2012年09月17日
毎朝歩き始まて1月半、国道を約2時間半歩きました。
毎朝歩き始まて1月半、国道を約2時間半歩きました。
~17泊18日、500キロ、「薩長同盟ウォーク」~
きっかけは、11月23日~12月10日にかけ、鹿児島市から、下関市までの約500キロを、17泊18日にわたり歩き続ける、歴史顕彰ウォーク、坂本龍馬が歩いた道を辿る「薩長同盟ウォーク」の実行委員会に、関わることになり、8月4日の早朝から歩き始めました。
始まりは、些細なことで、本日歩いたスタート地点のJR三角線の住吉駅(わが家の最寄駅)に、車を置いていたので、前日飲んだ性か、目覚めが早く、「よし、歩いて取に行こう」と思い立ち、約4キロ、朝の散歩しました。
以来、毎日歩くようになり、次の日から6キロ、4週間目から7キロ歩くようになり、2日休みましたが45日になりました。
本日は、実際の距離は14キロ強だったのですが、10キロを超えるくらいから、だんだん足が重くなりました。無事に、歩きましたので、次の目標ができました。
夕方、下調べのために、三角線の三角駅から、今日終点の住吉駅までが、やく22キロくらいでした。車と歩きは、少し違いますが、10月になって、歩いてみたいな?と、目論んでいます。数カ所、歩道の狭い所があるので注意が必要ですが、関心のある方は、一緒に歩きませんか。但し、全て事故責任ですので、よろしくお願いいたします。
私は、仕事の都合はありますが、薩長同盟ウォークの熊本コース、水俣市~山鹿市の5日間〈11月29日~12月3日〉、約140キロを歩いてみたいなと、思いはあるのですが、5日連続なので仕事の都合がつくかが問題です。
今週から、ルート沿いの市町村に名義後援のお願い回りをします。熊本県庁には既に、説明に2度行き、賛同頂いております。
文化事業の多い秋ですが、ウォーキングで歴史顕彰、坂本龍馬を敬慕する仲間たちの活動を知って頂ければ幸いです。近々、新聞等で広報を始めます。
~17泊18日、500キロ、「薩長同盟ウォーク」~
きっかけは、11月23日~12月10日にかけ、鹿児島市から、下関市までの約500キロを、17泊18日にわたり歩き続ける、歴史顕彰ウォーク、坂本龍馬が歩いた道を辿る「薩長同盟ウォーク」の実行委員会に、関わることになり、8月4日の早朝から歩き始めました。
始まりは、些細なことで、本日歩いたスタート地点のJR三角線の住吉駅(わが家の最寄駅)に、車を置いていたので、前日飲んだ性か、目覚めが早く、「よし、歩いて取に行こう」と思い立ち、約4キロ、朝の散歩しました。
以来、毎日歩くようになり、次の日から6キロ、4週間目から7キロ歩くようになり、2日休みましたが45日になりました。
本日は、実際の距離は14キロ強だったのですが、10キロを超えるくらいから、だんだん足が重くなりました。無事に、歩きましたので、次の目標ができました。
夕方、下調べのために、三角線の三角駅から、今日終点の住吉駅までが、やく22キロくらいでした。車と歩きは、少し違いますが、10月になって、歩いてみたいな?と、目論んでいます。数カ所、歩道の狭い所があるので注意が必要ですが、関心のある方は、一緒に歩きませんか。但し、全て事故責任ですので、よろしくお願いいたします。
私は、仕事の都合はありますが、薩長同盟ウォークの熊本コース、水俣市~山鹿市の5日間〈11月29日~12月3日〉、約140キロを歩いてみたいなと、思いはあるのですが、5日連続なので仕事の都合がつくかが問題です。
今週から、ルート沿いの市町村に名義後援のお願い回りをします。熊本県庁には既に、説明に2度行き、賛同頂いております。
文化事業の多い秋ですが、ウォーキングで歴史顕彰、坂本龍馬を敬慕する仲間たちの活動を知って頂ければ幸いです。近々、新聞等で広報を始めます。
2012年09月17日
「聞く力は、生きる力」阿川佐和子のインタビューの実践
「聞く力は、生きる力」阿川佐和子のインタビューの実践
早朝に、風の音に目がさめ、ニュース番組を見て、続けて放送された、作家、タレントとして多方面に活躍する阿川佐和子さんのインタビュー番組が、あった。
阿川佐和子さんは、最初の仕事がインタビューアーで、街頭インタビューに連れられて出かけたのが始まりで、試行錯誤のインタビュー番組のレポーターを続けるうちに、報道番組のキャスターに抜擢されたが、社会・政治の知識不足で、自信喪失し、2年で降板し、アメリカへ留学した。
自分の変化は、テレビで作り上げられたイメージに、自分自身が引きずられていたことに、気づいてから、行動が変わったと、話していました。
インタビューは、人の話を聞くことが仕事だが、兎に角、聞くことに徹することは、なかなか難しいが、聞くことに徹すれば、相互に信頼関係が生まれる。聞く力は、阿川佐和子さんの自信につながって行った、と語ったいた。
人は、関係する人たちの思いを聞くことが大事なのかも知れないと、感じました。
相手の思いを聞くこと、やり方はそれぞれに違うと思います。素直な気持で、語ることが大切なのかもしれません。
さまざまなもめ事も、語り会うことで、ある程度の理解は、出来ると思います。
しかし、疑問、疑いを抱きながら、続ける会話からは、解決の糸口は見つからないと思います。
阿川佐和子さんの素直な気持でインタビュー(会話、聞く)の心得は、多くの場面で参考になると思いました。
早朝に、風の音に目がさめ、ニュース番組を見て、続けて放送された、作家、タレントとして多方面に活躍する阿川佐和子さんのインタビュー番組が、あった。
阿川佐和子さんは、最初の仕事がインタビューアーで、街頭インタビューに連れられて出かけたのが始まりで、試行錯誤のインタビュー番組のレポーターを続けるうちに、報道番組のキャスターに抜擢されたが、社会・政治の知識不足で、自信喪失し、2年で降板し、アメリカへ留学した。
自分の変化は、テレビで作り上げられたイメージに、自分自身が引きずられていたことに、気づいてから、行動が変わったと、話していました。
インタビューは、人の話を聞くことが仕事だが、兎に角、聞くことに徹することは、なかなか難しいが、聞くことに徹すれば、相互に信頼関係が生まれる。聞く力は、阿川佐和子さんの自信につながって行った、と語ったいた。
人は、関係する人たちの思いを聞くことが大事なのかも知れないと、感じました。
相手の思いを聞くこと、やり方はそれぞれに違うと思います。素直な気持で、語ることが大切なのかもしれません。
さまざまなもめ事も、語り会うことで、ある程度の理解は、出来ると思います。
しかし、疑問、疑いを抱きながら、続ける会話からは、解決の糸口は見つからないと思います。
阿川佐和子さんの素直な気持でインタビュー(会話、聞く)の心得は、多くの場面で参考になると思いました。