2008年04月18日

貧乏をくよくよせず、富貴を求めてあくせすせず(陶淵明)

貧乏をくよくよせず、富貴を求めてあくせすせず(陶淵明)

 中国六朝時代を代表する詩人の詩人ですが、下と地方役人だったのですが、41歳の時に県令(県知事)に任命された。ですが、「わずかな給料しかもらっていないのに、中央の役人に頭をあげるのはまっぴらだ」という言葉を残し、わずか数月で辞職して故郷に帰った。

 その後の生活は、厳しいもので、色々な不幸が続きました。従弟が若死にし、家を火事に見舞われ、マラリアも患ったとか言われています。そんな中でも、沢山の素晴らしい詩を残しました。その名は、中国国内にとどろき、名君の宋の武帝や、晋の皇帝からの官僚就任の要請を断り続けました。

 下記の言葉は、陶淵明の自叙伝とのいわれる「五柳先生」に帰されているもので、

「貧賤に威威(いい)たらず、富貴に汲汲(きゅうきゅう)たらず」

意訳すると、「貧しく身分が低くてもくよくよせず、富や地位などに心を奪われてはならない」となります。陶淵明の思いは、次のことではないかと思います。

「貧しさや豊かさ、地位などに心を奪われてはならない」


日本の歴史を振り返ると、江戸中期に中国地方の小藩で活躍した、儒学者で官僚であった熊沢蕃山がいます。

熊沢蕃山は、財政再建や藩制改革の重責を担い、獅子奮迅の活躍をしたのですが、江戸幕府から儒学の考え方のことで嫌疑がかかった。そのことで、藩主とも意見が合わなくなり、官職を退き、隠遁するのですが、蕃山先生は山里の暮らしを、地域の人と共に楽しく暮らし、一生を終えたとしりました。

 その考え方や生き方を、幕末の思想家・横井小楠が敬慕したといわれています。



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