2014年01月08日
田舎ほど「車依存社会」から、「公共交通利用社会」へ促す。
田舎ほど「車依存社会」から、「公共交通利用社会」へ促す。
おはようございます。久々の雨模様で、朝ウォーキングはお休みでした。年末からの議会の宿題「議会報告」の一般質問の原稿を、先ほどまでまとめたところです。
さて、早朝からうれしい知らせがありました。どれも前向きのいい話ですが、両方とも市民運動に関わる内容で、被災地支援活動と市民の健康維持の活動です。被災地支援は、今年3月で丸3年になります。なかなか、津波被害地の再生は、思うようには進まないですが、経済的な復興は着実に進み始めていると思います。
もう一つが、市民の健康維持の活動は、運動を中心に中高年のウォーキングを広める提案で、おおいに賛同する提案です。ウォーキング、フットパス、オルレ、呼び名は色々あれど、“歩く”の推進は、健康維持におおいに効果があると思っています。
私の父は、若いころは大工で力仕事をこなし、晩年は農業というか、農地維持にがんばっていました。おかげで足腰の骨は、これが高齢者かというくらい強かったのですが、後期高齢者になってからは、移動が全て車でした。車の免許を返上してから約5年は、何処に行くにも送迎が必要でした。おかげで、昨年末にレントゲンを撮り、8年でこんなにも骨は脆くなるのか驚きました。
地域に一歳上の男性がいるのでが、車には乗られません。常に歩いて移動されるので、89歳ですがまだ草刈り機を振り回す足腰を維持されています。いかに歩くことが大事か痛感します。
父は、昭和の後半に40代で車を使うようになりました。日々の農作業は、トラクターではなく耕運機で、田畑の作業は歩くことがほとんどでした。現代の農業は、機械化が進み、あまり歩かなくなっているとおもいます。都市よりも田舎が車に依存しています。今後、益々歩けない高齢者は、地方に増えるのではと危惧します。
中国古典『孟子』の訓示に、「欲観千歳、則審今日」なるものがあります。直訳をすれば、「千歳を観(み)んと欲すれば、則ち今日を審(つまびら)かにせよ」。作家守屋洋著『中国古典一日一話』を参考に現代風に説明すると、
(以下、抜粋)
未来予測をする場合、未来だけを見ても仕方がない。今日のことを明確に知ることが大切なのだという。未来につながる芽や兆しは、現在のなかにある。いま、兆しつつある兆候を発見して、その上に立って将来を展望せよというのだ。理屈ではわかっていても、いざ実行となると、意外にこれが難しい。
(以上、『中国古典一日一話』より)
要は、身近な現象から、地域の未来を予測する。我が家の父の“老いの過程”を検証して、地方社会、特に車依存地区の未来を考えると、「ドアtoドア」の自家用車利用よりも、バス等の公共交通を充実させ、とにかく歩く習慣を身に付けることが、健康維持に貢献し、医療費抑制につながると考えます。
子どもが東京で仕事をしていますが正月帰郷したおり、「都市圏の高齢者は、田舎の高齢者よりはるかに歩き、活発に見える」と語っていました。『孟子』の訓示、
>「千歳を観(み)んと欲すれば、則ち今日を審(つまびら)かにせよ」
から、将来を見越して、田舎ほど「車依存社会」から「公共交通利用社会」へ促し、歩く習慣を進めることが必要と思います。自家用車乗らなくなったら、次はタクシーの「ドアtoドア」の習慣を変え、少々辛くてもバス停まで歩く習慣を広げることが、田舎の高齢者を元気にするように思います。ご意見をいただければ幸いです。
おはようございます。久々の雨模様で、朝ウォーキングはお休みでした。年末からの議会の宿題「議会報告」の一般質問の原稿を、先ほどまでまとめたところです。
さて、早朝からうれしい知らせがありました。どれも前向きのいい話ですが、両方とも市民運動に関わる内容で、被災地支援活動と市民の健康維持の活動です。被災地支援は、今年3月で丸3年になります。なかなか、津波被害地の再生は、思うようには進まないですが、経済的な復興は着実に進み始めていると思います。
もう一つが、市民の健康維持の活動は、運動を中心に中高年のウォーキングを広める提案で、おおいに賛同する提案です。ウォーキング、フットパス、オルレ、呼び名は色々あれど、“歩く”の推進は、健康維持におおいに効果があると思っています。
私の父は、若いころは大工で力仕事をこなし、晩年は農業というか、農地維持にがんばっていました。おかげで足腰の骨は、これが高齢者かというくらい強かったのですが、後期高齢者になってからは、移動が全て車でした。車の免許を返上してから約5年は、何処に行くにも送迎が必要でした。おかげで、昨年末にレントゲンを撮り、8年でこんなにも骨は脆くなるのか驚きました。
地域に一歳上の男性がいるのでが、車には乗られません。常に歩いて移動されるので、89歳ですがまだ草刈り機を振り回す足腰を維持されています。いかに歩くことが大事か痛感します。
父は、昭和の後半に40代で車を使うようになりました。日々の農作業は、トラクターではなく耕運機で、田畑の作業は歩くことがほとんどでした。現代の農業は、機械化が進み、あまり歩かなくなっているとおもいます。都市よりも田舎が車に依存しています。今後、益々歩けない高齢者は、地方に増えるのではと危惧します。
中国古典『孟子』の訓示に、「欲観千歳、則審今日」なるものがあります。直訳をすれば、「千歳を観(み)んと欲すれば、則ち今日を審(つまびら)かにせよ」。作家守屋洋著『中国古典一日一話』を参考に現代風に説明すると、
(以下、抜粋)
未来予測をする場合、未来だけを見ても仕方がない。今日のことを明確に知ることが大切なのだという。未来につながる芽や兆しは、現在のなかにある。いま、兆しつつある兆候を発見して、その上に立って将来を展望せよというのだ。理屈ではわかっていても、いざ実行となると、意外にこれが難しい。
(以上、『中国古典一日一話』より)
要は、身近な現象から、地域の未来を予測する。我が家の父の“老いの過程”を検証して、地方社会、特に車依存地区の未来を考えると、「ドアtoドア」の自家用車利用よりも、バス等の公共交通を充実させ、とにかく歩く習慣を身に付けることが、健康維持に貢献し、医療費抑制につながると考えます。
子どもが東京で仕事をしていますが正月帰郷したおり、「都市圏の高齢者は、田舎の高齢者よりはるかに歩き、活発に見える」と語っていました。『孟子』の訓示、
>「千歳を観(み)んと欲すれば、則ち今日を審(つまびら)かにせよ」
から、将来を見越して、田舎ほど「車依存社会」から「公共交通利用社会」へ促し、歩く習慣を進めることが必要と思います。自家用車乗らなくなったら、次はタクシーの「ドアtoドア」の習慣を変え、少々辛くてもバス停まで歩く習慣を広げることが、田舎の高齢者を元気にするように思います。ご意見をいただければ幸いです。
<上杉鷹山と細井平洲>今でこそ良く使う「まちづくり」とは何か?
<ボランティア活動で得るもの?>慈・悲・喜・捨(四無量観)〜空海から学ぶ〜
<藩校の顕彰>熊本藩の藩校「時習館」教育の研究活動が必要と思う。
<異業種交流会「四季の会」21年目>友情(交流)を継続させるのは、自らの意志をちゃんと持っているが大事。
〈三種の鏡〉鹿児島本線と三角線の連絡が良くなくて、宇土駅で時間調整中です。
「地域主権」各自が自分の地域の経済や民主主義を発展させていく責務を負うという考え方。
<ボランティア活動で得るもの?>慈・悲・喜・捨(四無量観)〜空海から学ぶ〜
<藩校の顕彰>熊本藩の藩校「時習館」教育の研究活動が必要と思う。
<異業種交流会「四季の会」21年目>友情(交流)を継続させるのは、自らの意志をちゃんと持っているが大事。
〈三種の鏡〉鹿児島本線と三角線の連絡が良くなくて、宇土駅で時間調整中です。
「地域主権」各自が自分の地域の経済や民主主義を発展させていく責務を負うという考え方。
Posted by ノグチ(noguchi) at 11:44│Comments(0)
│地域活動、まちづくり