2008年12月20日

理解に苦しむ程にならなければ、解決の糸口は示さない(論語)

理解に苦しむ程にならなければ、解決の糸口は示さない(論語)

久々に、仮名論語から教え方についての一節を紹介します。

(本文)
子曰わく、「憤せずんば、啓せず。悱(ひ)せずんば、発せず。一隅挙げて三遇を以て反らざれば、即ち復せざるなり」

(解説)
 孔子先生が語られた、「自分で理解に苦しんで歯がみをする程にならなければ、解決の糸口をつけてやらない。言おうとして言えず口をゆがめる程にならなければ、その手引きをしてやらない。一隅を示して他の三遇を自分で研究するようなでなければ、二度と繰り返して教えない」

(感想)
 最近の社員教育は、「マニュアル」とやらに頼りすぎて、社員に考えさせる事する時間を設けない。待つ事、本人で苦労し、答えを試行錯誤して見つけ出す工夫が大事と、孔子が語ったものと解釈をしました。

 実際、一つを教えて、他の関連する三つのことが理解できる人は、そうそう居るものでありませんが、要は自分の持てる能力を最大限生かして、自分に与えられた仕事を理解し、日々工夫し、的確に終えることに努力を怠るなと言う事だと思います。昔も今も、漫然と日々の仕事をしていては、人間としての成長はないという教えと思います。




  


Posted by ノグチ(noguchi) at 23:12Comments(2)孔子の教え

2008年12月20日

宇土の文化を考える市民の会で、「小西行長」が話題に

宇土の文化を考える市民の会で、「小西行長」が話題に

~宇土の話題を紹介~

 昨夜は、NPO法人宇土の文化を考える市民の会の理事会があり、宇土市民会館の運営を委託されているので、ここ3ヶ月の運営状況の話し合いがあったのですが、その中で大きな話題になったのが、「小西行長の顕彰」の活動のことでした。

 今夏に、NPO法人宇土の文化を考える市民の「夏の集い」があり、冒頭に宇土市文化振興課の高木課長が、「小西行長について」というテーマで講話がありました。きっかけは、昨年から東北の劇団「わらび座」が、徳川幕府のキリシタン弾圧のために、多くの殉教者を出した天草島原の乱の英雄「天草四郎」を題材したミュージカルが上演され、その信者の保護していた小西行長を知ることとなります。

 江戸期は、キリシタン監視のために、宇土には細川支藩が設けられ、以来、小西行長の顕彰が止まっていましたが、高木課長から「もう小西行長公の顕彰を始めていいでしょう」と語られ、秋になり色々な団体に、小西行長についての勉強会の動きが出始めています。

 宇土の文化を考える市民の会も、新春早々に「小西行長公の功績を学ぶ」と題して、数回学習会を開催することになりました。まだまだ、大河ドラマまでは道筋が遠いですが、いつの日か、日曜の夜「小西行長伝」のドラマが流れると良いなと思いつつ、宇土での顕彰活動を広がれば良いなと思っています。

 宇土での近況を報告しました。



(携帯論語)心を育てることば
 http://keitairongo.otemo-yan.net/
12月20日 自分を高める友人を持つ 



  


Posted by ノグチ(noguchi) at 10:12Comments(0)宇土の出来事