくる(「開運のすすめ」より)*長文です
(開運は謙虚にあり)張畏岩の事例 その3「開運のすすめ」
「運命の好転法」張畏岩の事例 その2(開運は謙虚にあり)
「開運のすすめ」張畏岩の事例 その1(開運は謙虚にあり)
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Posted by ノグチ(noguchi) at 10:35│Comments(0)
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