2014年01月17日

幸福というものは客観的な状況ではなくて、幸福を受け取る者の能力にかかっている。〜曽野綾子〜

幸福というものは客観的な状況ではなくて、幸福を受け取る者の能力にかかっている。〜曽野綾子〜

人は、学んで習得すのではなく感化されることの方が影響は大きい。ここ数日、私を市議へ促した先輩と毎日会う用事があり、日々先輩の言動にリーダーのあるべき姿を学んでいます。その先輩は、長く政治の世界に関わって来た方で、地域の人脈凄さと、一人ひとりへ注がれる心づかいには、脱帽の域をはるかに超えるものがあります。人を感化するとは、こういうことではないか、と感じています。

私は、作家の曽野綾子さんの小説は読まないのですが、特徴ある文節を集めた本はよく目を通します。その一冊『失敗という人生はない 〜真実についての528の断章』の一文です。

(以下、転載)

主体性は、生ぬるい環境では完成しない。他人と激しくぶつかり、日本風に言うと切磋琢磨され、時にはその主体性のため生命の危険さえも選ぶかどうかの岐路に立たされて、社会はこんなにも不法なものであったかという現実に暗たんとし、自分の意見や物の考えなどというものがほんの身近なものさえ理解されない場合も多いという過酷さと孤独に耐えて、初めてできものなのである。
(以上、『失敗と人生はない』より)

中国古典の『孟子』一節を、曽野綾子さんもご存知だったかは不明ですが、下記の訓示があります。

「孟子曰く、人の徳慧術知(とくけいじゅっち)ある者は、恒(つね)に疢疾(ちんしつ)に存す。獨(ひと)り、孤臣蘖子(こしんげっし)のみ其の心を操(と)るや危(おそれつつし)み、其の患(うれえ)を慮るや深し。故に達(あら)わる」

(現代風に訳すと・・・)

孟子がいわれた。「およそ徳行・技術・才智に秀れた人は、おおむね非常な災患の中にあって〔発奮して努力するので〕、その才能が磨かれたからである。さればこそ、主君から遠ざけられた家臣や親に愛されない妾腹(しょうふく)の子などは、〔つねに不遇の境遇にあるので〕心を引きしめて畏れ慎しみ、災患を深く心配して努力するので、自然に智徳がすすみ、後には必ずその名が世に顕れるのである」
(以上、『孟子』の解説書より)

人知れずに苦しい体験をし、悔しさを感じ、どん底にある境遇をどうにかしたい。その発奮こそ、人間を成長させると思います。政治は、地域のの要望に優先順位をつける仕事に言われます。人々の支持がなければ、その良識が発揮できない。2代目、3代目のリーダーには、創業者の苦労はなかなか理解できない。何の仕事も人に支えられてできることをつい忘れてしまう。

いかに支えていただける人間になるか、自分の実力を常に謙虚に分析し、縁ある方々に指導いただき、すこしづつ人間力を高めることを続けることが大事と思います。曽野綾子さんの『真実についての528の断章』の一文に、

「幸福というものは客観的な状況ではなくて、幸福を受け取る者の能力にかかっている」

とあった。「幸福=周りの支持と応援」ではないか、人動かす前に自分が動く(能力)からしか、物事は始まらないようです。


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Posted by ノグチ(noguchi) at 22:16│Comments(0)故事、名言、スピーチ、等
 
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