2011年08月10日
<宇土ニュース>水路「船場川」の補修工事
<宇土ニュース>水路「船場川」の補修工事
朝は、戦国時代に出来た水路「船場川」の補修工事の祈願祭に参加した。
この水路は、戦国末期の豊臣時代に、小西行長が宇土に城を構え、熊本県南地域を治めていた時、新たに引いた水路で、現在のその地形です。第2次大戦後の混乱の中で、歴史的遺構がなおざりにされ、時々のインフラ整備で、現代の構造物(配管類)が水路を横断していた。
バブル崩壊後、市民が歴史的な遺産に関心を持つようになり、昔の姿に戻そうとする動きが始まった。今日の補修工事は、400年前の石垣を壊し通されていた汚水管を取り除いたは良いが、その補修をコンクリートで埋めていた。市民から批難の声が上がったが市役所はまったく動かない。痺れを切らした「船場川10年後委員会」の有志が集まり、コンクリートで埋められ部分を撤去し、往時の石垣積みに復旧することにした。
「船場橋」は歴史的史跡になっている石橋(アーチ橋)の直ぐ横部分で、景観上も早い復旧が必要な部分と意見が出ていた。
朝は、戦国時代に出来た水路「船場川」の補修工事の祈願祭に参加した。
この水路は、戦国末期の豊臣時代に、小西行長が宇土に城を構え、熊本県南地域を治めていた時、新たに引いた水路で、現在のその地形です。第2次大戦後の混乱の中で、歴史的遺構がなおざりにされ、時々のインフラ整備で、現代の構造物(配管類)が水路を横断していた。
バブル崩壊後、市民が歴史的な遺産に関心を持つようになり、昔の姿に戻そうとする動きが始まった。今日の補修工事は、400年前の石垣を壊し通されていた汚水管を取り除いたは良いが、その補修をコンクリートで埋めていた。市民から批難の声が上がったが市役所はまったく動かない。痺れを切らした「船場川10年後委員会」の有志が集まり、コンクリートで埋められ部分を撤去し、往時の石垣積みに復旧することにした。
「船場橋」は歴史的史跡になっている石橋(アーチ橋)の直ぐ横部分で、景観上も早い復旧が必要な部分と意見が出ていた。
本日は、宇土親子論語教室に参加しています。最初に、経書大講にまとめられた戦前の小林一郎先生の『中庸』の解説書から、
中国古典輪読会「中澄会」参加して、聖賢の訓示『中庸』を学びました。〜感想や雑談が面白い〜
道求無限(どうきゅうむげん)
「天命に安じる」、勢いよく飛び込んだ蛙ほど早く浮かび上がる。
地域活性化の一助に、宇土マリーナジュニアサッカー大会を宇土市民グランドで開催予定。
台風8号が私の地域に最悪のコースになった。〜「わが身に問え」 。
中国古典輪読会「中澄会」参加して、聖賢の訓示『中庸』を学びました。〜感想や雑談が面白い〜
道求無限(どうきゅうむげん)
「天命に安じる」、勢いよく飛び込んだ蛙ほど早く浮かび上がる。
地域活性化の一助に、宇土マリーナジュニアサッカー大会を宇土市民グランドで開催予定。
台風8号が私の地域に最悪のコースになった。〜「わが身に問え」 。
Posted by ノグチ(noguchi) at 10:59│Comments(0)
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